『 経験活用とニーズの法則 』

“経験を活かす”とは、経験を基に経験の幅を広げることだと先週お話しした。だがこの考え方には一つ注意点がある。確かに、経験にプラスアルファを加わえていく努力は、自分の市場価値の向上に欠かせない。しかし経験の幅を一度に拡大しようとして、過去の経験と地続きでない分野を目指している人も見かける。これは経験を活かす転職でなくキャリアチェンジになる。

キャリア“チェンジ”は素養を武器に未経験の分野へ入るものであり、経験と地続きのキャリアを得る転職とは別のものだ。だが一定分野でのキャリアアップを望んでいる人が、本人も気づかぬうちに“チェンジ”を志望していることがある。どちらを望むにしろ、適切なプランが立てられていないのだ。

こうした転職では、本人の希望と市場のニーズが噛み合わないことにもなりがちだ。自分の希望だけが先走ってしまいかねない。例を挙げてみよう。生保の営業をしていたKさんである。Kさんは、今までの仕事で培った金融知識を活かして、一般企業での経理をしたいと志望していた。

Kさんの志望を聞いた私は驚いた。彼は金融知識があれば経理実務をこなせると思っていたのだ。だが実際は皆さんもご存知の通り、金融に関わる仕事と経理実務は中身も流れも違う。彼には経理に関する知識や経験は全くと言っていい程なかった。つまり経験を活かそうにも、活かす経験が違うのだ。

案の定、Kさんの元にはオファーが一件も集まらなかった。私はKさんに、経験を活かして転職するならば生命保険分野を含む金融業界で知識を生かす道を志望するべきだと提案した。過去の経験と地続きのキャリアプランを立ててこそキャリアの幅が広がるのであるし、市場ニーズともマッチするのだ。

Kさんは今、改めて今後のキャリアプランについて考えている所である。新たな希望を持って転職に臨むことは確かに大切だ。しかし、その希望は果たして人材市場にニーズのあるものなのか。そしてその希望は本当に自分のキャリアの幅を広げてくれるものなのかという冷静な視点が必要なのだと思う。自分のニーズと相手のニーズを分析しながら、双方が満足する提案をしてこそ、社内での企画も通るし契約も成立する。転職もそれと同じである。

『 きっかけの法則 』

小さな出来事にも敏感に反応する人は、感受性が豊かな人だと思う。最近、このことを痛感したことがあった。できる人ほど小さなきっかけに目ざとく、その先の変化を見据えて手を打つのだなと。

A社という会社であった話だ。A社はかねてから技術力には定評があり、優秀な人材が揃っていることで有名な会社だった。が、ある日を境にA社からの転職希望者が市場に急増したのだ。一体何があったのだろうといぶかしみながら、私はそのうち何人かと話をした。

彼らが一様に話す転職理由は、「技術部門の部門長が退職するから」だった。人望の厚い上司の後に続くつもりなのだろうか?だが、市場に出てきているA社の転職者は技術部門出身者ばかりではない。営業部門や管理部門の出身者も多く、彼らもまた「技術部門長退職」を転職理由に挙げていたのである。

詳しく話を聞いてみると、どうもただの人望人情劇ではないようだった。A社の技術部門長は社員たちの間で、陰のキーマンとして以前から認識されていた。技術知識に疎く、方向性を見失いがちな経営陣を御してきたのがこの部門長だったのである。A社の技術レベルは彼によって保たれていたのだ。

もちろん、全ての人が転職を考えたわけではない。技術部門長の穴を埋めるべく、自分たちで代わりを何とかできないかと動く社員もいるらしい。出ていく人、残る人、選択はそれぞれだが、何かしらの手を打っている人が数多くいるのには驚かされる。転職希望者は評判通り順調に行先が決まりつつあるが、残る人は残る人で会社の危機を乗り越えるのではという気もする。

A社の場合、きっかけは「一人の役職者の退職」だった。それ自体は小さなきっかけに過ぎないが、社員たちは後に続く大きな変化を見越して先手を打ったのだ。外へ出る人、残る人、選択は様々だ。が、今回の件で、私は変化のきっかけとなる出来事を見極め、どんな変化が起きるのか予見することの大切さを感じたのだった。さて、対処すべき変化のきっかけを、私たちは見逃さず捉えられているだろうか?

『 管理職の法則 』

管理職に求められる資質が大きく変わろうとしている。文字どおりの“管理”が中心ではなく、現場の目標に密着し、その都度判断を下しながらプロジェクトを推進していくプレイングマネージャー的なものへと。この変化は所属する企業規模の大小に関らず、多くの人が気付いていることだと思う。

今後は、まず自分がどんな業務を理想や目標にするかを決め、その中でプロジェクト推進力を蓄えなければ、管理職として認められにくい。自分はもうそろそろ役職を与えられてもいい人間だと不満を漏らしても、与えられて何を実現したいかさえもアピールできなくては、チャンスは巡ってこないのだ。

だが、その変化に気付かないばかりにチャンスを逃してしまう人もいる。財務のスペシャリストだった転職者、Lさんの話を例に挙げてみよう。Lさんは以前小規模な企業ながらも財務部長として経営に参加していた。留学経験もあり、スキル・キャリア共に申し分ない、非常に市場価値の高い人だった。

