『 ビジョンと戦略の法則 』

私たちは夢のある話に魅かれる。また夢を語る人にも魅かれる。それは転職市場にも、ひとつの傾向として如実に表れていると思う。例えばIT系ベンチャー人気は、業界の新陳代謝が激しいと認識され始めた今も高いままだ。ところが一方で、最近IT系ベンチャーの周囲にこんな動きも出てきている。

IT系ベンチャーを退職した人を中心に、「IT系ベンチャーだけは絶対に紹介してくれるな」と言う人がちらほら出てきているのだ。もちろん、次の転職先もぜひIT系ベンチャーで、と言う人も沢山いるのだが…。二度とIT系ベンチャーでは働きたくないという人には、一体何があったのだろう。

例を挙げてみよう。意外に狭い世界なので詳しく書くことは避けるが、私が出会った幾人かのIT系ベンチャー退職者から聞いた話を並べてみたいと思う。彼らが共通して言うのは「建前だけの夢に躍らされた」ということだ。

いわく、社長の語る将来ビジョンに感銘を受けたのだが、入社してみると肝心の社長にビジョン実現への意欲がなかった。または、寝る間も惜しんで仕事に取り組んだのだが、結局出来上がったのはビジョンだけが反映され、それを現実に運営する手立てのない誇大広告のような事業だった、等々…。

中には「もう“ビジョン”なんてものは信用しない」とまで言う人もいた。確かにそう言いたくなる気持ちもわかるが、すべてのIT系ベンチャーが夢だけを売って瞬発的に稼ごうとしているわけではない。夢の実現のために知力を尽くした戦略を打ちたてているIT系ベンチャーを私は沢山知っている。

かたや確固とした戦略を確実に積み重ねていく会社も、戦略の先にビジョンが無ければどこかで頭打ちになる。何を目指すかという“夢”、目指すためにどうするかという“戦略”。どんな会社でも、またどんな人間でも、両方兼ね揃えていてこそ信用に足る。色々なビジョンが語られ、食傷ぎみの今だからこそ、夢も現実も見失わないフラットな視点を持ち続けたいと私は思う。

『 助言の法則 』

最近、我々のオフィスを訪ねて来る若い転職者の方の中に、ある新たな傾向が見えてきた。「耳の痛い話でもいいので、率直にアドバイスして欲しい」と言う人が増えてきたのだ。こういう態度は「自己判断する指標を持たず、他人に強い口調で導かれたがっている」と言われてしまうこともある。

だが、私は“人の意見を聞きたがる人”が増えたことは、当たり前の傾向だと思うのだ。他人の意見に一切頼らず、ストイックなまでに自己判断で転職活動を進める人は確かにまだ多い。ただ近頃では、そうした人々が苦戦している姿を少なからず目にする。情報を整理しきれないからだ。

身の回りを見渡すと、転職や企業に関する情報が溢れ返っている。以前は知り得なかったことも、割合簡単にわかってしまうようになった。そんな中で、私たちは耳にタコができるほど「情報を自己責任で取捨選択せよ」と言われ続けている。だが全てを自分で背負うのは、どだい無理ではないだろうか。

例えば私が接する転職者の方々は、こんな質問もぶつけてくる。「2つの企業の内定を受けたが、率直にどちらが良いと思うか」「自分の業界ではどの会社の給与が高い低いと噂ばかり先行しているが、本当のところはどうなのか」私からどんな判断が引き出せるかを的確に見越しての賢い質問だと思う。

ただの“教えてもらいたがり”や“助言されたがり”とは何かが違うのだ。聞きたい分野や内容によって適任なアドバイザーを選定し、質問内容を明確にして意見を求める。そんな“賢い聞き手”が確実に増えているのである。これも、情報化社会ならではのビジネス人の進化なのだろうと感じる。

できる聞き手には、良いアドバイスが集まってくるものだ。みなさんの周りの“できる人”も、用途に応じて目的のアドバイスが引き出せる“参謀”を抱えてはいないだろうか。知り得る情報が増え、自己責任での取捨選択が大切になったらこそ、私たちは“聞く”という原点に戻らねばならないのだ。

『 運と不運の法則 』

毎月幾つもの面接をセッティングしていると、「転職とは難しいものだ」と心から感じる時がある。最終的には運が全てを分かつのではないかと。しかし不運に直面した時に、その人の真価が明らかになることもある。最近出会ったCさんのケースでは“不運だったCさん”に私が逆に励まされてしまった。

Cさんは元々某流通系企業の経営企画室に勤務していた。経営戦略の立案や新規事業の発案・推進をする、その道のプロである。様々なプロジェクトで成果を出し順風満帆に働いていたのだが、Cさん自身は、その会社でやれることはやり尽くしたと感じたらしい。新天地での経営企画を希望していた。

そこへ誘いをかけて来たのが、ベンチャー企業A社に勤めるCさんの友人である。全面的な制度改革を準備しており、ぜひCさんに手伝って欲しいとのことだった。私とCさんはA社へ何度も足を運び、友人・A社役員と納得の行くまで話し合った。Cさんは充分にA社を理解して入社した、はずだった。

はずだったというのは、入社前に知りようもなかった障害がCさんを待ち受けていたからである。A社の社内は2つの派閥に分かれて抗争していたのだ。自分の会社に派閥抗争があるなど、絶対に言えるはずもないことはわかる。しかしなぜそんな状況で誘ったのか。私は正直、Cさんの友人を恨んだ。

だがCさん自身は、1年間やれるだけのことをした。改革案を上げると、片方の派閥は賛成する。するともう片方の派閥が猛反対する。その繰り返しだったらしい。そして先日、とうとうCさんから電話がかかって来た。「なんだか私が辞めさせられることになっちゃいました。またお世話になります」

本当に不運でしたねと、私はCさんに言った。すると彼は笑ってこう返したのだった。「あなたまで運を嘆いてどうするんですか」と。どんなに注意を払っても、思わぬ理由でプロジェクトが失敗することはある。今回も同じことだ。難しいからこそ、嘆く前にやるべきことがあるとCさんは言った。私は感服しつつ、Cさんの面接先ピックアップに心して取り掛かったのだった。

『 愚痴と同情の法則 』

先日、遅い昼食を取ろうと夕方のラーメン屋に飛び込んだ。時間帯のせいか客は私だけ。すると店主が私を相手に愚痴をこぼし始めたのだった。「雑誌で紹介されてから混雑時が忙しすぎて困る」「仕込んでも仕込んでも追い付かない。これじゃ身体を壊しそうだ」等々…。私は不快な思いで食事を済ませると店を後にした。「なぜ客の私が、店の愚痴を聞かねばならないのだ」

この場合は私が神経質すぎるのかも知れないが、もっとわかりやすいビジネスの場面でならどうだろう。営業職の皆さんならお分かりになると思うが、苦労話を聞いて素直に同情してくれる顧客は滅多にいない。むしろ「そんな話を聞かせて同情を引こうという腹積もりがけしからん」と叱られるのがオチだ。そして、実は転職の世界でも、同じようなことが言えるのである。

人材紹介オフォスには、「とにかく自分の不遇な状況を誰かに聞いて欲しい」人もたくさんやって来る。気持ちは、ものすごくわかる。話せる場所が他にあまりないからだ。リストラされたという話や、こんな酷い事情で辞めざるを得なかったという話、何件廻っても決まらないという話…。一通り聞いてから、私は「その話は本番の面接で漏らさないようにして下さい」と言う。

