『 独自性の法則 』

仕事とは“するもの”だろうか。“させられる”ものだろうか。様々な解釈があるだろうが、“するもの”という意見が多勢だと思う。が、私は、単に“する”だけではだめだと思う。仕事とは“工夫するもの”ではないかと思うのだ。何か工夫して初めて、仕事は自分の物になるのではないかと。

先日、私はある会社A社を訪問した。A社は業界2位から1位を狙える所まで来ている新興企業である。そこで何人かの社員と話す時間を設けてもらえた。成長中の新興企業にはよくあることで、社員たちは毎日終電まで働いている。だが彼らと向かい合って驚いた。仕事に追われた顔をしていないのだ。

A社では業界3位に上がる頃から、人の入れ替わりが止まってきたのだという。それ以前はハードワークの為か辞める人も多かった。一人当たりの仕事量はその頃と変わっていない。いやむしろ増えているかもしれないのだが…。

私は、何が楽しくハードワークに向かわせるのか?と社員たちに聞いた。すると、こんな答えが返ってきた。業界1位も、会社の目標として勿論意識している。だがそれより“ウチにしかない”商品づくりに関って、それが認められるのが面白いと。

A社は“あくまで自社独自の商品やサービスにこだわる”ことを企業ポリシーとして掲げてきた。業績が伸び悩んだ時も決して他社の打ち出すものに追従しなかった。ちなみに、A社は今でこそひとたび人材募集すれば多数の応募者が集まるが、「会社の独自性に魅かれて」と言うだけでは採用されない。独自性のある商品をいかにして作るか自分で語れる人が採用されるのだ。

つまりこの会社では、社員は独自性というブランドにぶら下がるのではなく、自ら独自性を作ることを求められる。そして、それこそがやりがいとなっている。考え、工夫し、独自なものをつくり、成果が出る。そんな仕事の忙しさは、人から言われてやる仕事の忙しさとは決定的に違うようだ。私たちの周りでも成果を上げる人は、何か人とは違うことをやっていないだろうか。

『 企業を映し出す鏡の法則 』

人事担当者の印象を就職先選びの参考にするというのは、学生達がよく使う手段である。「会った人の印象で会社を決めるなんて」と馬鹿にする向きもあるが、私はこの手段、意外に侮れないと思っている。様々な情報の吟味は勿論大切だが、参考程度に人事を観察してみるのも良いのではなかろうか。

例えば、こんな話がある。私の知り合いの人事担当者にGさんという人がいた。彼はある営業会社に勤めていたのだが、そこは採用ノルマのきついことで有名な会社だった。一定レベルの人材を一期につき何十人と採用せねばならない。ノルマは絶対であり、未達の場合には即Gさんの評価にひびいた。

その頃のGさんの印象と言えば、常に厳しく沈んだ顔つきのビジネスライクな人という感じだった。ノルマのプレッシャーに押されてか、これという応募者がいればすぐに入社へと説き伏せにかかってしまう。すると応募者もよく見ているもので、不自然な空気を察知して、かえって辞退する人が増える。

悪循環な状況に耐えかねて、Gさんは転職した。機械系のメーカーである。しばらくして「心機一転、新しい会社でまた取引したい」という連絡が入り、私はGさんと再会した。そして驚いた。Gさんは以前とは全くの別人に変身していたのだ。あの暗く重苦しい表情が嘘のように明るくなっていたのだ。

融通のきかない印象も消え、冗談まで飛び出す。聞けば、新しい会社は「いい人がいれば採用する」という方針で、採用目標はあるが絶対ではない。あせらず地道な採用をしようと思うようになると、かえって上手くいくようになったのだという。「前の会社は本当に縛りがきつかった。そんな雰囲気が、私を通じて応募者の方に伝わっていたのかも知れません」とGさんは言った。

人事も私たちと同じ会社員である。働き方や働く環境ひとつで、顔つきまで変わってしまうものなのだ。採用過程を通じて一番接触する回数の多い人事を観察してみると、その会社が見えてくる。だが、また逆に私たち自身も同じように観察されていることを忘れてはならない。他者から見た自分は、自分の置かれている状況を映し出す鏡。そう肝に銘じて働きたいと、私は思う。

『 独立心と企業の法則 』

会社員からの“独立・起業”が広く認知され始めているからだろうか。最近私が出会う転職者の方の中にも、「将来の独立を視野に入れた転職がしたい」と宣言する人が増えてきた。独立を目指すことそれ自体は素晴らしいと思う。しかし、企業への転職時にあえて口にするなら、伝え方に注意が必要だ。

例えば以前、こんな人がいた。店舗企画会社の元営業職、Eさんである。Eさんは将来的に自分の服飾店を持ちたいと考えており、経営や実務を学ぶために服飾販売企業A社への転職を希望していた。営業職で培ってきたビジネス感覚を買われ、Eさんは採用第一候補として面接に臨んだのだが…。

なんとEさんは、一次面接で落ちてしまったのだ。一体どんなやりとりがあったのかと私はEさんに聞いてみた。すると、独立のためにぜひここで勉強したいと熱く語ったところから、A社側と話が噛み合わなくなったのだと言う。Eさんは首を捻っていた。なぜ意欲をアピールして不採用になるのだ?と。

勉強したいという言葉は、A社から見ると意欲とは受け取れないのだと私はEさんに説明した。確かにA社は社員の独立に理解があり、独立後ビジネスパートナーとして相互協力できるシステムも確立している。だが、そのA社とて、ただ独立させるためだけにわざわざ社員を募集しているわけでなはい。

社員として働く間に、どんな貢献をしてくれるのか。A社にとってはそこが一番肝心な点だった。営業職経験のあるEさんには、数年後を目処にエリアマネージャーとして活躍して欲しいとA社は期待していた。Eさんは自分の勉強にばかり目が行き、A社が望む“勉強の対価”見落としていたのだ。

独立に理解ある会社も、そうでない会社も、根本で求めるものは同じだ。あなたと企業、双方がそれぞれ欲するものを得るために、お互い何ができるでしょうか?と問うているのである。働かされるだけの会社に魅力がないように、働くだけの人にも企業は魅力を感じない。お互いに貢献し合ったと感じた時にこそ、本当に独り立ちできる何かが身についているのではと私は思う。

『 考え方のギャップの法則 』

会社と従業員の言い分がよく食い違うように、人事と転職者の物の考え方にも、しばしば隔たりが見られる。どちらか一方が正しいとも言えないし、どちらか一方が間違いだとも言えない。あくまで中立的に両者の話を聞く立場の私が言えるのは“互いの考え方をまず知り、そして対処せよ”ということだけである。

相手の考え方を知らねば、企業側は採用が上手くいかない。転職者側は転職が上手くいかない。今回は、転職者側がつまずいた例をひとつ紹介してみよう。Uさんという薬品メーカー出身の研究員だ。彼は第一志望A社の選考に落ちてしまったのだが、その理由が全く理解できないと怒り出したのだ。