しかしネックはLさんの希望条件だった。“部長クラスとして迎えられること”がLさんの出した絶対条件だったのだ。以前の役職以下での転職は自分にとってキャリアダウンになる。Lさんにはそう考えているフシがあった。

視点を変えてみてくれないかと、私は説得した。“自分にはこんな職務が可能なので、それにふさわしい仕事を与えてほしい”にはならないかと。だが、Lさんはあくまで部長にこだわった。何を実現するために役職が必要なのか、そしてそのポジションが部長以上であるのはなぜかを語ることなく、ただ前もそうだったから自分にふさわしいという理由でこだわり続けたのである。

きっと“成したい仕事の視点”からオファーすれば、良い転職先が幾らでもあったろう。数カ月経った今でも、彼は一件の面接もできていない。どんな仕事を追求し、何を実現していくべきか考える。本来はその中に果たすべき役割や、真のキャリアプランが見えるのではないだろうか。管理職にふさわしいスキルを持っていたとしても、視点が外れていては活かせないのである。

『 不採用の法則 』

面接後の不採用は、転職者にとって書類選考で落とされるよりショックな出来事だ。書類はパスしたはずなのに、会ったとたん何故。はっきり思い当たる節があればまだいいのだが、考えても分からない場合は、自分を余計に責めてしまいがちである。中には自分の人間性まで疑って落ち込む人もいる。

だから、もし不採用理由を聞ける環境にあるなら、まず尋ねてみた方がいいと私は思う。私も面接を手掛けた転職者に頼まれれば、不採用理由をフィードバックしている。憶測で敗因を振り返るより遥かに建設的だと思うからだ。

確かに、聞かされて良い気持ちのする不採用理由はない。面接後の不採用理由は、特徴として感覚的なものに傾きがちだから尚更だ。経歴やスキル面での合否は書類段階でほぼ決定し、面接では人物像を見る企業が多い。「優秀だが傲慢に感じた」等、益々ショックな理由を聞かされることもある。

だが面接がどちらかというと感覚的である分、企業自身が不採用理由を言語化できない場合も多い。「いい人なのですが、なんとなく社風に合わない気がする」という理由がその代表例だろう。こうした不採用理由はあまり気にしなくていいと思う。誰が悪いのでもなく、単純に相性が合わなかったのだ。

また企業自身の準備不足が不採用理由に表れることもある。「面接してみると、もう少し違った人材が欲しくなった」という理由で採用されない場合もある。当初募集していた人材像が曖昧またはズレていたことに、企業が面接の後で気付くのである。この場合は完全に転職者側に非はない。

一口に不採用と言っても、その中身は千差万別だ。自分が選ばれないと、私たちは自分に欠点があると考えてしまう。自省は確かに大切だ。しかし“選択される”機会が増えるこれからの時代は特に、選ばれなかった理由を明白にしてから自省する方がいいと私は思う。不採用がイコール否定ではない。自信を失わず、選ばれないことを恐れず挑戦していきたいものだ。

『 余裕の法則 』

「今年は3連休が3カ月続けてあるんですよねえ」と、転職者のEさんが面談中にふと言い出した。彼は建材メーカーに在職中の営業マンで、年末を目標に転職活動している。だが毎日遅くまで残業があるため、平日の面接がなかなか思うように入れられない。必死に時間をやりくりして仕事を片付けては、夕方の面接に滑り込むということが続き、Eさんは少々疲れ気味だった。

ならば3連休は有り難いはずなのだが、気も焦っているEさんは、反対に連休を恐れていた。「休日でも何かできることはないでしょうか。ただでさえ連休のしわ寄せで相手先も忙しくなり、ますます動きづらくなるのだから、休日も無駄にしたくないんです…」とEさんは言うのだ。確かにわからないではないが、そこまで思い詰めるのもどうかと私は思ったのだった。

そこで私はEさんにこんな話をしてみた。1年ほど前に転職していったMさんの話だ。Mさんもかなり忙しい人で、転職活動の時間確保に苦労することが多かった。それでもなんとか数社の面接を受け、香港に本社がある外資系商社の最終選考に残った。最後の面接は香港本社との電話面接である。この電話面接の時間が、お互いの都合を調整していくうちに、日曜になったのだ。

普通なら、その日曜に予定があっても、面接となれば思わずキャンセルしてしまうものだ。しかしMさんは違った。その日は以前からスキーへ行く予定であり、予定を変えるつもりはない。面接はホテルの電話で受ける。と、事もなげに言ったのだった。なんて余裕のある人なんだと、私はかなり驚いた。

レジャー先で電話を受けるという方法自体には、何の問題もない。皆がそれをやらないだけなのだ。とかく転職や就職活動となると、自宅で襟を正して連絡を待たなければ、という気分になりがちだ。しかし本来、電話などどこで受けても同じなのである。予定をキャンセルして自宅で待つか、レジャー先で受けるかは、忘れられがちだが結局、本人の気持ち次第なのである。

Mさんはスキー場のホテルでしっかり最終面接をこなし、その外資系商社へ転職していった。彼の話を聞かされたEさんも、少々驚いた様子だった。「転職活動をなめろと言うわけではないですが、転職はそんなものだという気持ちを持ってもいいのでは」と私はEさんに言った。思うようにはかどらない中で、余裕、つまり自分自身まで見失ってはいけない。困難な状況でも余裕のある自分が見えているからこそ、困難も乗り越えていけるのである。