転職は、個人の事情抜きには語れない。それは大前提としてある。しかし面接に臨む自分はあくまで“個人であると同時に売り込み人”だ。一見優秀に見える人でさえ、それを忘れがちなのである。例えば最近目にした顕著な例では、官公庁から大手、ベンチャーへと転職を繰り返していたFさんだろう。

「役所は単調すぎ、大手は風通しが悪く、ベンチャーは忙しすぎました」とFさんは面接で語ってしまったのである。Fさんにしてみれば「だから御社に入社したいと思った」と言いたかったのだろう。しかしビジネス上の売り込み文句として考えれば、愚痴の類など“購入側”は聞きたくないのである。採用する側は愚痴に不快になりこそすれ、心動かされることなどほぼ無い。

なぜなら1回1時間、多くて3~4回の面接で、その人の人間性の全てがわかるはずもないからである。わからないからこそ、負の話は負の話として印象に残ってしまうのだ。どんな事情があるにせよ、ビジネスの場面で愚痴に同情してもらえると思ってはいけない。自分の境遇をぐっと飲み込んだ上で、颯爽と己を語る。そんな人にこそ運が向くと思うのだが、いかがだろうか。

『 評価と人材理念の法則 』

10の企業があれば、10通りの評価制度がある。それほど、従業員を評価する方法は各企業によって違うものだ。また働く私たちも、どんな評価のされ方をしたいかは本当に人それぞれだ。だが転職時に、意外と後回しに考えてしまいがちなのが、この評価制度である。評価への納得感は仕事への意欲を左右するものだけに、少しでも自分に合うものを選択すべきだと私は思う。

そこで今回は、評価制度が転職の決め手となった、ある興味深い例をご紹介してみよう。話の中心は、27歳のエンジニアFさん。順当に2つの企業からの内定を得たFさんだったが、最終的な局面でFさんはなかなか結論を出せずにいた。どちらかの企業を選ぼうにも、どちらも似たり寄ったりな条件だったからだ。同業企業に複数応募したエンジニアがよく陥る場面である。

仕事内容も、企業規模も、待遇もほとんど同じ。勤務地こそ違えど勤務時間もさして変わらない。またFさんの上司となる予定の人物も、個性こそ違えどそれぞれに魅力があり、甲乙つけがたいのだった。では、両社の違う点は何なのか。選択基準を見失い悩みに悩んだFさんが、両社の差異をいろいろと探していって見つけたのが、評価制度の違いだったのだ。

一方のA社は、海外の評価制度を自社向けにカスタマイズしていた。評価が数量化されて表される、いわば実績重視のシステマチックな評価方法である。もう一方のB社は、評価者の主観を重視する感覚的な評価方法だった。ファジーである分、多くの人が評価に参加する。実績や成果を出した過程や、その会社貢献度までを測ろうという意図で構築した評価制度なのだという。

そしてFさんは、B社の感覚的評価を選んだ。「成長過程も評価の形で認めてくれる企業だから、目標に対し前向きになれる」という理由だった。興味深いことに、その後すぐ別のKさんという人が同じ2つの会社の内定を得た。Kさんも同様に悩んだのだが、彼は反対にシステマチックな評価方法を選んだのだった。「数量化された評価にこの企業の公平な社風を感じる」というのがKさんの理由だった。本当に評価に対する考え方は人それぞれである。

企業の、人材に対する考え方も人それぞれである。人事制度は大きく分けて採用・教育・評価の三本柱で成り立っているが、企業の持つ人材理念が最も色濃く反映されるのが“評価”の部分だろう。どのような評価方法をとっているかで、企業の人材に対する考え方がわかる。だから私たちは評価制度から、その企業の考え方を読み取ることができるのだ。自分にマッチした評価制度を選ぶことは、自分と考えの合う企業を選ぶことに他ならないのである。

『 企業と仕事の法則 』

外資系企業A社の人事担当者から、先日興味深い話を聞いた。その会社は ハードウェア系のメーカーなのだが、なぜか“サポート”と名の付く職種に 求人応募が殺到するのだと言う。具体的に言えば“テクニカルサポート”、“ユーザーサポート”等の職種名称である。他の職種の数倍もの応募がある らしい。

だが「それは選考のしがいがあるでしょう」と私が言うと、人事担当は少し 辛そうな顔をするのだった。「有り難い話だということは重々承知なんです。 でも…」。聞くと、その応募者の多くはスキル的に、残念ながらお断りを入 れざるを得ない人々なのだそうだ。サポート系職種の募集期間中は、数百通 もの丁寧な“お詫びメール”を連日徹夜で書くのだと、人事担当は言った。

では、なぜ“サポート”と名の付く職種に応募が集中するのか。A社は有名 な大手企業である。企業イメージも良く、機会があれば入社したい人は大勢 いると思われる。しかしA社が普段募集する人材の多くは、プロダクトマ ネージャー(製品開発担当者)やビジネスディベロップメント(技術側面か らのビジネスコンサルタント)といった、名前からして高度そうな超難関職 だ。

でも、ユーザーのサポートなら自分にもできる。応募者はそう考えているの かも知れないと、私は思った。実際には、“テクニカルサポート”は高難易 度の技術問題を解決する専門職。“ユーザーサポート”は確かに一般ユー ザー担当だが、中途採用の正社員は、部署リーダーとしての役割を兼務する ことが多い。スキルや経験の必要性から言えば、他の職種と何ら変わりない のだ。

A社は自社の求人情報に、仕事内容や応募資格の詳しい説明を入れている。 それでも応募資格に満たない人からの応募が絶えないのだという。挑戦して みようという気持ちは確かに大切だ。憧れの企業で働きたいという気持ちも わからないではない。しかし、職種の名前のイメージだけで“自分の仕事” を選ぶ気には、私はどうしてもなれないのだ。たとえ恋い焦がれた企業で も、内容的に誤解していた仕事を本当に任されて、果たして幸せだろうか?

転職先を、企業で選ぶか。それとも仕事で選ぶか。どちらかを選べと問われ れば、私は仕事と答える。企業の評判や実力などといった情報は手に入りや すい。しかし、そこで働く人々が実際どんな仕事をしているかは、自ら知ろ うとしなければ正確に分からない。企業が自分の一生ものとなる可能性より、 仕事が自分の一生ものとなる可能性の方が遥かに高いのだ。企業以上に仕事 を知る必要があると私は考えている。

『 紹介会社と信頼関係の法則 』

法律改正以来、人材紹介業界の雰囲気が、少し変化している。許認可が受けやすくなったことで、新興の紹介会社が一気に増えた。それに伴って、以前まで守られていた業界内でのコンセンサスが崩れてきているのだ。例えば、人材を企業に紹介するタイミングについてである。本来ならば転職者本人の承諾を得てから、企業にその転職者の情報を流すのが“スジ”なのだが…。

実際に困ったことになったケースを例に挙げて話をしてみよう。転職者は、通信エンジニアのBさん。Bさんは初回の転職にしては抜かりのない人で、紹介会社それぞれの得意分野を調べた上で、我々のオフィスも含め4社ほどに人材登録していた。そこで情報収集をしながら、抱えているプロジェクトの区切りがついてから本格的に動きたいというのが、Bさんの希望だった。

さてBさんの仕事にも一段落がつき、いよいよ応募先を絞り込もうかという段階になる。Bさんと私はIT系企業のT社を第一ターゲットに選び、T社に連絡を取ったのだった。ところが、である。T社は「1カ月前に別の紹介会社からBさんの話が来ていて、断った」と言うのだ。本人の全く知らないところで、Bさんは勝手に応募させられた上に不採用となっていたのだ。