Uさんには、退職してから転職活動を始めるまでに2年の無職期間があった。A社はそこをネックとして他の転職者を採用したのである。「A社が求めるスキルは満たしていたのに、そんな理由で落とすなんて偏見以外の何物でもない」というのが、Uさんの言い分である。しかしA社にも言い分があった。

A社人事担当の言はこうだ。「採用した人、Uさんと同じような経歴で現役だったんですよ。どうせなら最新の現場知識とかある人の方が、いいかなあと思って…」。私は迷いながらも、その言葉をUさんに伝えたのだった。

そしてこう付け加えた。「私たちも同じような会社が2つあれば、細かいところで選びますよね」と。だから細かいマイナス材料にされないよう、2年間のブランクについての説明を練り直す必要がある。相手の考え方はわかったのだから、怒るよりも次の企業面接に向けて対策する方が遥かに生産的だ。

企業と働く人々の考え方の距離は、時代の流れと共に縮まりつつはある。しかし、両者が完全に歩み寄ることは今後も難しいだろう。だからこそお互いを更に知るべきだと、私は思うのだ。立場の違う両者が、その違いを越えて良い関係を結ぶために。尚、Uさんは今2社目の面接を順調に受けている。

『 給与と市場価値の法則 』

みなさんは自分の年収額を割り出す時、諸手当も含めて計算していないだろうか。一度試しに、残業手当と休日出勤手当を差し引いて年収額を見てみよう。かく言う私も、その昔興味半分で計算して驚いた。9~6時の私への評価を突き付けられた気がした。

なぜこのような話から入るのかと言うと、先日、Sさんというエンジニアの方が転職活動に苦戦する場面に立ち合ったからだ。Sさんは販社系列のソフトハウス出身で、前職での年収は600万弱だった。この600万のうち、何と260万もが時間外手当なのだ。聞けば、相当ハードな仕事ぶり。土日出勤や深夜残業は当たり前。半月近く家に帰れなかったこともあるらしい。

最初に面談室で向かい合った時、Sさんは自信に満ちあふれていた。同業他社の知り合いと情報交換する中で、Sさんは自分が業界内でも高水準に位置する年収取りであることを自覚していた。「だてにハードな仕事はこなしていません。それなりのことをやってきたと思っています」とSさんは自己PRし、転職先での年収は700万円と希望してきたのだった。

「恐らく無理です」「何故ですか?応募してみないとわからないじゃないですか」というやりとりの後に、とりあえず各企業に応募書類を送って様子を見ることとなった。送った企業はトータルで16社。結果はことごとく書類選考の段階で不採用である。その中にはSさん自身がかねてから狙いをつけていた企業もあっただけに、彼は相当なショックを受けたようだった。

なぜ面接にも漕ぎ着けず落ちたのかが知りたい。その一心でSさんは、目当てだったA社に電話してみたそうだ。返ってきた答えは、やんわりとだが、Sさんのスキルを低く評価するものだったという。「前職年収さえ保証できないので、他を当たられた方がいいと言われました。私は実際のところ、どのぐらいの評価なんでしょうね…」。確かに年収は前職より下がる。収入面では痛いが、それ自体を恥じることはないと私はSさんに言ったのだった。

働いた時間より出した成果、仕事の量より内容を重視する企業が増えている。Sさんに対する“前職年収に満たない”との市場価値判断は、至極妥当なものだ。膨れ上がった年収から時間外手当を引いてみると、Sさんの本当の市場価値が見えてくる。あとはその事実を受け止め、これから真のスキルアップをしていけばいい…。そんな話をした後、Sさんは気を取り直して転職活動を再開した。来週にも、ある外資系大手から内定が出そうである。

『 採用活動と企業の法則 』

採用選考は転職者にとっても、また企業にとっても真剣勝負の場である。例えば入社し終えてから失敗に気付いた場合。転職者側の損失についてはみなさんご想像がつくだろうが、企業側の損失にも測り知れないものがある。採用活動経費や人件費などの直接経費はもちろんだが、更に怖いのは現場のモチベーション低下だ。ひとつの採用失敗が、組織の危機を招くこともある。

例えば多大な業務でパンク寸前のあなたの部署に“即戦力”というふれこみで、実は仕事の全くできない中途採用者が入社しきたらどうだろう。人員の増強で現状が改善されるという期待は見事に裏切られ、あなたは中途採用者の尻拭いに奔走する。そしてこう思うはずだ。「仕事のできない彼も悪いが、一番悪いのは彼を採用した人事だ!経営陣だ!」と。

このような状況に陥ることを最も恐れる立場からこそ、企業は厳しいハードルを設けて採用の精度を高めようとする。そして中には工夫の末に生まれた独自の方法で人材を選別する企業もある。先日、社員600名の大手系列企業でちょっと面白い話が聞けたのでご紹介しておこう。その企業では、「初回のセールス電話は全て社長に取り次ぐ」との決まりがあるそうだ。通常の採用選考と並行して、セールスへの応対を採用手段として使っているのだ。

応対に出た社長が、その“仕事ぶり”を見る。社長はもともと営業畑出身ということもあり、自社にマッチした営業社員像をよく知っている。そして“これは”と思った人にスカウトをかける。スカウトされる側もその会社のことを調べた上でセールスに来ているため、話が早いそうだ。なにより実際のセールス現場を見て判断できるため、入社後の成功率が非常に高いという。

なぜそんな採用活動を始めたのかというと、以前、経歴書の内容だけで採用を判断し、失敗した反省を踏まえてのことだという。優秀な営業成績をおさめていた人を採用したのだが、結局その人は職場に馴染むことができなかった。営業活動の進め方が合わなかったのである。一時は営業部の社員の殆どがその人と対立し、職場は大混乱。部署全体の営業成績にも影響したらしい。

直接話す機会があった時、社長は私にこう語ってくれた。「“優秀な実績を持つ人”が良い人材とは限らないと、その時気付いたんですよ」と。「“お互いに仕事のスジが合う人”と出会うことが重要なんです。それは、経歴書や履歴書だけを見ていてはわからない」。なるほど、と私は思った。そして、転職者が自分の本当の姿を見てもらおうと努力するように、企業も転職者の本当の姿を見極めようと様々に苦心しているのだな、と思ったのだった。

『 評価と人材理念の法則 』

10の企業があれば、10通りの評価制度がある。それほど、従業員を評価する方法は各企業によって違うものだ。また働く私たちも、どんな評価のされ方をしたいかは本当に人それぞれだ。だが転職時に、意外と後回しに考えてしまいがちなのが、この評価制度である。評価への納得感は仕事への意欲を左右するものだけに、少しでも自分に合うものを選択すべきだと私は思う。