『 ポイントの法則 』

完璧主義も度が過ぎると、逆に何もできなくなるという話を聞いたことがある。ひとつひとつの過程を100%やろうとするあまり、どう頑張っても100%に届かない所でつまずいてしまうというのだ。しかし、100%とは何だろう。完璧とは何だろう。思い描くものは人それぞれで確たる実体などなく、だからこそ、こだわればこだわるほどキリがないと私は思うのだ。

転職者の方々と接していても、自分だけの“完璧”にこだわるあまり、空回りしている人と時々出会う。例えば2カ月ほど前に会ったRさんは、“己のすべてを伝える”ことに執着する人だった。Rさんは10年近くのキャリアを持つ、脂の乗ったエンジニアである。経歴書を見た企業はこぞって会いたがったし、自らが望む大抵の企業に入れるスキルをRさんは持っていた。

なのに面接段階に進んだとたん、Rさんは落とされてしまうのだ。我々のオフィスへ来る前には11社連続で落ちたという話を聞き、私はRさんの面接に同行してみたのだった。そして、無理もないと思った。論点の見えない話を延々続けたかと思えば、ふっと答えに窮すると押し黙ってしまう。また、見ているこちらが心配になるほど、常に不安げで何かに焦っている。

「必要なことすべてを話そうとするうちに、何を言っているのかわからなくなるんです」と、Rさんは“作戦会議”で苦しげに打ち明けた。真面目な人なのだ。真面目さの向かう先がずれているだけなのだ。私はRさんに言ってみた。「あなたの思う“必要なこと”は自己満足に過ぎないのではないですか。面接官が本当にそれを聞きたいかどうか、考えてみたことはありますか」

まず、適度に流せないがために自信をなくしていく悪循環を断ち切ろうと、私はRさんに提案した。さりとて真面目な人間が突然変わることはできない。だから1つだけ“完璧に”実行するのだ。「結論を最初に言うんです。面接官はポイントがわかればOKなんですから。後は好きなだけ付け加えて構わない。結論さえ伝わっていれば、向こうが勝手にさえぎってくれますよ」

「そんなものなのですか」と、Rさんは驚いて聞き返した。「そんなものです。いいかげんという意味ではなく」と私は答えた。完璧な人間などこの世にいないとわかっていながら、人は完璧な自分を求めがちだ。だが、自分が他人に完璧を求めない優しさを持っているように、他人も人に完璧など求めてはいない。唯一求めるものがあるとしたら、それは他をカバーする“ポイント”なのだ。Rさんは今、着実にコツをつかみながら面接をこなしている。少しずつ自信を取り戻す彼を見ていると、良い知らせももうすぐだと感じる。

『 笑顔の法則 』

私たちはなぜ、笑顔ばかりを作りたがるのだろう。快活な笑顔。優しい笑顔。人と話すときは笑顔。辛くても笑顔。笑顔でなければ人から好かれないし、面接にも通らない。仕事も上手くいかない。そんな思い込みに、いつのまにか捕らわれてしまっている。そして几帳面に笑顔を作ろうとする真面目な人ほど、笑顔に苦しめられることになる。先日出会ったTさんのように。

Tさんは大手機械メーカーの営業マンだった。我々のオフィスにやって来た時点で、Tさんはすでに10社以上の企業から不採用通知を受けていた。経歴書だけを見ると、営業実績はそこそこだし、技術的な知識もかなりある。しかし、面接でことごとく落ちてしまうのだという。Tさんに実際に会ってみて、私はなるほどと思ったのだった。問題はどうやらTさんの笑顔だった。

世間一般の“できる営業職像”と言えば、魅力的な笑顔に爽やかな語り口。Tさんはそれを頑張って心掛けているのだが、上手くいっていないのだ。どうしても、卑屈めいた笑顔に見えてしまう。聞けば新卒当時から、大口顧客の無理難題に必死で対応していたのだという。もう媚びることに耐えきれなくなったとTさんは言うのだが、その重圧は彼の笑顔に跡を残していたのだ。

だが、いくら客観的な意見を述べるのが私の仕事とはいえ「笑顔が卑屈だから面接に落ちる」などとは、人としてとても言えなかった。そこで、新たな面接に望むTさんに、私はこう言ってみたのだ。「あの会社はビジネスライクな人物を好みます。面接では笑顔厳禁ですよ」と。結果は、効果てきめん。あれよあれよいう間に、Tさんはその会社への入社を決めてしまったのだ。

入社手続きが終りに近づいたある日。私は思い切って、感じていた正直なところをTさんに打ち明けたのだった。Tさんは最初驚いた様子で聞いていたのだが、やがてこう言った。「面接の時に笑わないでいたら、なんだか自分がクールなビジネスマンになったような気がして。ドラマの主人公みたいだなあ。これから、そんな営業マンになれればなあと、その時思いました。」

そしてTさんは笑った。何かから解き放たれたような、自然な笑顔だった。私たちは皆、自らのアメニティー(好感度)を上げるために日々何らかの努力をしている。以前も述べた通りその努力は、組織の中で生きる以上、必要不可欠のものだ。しかし好感は無理やり作るものではない。自分自身が好感を持てる自己像を作ってこそ、自然な表情と同じように出てくるものなのだ。