これにはBさんも私もまいった。しかもその紹介会社は、的外れな職種でBさんをT社に紹介していた。Bさん本来の志望職で応募し、スキルをきちんとアピールした上での不採用なら、まだ諦めもつく。「面談の時、ちょっとT社に興味があるということを言っただけなのに…」。後からわかったのだがその紹介会社は、他にも3社ぐらいの企業にBさんを紹介していた。

結局、納得できない私はT社を直接訪問して事の顛末を説明したのだった。Bさんが本来どの分野に強い人材で、どの職種で迎えれば力を発揮するのかも。T社には“不採用者を以後1年間採用してはならない”との社則があったのだが、有り難いことに、別の職種での採用ならOKだろうというイレギュラーの対応をしてもらえることになった。今、順調に面接が進んでいる。

皆さんに向けてひとつ自衛策を挙げると“自分の了承なしに紹介しない”との確約をとっておくことだ。確約を迫られて渋い顔をする会社は信用しないでいい。人材紹介会社の生命線は、転職者との信頼関係である。それを守れない会社は少数だと、私は思いたい。人の気持ちを汲めないビジネスマンが成功しないのと同じことだ。人と人の繋がりを軽く見る会社も成功しない。

『 駆け引きの法則 』

いろいろな転職を見てきて思うが、転職者と求人企業の間には、やはり様々な駆け引きが存在する。そのままぶつかりあえば、誤解を生んだり物別れに終わったり。いちばん理解しあわねばならない者同士なのに、率直になれなことがままある。我々コンサルタントというものは、そんな彼らの間に立って、こじれそうな糸を直していく役割も担っているのだなと思う。

最近、久し振りに手に汗握る駆け引きに出会ったので、ご紹介しよう。転職者は、某外資系で営業部門の長を勤める、36歳のMさん。転職先は、同業の新興外資系T社である。この転職話は3カ月も前から進んでいたのだが、T社は「ほぼ内定」と言いながら、なかなか内定証書を発行しなかった。本国にいる人事の決裁が必要だがつかまらないと、先延ばしにするのだ。

在職中の会社に退職届まで出してしまったMさんにしてみれば、たまったものではない。祈るような気持ちで正式内定を待つうち、退職日が1カ月先、半月先に迫ってくる。Mさんは毎日のように私に電話を入れてきた。そうしたくなる気持ちは良く分かる。私も毎日のようにT社へ催促の電話やメールを入れた。しかしT社はその度に人事トップと連絡がつかないとかわすのだ。

「もう待ちきれません。先週第2志望の会社に面接に行って、実は内定をもらいました」。退職日が1週間後に迫ったある日、とうとうMさんがしびれを切らした。本当はT社に行きたいが、もう諦めると言うのである。私もさすがにMさんが気の毒に思えて、「Mさんをどうされるおつもりです?彼は他の会社に行こうとしていますが」とT社を問い質してみたのだった。

すると、電話口で担当者が何か相談している気配がする。返ってきたのは拍子抜けするような返事だった。「では明日内定証書をMさんに郵送します」T社は内心ではMさんの採用を迷っていたのだという。だがMさんのもう1社の内定先がライバル企業と聞き、彼の市場価値を再認識したのだ。はからずも自分の価値を証明して見せたことで、Mさんは駆け引きに勝ったのだ。

企業は莫大な経費と利益を、転職者は生活と人生をかけて会いまみえるのだから、互いの思惑が衝突するのは当然のことだ。こうした駆け引きは別に転職という舞台に限ったことではないし、我々サラリーマン全員が多かれ少なかれ経験することだろう。少なくとも私はMさんの件でこう思った。“駆け引きに勝ついちばんの有効打は、自分の価値を見せつけることだ”と。

『 情報の法則 』

この仕事をしていて常々思うことがある。世間には星の数ほど求人情報が出回っているが、その仕事に就くには何が必要かを伝える情報は、あまりにも少ないと。“こんな資格が良い”“こんな学校が良い”という表面的な情報ならあるのだが、どんなキャリアステップを積みどんなスキルを身に付けておく必要があるのか、という肝心な部分が殆ど伝えられていないのだ。だからこそ我々のような仕事が受けるのだろうとも思うが、転職者にとっては好ましくない環境である。見当外れの行動を起こしてしまいがちになるからだ。

27歳のUさんを例に挙げてみよう。彼は以前の会社に新卒入社して以来、“幹部候補”の名の元にプロジェクトマネージャー(以下PM)としての研修を受け、PMに必要なSEとしての下積み期間を過ごさぬまま、PMに近いような仕事を任されてきた。本来ならば業務を振り分けたり納期を管理するために、SEとして現場の仕事を熟知しておくことが、PMに必須の素養である。しかし、Uさんはそのことをまったく知らないのだ。“自分にはPMの経験があるから、他の会社でも同じ仕事ができる”と思い込んでいた。私たちがいくら“他の仕事を志望したほうが良い”とアドバイスしても耳を貸してくれない。企業の面接を受けたら受けたで落とされてしまう。それでもUさんは“人材紹介会社や、自分を落とした企業の方が目が無い”と主張するのだ。見当外れも甚だしいが、彼ばかりを責めるわけにはいかない。普段、正確な情報に接する機会があまりにも乏しいため、私たちのアドバイスや企業の判断を急に受け入れることができないのだ。

希望職に就くため、どんな経験を積むのか。どんなステップを踏んで希望職を目指すのか。それが、転職者にとって最も重要な情報なのだと私は思う。自分が求められる条件に見合わないのならば、その条件を満たすために有益な努力ができるし、希望職を変更することもできる。また、企業に対してブレたアピールポイントを提示してしまう間違いも、犯さずに済むはずだ。

人材紹介会社でそうした情報を得るコツとしては、経歴書に事実だけを細かく並べ立てる方法がある。会社によってはうるさがられるかも知れないが、4.5ページまでなら安全圏内だと思う。自分の経験してきた職務や得られた実績を、細かく洗いだして個条書きにするのだ。そこからコンサルタントに売りとなるポイントを見つけてもらい、一緒に経歴書をブラッシュアップするのである。希望職の変更が必要ならその旨アドバイスが得られるだろうし、目的に添ったキャリアステップも頼めば教えてもらえるだろう。大切なのは、様々な情報を得ようとする姿勢である。自力で転職活動をするとしても“これだけ知っていれば充分”とは、決して思わないで頂きたいのだ。耳の痛い情報も集めてこそ、本物のビジネスマンと言えるのではないだろうか。

『 経歴書と英文レジュメの法則 』

英文レジュメというものをご存知だろうか。主に欧米系の企業で使用される履歴書と経歴書を兼ねた書類である。最近この英文レジュメを“機械に読ませる”企業が増えているらしい。検索ソフトにかけ、特定の単語がヒットしたものだけを選考の対象とするのだ。なんとも合理的な話である。どこかの外資に応募したあなたの書類も、機械で選別されているかも知れないのだ。

以前このコーナーで、経歴書を作成するにあたってのコツのようなものをご紹介した。今回はそこから一歩進んで、今後の転職市場で経歴書がどのような使われ方をしていくのか皆さんにご紹介していきたい。先に結論を申し上げると「日本の経歴書も英文レジュメの形態に近づいていく」である。

