『 等身大の法則 』

ビジネスの現場ではある程度の“はったり”も必要。と言われてきたものの、最近そのはったりが通用しにくくなってきた気がしないだろうか。製品知識やビジネスノウハウの情報共有が進み、取引先も消費者も賢くなった。厳しさを増す現場は、何よりも納得性が重んじられる空気に支配されつつある。

その傾向は、転職場面でも伺える。今回は27歳のエンジニア、Sさんのケースを例に挙げてみよう。最初に断っておくがSさんには、その場限りのはったりを言う気持ちは微塵もなかったと思われる。むしろ彼は転職者の中でも時間をかけて事前準備し、万全の体制で選考に臨むタイプの人だった。

Sさんが特に入念に下準備を行なったのは、面接の想定問答作りだった。もともと口頭での自己アピールが苦手なため、少しでもスムーズにやりとりを行なえるよう、という配慮からである。志望先A社の募集要項と自分の提出書類から考えつく限りの問答を作成し、面接前に練習を繰り返していた。

しかし、その想定問答が皮肉にもSさんの選考落ちを決めたのだ。本来彼はある程度の経験とスキルを持つ人材である。経験をA社でどのように活かし、今後どんな経験を積んで成長・貢献したいかという素直な志望動機を述べれば、採用は固かったはずだ。だがSさんはその肝心の部分を語らなかった。

自分の本心からの希望を語ることはタブーと考えていたSさんは、A社が手掛ける分野の将来性といった自分のプランには直接関らない言葉や、“○○のやりがい”といった抽象的な言葉ばかりを用意していた。一見優等生風だが、当たり障りのない言葉ばかり。経験を積んだ人事にはすぐ見破られる。

後でA社の人事はこう言った。「若手だからとある程度考慮はしたが、やりすぎだ。何故この仕事をしたいか全く見えなかった。こんな理由で落とさねばならないのは勿体ない」と。誰も取り繕ったSさんなど求めていない。自分が本当に言いたいことをどう伝えるか。準備すべきはそこである。等身大の自分を納得性のある言葉で伝えてこそ、ビジネスは成立へと向かうのだ。

『 情報の法則 』

良い情報を得るには、まず情報を与える側になれ。これが人材紹介オフィス活用の鉄則である。自分はどんな仕事をしたいのか、何ができる能力を持っているのか。そうした情報を与えれば与えるほど、得られる情報の質も上がっていくはずだ。自己分析さえできていれば決して面倒なことではない。

例えば、人材紹介オフィスには“人材紹介オフィスでしか得られない求人情報”も多数ある。要は募集企業が、数ある採用手段の中から人材紹介のみを選んでいるというケースだ。企業と人材紹介オフィスの信頼関係ゆえに依頼されるケースが多く、こうした求人情報には内容の濃いものが多い。

ただ、人材紹介オフィスでしか得られない求人情報には、“特定の人にしか公開されない”という特徴もある。個々の求人情報は、志望や経歴が合致していると判断された人にのみ知らされる。実際に求人内容を見られるのは数名程度だ。積極的にならなければ、情報の端緒もつかめないのだが…。

上手く行かない例をご紹介してみると、先日私と面談したDさんである。Dさんは「志望の仕事は特に決めていないが、自分にお勧めの求人を教えてもらえれば考える」と言うのだった。これでは1つの求人も紹介できない。

本来ならDさんは、まず志望職の方向性を自分で決めるべきだ。そして、どんな仕事を志望するのか最初に説明し、それを前提とした情報を私に求めるべきだった。本人がどうしたいのか分からなければ、エージェントも動きようがない。先でも述べたように、情報が欲しいならまず情報を、なのである。

膨大な情報が公開されている転職サイトでも、志望を明確にして検索しなければ、情報を絞り込むことはできない。それと同じことである。職探しに限らず、その人に合った良い物は、何かをアウトプットできる人の周りにこそ集まってくるものだ。普段の仕事の中でも“出来る人”は、周囲の役に立つ数多くの情報を、自ら積極的に発信している人だ。転職という場面でも同じようなことが言えると私は思うのだ。。

『 語学とコミュニケーションの法則 』

人材紹介オフィスには、時々外国籍の方も訪れる。外資の技術系企業に入社する人が多い。その中で特に印象に残っているのは、中国人のTさんだ。Tさんは日本語・英語共に片言程度しか話せない。にも関らず、有名コンピュータメーカー日本法人への入社をとんとん拍子に決めたのだった。 Tさんが最初オフィスへ来たとき、私は正直どうしたものかと考えた。英語での会話は単語の繋ぎ合わせ程度。日本語は挨拶程度しか交わせない。志望先が外資系企業と言っても、日本法人であるからには日本語の面接は避けて通れない。何よりもまず、エージェントである私との面談が成り立たない。