『 イメージと現実の法則 』

「なんだか最初に言っていた事と話が違うんです」。もと大手生保マンのYさん(27歳)が、転職したての会社からこっそり電話をかけてきた。オフィスでその電話を受けながら“ああ、やっぱりなあ”と私は思ったのだった。

Yさんは我々のオフィスの登録者だったが、同時にネットや転職雑誌から求人企業に自己応募もしていた。我々もYさんに転職先を紹介していたものの、最終的に彼が選んだのは転職雑誌に載っていた企業だった。それ自体は結構な事なので、私も彼の転職先について相談に乗っていたのだが…。Yさんの転職先での仕事内容はスタッフトレーナー。パソコン操作やビジネスマナーなど、社会人としての初歩的なスキルを新人スタッフに身に付けさせる仕事だ。生保で外交員を管理していたYさんにしてみれば、経験が活かせる職務ではある。しかしその話を聞いた時、私は「やめておいたほうがいい」とYさんに言ったのだった。通常なら契約や派遣で採用する専門職なので、社内で先々ポジションを確保していけるとは思えない。その会社がYさんのキャリアプランについてどう考えているのか聞いたほうがいい、と。Yさんは釈然としないようだった。「私が志望していた、人を教える仕事ですから…」。Yさんは結局、自分の処遇についてよく確かめないまま転職していった。

「まだ入社して半年なのに、いきなり営業にまわされたんです」。電話口の向こうで、Yさんは私にこぼすのだった。おそらく、スタッフトレーナーでの採用はYさんに対する方便で、本当は最初から営業にまわすつもりだったのだろう。自分一人で転職活動をする場合、転職者は相手先の企業が言うことを一人で吟味していくしかない。会社の方針や仕事内容の真実を最初から明らかにしてくれる企業も少なくないが、そうでない場合、転職者は自らの責任で企業を見極めていくしかないのだ。うわべのイメージでなく、自分が志望する仕事や業界の現実を、私たちは知っておく必要がある。

仕事に不明な点が多いと感じれば、志望職の具体的な業務を、1日のタイムスケジュール仕立てで面接官に説明させる。キャリアプランが明確でないと感じれば詳しい説明を求める。これだけでも結果は随分違ってくるはずだ。ただ、“おかしい”と感じるには、それだけの予備知識が必要なのだ。言ってみれば“世間を知っているか否か”が重要なのである。Yさんのみならず、漠然とした印象だけで転職先を決めてしまう人は意外と多い。気分のいい情報でなく、自分の行く先に穴はないかという観点でも、情報を吟味してほしいのだ。

ところで、Yさんは、今もその会社で営業職を続けている。バイタリティはある人なので、騙されたとグチをこぼしながらも、けっこう頑張っているようなのだ。このたくましさがあればYさんの今後に心配はないだろう。

『 人材紹介会社活用の法則 』

人材紹介会社に行きさえすればきっといい転職先がある、という期待をしてもダメである。確かに我々コンサルタントは転職者のみなさんに出来る限りの対応をしているが、「紹介会社は何でもしてくれる万能アイテム」と思われても正直困るのだ。例えば、紹介会社に人材登録しているみなさん、またこれからするかも知れないみなさんは“人材紹介会社を目的に応じて選ぶ・能動的に使い分ける”ことを少しでも考えているだろうか?“有名だから”“広告が目についたから”というだけの気楽さで登録して終わりでは、自分に合った会社を見つけようにも、結局は運任せになってしまう。

人材紹介会社の活用の仕方が上手い人は、転職先そのものの情報収集だけでなく、人材紹介会社の情報収集も驚くほどしっかりやっている。法律の改正以後、世間には星の数ほどの人材紹介会社ができたが、その中から信頼できる会社・目的に添った会社をピックアップしているのだ。人材紹介会社は、大きく分けて2つのタイプに分類できる。ひとつは規模やネームバリューで勝負し、各業界・職種をオールラウンドにカバーする会社。もうひとつは、特定業界・職種への特化を強みとする小規模会社である(大手でもそれぞれ得意とする業界がある)。最も単純な比較検討法では、複数の会社に登録しその対応を比べる方法があるが、用意のいい人はそれだけで終わらない。自分の目的に即した紹介会社のリストを、電話やインターネットで丹念に作っていたりする。また転職したい業界各企業の経営陣に直接アクセスできるツテを持っている紹介会社かどうかを、電話で問い合わせてきたりもする。

不思議なことだが、そうしたことに気を遣える人は、必ずと言っていいほど仕事もできる人である。自分の欲しい情報がその会社で得られるということを、シビアに調べた上で来社する分、話もスムーズかつ合理的に運ぶ。人材紹介会社を“使う”のではなく“能動的に活用する”という考えでコンサルタントに接するため、信頼関係も早い段階で確立できる。つまりそれだけ、突っ込んだ情報交換を行ないやすくなる。望みや理想をただ抱くだけで終わるのではなく、目的を達成できる環境を、いかに自ら整えるか。今までの仕事のやり方が実は、転職準備という細かい所にも如実に出てくるのだ。

実際にはみなさんが、紹介会社リストまで準備する時間的余裕を持たないとしても・・・。複数の紹介会社に登録し、対応の誠実な会社を選ぶことだけはしておいた方が良い。最低限、自分の信頼できるコンサルタントを見つければ、遥かに有意義な転職活動ができると思うのだ。とは言え私の実感では、紹介会社の活用に手慣れた人が着実に増えてきている。転職慣れしているというのではなく、働く人々がそれだけ賢くなったということだろう。厳しく選別される分、我々コンサルタントもいい加減な仕事はできないと改めて思う。