英文レジュメには大きく分けて2つの種類がある。ひとつは、学歴や年齢、前職等をしっかり記載するイギリス式。もうひとつはアメリカ式なのだが、こちらが先に述べた“機械で読み取られることが増えている”レジュメである。イギリス式と最も違う点は、仕事に直結するキャリアやスキル以外の記載はどんどん省略されるという所だろう。年齢を書かないケースや、既婚・未婚の別を書かないケース、性別さえ省略することもある。応募先の企業に合わせて自分の中の“売り”をピックアップし、必要なことだけを個条書きにしていくので、希望職種に関係ない転職経験もはしょることがある。“履歴など関係ない。何ができるかを端的に示せ”という性格の書類なのだ。

今までの日本の経歴書は、どちらかと言うとイギリス式に近い、履歴書の補足的な性格の書類だった。しかしこれからは違う。日本の経歴書も、スキルの選別材料として合理的に扱われるアメリカ式に近づきつつある。その傾向が顕著に出始めているのがエンジニア系の職種だろう。例えば我々のオフィスに来る登録者の中にも、高い学歴と素晴らしい職歴を持っているのに、企業の書類選考を突破できない人がいる。反対に、キャリア的には平凡なのに経歴書を見た企業から幾つも引き合いがかかる人がいる。本来の実力はさておき、書類上でのアピール次第で、勝ち組と負け組に分かれてしまう。そんなことがないよう、我々は経歴書の添削を繰り返すのだが…。やはり経歴書の扱われ方を心得ているか否かで、内容に歴然とした差がついてくるのだ。

“グローバルスタンダード”というと、もう旬を過ぎてしまった言葉のようにも聞こえるが、そうではない。私たちが言葉そのものに飽きただけで、実際には私たちの周囲で着々と進んでいる。日本の経歴書も、機械で選別される時代がそう遠からず来るのかも知れない。しかし、私は焦る必要はないと思う。経歴書上で、スキルをいかに端的にアピールするか。そのコツさえつかめば、今後は学歴や職歴に関係なくチャンスが与えられると思うからだ。

『 成功する転職の法則 』

「転職の法則もいよいよ50回ですねえ。まさかこんなに続くとは思いませんでしたよ」と、当メール新聞の編集S君が、祝いとも嫌みともつかない言葉を私にかけてきた。「どうですか?50回記念ということで、今までの振り返り企画でもやりませんか?」。「うーん」と言葉を濁す私に、更に問いかけるS君。「前から思ってたんですけど、結局、転職成功の法則ってズバリ何なんでしょうね」。「ズバリって…。一言で言えないから50回も続いてきたんじゃないか。転職には人それぞれ色んな事情や展開があって…」。「でも転職成功者に共通して言えることは何かあるでしょう」「うーん」。考え込みつつも“くやしいが一理あるかなあ”と私は思ったのだった。

例えば私の知り合いに、通信関連企業で技術部門の課長職を務めるIさんという人がいる。彼はその企業へ、10数年前に転職した。10数年前というと、転職という手段がまだ世間的に殆ど認知されていない頃だ。「厳しかったですよ。転職なんて、ちゃんとした人間のすることじゃないと思われていました」。その頃に比べると、今は、なんて転職のしやすい世の中になったのだろうとIさんは思うのだという。「でも、あの時転職しておいて良かったと心から思うんです。こうして、やりたい仕事ができるんですから」。

以前ここで紹介した“何が大切か、の法則”のKさん、そして“幸福な転職、の法則”のG君も、Iさんと同じく「転職して良かった」と言う人の代表的な例だろう。彼らに共通しているものは何か。それは、ひとつの目的を実現するために転職を選択している、ということなのだろうと私は思う。大切なのは、彼らが現状への不満から転職を決意したわけではないということだ。別に今のままでもいいが、しかし自分は、本当はこうありたい。あるいは、こんな自分を目指したい。転職する動機がポジティブなのである。

転職の過程はまさに十人十色。セオリーというものがない。だから、“ズバリ成功の秘訣は”という編集S君の問いかけは少々乱暴かもしれない。しかしあえて答えを出すとすれば…「不満を抱えたまま転職しないことだろうね」と、私はS君に言ったのだった。「誰しも不満は持っている。だが、その不満を“だからこうありたい”という目的に昇華しないまま走り出してしまうと…」。「結局、目的の場所は見つからないということですね」とS君はうなずいた。「前向きな目的を持て、か。僕にはあるんだろうか…」。「良かったら今度相談に乗るよ」。「いやあ今は遠慮しときます」。私とS君は笑いあった。「じゃあ50回目の原稿、その内容でお願いしますね」と去っていくS君。そこではたと気付いた。私は、彼に上手く乗せられていたのだ。

『 人材コンサルタントの法則 』

面談室で初めて向かい合ったMさんに、私はいろいろな質問をした。彼が携えてきた経歴書を補足する説明を求めたり、転職希望条件について突っ込んだり、将来的なキャリアプランを問うてみたり…。何故か面倒臭そうに答えていたMさんだったのだが、どうも反応が鈍いと思っていると、そのうち彼は怒りだしてしまったのだった。「今まで使ってきた人材紹介会社では、そんなにしつこく聞かれることはなかったですよ。必要書類に記載した情報で充分でしょう。あなたは面接をセッティングしてくれるだけでいいんだ。」

Mさんは40代のコンピュータエンジニアである。人材紹介会社を通じて3度の転職を経験しているが、その勤め先のどれもが大手有名企業。彼の経歴と転職意向の情報を流せばたちまち数社からのオファーがある、それほど優秀な人だ。今まで転職に関してはさほど苦もなく成功をおさめてきただけに、Mさんが私の“面倒臭いやりかた”に苛々するのも、当然と言えるかもしれない。しかし、それでも私は、Mさんに忠告したのだった。「スマートなやりかたで3度成功したのは、Mさん、たまたま運が良かったからですよ」と。

人材コンサルタントに頼みさえすれば、いい仕事がまわってくる。他の方法ではアプローチしにくい企業とも、簡単にコンタクトがとれる。皆さんはそう考えてはいないだろうか。確かに、我々コンサルタントは便利な“媒体”ではある。各大手企業の人事にも皆さんのことをダイレクトに伝えられるし、皆さんに合った企業を選別もする。もろもろの交渉事だって肩代わりする。

ただ何というか…いくら精度の高いマッチングシステムといえど、すべては人対人のことなのである。私はそこが人材紹介の弱みであり、また強みでもあると思うのだ。“うるさくない人材コンサルタント”は手軽で良いが、皆さんについてあまり知ろうとしない欠点がある。彼が皆さんのためにかき集めてきた企業からのオファーも、一見マッチしているように見えて、実は長期的に見ると全く合っていない…運次第では、そんなことも起こりえるのだ。

転職者が何かを言えば言うほど、引きだせるプラスアルファが増える。逆に何も言わなければ、必要最低限のものしか出てこない。人材コンサルタントとはそうしたものである。コンサルタントを使いこなすには、まず自らのキャリアプランに関する明確な指針を彼らに伝えることだろう。キャリアプランが描けていない人は、正直に相談してみるのも良いと思う。その場限りの転職ではなく“あなたという人とその展望”を理解してアドバイスや転職先の紹介をできるのが、我々の最大の強みなのだから。少なくとも私は、転職者の成功を運任せにしないコンサルタントでありたいと、強く願っている。

『 ハントされる人の法則 』

ひとくちに“ヘッドハント”と言えど、2種類に大別することができるのを皆さんはご存知だろうか。ひとつはA社のBさんを連れてきてくれと、企業が特定の個人を指名する“ヘッドハント”。もうひとつは企業が経験分野・スキルのみを指定し、人選はエージェントに任せる“スカウト”である。

