『 失ったものの法則 』

業績好調で上場まで計画していた企業が、翌年には赤字に転落したり。こうも企業間の競争が激しいと、数カ月先のこともわからない。もちろん、企業が生き残るかどうかは社員一人一人の努力によるところも大きい。しかし最後は経営陣の質や、事業のタイミングや、つきつめて言うと“運”である。私たちの誰もが、上昇と下降のどちらも経験する可能性を持っているのだ。

昇り続けて、それが持続していけばいいのだが、後に急下降が待っているとしたら。私たちは、どう対処すれば良いのだろう。例えばいちばん切実な問題を挙げると、待遇である。ある日を境に収入がガタ減りしてしまったら?きっと私自身も、冷静ではいられないだろう。しかし最近出会った転職者の方の中に、この問題に見事に対処した人がいる。27歳の営業事務Fさんだ。

Fさんは、ほんの数年前まで業界の雄ともてはやされていた外資系機器メーカーに勤めていた。会社は全社員にかなり手厚い業績賞与を支給しており、Fさんの年収も27歳にして800万を越えていた。しかし、一昨年のこと。好業績に油断していたFさんの会社は、ささいな製品ミスが元で、あっという間に新興の競合メーカーにトップシェアの座を奪われてしまったのだ。

それを境に、会社の業績は下降へ。昨年はとうとう大幅な人員削減が実施された。先行きに不安を感じたFさんは転職の決意を固め、会社を退職して我々のオフィスを訪ねてきたのだが…。オフィスでFさんを待っていたのは、彼女の常識からあまりにも掛け離れた給与水準だったのだ。自分の年収が約半分まで落ちるかもしれない。Fさんは最初、目に見えるほど愕然としていた。

だがオフィスで募集要項を見比べたり、自分でよくよく調べるうちに、Fさんは冷静さを取り戻していったのだ。「私の収入の方が普通ではなかったのかも」。Fさんは市場平均にどれだけプラスできるかという方向に目標を切替え、経歴書の練り直しに力を入れた。結果は、やはり大幅ダウンは免れなかったが、それでも転職先での減収を約30%に留めることができたのだった。

今まで普通だと思っていたものが、急になくなってしまう。私たちのこれからは、常にそんな危険と隣合わせだ。その時、どのように対処できるか。どのように気持ちを切替えて道を探れるかで、私たちの真価は決まるのだと思う。私がFさんに感じたのは、まず落ち着いて自分を取り巻く状況を見つめ直す勇気だった。失ったものは、確かに惜しい。しかし、何をどれだけ取り返せるかを現実的に考えなければ、結局すべてを失うことになりそうだ。

『 相手の立場と自己都合の法則 』

「相手の立場を考えて行動しろ」とは、私たちが今までさんざん親や上司から言われてきた言葉だ。しかし、人間とは弱いもので、相手の立場を考えているつもりでいながら、ついつい“相手の立場を自分の期待で解釈して”行動してしまいがちだ。相手がこうなら都合がいいのにという期待が、いつのまにか相手の本当の立場とすり替わってしまう。私たちは自己中心な心の持ち主だ。

同時に、そんな心のままビジネスを続けていたらどこかで頭打ちになるということも、私たちは経験的に知っている。知っているが、甘い方向へ流れがちな考えを、常に意識して制御するのはなかなか難しい。私自身も過去や、つい昨日の自分の言動を振り返って、冷や汗をかくこと数知れずである。だが先日、改めて自己中心の恐ろしさを思い知らされる出来事に出会ったのだ。

その出来事の主は、大手電機メーカーに勤めるエンジニアのLさんである。待遇に不満があるということで、外資系への転職を希望していた。高度かつ希少なスキルを持つLさんは、業界ではニーズの高い人材だ。転職先はすぐ決まりそうに思えた。事実Lさんは面接を着々とこなし、最終的に第一志望の外資系大手A社に内定を絞り込んだのだが…。そこから歯車が狂い始めた。