『“何を期待されているのか”の法則 』

経歴書について述べた前回の文章をちょうど書いていたその時、私はとても 残念なケースに出会ってしまった。話の主は、システムエンジニアのYさん である。彼女は経歴書を完璧に書き上げ、相手先の企業も8割方採用する気 になっていたのに、面接でつまずいてしまったのだ。何が悔しいといって、 転職者と我々コンサルタントにとってこれほど悔しいことはない。経歴書な らいくらでも書き直しができるが、面接だけはやり直しがきかないからだ。

実はもともと、YさんのスキルはW社が求めるレベルに達していなかった。 しかし経歴書の段階では、W社もそれを充分承知して採用するつもりでいた のだ。経歴書から伺える“年齢のわりには着実にスキルを積んできた、やる 気のあるYさん”という人物像に、W社は何よりも期待していたのである。 「ですから、この面接のポイントは、あなたの吸収力をいかに見せるかです よ」と、面接の前に私はYさんにレクチャーしたのだが。。。いざ面接に行っ てみると、Yさんは初転職の緊張のせいか、全くとんちんかんな自己アピー ルをしてしまったのだった。「あれも、これも、そしてこれもできないので すが、私なんかで大丈夫なのでしょうか?大丈夫なのでしたら頑張ります」 というような、ポイントのずれた弱いアピールしかできなかったのである。

不採用の結果を伝える席上で、私はYさんに再びレクチャーした。経歴書と 面接の自己アピール法は、基本的には全く一緒なのだと。「経歴書に書く内 容は、相手方のニーズに合わせて変えますよね。面接で何をどう言うかも、 相手方が期待していることを察して考える必要があるんですよ」。Yさんは “○○はできますか?”というW社の質問に対して、その質問の真意を汲ま ず、ストレートに“できません”と答えてしまっていた。Yさんの意欲に期 待していたW社の真意は“できないならできないで、代わりに何ができるの か。今後いかにスキルを積むつもりか”であったのにだ。 「このように相手方から何を期待されているかによって、答える内容や姿勢 を考えなければならないんです。緊張する場では臨機応変に対応するのが難 しいと思うかも知れませんね。でも、実はそんなに堅苦しく感じる必要もな いんですよ」。要は、相手先がなぜ自分を採用候補に選んだのかを、充分理 解した上で面接に望めばいいのだ。と、私はYさんに説明したのだった。

なるほど、とYさんはうなづいてくれた。「緊張してしまって、確かに私は 自分のことしか考えていなかったような気がします」。それがわかれば次は 大丈夫だと、私はYさんを励ました。「W社のことは残念ですが、一度はW 社の目に留まったあなたです。気持ちを切り替えて次を考えましょう」。ず っと落胆していたYさんだったのだが、そこでやっと笑顔が戻ったのだった。

『 経歴書と自省の法則 』

日本の経歴書も、相手先のニーズに即したスキルを効率的にアピールするものへと変化しつつある。…前回そんな情報をお伝えしたところ、御質問を幾つか頂戴した。「具体的にどんなことを書けばよいのか」と。本来は皆さんの経歴書を添削・推敲し、ブラッシュアップするほうが確実なのだが、ここではスペースがない。そこで今回は経歴書作成にあたっての基本的な考え方をお伝えしたいと思う。考え方だけでも押さえれば、随分違うはずなのだ。

失敗談を例にとってご説明してみよう。大手ソフトメーカーのアメリカ現地法人で開発部長を務めていたUさんの話である。その会社を退職し、帰国間もなく私たちのオフィスへやって来たUさんの希望は、日本で暮らしたいので在日本の外資系ソフトメーカーを紹介してほしい、ということだった。しかし、Uさんの経歴書(英文レジュメ)を見て思ったのだが、なにか“うさんくさい”のだ。いろいろと華々しい功績が、志望先のニーズに即してソツなく書かれているのだが、どうもその中身に具体性が感じられない。Uさん自身の功績ではない可能性もある…。案の定、経歴書を見たUさんの志望先から指摘の電話がかかってきた。「この方、ウソをついていますね」。同業の目をごまかすことはできないのだ。「例えばこの業務なんですけど、1人では到底できないはずなんです。でも1人でやったように書かれていますね。個人として、そこへどういう形で関わって、どんなスキルを得たのかが書かれていないんです。人物的に少々不安ですので、面接は見あわさせていただきます・・・」。

エンジニアとしてのUさんは、悪くはない人だったと思いたい。しかし、Uさんなりに懸命に色を付けたアピールが、結局はUさんの売り込みポイントを拡散させる結果となったのだ。嘘を書いても大抵はこうしてバレる。だが本当のことを書いていても、Uさんと同じような道を辿ることがあるのだ。“何にどういう形で関わり、どんな働きをし、結果としてどんなスキルを得たか”というポイントの抜け落ちた経歴書があまりにも多いのである。採用側は功績の自慢話ではなく“結局、何ができる”のかを知りたいのだ。