ヘッドハントは主に、上層部のゼネラリストを採用する場合に多く使われる手段である。例えば、○○部門の部門長に適任の人材がいない→そこへ他社の類似部門に在籍するBさんの評判が聞こえてくる→Bさんを連れて来ようという結論になる。簡単に言えば、このようなことだ。企業側はエージェントへ接触を依頼する前に、ハント対象の業績・功績・スキル・人間性を総合的に評価し、すでに採用意志を固めている。つまり在籍中の会社の外でも仕事ぶりや人柄が噂される人物でないと、ヘッドハントの対象にはなり得ない。

スカウトはもう少しハードルが低い。専門分野に特化したスペシャリストを採用する場合によく使われる手段である。企業側は“○○の分野で経験5年以上を有し、○○ができる人”という具合に、特定の個人ではなくスペックを指定する。私たちエージェントがそのスペックに基づいて人選し、声をかけていく。そしてここからがヘッドハントとの最大の違いなのだが、企業も個人も見知らぬ同士が引きあわされるだけに、当然面接で“落とされる”ということがある。これはスカウトされる人間の責任ではなく、人選するエージェントの腕次第なのだが…。ともあれスカウトにしても、エージェントの耳にまで到達する評判がなければ、対象となるのは難しいだろう。

私は彼ら“ハント/スカウト対象”と接触しながらいつも感服するのだが、揃いも揃って、話していて気持ちがいいのだ。直接知らぬ他方からも乞われる人物だけあって、彼らは決して自分の周りだけを見て仕事はしていない。社内の同僚ではなく、業界内または同じ職種の人々を常に意識しているのである。その中で上位を目指してきたのだから、自分に自信を持てるのも当然のことだろう。身内の評価のみに甘んじず“外からも評価されるのか”と考えながらスキルを積んでいけば、見る人は見てくれているものなのだ。

ちなみに、彼らは私たちエージェントからの申し出にも、決して返答を迷うことがない。行くなら行く。行かないなら行かない。YesかNoで即答するのである。これも、自分の位置づけや進むべき方向を把握していなければ、できないことだろう。ぜひ、見習いたいものだと、私も思う。

『 本音と建前の法則 』

なんの見返りも期待せずに助けてくれる人や、気にかけてくれる人が、会社の中にいる。それが本当なら、幸せなことだろう。しかし天の邪鬼な私は、“心優しき同僚”を無条件に信じている人を見るとつい、いらぬ心配をしてしまうのだ。会社独特の“本音と建前”の、見分けはついているのかと。

小さな設計事務所から相談にやって来たLさんの例をあげてみよう。彼女は先輩のO氏に“裏切られた”ことがきっかけで転職を思い立った。O氏は事務所の専務である。ベテランの優秀な技術者で、当初はLさんに実によく仕事を教えてくれた。「普通はこんなこと個人の企業秘密だから教えないけど、君になら教えてあげよう」と言いながら、自前のノウハウも伝授してくれる。LさんはO氏をすっかり信頼しており“何があっても自分の味方だ”と信じていた。ところが…。ある日LさんはそのO氏に“営業スタッフへの職種転換”を打診されてしまう。「今後組織的に営業力を強化していきたい。ぜひ君にやってほしいんだ。そう、君のためでもあるんだよ」。技術者として見切られたことは明白だった。人より覚えが遅いということは自分自身で薄々感じていたが、O氏がついていてくれるから頑張ろうと思っていたのに…。

まず“同僚の好意は無償である”という考えが甘い。と、私はLさんを諭したのだった。知識やノウハウを親身に注ぎ込むのは、それに相当する利益(見返り)を期待するからに他ならない。それが同僚や組織の本音の部分である。O氏にしてみれば、頑張って教えても成果が上がらなかった、期待外れ、といった所だろう。ただO氏についてひとつ難点を挙げるとすれば“教育という職務”を“個人的な好意”という建前にくるんでしまったことだ。職種転換を打診した際の彼の説明にも同じことが言える。「できる限りの教育はするが、この期間内にこのレベルまで達しなければ配置替えを行なう」。このようにズバリ本音を言えばいいのではないかと、私などは思うのだが…。

特に最近では不況のあおりもあって、無茶苦茶な“建前”が横行している。「全従業員の公平を期するため、住宅手当を廃止します」等々。「もう手当を支給してまで従業員をつなぎ止めるウマ味は感じられません」というのが本音だろうが、そうは言えないのが会社であり、また組織人なのだ。

建前を真に受けて振り回されるだけ損だ。建前の裏の本音を読め。そこにあなたが理解すべきこと、為すべきことがある。まだ若いLさんに私はそう言ってみたのだが、釈然としないようだった。彼女が同僚たちの要求にスマートに応えられる日は、いつ来るのだろう。これこそ老婆心かも知れないが・・・。

『 教育研修の法則 』

私たち人材コンサルタントは、転職者の面接にもよく同行する。一緒に相手先の企業へ乗り込み、面接の席で援護射撃したり、間に入って折衝したり。言うなればお見合いの仲人役のようなものだ。その面接の席、特に質疑応答の場面で、たびたび疑問に思うことがある。なぜ転職者たちは揃いも揃って「御社にはどのような教育研修がありますか」と聞くのだろう?何人かの転職者にその理由を聞いてみると「あまり理由はないが無難な質問だと思って」とおっしゃる。そんなことだろうと思っていた。なぜなら教育・研修体制について質問しても、たいていのところ、何の意味もなさないからだ。

たいがいの企業には“当社独自の教育・研修体制”なるものが存在する。しかしマニュアルの徹底した一部サービス系企業を除き、実際フタを開けてみると“研修体制”というより“福利厚生イベント”に近い。入社後行なわれる新入社員研修、3年目の社員に対して行なわれるメンバー研修。役職に就く際行なわれる管理職者研修…。あなたの会社にも似たようなものがないだろうか。そして、受講してもあまり実にならなかった記憶がないだろうか。

これは、企業理念なり経営理念なりを“自分たちの会社にふさわしい人材像”に落し込めていない会社があまりにも多いためである。理念や戦略に添った人材像が描けていれば、教育・研修も当然、その人材像を目指すために独自性や具体性を持つはずなのだ。日本の企業では、この部分が抜け落ちている。

反対に、自社理念から確固とした人材像を導き、完全に独自の教育・研修を行なう企業も存在する。だがこれとて働く側にとっては一長一短だろう。会社が求める人材像に賛同する・しないに関わらず、働く以上はそれを目指さねばならないからだ。また、独自の緻密な研修のウラには“教育について来れない者を振るい落とす”という目的がある。サービス企業の細かな接客マニュアル等が、その良い例だろう。会社が求める水準に達しない人材は、存在を許されない。金をかけて教育するからには、それなりの目的があるのだ。

転職者のみなさんに言っておきたい。教育・研修について聞きたいのなら、育成しようとしてる人材像から質問すること。答えが自分の主義や好みに合わなければ、入社を思い止まることもできる。その方が質問的によほど意義がある。私個人としては「教育?そんなのないよ。自分で勉強して」と言う会社の方が、スッキリしてるし自由もありそうなので、好感が持てるのだが。

『 U・Iターン転職の法則 』

怖い噂話を聞いたことがある。舞台は、豊かな自然に恵まれた、日本のとある地方。周辺には国立公園などのレジャースポットがあり、教育機関や公共施設、ショッピング施設も充実している。自然環境と生活の便を兼ねそろえた理想的な地として“田舎暮らし”を希望するファミリー層に人気だ。その地に、都会からの転職ファミリーを積極的に受け入れている企業がある。