そこで今回は、評価制度が転職の決め手となった、ある興味深い例をご紹介してみよう。話の中心は、27歳のエンジニアFさん。順当に2つの企業からの内定を得たFさんだったが、最終的な局面でFさんはなかなか結論を出せずにいた。どちらかの企業を選ぼうにも、どちらも似たり寄ったりな条件だったからだ。同業企業に複数応募したエンジニアがよく陥る場面である。

仕事内容も、企業規模も、待遇もほとんど同じ。勤務地こそ違えど勤務時間もさして変わらない。またFさんの上司となる予定の人物も、個性こそ違えどそれぞれに魅力があり、甲乙つけがたいのだった。では、両社の違う点は何なのか。選択基準を見失い悩みに悩んだFさんが、両社の差異をいろいろと探していって見つけたのが、評価制度の違いだったのだ。

一方のA社は、海外の評価制度を自社向けにカスタマイズしていた。評価が数量化されて表される、いわば実績重視のシステマチックな評価方法である。もう一方のB社は、評価者の主観を重視する感覚的な評価方法だった。ファジーである分、多くの人が評価に参加する。実績や成果を出した過程や、その会社貢献度までを測ろうという意図で構築した評価制度なのだという。

そしてFさんは、B社の感覚的評価を選んだ。「成長過程も評価の形で認めてくれる企業だから、目標に対し前向きになれる」という理由だった。興味深いことに、その後すぐ別のKさんという人が同じ2つの会社の内定を得た。Kさんも同様に悩んだのだが、彼は反対にシステマチックな評価方法を選んだのだった。「数量化された評価にこの企業の公平な社風を感じる」というのがKさんの理由だった。本当に評価に対する考え方は人それぞれである。

企業の、人材に対する考え方も人それぞれである。人事制度は大きく分けて採用・教育・評価の三本柱で成り立っているが、企業の持つ人材理念が最も色濃く反映されるのが“評価”の部分だろう。どのような評価方法をとっているかで、企業の人材に対する考え方がわかる。だから私たちは評価制度から、その企業の考え方を読み取ることができるのだ。自分にマッチした評価制度を選ぶことは、自分と考えの合う企業を選ぶことに他ならないのである。

『 覚悟の法則 』

「こんな会社に入るんじゃなかった!」と、入社早々に後悔してしまう。残念ながらそんなケースも、転職にたびたび見られる場面である。後悔したらどうするか。すぐに退職し再度転職を試みるのも、ひとつの方法だろう。しかし現実には“転職先を短期間で辞めた転職者”に対する企業からの風当たりは想像以上に冷たい。よほどの理由がなければ面接まで進めないはずだ。

なぜ短期間で辞めた転職者が不利になってしまうのか。企業の立場で考えてみよう。企業は、キャリアやスキルのある人材と同等に、任せた仕事を完遂してくれる人材が欲しいのだ。仕事があるから、人材が要る。なのにその人材が初期段階で抜けてしまう可能性があっては、仕事の計画自体が描けなくなる。いくら転職者が「今度こそは」と意気込む優秀な人材でも、目の前に“短期間で辞めた実績”がある以上、企業は不安にならざるを得ない。

転職者が、企業の良い部分も悪い部分も真剣に検討して入社を決めるように、多くの企業も転職者を様々な角度から真剣に見ているのだ。では、検討を重ねた上で転職し、それでも入社を後悔してしまったらどうすればいいのだろうか。ひとつの例として、今年の春に我々のオフィスを訪ねてきた営業マンのEさんを挙げよう。Eさんは前回に転職した会社を約1年で退職していた。

詳しく話を聞くと、その会社はEさんにかなりひどい仕打ちをしていた。Eさんが望んで受けた職務が、なんとEさんの入社数週間後に消滅。真剣な検討以前に、企業の計画そのものがなっていなかったのである。Eさんの憤まんは容易に想像がつくし、私だって彼と同じような立場になれば怒りに任せて退職したかもしれない。しかし、Eさんは辞めずに踏みとどまった。

「転んでもタダで起きないと思ったんです。ここで辞めたら自分の丸損だと」だから、Eさんは社内的にも強引に配属された部署で、やりたくもない仕事をこなした。そしてさらに驚くべきことに、トップの業績を打ち立てたのだ。「業績さえ得れば、次に繋がるはずだと思いまして」。Eさんの言葉通りだった。面接に行く先々でEさんは1度目の転職時よりも高く評価され、やりたかった仕事を今度はここで手掛けてくれという内定企業が集まったのだ。

覚悟の度合いが違う、と感服した。いくら真剣に検討しても、会社と人材の出会いは結局、フタを開けないとわからない。それに本意でない仕事や会社は、確かに自分を自己実現から一時遠ざける。だが、本意でないものに当たった時も、そこから何かを吸収する覚悟があるか。失敗のまま終らせず、成功に変える、結び付ける覚悟があるか。本当にやりたいことをつかみ取る人は、そんな覚悟を持っているのだと、私はEさんに思い知らされたのだった。

『 自助能力の法則 』

私は転職者の方と面談する時、必ずある種類の質問を投げ掛けるようにしている。その人に“自助能力”があるかどうかを判断するための質問だ。例えば転職者の方が「こんな仕事を希望している」と言えば、「ではそのためにご自身では今何をされていますか」と聞いてみる。自助能力のある人ならば、すぐに具体的な書籍名等をいくつも挙げて、自分の勉強内容を述べてくれる。

自助能力とは、文字どおり“自らを助ける”能力のことだ。周囲に依存せず、自らのできる範囲内で自ら努力できるか。本番の企業面接でも、この点は必ずと言っていいほどチェックされる。では、具体的にどのような人が“自助能力に富んだ人”と言われるのだろう。最近出会った転職者の方の中にSさんという際立った人がいたので、彼の話を例に説明していきたい。

Sさんは中堅周辺機器メーカー出身の営業マンだった。どちらかというと製品企画寄りの仕事をしており、常時20種類以上の製品を担当するという多忙さ。だがハードワークの間を縫って、Sさんは英会話スクールに通っていた。その会社では英語を使うことはなかったが、今後のキャリアプランを考えた際、自分の弱点となるのは英会話能力だとSさんは自覚したからである。

転職を決意して我々のオフィスへやってきたSさんは、こう希望を述べた。「学ぶことは自分でできます。だが実戦の場だけは環境に頼らざるを得ない」だから今までの経験を活かせ、なおかつ海外取引を扱える職場へ転職したいと。その言葉に私は驚いた。普通なら「英語研修のある会社」という希望に留まりがちなのだ。私だって転職するとなれば、会社の研修に頼る部分があるかもしれない。しかしSさんは勉強は自分でできると言い切った。