ところが、面談室で向かい合って困っていると、Tさんはペンをとり手近な紙に幾つかの英単語を書き始めたのだった。技術分野を指し示す単語である。そして単語のひとつに丸印を付け、「ヒア、ヒア」と言うのだった。自分が手掛ける技術分野はこのカテゴリの中のここだと伝えているのである。

なるほど、と私は思った。下手に口で話すよりも、紙に書く方が前後の関係がよくわかるのだ。筆談での面談など初めてだった。そして筆談を持ちかけたTさんの機転に驚いた。Tさんはそのままのスタイルで志望先の面接も次々こなしていき、ついに片言程度の語学力のまま入社を決めたのだった。

後になって、私はTさんの入社先企業の人事に採用理由を聞いてみた。Tさんのエンジニアとしてのスキルに不足はなかったが、やはり語学力の点で、人事内でもかなりの協議がなされたらしい。だが最終的には「彼ならなんとかなりそうだ。すぐ覚えるだろう」ということで意見が一致したそうである。

語学に不安があると、人はどうしても黙り込んでしまう。Tさんより日本語堪能にも関らず、満足に話ができず帰っていく外国の方もいる。言葉の違う環境では、語学力が自分のコミュニケーション能力だと考えてしまいがちだ。しかし、語学力とコミュニケーション能力は全く別物ではないかと、私は思ったのだった。コミュニケーションさえできれば本当になんとかなるのだと。

『 緊張の法則 』

毎日何人もの転職者の方と面談していると、時々ガチガチに緊張している人と出会うことがある。人材紹介オフィスの面談の段階からこれでは…と、少しでも緊張をほぐそうとするのだが、その“ほぐし”さえ受けつけない人もいる。相手が場を和ませようとしていることにも気付かないほど、自分の焦りだけが頭の中を占めているようなのだ。相手が見えていないのである。

緊張のあまり相手が見えなくなって失敗した、という話を私の学生時代の先輩だったUさんから聞かされたことがある。Uさんは、以前からの知り合いである会社社長に「うちで一緒に働かないか」と引き抜きの誘いを受けた。社員数10名そこそこの商品企画会社だが、斬新なアイデア商品を何本も出しており、Uさんはかねてからその会社に魅力を感じていたのだという。

その会社の、いきなり役員という誘いである。Uさんはもちろん二つ返事で誘いを受けた。そして社長との本格的な打ち合わせに臨んだ。社長は、もともとUさんのアウトドア仲間である。二人してテントを支えたり、飯にする魚をどっちが調達してくるかで口喧嘩したり。いわばお互い遠慮なく腹を割って話し合える間柄、の筈だった。その社長との“面接”が始まるまでは…。

「それまで別に意識したこともないのに、突然“自分を良く見せたい”と思ってしまったんだ」と、Uさんは後で私にそう話した。自分を良く見せたいと思うがあまり、自分の言っていることが気になる。笑顔など無理に見せたこともなかったのに、自分が笑顔でいるかどうかが気になる。自分にばかり意識が向いてしまう。だから、相手の説明をよく咀嚼することができない。ピントはずれな返事をしてしまう。そしてどんどん会話が噛み合わなくなる。

打ち合わせから数日後、社長は「こちらから誘っておいて本当に申し訳ない。しかしうちの仕事を理解してもらえなかったようなので…」と丁寧に詫びてきたそうだ。「無理もないよなあ」と、Uさんは私に言った。そして続けて「だって俺、自分のことばかりで、あの日あいつがどんな服着てたかも覚えていないんだ」と言ったのだった。なるほどなと私は思った。

緊張したら、人という字を手の平に書いて舐めろと言う。“良く見られたい”というような、相手より下位に立った気持ちになるなという意味だと私は思う。それだけでなく緊張したら、一瞬でもいいから相手に自分の意識を向けるよう頑張ってみるのもいいかもしれない。「この人変わったネクタイの趣味してるな」でもいいのだ。一瞬でもいい。自分の笑顔や言葉に集中するのをやめて、相手を真っ直ぐ見る。そこから本当の対話が始まるのだと思う。