個人やチームで成し遂げた功績や、経験してきた業務を羅列していくだけなら楽に違いない。記録をひもとけばいいのだから。でも、これからは特に、そんな経歴書はどんどん通用しなくなる。経験業務や功績を通じてあなたは何を身に付けたか。どんなスキルを手にしたのか。自分の仕事のひとつひとつを深く省みながら書面にまとめていかねばならないのである。確かに簡単な作業ではない。それでも、今後こうした厳しい環境に置かれていく私たちは、以前の私たちよりもかえって幸せなのではないかと思う。自分が何をしているのか、どこを目指しているのか、深く見つめることができるからだ。

『 熱意と現実の法則 後編 』

銀行の審査部門から、腕時計の商品企画に転身したい。自分にはそれができるのだ、と言いきるLさん。「目当ての会社の人事にとにかく会わせてくれ」と熱意のこもった目で訴える彼を前に、私はどうしたものかと考え込んでいた…。ここまでが、前回みなさんにお話しした内容である。

誤解を恐れずに言うが、私はLさんの意気込みや行動力には正直、心を動かされたのだった。ただ同時に、彼自身がそのエネルギーを軽く扱いすぎているのではないかとも感じた。私はLさんに率直に聞いてみた。「あなたの経歴には企画職に該当するものがないんです。企画に関わる仕事がやりたかったのでしたら、なぜ今まで相応の経験を積まれてこなかったのですか?」。

「確かに経験はありません。でも素養的には自信があるんです」。すこし心外だという表情になったものの、Lさんの口調は相変わらず力強かった。「昔から自分なりに情報を集めて勉強はしてきました。実務に関しては、入社後に研修を受けさせて頂ければ身に付けられると思いますが」。私はLさんに説明した。企業はまさにその“実務”を求めていること。いくらLさんがまだ20代だからとはいえ、研修で素地から育成するような企業は殆ど存在しないこと。「なまじ入社できたとしても、初日から即戦力としての貢献を期待されるのですよ。中途採用市場はそれほどシビアになっているんです」

「研修がないなんて、信じられない。それじゃ、今の企業は人の可能性を否定しているということじゃありませんか」「確かに、そうとも言えます」。納得の行かない様子のLさんに、私は続けて説明した。「しかし、こうも言えます。早くから目的を明確にして働いてきた人にとっては、今の市況のほうが有利な環境と言えるかもしれない」。Lさんははっとしたようだった。

「Lさん、そうなんです。以前は、高いポテンシャルがあればそれだけでもてはやされることもありました。でも今は違います。あなたの熱意は確かにたいへん強いけれども、熱意なんて、今はたいていの人が持っている。それ以外の“強み”で、中途採用者は差を付ける必要があるんです」。そして私は思いきってLさんに現実を伝えた。「あなただけでなく気付いていない人はまだまだ多いけれども、何を目的に、どこに目標を置いて働くのか、我々職業人が決めなければならない時期はどんどん早期化しているのですよ」。

「何だか、まだ混乱してますが、やっと合点がいったような気もします」。うつむいたLさんは、意外なことを言い始めた。「どうりで、どこも仕事を紹介してくれないわけだ。だから自分で志望企業まで決めて、強行突破しようと…」。そして顔を上げたLさんは一言こう言ったのだった。「ありがとうございました」。「金融の仕事に戻る気がお有りなら相談してください。あなたにぜひ紹介したい企業がありますから」。「わかりました」。そう言って席を立ったLさんの顔には、少しだけ笑みが戻っているように見えた。

『 熱意と現実の法則 前編 』

うーん、何と言えばよいのだろう。たいへん長丁場だけども面白い時間をあ る登録者の方と過ごしたのだ。1つの事をここまで長時間話し合ったのは久 し振りだったので、今回は2週に分けて皆さんにもご紹介していきたいと思 う。話の相手は、某都市銀行出身のKさん。有名国立大経済学部卒の好青年 の方で、銀行では審査部門に所属していた。ハイスキルかつ仕事熱心な人な のだ。

面談室で向かい合い、私はまず銀行出身者の求人状況が決して良くはないこ とを、率直に伝えたのだった。「しかしあなたのスキルなら、リスクマネジ メント系の金融コンサルタント等で引き合いがありそうです。新興の外資系 を中心にあたってみては」。ところがKさんは思わぬことを言いだしたのだ。

「私の志望は違うんです。実は他にどうしてもやりたいことがあるんです」。 我々人材コンサルタントの勧める職務に難色を示す人自体はそう珍しくはな い。だから私はKさんの志望をはっきりさせ、実現性があるかどうか彼とす り合わせを行なおうと考えたのだが…。「時計の商品企画をやりたいんで す」。予想をあまりにも大きくはずれる答えに、私は思わず面食らってい た。

「プレミア物などが多く出ており、ファッションウオッチは将来性を感じさ せる分野です。昔からモノづくりに関わりたいと思っていたので、金融より そちらをやりたいんです。私のような人材が加われば、さらに数値化した マーケティングが可能になるのではないかとも思いますし…」。「ちょっ と、待ってくださいKさん」。私はあわててKさんの言葉をさえぎった。 「あなたは、そういった職務に関しては経験をお持ちでないはずでしょう」。 「はい、ありません。しかし」。Kさんは身を乗り出し、熱意のこもった目 で私に言うのだった。「私なら、できると思います。研修さえ受ければ、 きっと」。