正式な待遇を提示したいので昨年の源泉徴収票を出してくれ、という打診がA社から出たとたん、Lさんの音信が途絶えたのだ。一体何があったのかと私とA社は心配し、何度も連絡を試みた。すると、やっと電話口に出てくれたLさんはこう言ったのだ。「経歴書に、昨年の年収を実際より100万円多く書いてしまっていた。源泉徴収を出すとそれがばれるから怖かった」と。

そしてLさんは重ねてこう弁明した。自分は以前、あの水準の年収がA社では普通という話を聞いたことがある。だから、経歴書に書く年収をそのレベルに合わせていたほうが、A社も私の価値を判断しやすいと思った。昨年の自分の年収はスキルと比較して正当な額ではないだけに、より正しい判断をA社に促したかったのだ、と。なんという論理のすり替えだろう。少しでも高い給与で転職したかったからと言われれば、まだすっきりするのだが…。

結果は、経歴詐称により内定取り消し。Lさんの転職は白紙に戻った。いい条件で転職したいなら、Lさんは正面からアピールし、A社を心から納得させるべきだった。それが、相手の気持ちや立場を考えて行動するということだ。自分のやろうとする行動は、相手をどんな気持ちにさせるか?自分が考える相手の気持ちは、自己都合のすり替えではないか? 気が進まなくても己に厳しく問いかける。そんな作業が必要なのだと、私は改めて思ったのだ。

『 気持ちと仕事の法則 』

西暦の4桁目も変わって10日あまりが過ぎた。巷の正月気分も抜けてきたわけだが、我々のオフィスでは年始早々ちょっとした“事件”が起きたのだった。ベテランエージェントのEさんが、息子ほど歳が離れた転職者のUさんを怒鳴りつけてしまったのだ。我々エージェントは、普段は勿論“わきまえ”あるビジネスマンである。特にEさんは物静かな紳士で通っていたのだが…。

転職者のUさんは、ある大手都銀の出身者だった。経歴書を見ると内務部門でかなりいい仕事をしており、今需要の高い年金関係の知識もある。また数字に強いマーケッターとしてやっていける可能性もあった。だが父親が倒れてしまい、やむなく家業を手伝うために退職していた。1年ほど腹を決めてやってみたものの、Uさんはその家業にどうしても馴染めなかったらしい。

「どうせだめなんです私は。いまさら元の仕事に戻りたいなんて言っても、1年も無駄に過ごしてしまってはね」。バリバリ数字を扱う仕事に戻りたくて我々のオフィスを訪ねたはずなのに、Uさんはどうしようもなく投げやりだった。自信のない気持ちが、希望とは裏腹な言動にさせていた。今まで何社もの面接を受け全て不採用だったらしいが、この態度では仕方ないだろう。

あなたはもっと自信を持ってもいいはずだ。スキルも経験もあるのだから、後は前向きにさえなれば…。と我々が説得しても、Uさんは鼻で笑うばかりだった。「この1年で私の人生は狂ってしまったんですよ。もう、親父のつまらない家業に戻ろうかとも思うんです」。諦めましたというその口調に、それまで黙っていたベテランエージェントのEさんが爆発してしまったのだ。

「なにも努力をせず周りのせいにする君より、君にとってはつまらぬその仕事で君をここまで育て上げたお父さんのほうが、人間として何倍も立派だ!それすらわからぬ君を採用する企業など確かにないだろう!」。図星をさされ唖然としたUさんは次に怒りだし…。そして帰ってしまった。エージェントのEさんも、ビジネスマンらしからぬことをしたとしきりに反省していた。

しかし数日後、私にUさんから連絡があったのだ。「言われっぱなしは悔しいのでもう一度本腰を入れて転職活動します」と。EさんはUさんにとって見返すべき敵、となってしまったわけだが、それで気持ちが奮い立ったのだから結果オーライというところなのだろうか。年が変わっても環境が変わっても、結局自分を良くも悪くもするのは自分自身でしかない。見違えるほど積極的になったUさんは、来週から何件もの面接をこなしていく予定だ。