『 質問の法則 』

“話し上手は聞き上手”と言う。自分を理解させようとばかりするのではなく、まず相手に興味関心を示し、相手を理解して初めてコミュニケーションが成り立つのだ。と、私はこの言葉の意味をそう解釈している。しかし聞き上手になるには、効果的な質問を話の中で繰り出せる“質問上手”でなければならない。そしてこの質問が、単に話を聞くこと以上に難しい。

では、何が“質問”を難しくさせているのだろう。それはごく単純なことだが、質問を難しく考えていることが原因だと私は思うのだ。「中身のある質問をしなければならない」と構えるために、かえって質問のピントが合わせ辛くなる。自分が知りたいから聞くという本来の目的から外れ、相手に自分がどう見られるか、ということに質問の目的がすり替わってしまうのである。

オフィスで出会う転職者の皆さんからも、「面接でどんな質問をすれば良いのか」と聞かれることが多い。「質問と言えども、あまりに稚拙なものでは呆れられる」と心配する人もいれば「面接で“何かご質問は”と言われる時が一番嫌だ」と悩む人もいる。全く興味や知識がない分野について質問してしまったために話が続かず、肩を落として面接から帰って来る人もいる。

そこで私は、いつも1つのセオリーをお教えすることにしている。すぐに実行できる簡単なことだ。“自分の仕事について質問する”ということである。自分が配属されたら、まずどんな仕事からスタートするのか。配属予定部署で同僚となる人々は、今実際にどんな仕事を手掛けているのか…。「なんだ、そんなことでいいのか」とお思いだろうか。そう、そんなことでいいのだ。

だがこの質問は、転職者の皆さんの多くが本当に聞きたいことであるはずだ。そして、企業も一番話したいと考えているのである。自分と相手が、お互いに関心を持って共有できる話題だからこそ、会話が広がる。実りもある。質問して初めてわかることもあるだろう。何より、仕事や職場を深く理解した上で入社を検討するという、転職者自身の目的にそった面接ができる。

“質問する”ということは、自分がその場の進行役になるということである。格好ではなく、本当に興味が持てるかどうかでテーマを選ばなければ、会話を進めることなどできない。面接も同じことだ。質問を“考え”過ぎてはいけないのだと思う。相手を気遣った上で、単純に“知りたいこと”でいいのだ。体裁のいい質問だけで、会話の質は決まらない。その質問の後にどんな話が広がったかで、会話の充実度というものは測られるのではないだろうか。

『“責められる面接”の法則 』

慣れた面接官は、あの手この手で転職者を試そうとするものだ。まず、よく使われる手が“故意の追求”。転職者が答えに詰まるようなことを、わざと厳しい口調で問いただすのだ。相手が焦り、冷静さを失った所で本音を引き出そうという、転職者側からすれば少々困った手法である。しかし、困らせてまで吟味したい人材だからこそ、その手法がとられるという側面もある。

最近では私の知り合いのS君が、この“故意の追求”に相当絞られていた。S君は28歳の元大手商社マンである。ビジネス系のそこそこの資格を取り、仕事も精力的にこなしていたS君が「官庁系のボランティア団体に転職したい」と言いだした時には、我々周囲も耳を疑った。「結局、楽をしたいということじゃないのか」と。そう思ったのは採用側の団体も同じだったようだ。

「いろいろと立派な応募動機を並べてくださってますが、本音では楽をしたいというだけなのではないですか」。人事担当者が出てきた初回の面接で、早くもそんな厳しい質問が飛んできたのだという。そして担当者は続けて忠告を始める。「世間ではどうも、私たちのやっている仕事は楽だというイメージがあるようです。だがウチは違う。楽したいのなら今すぐお帰りください」

付け加えておくが、S君は決して生半可な気持ちで応募したのではなかった。ボランティア団体で働くことは、彼にとって学生時代からの夢だったのである。しかし、日頃から抱いていた思いをいくら語っても、面接官はそれを疑うような質問ばかり投げてくる。面接を終えたS君は「ああ、落ちたな」と落胆したそうだ。しかし、その数日後。一次面接通過の通知が届いたのだ。

二次面接、三次面接もそんな調子だった。面接官の誰もが「本音では楽をしたいのだろう」と言い、S君はそれを否定すべく仕事への覚悟を語り、またその内容に容赦ない質問が飛んでくる。面接のたびに「落ちた」と思ったそうだ。なのに毎回、通過通知が届くのである。S君は1カ月間、狐につままれたような気持ちで面接会場へ出向き続けたのだという。そして団体代表による、ことさら厳しい最終面接の後、とうとう合格通知を受け取ったのだ。