そして3社ばかりの社名を挙げ、Kさんは私に迫るのであった。「これらの 人事担当者とぜひ会わせてください。会ってさえ頂ければ、わかってもらえ るはずです」。さてどうしたものか…。私は、話の接ぎ穂を探るように再び Kさんの経歴書に目を落した。そこに書かれていたのは、優秀な金融マンで あるKさんの姿。優秀な金融マンだが、商品企画に関しては、どう見てもま ったくの素人なのである。いったい、Kさんのこの“自信”は、どこから出 てくるものなのだろう?彼のこの熱意に、私はどうやって応えればいいのだ ろうか?そんなわけで私とKさんのやりとりは、次週に続くのであった。

『 転職者と土の法則 』

「土が変わると、 それまで元気だった草花が一気に枯れてしまうことがあるんです」と、最近“ガーデニング”に凝っている姪が教えてくれた。彼女が言うには、草花には種類によって好みの土質があり、植え替えの際には必ず草花に合わせた土の配合を行なうらしい。自己流で適当にやっていた姪は、そのことに気付くまで、ずいぶん何鉢も枯らしてしまったそうだ。

姪の話を聞いて、私は友人のH君のことを思い出したのだった。H君はある大手メーカーの販社に勤めていた元営業マネージャー。まさに“客商売をするために”生まれてきたような男で、私は彼の人をつかんで離さない性格と、快活さの裏に見え隠れする意外な細やかさがけっこう好きだった。昨年の冬には1ランク上の同業に引き抜かれ、皆で万歳三唱して祝ったのだが…。

「以前のような業績が、まったく出せないんだ。」 それから数カ月も経たないある日、待ち合わせ場所の居酒屋に現れたH君は、すっかり憔悴しきっていたのだった。「どうも、大変なところへ転職してしまったらしい」…。彼が言うには、扱う商品は以前と同じだが、営業のやり方が様々なところで大きく違うのだという。「顧客を育てることが大事なのに、管理はサポート部隊任せ。管理職の俺も新規客の獲得に駆け回ってばかりなんだ」。社内の雰囲気も相当違うのだという。「部長に根回ししないと何も動かないんだ。」

「そんなこと、どうして事前に調べなかった。」 キツイかなあと思いながら、私はH君に言った。「仕事のやり方が会社ごとに違うのは当たり前だろう。」転職でありがちな落とし穴が“自分はこの仕事に関してはベテランだ”という思い込みである。私たちが自分で身に付けたと思っているスキルは、土が変われば枯れてしまう草花と同じだ。会社の方針やカンバンや、職場の風土や、業務のシステムや、業界の特性。そうしたもろもろの条件が働いているからこそ、私たちはそれなりの実績をあげられるのだ。スキルひとつで世の中を渡っていくことなど、本当はできはしない。自分の実績を次に活かしたいのならば、なおさら実績への過信を捨て、まずは合う土を探すことである。

現在H君は問題の会社でそのまま働きながら、私のオフィスで転職先の検討に入っている。もともと良い営業マンなのだから、きっと合う環境が見つかるだろう。厳しい忠告をした分、私も彼が再び開花できる転職先を紹介して、ちゃんとした人材コンサルタントであるところを見せなければ。

『“見せる人格”の法則 』

今回ご紹介する話を、他人事だと笑うあなた。ざまあみろと痛快な気分になるあなた。あなたこそが、要注意人物なのである。きっと自覚が無いのだ。自分は違うと思っている、そのプライドが、あなたの周囲を蝕んでいる…。

超大手企業の元経理部長という経歴を持つUさんは、転職先の中小企業E社で、使い物にならないと判断された。とにかく態度が尊大すぎたのだ。

俺は社長にヘッドハントされた経理責任者候補だ。前の会社では、お前らなんかより高い地位にいたんだ。…と、そんな風に思っていたのだろうか。

入社間もないUさんは、E社の仕事を理解してもいないうちから、このやり方はいかん、進め方がなっとらんと“部長口調”で指示を始めたのである。ベテランの女性スタッフを明らかに軽蔑した目で見、彼女たちのやり方をいちいち否定する。質問すると、そんなこともわからないのかと一喝する。おかげでE社の経理部内では、よけいな仕事が一気に増えた。Uさんのために、残業続きの毎日。そのうち誰かが口を開いた。「あの人まだヒラなのに、なんでエバッてんの?」「あんなエラそうな人、どっか消えてほしい」。

経理部の状況は社長の耳にも届くところとなり、入社半年もたっていないある日、Uさんは社長室に呼び付けられた。「大手の部長って賢いんだと思ってたよ。なのに部内をグチャグチャにして…。来月からもう来なくていい」。

私が思うに、Uさんは油断しきっていたのだ。“えらい俺”という人物像が、新しい環境でもすぐに受け入れられると、信じて疑わなかったのだろう。

転職先の仕事を知らない以上、新入社員と同じ。いくらプライドが邪魔しようとUさんは、教えてくださいという姿勢で臨むべきだった。そして業績という形で貢献できるようになってから、周囲への態度を修正すればよかったのだ。変なプライドは懐にしまって、自分に演出をつけるべきだったのだ。

同僚は仲間ではあるが、友人ではなく家族でもない。素のままの自分を受け入れてほしいと期待するほうがおかしい。会社が会社の利益を追求するように、個人も、個人の利益追求を第一目的に集まっているのだから。職場で見せる人格には、相手の快・不快、つまり利益・不利益を考えた取捨選択が必要なのだ。周囲の感情と駆け引きしながら、有益な人格をプライド高く演じていく。それも、会社人としての能力のひとつなのである。