『“前の会社”の法則 』

1年以上も前に私の紹介で転職していったLさんから、ある日突然電話が入ってきた。真剣に相談したいことがあるのだという。とりあえずオフィスに来てもらって面談室で向かい合ったのだが、Lさんの相談事はなるほど難しいものだった。「前の会社に戻りたいから口をきいてほしい」というのだ。「あなたが前の会社に個人的に接触するのなら、何も問題はないのですよ。」私はLさんに説明した。「でも私たちが口利きするのは、ビジネスの道義的にできないことですよ。だって前の会社にとって私たちは“Lさんが辞めるのを手伝った”存在なのですから。」肩を落としたLさんに、私は聞いてみた。「そもそも、なぜ前の会社に戻りたいのです?」

Lさんは27歳のオフィス機器を扱う営業マンである。販売力のある人で、以前の会社でも現在の職場でもかなりの業績をあげてきている。確か、転職した時の理由は「将来を考えると、もっとコンサルティング的な販売方法や専門スキルに重点を置く会社で営業をしたい」という前向きなものだった。だが、それから1年たって面談室で再会したLさんは、私にこう言うのだった。「あの時の転職理由は適当に考えたもので…。本当は“違う会社を見てみたい。他にもいい会社があるはず”というだけのことだったんです。」「“いい会社”なんてない、ということが、わかったのですね?」私の言葉に、Lさんは苦しそうな顔でうなずいた。「はい。というより転職してみて、前の会社の良かった部分が色々と見えてきました。最近は、なぜ安易に辞めたんだろうと悔やむばかりで…。」「…ありがちな話ですね。」

私は常々疑問に思うのだが、転職先を物色する人々は、なぜ“今いる会社”を候補に入れようとしないのだろう?転職の第一目的が“別の会社に行くこと”になってはいないだろうか。転職とは、そういうものではない。“現在の環境と他の候補環境のメリットとデメリットを勘案した上で、自分が相対的に満足できる環境を慎重に選択する”行為なのである。選択の結果、現在の環境に残ることもありうるぐらいでないと、本当に良い転職はできない。

「会社によって違いますが、ご自分でアタックされても、戻れるときには戻れるものですよ。そうした申し出を喜ぶ会社もあります。」私は重ねてLさんに言った。「“何か違う”という漠然とした違和感を抱えたまま、転職を繰り返す人も多いです。彼らに比べれば、もとの会社の良い面を認識できたあなたには、まだ可能性があると言えるかも知れない。」Lさんは、少し元気を取り戻したようだった。「そうですね…。辞めた会社とはいえ、もともとは入りたくて入った会社です。どこかに良い面があるものだし、たぶんそれが自分にとって大切なものなんです。たとえ前の会社に戻れないとしても。」「Lさん、いいこと言いますね」。私はLさんと一緒に笑いあった。

『 幸福な転職、の法則 』

花見シーズン真っ只中のある夜、私も十数人の団体にまぎれこんで、夜桜見物に出掛けたのだった。お決まりの酒宴で、はじめは一緒にドンチャンやっていたのだが…。そのうち友人のG君が「ちょっと話があるんだが」とにじり寄ってきた。G君は、所属する組織こそ違えど、私と同じく人材紹介会社の転職コンサルタント。その彼が、実は転職することになったのだ、という。

転職コンサルタントが転職?いったいどんな転職をするのだろう?と皆さんはお思いになるだろうか。私も同業者として非常に興味があった。G君は33歳。人事系コンサルタントの職務を色々と経験してきた優秀な男である。私は缶ビールを手に川べりへと場所を移し、G君に詳細を聞いてみたのだった。