広い社宅が用意され、待望の田舎暮らしがスタート。確かにまわりは緑いっぱいで、申し分ない環境だ。しかし…。しばらくすると越してきた家族は皆、その土地での生活に耐えられなくなってくる。夫は会社の同僚から無視され、妻は近所の井戸端会議に加えてもらえず、子供は学校でいじめられ…。つまり家族ごと、その土地の人々から除け者にされるのだ。都会から来た奴らに仕事を取られてたまるかと、会社の同僚たちが地域ぐるみで画策しているのである。こうして、都会から来たファミリーのほとんどが逃げ出してしまう。ローン途中の一戸建を残したまま、泣く泣く去る家族もあるという…。

以前ブームだった頃のような盛り上がりは無いとはいえ、田舎暮らしを希望する人が、まだまだ多いようだ。郷里に帰るUターン、郷里以外の地方に移り住むIターンといった言葉もすっかり定着した。ビジネスマン向けの雑誌を開けば、地方に移り住んで成功した人の話や、地方の成長企業・ベンチャー企業の華々しい記事。“田舎でもこんな最先端の仕事ができるんだ”“自分もこんな素晴らしい家を建ててみたい”…。いやがうえにも夢があおられる。

しかし、ちょっと冷静に考えて頂きたい。田舎暮らしの成功例を紹介する雑誌の記事などは、その土地の一部分のみを紹介している。“地方の最先端企業”が実際にあるとしても、皆が皆そんな企業へ入社できるとは限らない。車のエンジンの設計をしていた人が、エンジンの隅にある小さな部品を設計することに…。そんな事態も、充分ありえる。また、運良くいい会社と仕事を見つけたとしても、その会社を支える地元の産業構造まで調べてみただろうか。さらには、以前その会社に都会から転職してきた人が、どんな暮らしぶりをしているのかも…。“住環境も仕事も大満足!”。そんなマスコミの記事はいったん頭の中からクリアして、自分の目で確かめてほしいのだ。

田舎に移り住むということは、転職先の会社が潰れようとも、辞めざるを得ない結果になっても、そこに住み続けねばならないという意味を持つのだ。本当に住み続ける覚悟はあるのか。本当に住み続けるに値する土地なのか。ぜひとも家族みんなで、充分に考えた上で答えを出してほしいものである。

『 雑務の法則 』

最近頂いたご感想の中に、少々“?”と感じるものがあった。「これからはスペシャリストの時代なのですね。雑務に追われる毎日はやはり無駄だったのだと、改めて思いました。今後は○○の技術だけを追求していきます」。ちょっと待ってほしい。私の伝え方がまずかったのだろうか?。確かにスペシャリスト性が今後重要であることは、さんざん繰り返し述べてきた。そういう意味では“スペシャリストばかり強調”し過ぎてしまっていたのかも知れない。そこで今回は反省の意味も込めて、ある事例をまずご紹介したい。

事例の主は、秘書のJさんである。外資系K社の外国人ボスに付き、キャリアを積んできた彼女は、超一級の秘書スペシャリストだったのだが…。K社の日本拠点は、ある日突然撤退。Jさんをはじめ現地社員全員が解雇された。

Jさんは最初、あせってはいなかった。自分には高い専門性がある。だからどこででも雇ってくれるに違いないと。しかし私たちの人材紹介オフィスでJさんは“秘書の求人案件がほとんどない”ことを知る。総務事務や営業事務も同時にこなす秘書“的”な仕事ならあると言うコンサルタントの私に、Jさんはボーゼンとしながらこう答えたのだった。「営業マンの事務アシスタントなんて、どうこなせばいいかわかりません…。私には外国人ボスの世話しかできません…」。「そんなことないでしょう」と、コンサルタントの私。「あなたはK社で、入社後いきなりボスに付いたんですか?」。Jさんはハッとしたようだった。そう言われれば、K社に入社後の3年間は、営業セクションの部門長の下で雑多な仕事をいろいろやらされたと。あのころはそれが嫌で嫌で、1日も早く“秘書”に昇格したい一心で頑張ったと。「そのころの経験も、あなたの現在のスキルを構成する一部分だとは思いませんか?」と聞く私に、Jさんは確かにそう思うと深く頷いたのだった。

どうだろう、これでみなさんおわかり頂けただろうか。変化の激しい昨今、転職市場で求められるスペシャリティーは目まぐるしく変化している。何度も言うように、専門分野を持つことは大切なことである。しかし同時に、いざという時には関連分野にも応用の効く、Jさんのような“経験の土台”も作ってほしいのだ。ひとつの専門分野を追求しながら、守備範囲を広く持って頂きたいのである。例えばいくら優れた企画を出すプランナーでも、企画書ひとつ満足に清書できない人の言うことを誰が信用するだろう?。雑多な定型業務“のみ”に埋もれ続けるのは、確かに害毒だ。だがその業務に追われるだけか、将来の土台となるよう仕向けるかは、みなさん次第なのである。

『 転職Eメールの法則 』

転職者の皆さんからEメールで相談を頂く機会がかなり増えてきた。今回はそんな中で私自身が気付いたことを、皆さんにお知らせしたい。転職コンサルタントの側から見たEメールの長所短所と、それを踏まえた上での活用術だ。これから“転職Eメール”を書く皆さんの、お役に立てれば幸いである。

●“自分自身を整理するきっかけにせよ”

文章を書くというメールの特質が、転職者に与える効果は大きい。経験やスキルを文章化することで、自分を客観的に評価することができるのだ。皆さんから頂いたメールを拝見していても、かなりのレベルまで経験・スキルを整理して伝えてきていることに驚かされる。単にメールを書くというのではなく、まず自分の内面を整理する気持ちで取り組んでみてはいかがだろう。

●“冷静かつ率直に対処できる利点を活かせ”

もしあなたの目の前に座った面接官が、自分より明らかに経験豊富で、高圧的な第一印象だったらあなたはどうするだろう。つい卑屈な態度をとってしまい、聞きたいことも聞けなくなってしまうのではないだろうか。メールなら、企業側の担当者の年齢や顔はわからない。謙虚さや礼節を保った上で、率直な質問を交わすよう心掛けよう。そうすれば企業側も、あなたに対する正直な感想や意見を述べてくる。フェイス・トゥ・フェイスでは遠慮し合ってなかなか切り出せない問題が早く解決するため、非常に効率的である。

●“簡便さゆえの落とし穴にはまるな”

自分自身を文章上で整理しきれないまま、送信ボタンを押してしまう人が多いのもまた事実である。今までの経験・スキルと、これからの希望職がまったく噛み合っていない人が、そのいい例だ。“営業からデザイナーに転職したい”と思っていても、普段はおおっぴらに口には出せない。しかしメールなら気軽だから、ダメもとで聞いてしまえという気持ちになるのだろう。また、今まで職安や求人雑誌で一生懸命仕事を探していた人が、”インターネット転職”という便利なものに出会った途端に安心し、主体性を無くしてしまうことがある。相手から送られてくる情報を座して待つだけという、受け身の状態に陥ってしまうのだ。これも簡便さゆえの落とし穴である。

転職Eメールを生かすも殺すも、皆さん次第だ。ポイントは、文章を書くという過程で自分を充分に整理すること。簡便さに流されず、主体性を失わないこと。Eメールは転職先を決めるきっかけに過ぎないが、皆さんの取り組み方次第で、自分自身を見つめ直す素晴らしい経験になるはずである。

『 3つのスキルの法則 』

伸びている業界は、やはり自然と人を引き寄せるものである。「ERPコンサルタントになりたい」と言って訪ねてくる人々が、最近増えてきた。しかし私は、彼らの希望を叶えてあげられたためしがない。なにしろそのほとんどが、ERPと縁もゆかりもない仕事をしてきた人たちなのだから…。