Sさんは、同じく周辺機器を扱う外資系商社へ転職していった。彼が実際に勉強を自己完結できるかどうかはわからない。だがSさんには2つの大きなポイントがある。ひとつはキャリアプランを充分に考えた上で、必要な仕事、必要な課題を自ら選択している点。もうひとつは、本当にやりたいなら、人は与えられるのを待つまでもなく行動する、ということを体現している点だ。

そしてSさんには、さらに大きなポイントがある。主体が周囲ではなく、Sさん自身にあるということだ。会社の研修は、どんなに内容が充実していようとも、結局は会社のための勉強である。それだけで満足するなら、主体を会社へ明け渡しているも同然ではないか。私たちは会社のビジョンの前に、自らのビジョンを持たねばならない。それが、自分が主体となって動くこと、つまり自助能力を備えて自らのキャリアを切り開いていく第一歩なのだ。

『 セルフスターターの法則 』

企業に“どんな人材が欲しいのか”と聞くと、最近かなりの確率で返ってくる答えは“セルフスターター型の人材が欲しい”である。指示待ちや、受け身の人でなく、自分から課題を見つけ取り組んで欲しいと。それは企業の一方的な言い分かも知れないが、私たち働く側も心掛けておく価値はある。なぜなら私たちも“セルフスターター型企業”を求められるようになるからだ。

28歳のSE、Uさんの話を例にとって説明してみよう。Uさんは自分の会社の技術取得支援制度が貧弱なことに、常々疑問を感じていた。他の会社では新しい技術を積極的に採り入れている。これでは会社も自分たち技術者も、先端から取り残されてしまうはずだ。そう考えたUさんはたびたび会社に対して制度の拡充を提案していたのだが、聞き入れられることはなかった。

そこでUさんは我々のオフィスを訪ねて来たのだった。今の職場にもう期待することはない、技術力アップに関して企業努力をするような会社に転職したいと。志望会社との面接は順調に進み、この冬には2社の内定も得た。入社企業も決まった。後は上司に退職の意向を伝え、諸々の手続をとるだけのはずだった。しかしUさんの転職活動は、ここからが本番だったのである。

Uさんの上司や、その上の部長、はたまた役員までが出てきて「一体何が不満なのか。希望は全部受け入れ、待遇もアップするから留まってくれ」と今ごろ言いだしたのだ。Uさんのしてきた提案は、まともに検討さえされていなかったことが伺い知れる。話し合いは1カ月にも及んだ。だが、いくら会社があの手この手で引き留めても、Uさんの決意が変わることはなかった。

こうしてUさんは、やっと転職にこぎつけた。後で私は彼に聞いてみた。「会社のあなたへの期待がそれだけ大きかったということだし、少しは気持ちがグラつきませんでしたか」と。するとUさんはこう答えたのだった。「今までやろうと思えばできたはずの支援制度等も、社員が辞めると言いださなければ検討しないなんて。そんな受け身の会社はやっぱりだめですよ」

その言葉を聞いて、私はなるほどと思ったのだ。“セルフスターター型の人材”は、“企業がセルフスターター型かどうか”を見分けられるものなのだなと。企業が受け身でない人間を求めるなら、企業自身も受け身であってはならない。またそれは逆に、私たちが“自発的に課題解決する企業”を求めるなら、私たち自身も自発的な人間であらねばならないということだ。セルフスターター同士が出会ってこそ、人材も企業もお互いを高めあえるのだ。

『 採用姿勢の法則 』

マイクロソフトがチャレンジボーナスの300万円を売りに、技術コンサルタントを200名募集する。この話は皆さんもどこかで耳にされただろう。そして思ったのではないか。「なにもそこまでしなくても、マイクロソフトならたくさん人が来るんじゃないか」と。企業経営者の中にも、同じように考える人々が少なからずいる。「人があまってるんだから、採用なんて簡単なはずだ」

実は、これが大きな誤解なのだ。市場競争激化の昨今、企業内では採用ひとつをとっても、現場から細かい要望が上がってくる。即戦力となる人材をピンポイントで採用できるか否かが、業績に直結するからだ。しかしそのような人材は当然ライバル企業も狙っているわけで、いきおい企業間での激しい取り合いとなる。鷹揚に構えている企業は、そこで負けてしまうのである。

いつもは転職者側の話ばかりなので、たまには企業側の話もしてみたい。そこで今回は、私が仕事を共にさせて頂いた、Eさんという人事マンの話を例に挙げよう。Eさんの会社は業界トップと呼ばれるメーカーだったが、採用には苦戦していた。経営陣が人的コストをどんどん切り下げるのだ。現場からの「いい人材を」との声と経営陣の間で、Eさんは一人苦しんでいた。

そんな中、我々のオフィスから紹介されたある開発技術者が、Eさんの会社へ面接に来た。現場から「絶対採用を成功させろ」と言われるほど優秀な人だったのだが、彼は他に5社もの内定を持っていたのだった。しかもその5社はEさんの会社の競合企業ばかり。破格の待遇を提示している企業もある。Eさんは「提示待遇を引き上げないと負ける」と経営陣を説得したのだが…。

「トップ企業はウチだから、当然ウチに来るだろう」と、経営陣は説得を一蹴したのだ。Eさんからその言葉を聞いた私も、空いた口が塞がらなかった。結果は当然、内定辞退。技術者は他社へ転職した。家族もある人だったので、提示された給与水準では生活できないと判断したのである。「本当は第一志望だったのですが…」と、技術者は名残惜しそうに言い残していったそうだ。

人材は宝というが、相応の努力をせねば宝など手に入るはずもない。賢い企業はちゃんとそれを知っている。大規模リストラ等々、人的コストを削ることが風潮のようにもなっているが、組織をスリム化した上でも“人”なしでは会社は成長しないのだ。人材に、どれだけのパワーと熱意をかけるか。その姿勢を見れば、おのずと企業や経営者の器も見えてくるはずである。

『 やりたい仕事だけ、の法則 』

一生の仕事を持ってほしいと私は言ってきたのだが。組織人である我々ビジネスマンが、やりたい仕事“だけ”を続けるのも難しい、と同時に思う。

私が出会った転職者の中から、Uさんという人を例にとって話をしてみよう。Uさんは32歳のプログラマーである。エンジニアの世界ではプログラマーの仕事をひとつの通過点と捉える人も多いが、ずっとプログラミングを続けたいと希望する人もかなり存在する。Uさんは後者だった。「1年程前からプロジェクトチームを任されるようになり戸惑ってます。せめて30代後半まではプログラマーでいたいと思うんですが…どうなんでしょう」。Uさんは私たちのオフィスの面談室で、遠慮がちにそう尋ねてきたのだった。