恐らくこのボランティア団体は、楽だと誤解して応募してくる人々の中から、本当に気骨のある人材を見つけ出そうとしていたのだろう。もし、みなさんが面接で“いじめられた”なら、決してそこで委縮してはいけない。自分の考えを堂々と語ればよいのだ。責められる時はチャンスなのである。むしろ、責める価値もないと判断されることを、私たちは恐れるべきなのだ。

『 マナーの法則 』

心に余裕がなくなると、何もかも上手くまわらなくなるのはなぜだろうか。私も、たまに超がつくほどの多忙に陥ることがある。そんな時に限って、「いい人材だな」と感じた転職者からの連絡がなくなるのだ。きっとこちらの心の余裕のなさを見透かされているのだろう。10できるはずのことを5しかできなければ、それは必ず初対面の相手にも伝わるものだ。

初対面と言えば、それは転職者のみなさんにとっては企業への初回の電話連絡や、履歴書送付になるだろう。たくさんの転職者と接していて思うが、この初対面で損をしている人がどれだけ多いことか。企業は面接と書類の内容だけを見ているのではない。数少ない接触回数の中で応募者の人間性を推し量らねばならないのだから、それこそすべての接触場面を真剣に見ている。

極端な例で言うと、ノートの切れ端に経歴書を書いている人。応募動機の欄だけ書き直してあとはコピーという履歴書を送る人。そして意外と多く見受けられるのが、履歴書送付の際に送り状を同封しない人。送り状が同封されていなければ、どの募集に対して、どの職種を希望し履歴書を送ったのかが相手方にはっきり伝わらない。受け取った方は履歴書の扱いに困るわけだ。

電話での印象も、全ての企業が事細かにチェックするわけではないが、一応見られている。採用部門には関係ないからと、電話交換スタッフにぞんざいな口調で話していると…。面接官がスタッフに応募者の印象をヒアリングする際、裏表のある人格が明るみに出たりする。また、面接前の待ち時間も要注意だ。お茶を運んでくるスタッフも、採用活動の立派な一員なのだから。

かといって、すべての転職マナーを守ろうと緊張する必要もない。要は転職先で出会った人々に、マナーに気を遣う気持ちが伝わればいいのだ。緊張のあまりやった失敗なら、必ず相手もその気持ちを汲んでくれる。就職のノウハウ本を1冊買えば“常識的”と言われる範囲のマナー知識は事足りる。あとは様々な場面で相手を気遣える心の余裕を持つだけだ。また転職の機会に普段気にしないマナー知識をつけておくと、後々必ずプラスになるはずだ。

「この人には気遣いというものがない」と憤慨した方は、その人を避ければそれで済む。しかし、避けられた本人は手痛い損をしてしまうことになる。いくら能力があり優秀であっても、避けられてしまえば、それを認められる機会さえ失われるからだ。マナーとはつまり、自分の能力や素養を、心で相手に裏付けるものである。能力と心の余裕がひとつになって初めて、人は人からの評価を受けることができるのだ。

『 ずれた返答の法則 』

前回、企業が面接で出してくる質問にはたいてい裏がある、という話をさせて頂いた。“本当に聞きたいこと”を見抜けば、不快すれすれの質問にも冷静に対処できるはずだと。さて、それでは私たち職業人の側を振り返ってみるとどうだろう。私たちには企業と違って“面接慣れ”する機会がなかなかないものである。自覚なくつい的外れな返答をしてしまったりする。

私が1週間ほど前に面接に同行させてもらった、Eさんを例に話をしてみよう。Eさんは28歳の経理マン。経歴書を見ると数々の資格を持っており、年齢の割にはかなり踏み込んだ仕事をしている。実際、先々の経理リーダーにと数社から引き合いが来ており、私が同行した面接はその1社目だった。ここを皮切りに内定を集め、条件の良い所を選ぼうとしていたのだが…。

Eさんは、明らかに準備不足なのだった。なぜ当社の面接に来てくれたのかと聞かれ「今好調かつ先々更に伸びる業界ということで、御社を」と答えてしまう。企業は業界の評価を聞いても別に嬉しくない。そこで企業が、ならばなぜ業界の中でも特に当社を?と聞くと、Eさんは「御社が中でもトップクラスですから」と答えるのだった。このやりとりはここで終ってしまった。