ERPの導入コンサルティングは“実際やった人にしか務まらない”と言われるほど難易度の高い仕事である。なのに志望者たちの多くは“今後有望な仕事”という側面しか見ていないようなのだ。果たして自分にできるのか。その肝心な部分が、思考から抜けているのである。

ひとつには、志望職の選び方のまずさに問題があると思う。成長業種を研究し、今後有望な仕事を見つけ出す。そこまでは正しいのだが…。“翻って自らを研究する”という大切な過程が、彼らには欠けているのだ。この過程を欠いたまま志望職の選定を行なうと、およそ現実離れした希望を抱いたまま行動してしまうことになる。努力しても報われない状況に陥ってしまう。

ひとことで“スキル”と言えど、スキルにも3つの種類があることをご存知だろうか。1.業務スキル(業界・専門知識等)2.テクニカルスキル(知識を用いて何ができるか)3.マネージメントスキル(組織・行程等の管理能力)。以上3つを合わせて、一般にスキルと呼ばれるのである。みなさんが転職分野を決める際には、この3つのスキルを基点に考えてみることをお勧めする。

具体的な思考法をご紹介しよう。まず、3つのスキルのうち、自分の中でいちばん突出しているものを1つだけ選ぶ。例えばあなたの選択が“業務スキル”だったとしよう。自分がそれを、何を根拠に選んだのか考えてみてほしい。“PCの専門知識”だろうか。真っ先に思い浮かんだものが、あなたの最大の強み。つまり、転職市場での“売り”となる部分なのだ。自分の強みがわかれば、志望業種や職種の選定もやりやすくなる。少なくとも、実現性のない転職先を志望してしまうことはなくなるはずだ。

成長業種や有望な仕事を知ることは、もちろん大切だろう。あこがれの職業についていろいろ調べることも、否定はしない。しかしそれ以上に大切なのは、まず自分を深く知ることではないだろうか。3つのスキルのうち、どれがいちばん優れているのか、いくら考えてもわからない。そんな働き方だけはしたくないと、私は思う。

『 今、そこにある仕事の法則 』

有効求人倍率がとうとう0.5倍を割った。求職者2人に対し求人は1件未満という、あまりに厳しすぎる状況。今、元気で働ける職場があり、転職も考えていない人々の目に、この状況はどう映っているのだろう。もし“俺は大丈夫”と安心しているのなら…。最後にババを引くのは多分あなたの方である。

毎朝出社すれば目の前にたくさんの仕事があり、不況など意識する暇もないくらい忙しい。それはそれで結構なことだろう。しかし忙しさにかまけて、なにかを見落としてはいないだろうか。例えばこんな話がある。

業績堅調なメーカーの若手人事部員として、中途・新卒の採用活動を取り仕切っていたFさん。彼は“人事は一生の仕事”とひそかに思い、忙しくも充実した毎日を送っていた…。ところが、その人事部がある日消滅してしまったのである。Fさんの知らないうちに、人事をアウトソーシングする決定がなされたのだ。人事部は解散し、Fさんは販売部門へ異動。彼の“一生の仕事”は、いとも簡単に外部委託に取って代わられたのだった。

Fさんの話は他人事ではない。一生懸命やっている仕事が、この先も会社で必要とされる保証はどこにもないのだ。特に来年には派遣法が改正され、事実上あらゆる職種が派遣可能となる。組織のスリム化へと一気に動く企業も出てくるだろう。目の前に今仕事があるからといって、安心してはならない。

では、具体的にどう自衛していくべきなのか。最も手っ取り早いのは、自分の会社の状況を常に把握しておくことである。自分の所属部門が社内でどう評価されているのか。組織や経営方針が変更される兆しはないのか。早期の情報収集ができる人脈を持ち、自ら危機管理していくべきだ。そして、危機を迎えたとき目安となるのは、求人件数に差の出る35歳という年齢である。35歳未満はとっとと転職し、続けてきた仕事で更にキャリアを積む。反対に35歳以上は、職種転換してでも会社に残る道を探るほうが賢明だろう。

いずれにしろ肝心なのは“会社を変わっても、社内で職種転換しようとも、通用するスキル”を身に付けることである。ルーティンワークをこなす能力では、もう会社に残れない。“忙しい”というだけで充実した気分になっているあなたは、多分ルーティンワークの罠にハマっている。仕事をただ続けることが、喜びになってはいないだろうか。大切なのは、今そこにある仕事ではない。仕事を通じてどんな知識や能力を得たか、ということなのだ。

『 可能性の法則 』

「経験ないけど、○○の仕事がやりたいんです~」。こんな夢見る発言で、私の頭をクラクラさせてくれた人々…。最近、パタリと見かけなくなった。
代わりに増えたのが、なんだか元気のない人々である。「私は多分○○の仕事しかできませんよね…」という具合に、委縮しているのだ。これも不況の影響かと思うと寂しい気がする。“夢見る人々”の方がまだ元気はあった。
営業だから営業しかできない。経理だから経理しかできない。自分の可能性に窮屈な境界線を定めてしまって、果たしていいものなのだろうか。

Mさんという元証券マンの、少し明るい話題をご紹介しよう。31歳の彼は、いわゆるバブル入社組。潰れかけの会社から放り出されてしまったクチだ。「がむしゃらに証券営業だけやってきた自分には、今さら別の仕事と言っても、何もない気がします…」。Mさんもすっかり自信をなくしていた。

だが彼の職務経歴書からは、元気のないMさんとは違う人物像が見て取れたのだった。営業リーダーとして20人からの部下を束ねるかたわら、不況下にもかかわらず、彼自身かなりの営業成績をあげていたのだ。
Mさんの経歴書を見て、ある企業が採用したいと名乗り出た。証券会社ではない。まったく畑違いのダイレクトメール代行会社、P社。しかも営業マンとしてではなく、基幹部門の部門長として迎えたいというのだ。
「Mさんの経験がぜひ欲しいんです。年収のアップも検討しますから」。

毎日数千部からのDMを封入・ラベリングし、発送する。P社のDM発送処理部門は、戦場のような忙しさである。数日、いや数時間後に迫る発送時刻を睨みながら、大勢のスタッフに的確な業務分担を行ない、指揮をとる。それが部門長の職務であり、Mさんのような人が適任だとP社は言うのだ。
Mさんは驚き、思わず聞いた。「DMのことなんてわかりませんが、いいんでしょうか…」。P社から返ってきた返事はこうだった。「大丈夫、すぐ覚えますよ。我々は知識が欲しいんじゃない。多人数のマネジメント経験と、厳しい状況下で職務を遂行した経験。その2つこそが欲しいんです」。こうして、不安に満ちたMさんの転職は、あっさり逆転勝利をおさめたのだった。

思いもよらなかったことが、思いもよらない分野で経験として認められる。まだまだ、そんなこともあるのだ。捨てたもんではない。委縮するだけ損だ。自分ではわからないから“可能性”と言うのではないか。わからないものを無理に線引きしようとするから、変に期待したり自信をなくしたりするのだ。今までの仕事で得た経験を経歴書にまとめたら、まず、しかるべき他人に見てもらう。人材コンサルタントの宣伝ではないが、ひとつの手だと私は思う。