「例えばゲーム業界の先端など、何かに特化したプログラマーなら、やっていけるのでしょうね。あと、仕事の内容を問わなければ独立という方法もありますね」。Uさんは、オープン系のごく普通のプログラマーである。それに独立志向はなく、会社員でやっていきたいと考えている。「やはり難しいですか…プログラミングが好きで、ただ続けたいだけなんですが…」。かなり年齢が高くなるまでプログラマーを続けていける企業もある。しかしそういった企業では、必ずしも年齢に見合った昇給が続くというわけではないようだ。なぜなら技術革新のスピードが速いため、経験年数の長短が評価の対象にならない。また、新しい技術を習得するラーニングアビリティ(学習能力)についても、やはりどうしても若年層の方が優れているからである。

エンジニアの世界ほどではないにしろ、上記のような話は、どの業界にも多かれ少なかれ言えることだ。好きな仕事“だけ”を続けるのなら、希少なスキルを独占するか、もしくは重いリスクを認識する。しかし実際にそれができるのは、現実問題として少数派である。我々ビジネスマンは好きな仕事と関わり続けるために、その周辺にあるスキルも貪欲に取り入れるべきなのだ。“キャリアプラン”とはつまり、目的の仕事で確固たるキャリアを形成するために、周辺のどんなスキルを身に付けるか、ということでもあるのだ。

転職を考えてオフィスを訊ねてきたUさんだったのだが、しばらく保留して考えてみるのだそうだ。私が受けた印象では、Uさんはプログラミング以外のことに不向きな人材ではないと思う。今の会社でぜひ頑張ってほしい。

『 技術派遣の法則 』

コンピュータ系の転職者のみなさんと話していると、時々「私は派遣でこんなキャリアを積んできました」とおっしゃる人がいる。「派遣社員として、業界大手の○○社で数年働いてきた。だから○○社レベルの仕事が自分にはできます」と。果たして現状はどうなのだろうか。

転職市場で技術者が評価されるポイントを、みなさんはご存知だろうか。20代前半では、技術知識が高ければよい。だが20代も後半になると、いかにクライアントを理解しているかという業務知識が求められる。30代になるとさらに、プロジェクトや部下を管理するマネージメントスキルが求められる。今までの技術系派遣では、技術知識以上のものを得るのは難しいとされてきた。最先端の企業を職場にしていても、得られているのは最先端の技術知識だけであろう、と。ドライな話だが外資系の中には、派遣期間を採用評価に一切加味しない企業も、以前は確かに存在した。つまり、いくら多くの有名企業を渡り歩いてきても、技術知識以上のスキルがあることを認めてもらいにくい、というのが今まで派遣技術者の置かれてきた立場だったのだ。

では、技術者派遣は働く者にとってメリットの得がたい雇用形態なのかというと、そうではない。まず、技術系職種の登竜門としての活用方法がある。多くの派遣会社には、手厚い研修体制や資格取得支援制度が用意されている。様々な企業の風土を実地に見て企業選びの参考にできる利点もある。さらにそこそこの収入が得られるので、転職活動の資金集めにもなる。技術知識しか求められない20代前半のうちにコンピュータ系職を始める出発点として1~2年派遣を経験する、というこの方法は、かなりポピュラーである。

そして20代後半から、転職市場にも対応しうるキャリアを派遣で積みたいと考えるのなら・・・。技術知識以上のスキルをどうやって身に付けるか、を充分考えて仕事に取り組んで頂きたいのだ。派遣会社の中には、派遣技術者が今まで抱えてきた問題点を考慮し、業務スキルやマネージメントスキルをも養えるような仕事を任せる会社が増えてきている。今、しばらく派遣を続けるつもりでいる人も、そのような会社を選んでおいて決して損はないはずだ。自分がそこでどのようなステップを踏み、どのようなスキルを身に付けていけるのかを念頭に置いた上で、派遣会社をしっかり選んで頂きたいのである。

『 企業文化の法則 』

この仕事も長くやっていると、転職者と向かい合った瞬間に「あの会社と合いそうだな」という直感が働くようになってくる。あくまで直感だからこれといった根拠はないのだが、けっこう当たったりもするので面白い。実際に両者を引きあわせてみると、仲介の私などおいてけぼりで盛り上がったり。

顔は好みでないのに、妙に気が合ってしまった。…結婚の王道(?)として語られるパターンだが実は転職市場の中でも、これと同じような現象が時々起きる。ひとたび意気投合すれば、多少の欠点もなんのその。企業と転職者が、ゴールインへと一直線に突き進んでいく。最近で言うと、外資系の大手コンピュータメーカーに転職したEさんのプロセスがその好例と言えよう。

初めて外資系T社の面接を受けたとき、Eさんのスキルは、T社の求めるスペックを満たしているとは言えない状況だった。技術レベルでは合格点だったのだが、語学が弱かったのである。「もし落ちてもがっかりしないでください」。私もそんなことをEさんに言いつつ面接をセッティングしたのだ。

結果はやはり不合格。しかし、これがただの不合格ではなかった。面接の席で、EさんはT社の採用担当者たちと「○月までに語学レベルを規定水準まで上げ、再び採用試験を受ける」という約束を交わしたのだ。後でT社の採用担当者の1人が、私に語ってくれた。「他にも優秀な採用候補はたくさんいましたが、この人とならいい仕事ができそうだと一番強く感じたのがEさんでした。とにかく私たちの企業風土に合う人だと感じたのです」。面接の後、急きょ語学留学に旅だったEさんは今年4月に無事帰国してきた。現在は、配属先のソフト開発部門にも、すっかり馴染まれている頃だろう。

「大手・外資系というと、どうも誤解されがちなのですが」。T社の採用担当者が、同時に興味深いことを語ってくれたので、ご紹介しておこう。「合否はスキルが全てという印象があるようですが決してそうではありません。私たちが見るのは、スキルが70%、人格が30%。着実に結果を出す能力は、もちろんですが、それと同時に自社の文化を理解して下さる方を求めているのです。経営理念や人材理念を規定する規模の会社ほど、その傾向が強いのでは」。

企業はそれぞれに1つの社会であるから、それぞれに独自の文化が存在する。いくらお互いの見た目が気に入っても性格が合わなければ、一つ屋根の下では暮らせない。企業が皆さんの人柄を見るように、皆さんも積極的に外へ出て、書類上のスペックだけではわからない企業の姿を見極めねばならないのだ。

『 サブスキルの法則 』

先日、知り合いの若手コピーライターT君から、個人的に相談を受けた。転職活動に際して経歴書を書いたので、ちょっとチェックして欲しいと言う。気軽に引き受けてみたのだが、経歴書を見るなり、また私のおせっかい癖がむくむくと頭をもたげてきてしまったのだった。その経歴書には、受賞関係、いわゆる“コピーライターとしての実績”しか書かれていなかったからだ。