また、Eさんは転職理由を「キャリアアップを考え」と述べたのだが、企業が具体的なプランを突っ込むと答えに窮するのだった。そして最後にEさんからの質問時間。教育研修について質問するEさんを横目に、私はフォローするタイミングを図りかねていた。Eさんが新卒以来初めての面接で慣れない気持ちはよくわかる。これをどう次の面接に繋げるかがEさんの課題だ。

面接は企業を誉める場所ではなく、自分を企業に認めさせる場なのだ。と、オフィスに戻った私はEさんに説明した。トップクラスだからと誉めるのではなく、その企業で自分は何をしたいのかを述べねばならない。キャリアアップを転職理由に挙げるのならば、具体的なプランを通じて、いかに組織内で役立てるかを述べる必要がある。そのためには1にも2にも下準備なのだと。

「その企業に入社したら、自分なら何ができるのか。何がしたいか。面接前に企業の情報を整理しながら実際にイメージングすることです」。経歴は申し分ないだけに、ここを突破できないのは非常に惜しいと言う私に、Eさんは汗をかきながら深く頷いたのだった。Eさんは今、面接予定の入っている企業を1社1社レポートにまとめているらしい。次の同行が楽しみである。

『 面接官からの質問の法則 』

「ちょっとあの会社ひどいです。嫌みとしか思えない質問をされました」。ソフトメーカーT社の面接を受けに行ったGさんが、その足で我々のオフィスに駆け込んできた。Gさんは26歳のプログラマーで、今回が初の転職。T社はGさんを経歴書選考の段階からかなり有望視しており、悪意の質問などするとは思えないのだが…。とにかくGさんは激怒していたのだった。

Gさんが言うには、こんな質問をされたらしい。普通は前の会社を辞める前に転職活動を始めるものだが、あなたは辞めてからうちの面接に来ている。それはいったい何故なのだと。また、こんな質問もされたらしい。退職理由が“正当な能力評価による報酬が得られない”となっているが、あなたの考える“正当な報酬”とはいくらなのか。実際に年収はいくらだったのか。

「いつ転職活動を始めようと別に個人の勝手じゃないですか。それにあんな低い年収、恥ずかしくて答えられません。プライバシーじゃないですか」。Gさんは私にそう訴えるのだった。確かにGさんの言い分には一理ある。みなさんの中にも「そうだよな」と思った人がいるかもしれない。私も、もし自分がいち転職者ならばと考えると、確かにあまりいい気持ちはしない。

しかしそれは、あくまで私たち職業人の視点でのことだ。T社の側に立って考えると、T社は決して嫌みや意地悪な気持ちからこのような質問をしているわけではないのである。まず一つ目の質問だが、これはGさんが円満退職したのかどうかを聞いているのだ。そして二つ目の質問。これは前職給をもとに、給与交渉時に提示する額を決めたいというT社の意思表示である。

つまり単刀直入に言えば「前の会社で何かあって転職活動する間もなく辞めたんですか」「給与が不満なら幾ら出せばうちに来てくれるんですか」だが、こんな聞かれ方をするほうが遥かに嫌だ。しかし企業としては、そこを押して質問しなければGさんの採用を進められないのである。だから遠回しな、下手をすると嫌みともとれる言い回しなってしまう。企業も大変なのだ。

私たち職業人と企業の都合は、ともすれば反発しあう。採用面接という、互いの関係が不確定な場所ではなおさらだ。それぞれが違う都合をぶつけあいながら、接点を探っていかねばならない。相手の立場を理解すれば、質問の裏に隠された真意も見えてくるし、冷静に受け止めることができるはずだ。企業側に立って考える必要はないが、企業の立場を“理解する”。そこから対処の仕方が見えるのではと言うと、Gさんもやっと頷いてくれたのだった。

『 面接と会話の法則 』

SEのGさんが、採用面接を終えた足で、私の所へ泣きついてきた。どうも感触が良くなかったらしい。いったい面接で、どんなやりとりがあったのか…。詳しく聞くうちに、私も「そりゃ、しゃーないわ」という気持ちになった。もともとクチベタなGさん。書店に並ぶ面接マニュアル本をあれほど読むなと言っておいたのに、不安にかられてやっぱり読んでしまっていたのだ。