『 企業見極めの法則 』

有効求人倍率0.5%。お役所発表の数字が語るとおり、企業の求人数は確かに激減した。激減したのだが、私は別の意味で歯がゆい思いをしている。“こんな時期に会社を選り好みするな”という風潮に、世間が傾きつつあるからだ。私の実感では、今、求人を出している企業は“当たり”と“どスカ”の混合状態。業績好調な優良企業ばかりではない。死に体の経営状況でも頭数を揃えねばならない企業。求人難に乗じて採用し、汚れ役要員に充てる企業…。こんな時期だからこそ、私たちは企業を選り好みすべきである。

そこで今回はズバリ“企業の見極め方”。信用録等での事前調査は当然として、ここでは、自分の目で“生の実態”を確かめる方法をご紹介したい。企業側に主導権を握られがちな採用面接の場を、逆にフル活用するのだ

1. 会社のダメ度は、人事の人間のダメ度に比例する。
面接では必ず、合間合間に「何か質問はありませんか」と聞かれる。その瞬間を逃さないでほしい。御社の経営理念をぜひ聞かせてほしいと頼むのだ。答えられなかったり、要領を得なかったりする人事は、ダメ人事である。そして、組織の基幹である人事にさえ経営理念が浸透していない会社は、もとから経営理念が存在しないか、あっても機能していないダメな会社なのだ。

2. なぜ求人しているのか。募集背景をつっこめ。
なぜ当社を志望されたのですかと聞かれるのだから、私たちも「なぜ今回の募集を行なわれたのですか」と聞いてもいいはずだ。そこでウヤムヤな答えしか返ってこなければ、入社後のポジションは実質上ないと見てよい。

3. 配属予定部署の朝礼に参加せよ。
面接を経て、あなたを本気で採用する気になっている企業なら、この申し出にも快く応じてくれるはずである。入社の決心がつきかけていても、最後の仕上げに実行してもらいたい。朝礼には、その職場の“カラー”が煎じ詰められた形で現れる。昼間に見学して「活気があるなあ」と思っていたら、朝礼で怒鳴られまくって気合を入れていた…なんてこともあるのだ。

…以上、3つのポイントを押さえれば、その企業が自分にとって本当に良い環境かどうか、判断して頂けると思う。くれぐれも言っておきたいのは、“相手に主導権ばかり握られないこと”だ。引く所は引いて、押す所は押す。誠意をもって面接に望んでいる企業となら、そのバランスが上手くとれるはずだ。3つのポイントを試されて、もし、怒りだす企業なら…。それが本物の“どスカ”ということになる。入社しないほうが、身のためである。

『 無目的転職者の法則 』

当メール新聞の編集人のS君が、先日私に意地悪な質問をしてきた。「人材コーディネーターのルートやノウハウをもってしても、成功させられない転職者って、やっぱたくさんいるんですか?」。キミの転職の世話だけはすまいと心に決めながら、私は正直に答えた。いる。確かにいる。それもキミの言うようにたくさんいると。私たちが、何をどうしたって成功へと導けない転職者。その代表格は「いい所があれば転職したい」と言う人たちである。

私は彼らを無目的転職者と呼んでいる。“いい所があれば転職したい”の“いい所”に、目的が何もないからだ。じゃあ、あなたの考える“いい所”とはどんな所ですかと問いただしてみると、彼らは一様に答えに詰まってしまう。自分が何のために転職するのか、考えないままに行動しているのだ。

バブル華やかなりし昔は、それで通用した。もっと高い収入、もっと多い休暇、もっと体裁の良い仕事。多くの人と企業が共通の価値観で動いていた。だから漠然と歩いていても、当たりを引く確率が高かった。
しかし、今は違う。転職者の欲求すべてを満たしてくれる企業が激減したことで、転職は、非常に個人的な行ないになった。収入を減らしてでも、やりたい仕事に就く。反対に、やりがいを犠牲にしてでも生活の安定を図る…。何を取って何を捨てるか。転職者は自分なりの価値基準を作って、慎重に企業を選ばねばならなくなった。“転職目的”という価値基準があいまいなままに行動していると、入った後にババをつかんだと気付くことになるのだ。

しかも成功への条件は、さらに増えつつある。今は、ただ目的をはっきりさせるだけでは生ぬるい。たとえば、収入アップがあなたの目的だとしよう。すると、転職先に選ぶ企業は10項目ぐらいの条件をクリアしている必要があるのだ。業界に将来性はあるか。トップの考えは優れているか。キャリアプランは描けるか。商品に競争力はあるか…。要は、転職先の人事が「給料上がりまっせ」と言っても、これからは簡単に信用するなということだ。
「別に不満はないけどイイ所があれば行きたいで~す」なんて考えでは、スタートラインにもつけないのだ。これだけは覚えておいて頂きたい。


つくづく、ややこしい世の中になったもんだとお思いだろうか。確かに甘くはなくなった。でも、何も考えないで生きていける状況のほうが、ある意味、不幸だとも言える。自分は何のために働くのか。いろんな人々の中で、自分はどうありたいのか。流されやすい私たちは、厳しい環境に立たされない真剣に考えられない。今はたまたま、その機会を与えられているのだ。

『 転職と在職の法則 』

いい転職をするためには、それなりのファイティングポーズというものがある。冷静に相手を見ながら、時には狡猾にファイトするのである。誠実な姿勢や真摯な態度だけでは世の中渡れないように、転職も成功しない。そこで、今週は“実践編”。私流の転職ノウハウを1つだけご紹介しようと思う。上っ面の理想ではなく、できるだけ現実に即して書くつもりだ。

さて、まず初めに言っておこう。もし今、転職活動をするために会社を辞めようとしている人がいるならば、どうか思いとどまってほしい。同じ転職活動をするにしても、在職中にするのと失業中にするのとでは、天と地の差がある。ぜひとも、今の会社を辞める前に、転職先を決めてほしいのだ。今の会社にケジメをつけたい?そんなケジメなんかどうでもよろしい。もう1日だって我慢できないほど辞めたくてしようがない?我慢しなさい。

なぜなら在職中の会社は、転職を強力にサポートする“ツール”だから。

まず第一に、保険としての働きが大きい。目先の生活がかかっていない分、あせって妥協する必要がないのだ。給与や仕事内容など、自分本来の目的を最優先に考えて転職先企業を選べる。面接先の企業が気に入らなければ、内定を蹴ることもできる。また、企業側に足元を見られることもない。失業中とわかっただけで、半分以下の年収額を提示されることもあるのだ。 企業側は、失業中の人より在職中の人を好む。同じような経歴やスキルでも、在職中の方が、有利な条件で転職できる。これが厳しい現実である。

しかし、働きながらの転職活動は困難だとお思いだろうか。そんなことはない。やり方ひとつで“平日昼間の面接”だって武器になるのだ。

相手に平日昼間の時間を指定されたら、絶対断らず、仕事を休んで駆け付けよう。日本の企業は経歴やスキルだけでなく“意気込み”も重視する。無理してウチの会社に来てくれた熱心な人、という印象が意外な高得点となる。アホらしいと思うかもしれないが、有休を使ってほしい。有休を使えるのも、在職中のメリットなのだから。有休を申請できないなら、風邪を引くのだ。

ともあれ、どんなに不快な環境でも“今、働ける場所”がある人は、その職場に感謝すべきだろう。ちゃんと居場所があるからこそ、次のことをじっくり考えられる。人材紹介会社の私が言うのも変だが、不可抗力でないかぎり、簡単に辞めるべきではないのだ。1つの会社で働き続けるほうが、えてして高い生涯賃金を得られるのだから。目当ての先が現れるその日まで、と割りきってもいい。その職場をキープしておくよう、強くお勧めする。