他に何か書き込むことはないのかと聞く私に、T君は釈然としない表情でこう答えた。「だって、コピーライターとして転職先に売り込むんだから、受賞実績で押すのがいちばん強いでしょ」。「う~ん」と考え込む私。「確かに受賞実績はメインで押すべきことだけど、それだけじゃ弱いんだ。この経歴書には、サブの売り込みポイントが書かれていないんだ…」。

クオリティの高いコピーライティングができる。それは、転職先の会社にとっては“最低ラインの採用基準”なのである。つまりクリアしていて当然の話なのだ。彼のようなスペシャリスト職に就く人はよく誤解しがちなのだが、“専門分野のスキルで勝負できればいい”と考えているフシがある。しかし、採用する会社側は、専門分野のスキルプラスアルファをも求めているのだ。例えば、ある業界知識に明るい、ディレクション等の営業的な動きもできる、部下・後輩をマネジメントした経験がある、業務フロー等の社内的改善について実績がある等々…。何でもいい、サブの売り込みポイントが必要なのだ。業界随一の専門スキルでライバルを引き離すのなら、それもいいだろう。しかし、そこまでのスキルを手に入れられるのは、現実問題として一握りの人間に過ぎない。コピーライターに限らず、ビジネスマンとして働く私たちは、互いに拮抗する競争相手と差をつけあっていかねばならない。そこで効力を発揮するのが、メインのスキルを補強する、サブのスキルなのである。

またこれは経歴書とは直接関係ないことだが、採用会社のトップはなおさら全人物的な評価をしてくる。仕事はできて当たり前。で、キミはどんな人間なのだ?と。専門職者という範疇のみでなくひとりの職業人として、どのようなアイデンティティを持っているのか。何を目指しているのか。企業トップ層にプレゼンテーションできる人が、実は一番強かったりもするのだ。

不安げな表情になったT君に、私は提案したのだった。「とりあえず、どんな瑣末なことでもいいから経験業務を出来る限り書き出してごらん。話はそれからだ」。組織の中で働く以上、誰しも何らかのサブスキルがついていくものである。違いは、それを意識するか否かに過ぎないのだ。「わかった。来週にでも」とT君は答えてくれた。着実に力を伸ばしてきたT君なら大丈夫だと私は思う。強力なサブスキルが見つかるはずだ。今から楽しみである。

『 評価と理念の法則 』

納得できない評価にも何かしら理由が隠されているものなのだと、前回私はお話しした。しかし、それでも自分が会社から受けている評価には納得ができない。隠された理由うんぬんと言う前に、会社の評価基準自体がポイントを外しているのだ…。と、得心のいかない方も当然いらっしゃると思う。

公正な評価制度の構築は、企業にとって永遠の難題である。最近では能力・実績評価に主軸を置いた制度がもてはやされているが、ご存知のとおり、上手く運用できている企業はそう多くはないというのが現状だろう。各部門によって異なる業務内容に即した、かつ全社的に見ても公平な評価基準を確立できているのか?評価基準を策定する者は、対象部門の業務内容を現場レベルまで下って理解しているのか?評価制度を用いる管理職者の教育は、果たして充分になされているのか…?残念ながら、問題は山積みである。

では、私たちはどのようにして“的外れな評価制度”しか持たない企業を見分ければよいのだろうか。Dさんの事例を通じて、ご説明していこう。Dさんは24時間体制で稼働する工場の、ライン管理責任者である。ある夜、折悪しく彼が当直を勤めている時に、製作機のひとつがちょっとした不調をきたした。ラインからは次々と歩留まり品(不良品)が吐き出されてくる。彼は即座に自己の判断でラインをストップし、3時間後に稼働を再開した…。翌朝、Dさんは“3時間のライン停止”について釈明を求められた。たった3時間でも、Dさんは会社に対して損害を与える判断を下したことになるのだ。そこで、Dさんは“会社の経営理念”を釈明理由に挙げた。「歩留り率を○%以下に抑えるという業務目標に添って判断しました。“お客様に本物の商品を”という我が社の理念に照らしても、正しい判断だったと考えます」。もしDさんの会社に明確な経営理念や、経営理念に添った部門ごとの業務方針がなければ、Dさんは“損害を与えた奴”という、マイナスの評価をされてしまったかもしれない。よく、会社を選ぶ際に“納得のいく評価制度がある所”という希望を述べる人がいるが、まずチェックすべきなのは、評価制度そのものの中身でない。明確な経営理念が存在し、それが現場の業務の中で機能し、評価基準もその理念に添って作られているか、ということなのだ。

だから私は“納得のいく評価制度”より、まず“納得のいく経営理念”を探すことをお勧めする。あなたのビジネスモラルに合致した経営理念が、現場レベルまで浸透した会社なら、さほど的外れな評価に悩むこともないだろう。もっとも、そんな会社に入れたとしても、あなた自身が何もしなければ、納得のいく評価など得られない。これは、言うまでもないことだと思うが。

『 評価の法則 』

人はどんな時に転職したくなるのだろうか。私が思うに、それは“評価のバランス”が崩れたときなのだと思う。私たちは日々、様々な相手から評価されながら生活している。会社組織に属する人々で言えば“社内の人事考課”“顧客からの評価”“所属する現場からの評価”そして“自分自身からの自己評価”等が考えられるだろう。これらが均衡を保っている時が、いい状態、つまり満足して働ける状態。反対に、例えば自分ではよくやったつもりなのに給料が上がらない…、という時が均衡の崩れた状態である。

以前転職相談に来たKさんの例を挙げてみよう。Kさんは当時31歳のユーザーSE。資材メーカーの社内システム全般を構築するSEとして社員登用され、3人の同僚と共に仕事にあたってきた。積極的な性格で、新しい技術を採り入れドラスティックに改革していくべきだと考えていたKさんは、社内の上層部にも日頃から様々な提案を行なっていた。対して、同僚の3人は何となくやる気がない。古くなっていくシステムに対する危機感は持っているようだが、テコでも上層部を動かすような気概は感じられない。“ここは俺がリーダーシップをとらなければ”と、Kさんは常々考えていた…。

ところがある日、Kさんの現場に辞令が降りた。会社は、今まで総務課に属していたKさんらを“システム課”として一部門に格上げ。Kさんは自分がその長にとうぜん選ばれるものと思ったのだが…。なんと、課長に任命されたのは、Kさんでなく、Kさんが馬鹿にしていた他の同僚だったのだ。

「まったく納得のいかない話だと思いませんか」。Kさんは、私にそう訴えるのだった。「でも」、と私は反論してみた。「会社の上層部は、あなたをタカ派、他の同僚を穏健派と見なしていたのかも知れませんね。ご自分の業績だけでなく、評判めいたことも、あなたは確認していましたか?」