問題のやりとりはこうだ。先方企業の面接官が、話の途中でいきなり「C言語はできますか」と聞いてきたらしい。そこでGさんは激しく混乱した。経歴書を見れば、できないことは分かるはず。業務上も支障はないはずだ。なのに、なぜそんなことを聞くのだろう。でも、とにかく答えなければ…。
そこで思いだしたのが、面接マニュアル本にあった一言。“できないことをできると安易に安請け合いするな”である。Gさんは戸惑いながらも、面接官に向かって「できません」と断言した。しかし、その後が続かなかった。
“できません”の後に何か続ける必要があることは、Gさんにも雰囲気で察せられた。だが、本の内容をいくら思い出しても“できません”の後にどう続けるのが理想的か、書かれてはいなかったのだ。仕方がないので「申し訳ありません…」と弱々しく付け加えると、面接官に冷笑されたという。

Gさんのケースに限ったことではない。“いかにもマニュアル本どおり”な面接者をわざと揺さぶる手法は、多くの人事が使っている。なぜなら彼らは、一見お行儀の良い面接者の、本性を知りたいと考えているからだ。
面接者の職務上の能力が合格ラインに達しているか否かは、経歴書の段階で大体判断がついている。人事が面接の場で主に見るのは“ウチの社風に合う人間か”。その点を履き違えると、しなくてもいい損をすることになる。

面接というと、多くの人は“出された質問に完璧に答えなければ”と構えがちだ。だが“質問に答える”だけでは、自分がどんな人間か相手に伝えられない。“会話を通じてコミュニケーションする”ことが必要なのだ。
相手が人柄を審査するなら、自分も社風を審査する。それぐらいの姿勢で会話すればいいのにと思う。その上で不合格なら、本当に“合わなかった”ということなのだ。Gさんも本の内容に固められた頭でなければ、「C言語はできませんが、○○でカバーしますよ」とぐらい切り返せたかもしれない。

『 面接とお見合いの法則 』

中途採用の面接試験は、お見合いに似ている。気に入られることばかりに必死になって、相手をちゃんと見ていなければ、結婚した後に後悔する。
私は、お見合いで言う“やり手ババア”として面接試験に立ち会うことが多い。そこでいつも思うのだが、みんな“企業側に気に入られること”しか考えていないようだ。もっと相手のアラを見つけるぐらいの気持ちで望めばいいのにと思う。少々極端な例だが、今からご紹介するOさんのように…。

Oさんは40歳のメーカー出身者。製品の品質を維持する品質管理部門の長を、長年勤めていた人だった。その豊富な経験から、獲得を希望する企業はすぐに現れた。かねてから品質管理の経験者を欲しがっていたE社である。少なくともその時は、申し分ない組み合わせに見えた。E社は経歴書を見ただけで、ほぼ採用を決めている。提示された待遇に、Oさんも満足げだ。私はさっそく面接をセッティングし、Oさんと共にその会社へおもむいた。

最初はなごやかなムードだったのだ。Oさんが流暢に語る豊富な経験の内容を、役員たちは身を乗り出して聞いていた。しかし、役員の1人が「なにか質問はありませんか」と言った所から、雲行きが変わってきた。
「さきほど工場内を見せて頂いたのですが、品質管理のシステムに穴が多いように見受けられました」。Oさんがとんでもないことを言いだしたのだ。「それに、スタッフの勤務態度も少々気になりました。率直にお聞きしておきたいのですが、私が部門長になれば、スタッフの採用や教育からすべてを変更することになると思います。それでも結構ですか」。

役員たちの目付きが一気に険悪になった。痛いところを突かれたのだ。「そんな風に言うけどキミ、さっきチラッと見ただけじゃないか」「そうだそうだ。入社してもないのにわかるのか。第一キミ、業界が違うじゃないか」「そこまで言うんなら、品質管理とはなにか今ここで教えてほしいもんだ」
こんなふうに出てくる役員も役員だが、Oさんも負けてはいなかった。「わかりました。品質管理とは…」。彼の足をこっそり蹴って止めさせようとしたのだが、もう遅かった。Oさんはその後30分間、品質管理とは何ぞや、という自分のポリシーを、居並ぶ役員たちの前で演説したのだ。

「Oさん、あれはやりすぎです」。怒りながらE社を出た私だが、Oさんはサバサバした表情だった。「いいんですよ。また他を探します。私はね、率直にものが言える、柔軟性のある会社でないとやってけないタイプなんです。あなたも見たでしょ、あの役員たちの硬い反応。私には合いませんよ」。
そしてOさんは笑って付け加えた。「こういうことはね、事前に知っといたほうがいい」。完全に一本取られた気がした。確かに彼の言う通りなのであった。面接とは、見られる場であると同時に、相手を見る場でもあるのだ。