『 決断と相談の法則 』

このまえ転職先が決まったUさん、そう言えば明日が初出社日だなあ…。ボーッとしながらそんなことを考えていると、当のUさんから電話がかかってきた。「申し訳ないんですが、明日からの入社、やっぱりやめたいんです」。
このくらいのことでオロオロしては、人材紹介のコーディネーターは勤まらない。至極冷静に理由を問い正したのだが、返ってきた答えには、さすがの私も椅子からズリ落ちそうになった。「友達がやめとけと言うんです」。

Uさんは30歳手前のエンジニア。化学系の学部を出たあと、ほとんどの年月を派遣社員として働いていた。このままでは将来が不安でたまらない。なんとか正社員として落ち着ける口を見つけたい。Uさんは最初、そんな切実な思いで、私たちのオフィスに駆け込んできたのだ。

しかも、転職先が決まるまでさんざん苦労した。2年にもおよんだ活動期間の中で、なんとか面接までこぎつけた企業は、わずか6社。だが、年齢の割には浅い実務経験しかないという理由で、6社中5社から不採用を言い渡されてしまう。八方ふさがりのUさんにとって、ようやく内定が出た6社目の会社は、30代を安心して迎えられる最後の砦だったはずなのだが…。

「内定と聞いていたのに、様子がヘンなんだ」。Uさんは友達という友達に電話して、不安な胸の内を相談しまくっていたのだ。自分と時を同じくして、他の紹介会社からも数名の人が面接に来ている。コーディネーターは“儀礼上のことだから心配ない、採用はあなたで決定している”と言うけど心配だ。他にいい人が来たら、俺の内定を取り消すんじゃないだろうか…。

「お前の言うとおりだ。そんな会社は信用できない」「仮に入社しても、何かあったらすぐに辞めさせられるぞ」。Uさんの話を聞いた友人たちは、口々にそう言ったという。そして彼らの熱心な説得のもと、Uさんは私に入社辞退の電話を入れる決意をしたというのだ。“そんな無責任な奴らは友達じゃねえ!”と怒鳴りたいのを必死でこらえながら、私は受話器を置いた。

迷ったときに相談できる人たち。それは確かに頼りになる存在だろう。しかし“相談”イコール“人に決めてもらう”ことなのだろうか。人生を左右する決断まで、他人まかせにしていいのだろうか。アドバイスは受けても、最後の最後で頼りになるのは、自分自身でしかないはずだ。Uさんは結局、30代となった今も、なりたがっていた正社員になれないでいる。

『 何が大切か、の法則 』

不動産屋でマンションを選ぶとき、わざわざ“北向き”の部屋を希望する人がいるらしい。最も嫌われる物件をなぜ?とお思いになるかも知れないが、ちゃんとした理由がある。“大切な家具を日焼けさせない”ためだ。洗濯物の乾き具合よりも、家具の美しさを優先する。この価値観を、私は理解できない。理解できないが、偉いとは思う。自分にとって何がいちばん大切かを知り、その信念に基づいて行動しているからである。

Kさんも、自分にとって大切なものをよく知っている人だった。彼の場合は転居先でなく、転職先を探していたのだが…。人事総務畑ひと筋の43歳。私の紹介で2度転職し、2度目でやっと満足してくれた。彼の探していた転職先は、「とにかく朝から晩まで、身を粉にして働ける所」だったのである。

1社目は400名規模の商社。人事総務のエキスパートに社内体制の変革を一任したいというニーズが、Kさんの希望とぴったりマッチした。この不景気にも業績堅調な優良企業。年収140万円UPで入社という好条件。しかしである。彼は1年で耐えきれなくなり、私の所へ戻ってきてしまった。

「もう地獄でした…」Kさんが私に訴えた内容はこうだ。
“社内体制の変革をしたい”というのは、実は社長ひとりの願望だった。もともと、ほっといても売上の伸びる会社。管理職からヒラ社員まで毎日定時きっかりに退社し、誰もそれ以上の努力はしたがらない。やる気に燃えるKさんは、皆にとってケムたい存在でしかなかった。それでもめげずに社内の問題点を抽出していると、とたんに肩書をはずされ、仕事を取り上げられた。最後の数カ月間、Kさんは案内状のスタンプ打ちをしていたらしい。
「家内も言うんですよ。5時に帰ってきて死人のような顔をしてるあんたなんか見たくないって。」Kさんの顔を見ながら、私もうなずいた。
「Kさんの満足しそうな会社が、あるにはあります。でも、相当キツいですよ。」断られるのを覚悟で言った。「毎晩午前2時まで働いてるそうです。」

信じられない、理解しがたい、と思うかも知れない。でも、Kさんは大喜びで再び転職していった。社員も売上も倍々ゲームで伸びている、設立したてのベンチャー企業だ。Kさんはそこで、人事部門を1から立ち上げている。

「いやあ大変ですよ。初出社の当日に福岡出張ですよ。」3時間しか寝ていないという、電話越しのKさんの声は、しあわせそうに弾んでいた。

自分には何が大切か。転職の世界でもやはり、それを知っている人は強い。
たとえ変人に見えても、無難な満足以上のものを手にするのは、彼らなのだ。