会社とはそこで働く以上、あらゆる視点からどう評価されているのか、常に意識しないといけない場所だ。顧客・会社・同僚から期待されていることを敏感にキャッチし、応えていくことで“評価のバランス”を保っていかねばならない。この均衡が崩れると、どこかから亀裂が広がっていくものなのだ。よく「人事考課に納得できない」と言う人がいるが、なぜそのような評価を受けたのか、理解しておいて損はないと思う。自己評価より他者からの評価の方が低い…。そこには必ず何か理由が存在するのだ。そしてその理由の中に、あなたが他者から期待されている物事がある。辛い作業かも知れないが、理解しないまま転職考えたとしても、同じ轍を踏むだけだと私は思うのだ。

『 ビジネスモラルの法則 』

上司との無用な軋轢を避けるためには、まず自らが属する組織の方針を理解することだ。と、前回私はお話しした。理解した上でなお上司や組織の方針に納得できないのであれば、それはあなたと会社が根本的に合っていないのだと。今回は、ここをもう少し突っ込んでお話ししてみたい。ビジネスモラルのミスマッチがどんな結果を招くのか。また、ミスマッチを避けるために、我々はどのような行動で対処すればよいのだろうか…。

人材紹介オフィスで転職者と接していると、リストラ解雇ではなく純粋に自主退職する壮年の役職者が、常に一定量存在することに驚かされる。目に付く退職理由が“会社との考え方の相違”だ。それまでほぼ問題もなく永年勤め続けてきた人が、ぷっつりと糸が切れるように会社を辞してしまう。経営陣に近い役職者ほど、その傾向が強いように思える。経営陣と接する頻度が高まることによって、また“真に会社側の視点”で物を考えることが要求されるようになって、会社と自分の決定的な相違点に気付いてしまうのだ。

例えば中堅メーカーの営業畑を歩んできたKさんは、営業部門長に就任して間もなく“製品のバグ情報を会社が隠蔽している”ことを知った。隠すのは顧客に対して不誠実だし、どうせばれることだ。公開したほうが良いとKさんは経営陣に進言したが、聞き入れてはもらえなかった。案の定バグは周知のところとなり、営業所には苦情の電話が殺到。しかし経営陣はまったく責任をとろうとしない。「以前から時々あったバグによる苦情は、もしかしてすべて予想されていたのでは…」。いちど芽生えてしまったKさんの不信感はそれから事あるごとに膨張し、とうとう辞表を提出するに至った…。「その会社の経営方針“顧客志向”だったんですよ。まったくお笑いですよ」

ひとくちに“顧客志向”と言えど、会社や個人によって定義や表し方は様々だろう。大切なのは、ビジネスマンとしてのモラルの上で“決して相容れない重要な部分”が自分と会社の間にないかどうか、早い段階で知っておくことだ。そのためにはまずKさんのように、自らのビジネスモラルを確立すること。そして、経営陣と近しい立場になるまでミスマッチに気付かなかったKさんの轍を踏まないことだ。“顧客志向”という理念があるのなら、それを経営陣はいかに企業の行動指針や戦略・戦術へと具体化しているのか。転職者のみなさんは、面接の席でぜひとも具体的な回答を引き出してほしい。その答えいかんによって、早々に見切りを付けるか、許容範囲内で合わせていけるのかを、みなさんは検討し、選択することができるのだから…。

『 辞める人間の法則 』

登録者のひとり、Lさんが、転職前に体験した話である。Lさんの勤めていた会社は中堅の資材メーカー。社員数50名程度で、そこそこアットホームな社風だった。Lさんも人間関係が嫌で転職を決意したわけではない。しかし、彼は退職日に、同僚全員から強烈な嫌がらせを受けてしまった。予定されていた送別会の会場に行ってみると、誰ひとり来ていなかったのだ。

「何が原因なのか、私なりに色々と考えたんです」。Lさん自身も、けっして悪い人間ではない。それどころか、20代の割には落ち着いた雰囲気の、優秀な営業マンである。“ひどい嫌がらせを受けるほどの非”が自分にあったのではないか。苦しいけれどもきちんと考えて、私にも打ち明けてくれた。

Lさんが言うには、「なんでも自分中心に考えすぎた」のが、皆に嫌われた理由だ。チームリーダーの肩書を持っていたLさんは、それまで自分が中心になって仕事を進めてきた。ところが退職が決まると、とうぜんそのポジションからはずされる。肩書こそリーダーのままだが、仕事の中心からは遠のいていく。Lさんはそれが寂しかった。皆からまわってくる仕事は、今まで“部下の役目”だった定型作業ばかり。どうせ辞める人間とは言え、リーダーの俺にこんなことやらせるなよと、Lさんは常に不満だった。

そんな内面の苛立ちが、自分では気をつけているつもりでも、ついつい表に出るようになった。与えられた仕事に、ムッとした顔をしてしまう。あまり言わなかったグチが、口をついて出てしまう。「ああ、やってらんない」。Lさんがそう言うたびに、周囲の同僚が驚いた顔をして振り向いた。今まで同じようなグチを言っても、皆一緒にそうだそうだと笑っていたのに…。

辞める人間は、辞めると決まった瞬間から異質な存在なのだ。苛立った顔や、何気ないグチも重みを増す。“辞める人間”にふさわしい立ち振る舞いが要求されるのだ。自分は、そこのところを理解していなかったとLさんは振り返る。「仕事の中心からはずされて、悲劇の主人公みたいに考えていました。でも、ほんとうはそうじゃない。去りゆく脇役でしかない。周囲の気持ちをまず第一に考えて、自分の感情をコントロールするべきだったんです」。

私はLさんに、まったく同感だと言った。そして、そこまで冷静に自己分析できるLさんに敬服するとも言った。あなたなら、次の会社でもきっとうまくやれるはずだと。Lさんは、苦しかった胸のうちを吐き出して、すこし気が楽になったようだった。「転職先でイチから頑張りますよ。見ていてください」。そう言って、笑顔で面談室を去っていったのだった。

『 就職と就社の法則 』

“やりたい仕事に就くことが、前向きな、正しい就職の姿である”。いつごろからか私たちはみんな、そう思い込まされている。人生に対してポジティブな人間は、やりがいを基準に仕事を選ぶものだと。本心では「やりがいより、まずは安定した環境だよ」と思っていても、堂々と口に出すのは何となくはばかられる。会社の善し悪しだけで就職先を決めるヤツは夢のない保守的人間。…なんて、馬鹿にされそうな雰囲気があるからだ。しかし本当に“やりたい仕事”だけが、そんなに正しいのだろうか。

Nさんの例がある。「やりたかった仕事に就けて俺は幸せだ!」…そう思っていた矢先に、Nさんは入社したての会社をリストラされてしまったのだ。仕事の理想を追求しようとするあまり、Nさんは、同僚や上司に“率直な意見”をしまくっていた。彼から見ると周囲の人々は、ヤル気がなく、不手際が多いように思えたからだ。俺が良い方向に変えてやる、と考えていた。当の同僚や上司にしてみれば、ありがた迷惑な話である。彼らには彼らのやりかたがちゃんとある。なのにNさんは、そのすべてを引っかき回すのだ。周囲の状況を省みず、あくまで“自分のやりたい仕事”にこだわるNさん。彼は、職場の中で完全な邪魔者と化してしまっていたのである。