「今後の自分を考えた場合、2つの選択肢があると思ったんだ」。先程までかなり飲んでいた筈なのに、G君はあまり酔ってはいなかった。「ひとつは、このまま人事系のコンサルタントを続ける道。もうひとつは、企業人事の当事者を経験する道」。G君の言いたいことが、私には良く分かった。我々人事系のコンサルタントは“人事のプロ”ではあるが、あくまで“外部コンサルタントという客観的な立場から”企業や人材を手助けする存在である。そのぶん適確な助言ができるのだが、やはりキャリアを積む過程のどこかで“人事の当事者”を経験しておきたいところだ。「転職先は企業の人事部なんだね?」。私はG君におめでとうと言った。「ありがとう。僕は結局“人をどう活かすか”を考える仕事が好きなんだと思う。人事系の仕事でキャリアプランを考えた場合、やはりどうしても経験しておきたいんだ。この年齢で転職に踏み切るのはリスクもあるけど、チャンスは今しかないと思って」。

自分もそう思う、と私はG君に言った。将来と現在のメリット及びリスクを勘案した上で、長期的なキャリアプランを描くG君に、改めて学ばされた思いだった。“今をどう生きるか”ではなく“どのような生き方を選択するのか。そのために今何をするのか”。転職にしろ、組織内でのスキルアップにしろ、“自分の柱”をどこに置いて生きるのかを考えなければ、私たち職業人は道を見失ってしまう。“人を活かす仕事”を自らの柱と決めたG君には、目指すべき方向と、そのために今何をすべきかがわかっているのである。

「人事を何年やるかはまだわからないけど、きっとまたコンサルタントの世界に戻ってくるよ。まあ、長い修業になるとは思うけど」。対岸の夜桜を眺めながら、私はG君と静かに乾杯したのであった。G君の前途に幸多かれ!

『 仕事と家庭の法則 』

腕の良い設計技術者でありながら、Sさんの転職は大失敗に終わってしまった。当時43歳だったSさんは、転職と離婚という人生の一大事を、2つ同時に抱えていた。そして、片方の問題を置き去りにしたまま、転職の話だけが進んでいったのである。最後には、私自身にも、何ともやりきれない思いが残る結末になった。あの時の判断を、今でも後悔している。

私の所に人材登録したSさんは、当時離婚問題を抱えていた。彼の母は体が弱く、数年前からSさん家族と同居。しかし嫁姑の折り合いが非常に悪くなり、耐えきれなくなった奥さんがSさんと別れると言いだしたのだ。
「企業側には正直に言うべきでしょうか」。入社面接の日程が決まった時、Sさんは私に相談してきた。「入社後に離婚が成立しそうなのですが…」。だが先方企業は、彼の知識とスキルに大いに期待していた。新規事業の核としてポストも用意されている。Sさんの存在価値は、離婚ぐらいでは揺るがないはずだと、私は判断した。「面接時に言う必要はありません。入社後、離婚届を出すときに言えば問題ないでしょう」。これが間違いのもとだった。

Sさんの抱える問題はもっと根深かったのだ。入社から2ヵ月後、先方企業の連絡を受けて、私は仰天した。なんと、のべ14日間の無断欠勤をしているというのだ。「その理由がまた奇妙なんですよ」と先方はこぼした親戚が倒れたとか。亡くなったとか。そういうことが幾度となくある。明日は必ず出社しますと言いながら、連続3日ぐらい来ない。最初は、入社したばかりのことだしと先方も大目に見ていた。しかしある日、また会社に来ないので電話してみると…。

「娘が交通事故に遭って入院したと言うんです。それは大変だと入院先を聞き出してお見舞いに行ってみると、病院は、そんな人は入院してないと」。これで先方の堪忍袋の尾が切れた。Sさんを呼び出して問い詰めると、彼は泣き崩れたという。入社直後には離婚届を出すはずだったSさんの離婚問題は、実は大もめにもめていた。ぐちゃぐちゃになった家庭の中で、Sさんは鬱状態から来る出社拒否症に陥っていたのだ。

その会社をクビになってから、Sさんからの連絡はない。なんとも後味の悪い思いと共に、今ごろどうしているのだろうかと時々考える。
“仕事は仕事、家庭は家庭”。そうスパッと割り切れるほど、人間、強くはないのだ。今の私ならはっきり言える。あなたの抱える問題は仕事の悩みだけなのかと。なにか他に問題があるなら、そちらをまず解決すべきだと。