就職と就社のバランスをとれ。私自身は転職者のみなさんに、こうアドバイスしている。どんな仕事に就くかが“就職”。どんな会社に入るのかが“就社”。この2つをバランスよく考えて、転職先を決めるのである。日本の企業は、いろいろややこしい。仕事のことだけ考えて生きていける場所ではない。それぞれの会社に独自の“社風”があり、そこに馴染めるかどうかが重要なカギになる。やりたい仕事を続けるため、自分はどんな社風の中に身を置くべきなのか。そこまで考えて職場を選ぶ必要があるのだ。しかも今なら、経営状態や業界の先行きも念入りに調べておいたほうがいい。仕事は面白くて毎日楽しいが、給与は未払い。あげくに倒産した。そんな、笑えるようで笑えない話も、実際にたくさん起こっている。

その道のプロとして仕事をする人は、確かに恰好いい。しかし、我々の多くはサラリーマンである。プロになるためにはまず、ステージが要るのだ。少しでも自分に合った、そして丈夫なステージを選ぶ。それを“就社”と呼ぶのだ。決して恥ずかしいことでも、夢のない考えでもない。“就職”の理想も大切だが、“就社”の現実も、ぜひ見つめて頂きたいと思う。

『 企業見極めの法則 』

有効求人倍率0.5%。お役所発表の数字が語るとおり、企業の求人数は確かに激減した。激減したのだが、私は別の意味で歯がゆい思いをしている。“こんな時期に会社を選り好みするな”という風潮に、世間が傾きつつあるからだ。私の実感では、今、求人を出している企業は“当たり”と“どスカ”の混合状態。業績好調な優良企業ばかりではない。死に体の経営状況でも頭数を揃えねばならない企業。求人難に乗じて採用し、汚れ役要員に充てる企業…。こんな時期だからこそ、私たちは企業を選り好みすべきである。

そこで今回はズバリ“企業の見極め方”。信用録等での事前調査は当然として、ここでは、自分の目で“生の実態”を確かめる方法をご紹介したい。企業側に主導権を握られがちな採用面接の場を、逆にフル活用するのだ

1. 会社のダメ度は、人事の人間のダメ度に比例する。
面接では必ず、合間合間に「何か質問はありませんか」と聞かれる。その瞬間を逃さないでほしい。御社の経営理念をぜひ聞かせてほしいと頼むのだ。答えられなかったり、要領を得なかったりする人事は、ダメ人事である。そして、組織の基幹である人事にさえ経営理念が浸透していない会社は、もとから経営理念が存在しないか、あっても機能していないダメな会社なのだ。

2. なぜ求人しているのか。募集背景をつっこめ。
なぜ当社を志望されたのですかと聞かれるのだから、私たちも「なぜ今回の募集を行なわれたのですか」と聞いてもいいはずだ。そこでウヤムヤな答えしか返ってこなければ、入社後のポジションは実質上ないと見てよい。

3. 配属予定部署の朝礼に参加せよ。
面接を経て、あなたを本気で採用する気になっている企業なら、この申し出にも快く応じてくれるはずである。入社の決心がつきかけていても、最後の仕上げに実行してもらいたい。朝礼には、その職場の“カラー”が煎じ詰められた形で現れる。昼間に見学して「活気があるなあ」と思っていたら、朝礼で怒鳴られまくって気合を入れていた…なんてこともあるのだ。

…以上、3つのポイントを押さえれば、その企業が自分にとって本当に良い環境かどうか、判断して頂けると思う。くれぐれも言っておきたいのは、“相手に主導権ばかり握られないこと”だ。引く所は引いて、押す所は押す。誠意をもって面接に望んでいる企業となら、そのバランスが上手くとれるはずだ。3つのポイントを試されて、もし、怒りだす企業なら…。それが本物の“どスカ”ということになる。入社しないほうが、身のためである。

『 人物的に好かん、の法則 』

「上司も部下も、事務の女性たちも、自分の“お客様”だと思うことです。」

最近どこかのインタビュー記事で、こんな名言を目にした。あるトップセールスマンの“売れる秘訣”である。単に専門能力が高けりゃいいってもんじゃない。周囲の人間関係こそが仕事上の大切なツールなんだと、この人は言いたいのだろう。まさしくその通りだと私も思う。

何言ってるんだ。アメリカ型の能力主義が来たら、人間関係より実力だぜ。とあなたは思うかも知れない。そこで今回は、良き反面教師となる話を紹介しよう。能力より“気持ち”優先な日本企業の姿が、見え隠れする話である。

私たちの人材紹介オフィスに現れたTさんは、どこから見ても文句のつけようがないスーパー営業マンだった。経歴書には彼の輝かしい業績がびっしりと書かれている。これはラクな仕事になりそうだという私の期待どおり、彼は在職中の会社よりも上位ランクの企業に、あっさりと内定を決めた。ただ、問題が一つだけあった。その企業はTさんにとってかなりの遠隔地となるため、持ち家のマンションを売り払って転居しないといけないのだ。先方の人事部が素晴らしい便宜を図ってくれた。そのマンションをTさんに代わって売却し、新しい家を購入して、引っ越し費用も全額負担でお迎えしましょう、と。もちろん私もTさんも喜んだ。「よほどあなたの能力に惚れ込んだ、ということですよ」「信じられない。有り難いことです」

しかし、ここからがいけない。Tさんはこの一件ですっかり“味をしめて”しまったのだ。売却に際してマンションの改装が必要と知ったTさんは、その改装代までもを負担してくれないかと、先方の人事部に電話で“おねだり”してしまった。「なんか、出してくれそうな雰囲気だし…」と気軽に考えて。その次の日。スーパー営業マンTさんの華々しい転職先は、一瞬にして消えた。私のところへ内定取り消しの電話が入ってきたのだ。Tさんの入社後の上司にあたる営業部長が怒り狂っているという。何とかその場を納めようとした私も、営業部長の以下の言い分には、深くうなずくしかなかった。
「確かに能力の高さは認めるが、人物的に好かんのです!」

Tさんは今、私が紹介した別の企業で働いている。入社後の評判は上々なので、たぶん充分に反省したのだろう。日本の企業は、能力だけでなく“人”を見ている。重要なポイントなのに、最近の“能力主義”流行りで忘れられがちなのが気掛かりだ。Tさんの失敗は人ごとではない。仕事の本ばかり読んでないで、苦手な上司ともっと打ち解けねば…と思う今日この頃である。