『 実力とプロセスの法則 』

もう使い古されたような言葉に感じるほど、私たちの周りには“実力主義”という言葉が浸透している。だが“実力”とは一体何なのか、私たちは分かっているだろうか。ともすれば結果として出た実績そのものが“実力”だと捉えてはいないだろうか。“実力”の意味について、少し考えたいと思う。

まず、例を挙げてみよう。メーカー系列の販売会社に勤めていたDさんである。Dさんは同業メーカーA社の営業部門へ転職を希望していた。A社は業界内では老舗にあたる人気企業。Dさんの転職活動は、経験内容もキャリア年数も拮抗する有力候補者4人とバッティングする、厳しいものとなった。

他の4人も、Dさんと同等かそれ以上の実績をあげていた人々だった。しかし、Dさんは選考こそ時間がかかったものの、最終的にはただ1人内定したのである。一体何が決め手となったのか?拮抗していた中でDさんの何が抜きんでていたのか?私はそのあたりの話をA社の人事に聞いてみたのだった。

やはり、Dさん以上の実績をあげていた人とDさんとどちらを採用するか、A社は最後まで悩んだらしい。人事は私にこう言った。「Dさんだけが、実績に至るプロセスを詳細に語ったのです」と。他の4人のうち3人は、優秀な実績をPRした。もう1人はプロセスに関して補足的に触れた程度だった。

その中でDさんは経歴書にまとめた実績について、どんな工夫を経て達成したのか説明したのだという。例えば過去の相談内容を顧客毎に整理し、それを踏まえた提案や事例紹介を行なったこと。未共有だった見込客情報をデータベース化し、協力体制を確保した上でチーム成績をアップしたこと、等々。

「Dさんなら単なる“調子”の問題でなく、再現性のある仕事ができると考えたのです」と人事は言った。実力を評価されるには、確かに実績があることが大前提である。だが私たちの周囲でもしばしば見られるように、認められる実績を出す人は、何かしら他とは違う工夫をプロセスの中に入れている。実績と、その裏付け。2つがセットになってこそ実力と言うのではないか。結果と同じくその結果を出すプロセスを集積していただきたいと私は思う。

『 転職マーケティングの法則 』

企業の採用活動にはマーケティングの意識が欠かせない。転職マーケットの中でどのような層の人材が欲しいのか。またその人材層は何を動機とすれば自社を志望するか考えた上で、適切なアピールをしていく必要がある。そのためにはマーケットの中で自社がどう見られているのか自覚する必要もある。

これは企業のみならず、私たち職業人にも言えることだ。自社を省みず、ただ欲しい人材像ばかりを並べ立てる企業には、みなさんも首をかしげる事があるのではないだろうか。同じように、私たちも目標や戦略なくただ自分のしたいことを並べ立てるだけでは、懐疑的に見られても仕方がないのである。

しかし逆にマーケットを踏まえてアピールするという視点を持てば、弱みを克服し強みに転じることもできる。たとえば今回はそんな視点からある企業の採用活動を紹介してみよう。話を聞いたのはベンチャー企業A社の人事担当Tさんだ。A社は業界3位だが1位には大きく水をあけられ、2位企業と僅差で競り合っていた。

1位には企業規模の点では追い付けないが、サービスの優位性で業績的には充分勝負の可能性がある業界。そのためにもTさんらは即戦力となる技術者を増強したかった。だが業務の特性上、ターゲットとなる人材像はどうしても1位、2位企業と競合する。通り一遍のアピールをするだけでは1位企業に欲する人材の大部分を取られ他を2位企業と争う形になると思えたという。

そこでA社は、あえて1位企業を志望する層をターゲットにした。中でも大手志向ではなく、サービスの優位性や仕事の質を主眼にしている層に絞る。そして彼らにA社の開発現場を重点的にアピールした。人材の層が薄い分、サービスの企画段階から若手開発者がイニシアチブを取っていること。それが却ってユーザーに近い視点のサービスに繋がり好評であること…。

担当範囲が広い分、負担は大きいが、やりがいも大きい。このようにTさんらは、弱みを強みに転じるアピールを行なったのだ。A社には現在、1位企業と比べても非常に良い技術者達が少しずつ集まりだしている。市場の中での自分たちの位置を認識し、どう動くべきか冷静に考える。決して難しい事ではない。こうした視点をぜひキャリア構築にも取り入れていただきたい。

『 仕事選びとその対価の法則 』

私たち職業人は、各人それぞれが様々な視点で仕事を選んでいる。将来性があるとか、専門性が身に付くとか、自分の適性に合っている、等々。その中には、批判を受けがちな選択視点もある。“好き嫌い”で仕事を選ぶという視点だ。仕事というものは好き嫌いでくくれるようなものではないのだと。

だが、現実に好き嫌いで仕事を選んでいる人々は存在する。確かに私から見ても“好き嫌い”で仕事を選んでいる人は、その基準に拘るあまり、逆に総合的な満足から遠ざかっていることも多いように見える。だが、中に時々、羨ましいほど充実している人がいる。彼らは一体何が違うのだろう。

例えば知人のD君は、引く手あまただったバブル末期の卒業年次にも関らず、正社員という選択枝を選ばなかった。自分の興味に合う就職先が見つからないという理由だ。看板屋やデザインスタッフ等いくつものバイトを転々とした。それも、本当に好きになれる仕事に出会えないという理由でだ。

周囲は「いつまでも選り好みするな」とD君を諭した。だがその彼が5年前、これだという仕事と出会った。ぬいぐるみに入る仕事である。D君の参加するショーは好評で、しばしば会期延長の依頼が来た。幹部候補として正社員登用の誘いも受けた。時折会うD君は、過去のどんな時より充実して見える。

「きつい仕事ですが、好きなんだから、やれるだけやります」とD君は笑って言う。好きな仕事だけをする道は、誰もが気楽に選べるものではない。好きな仕事の対価としてリスクを常に背負う、むしろそれを楽しめる人のみに開かれた選択だ。しかしそれは、どんな仕事でも同じなのかもしれないのだ。

収入や安定以外の何かを仕事に求めるならば、その何かというオプションに対し、私たちは有形無形の対価を支払わねばならない。求めるものが大きいほど、対価も大きいだろう。そして、その対価をはっきり認識し、背負う覚悟を持ってこそ仕事への本当のやりがいが生まれるのではないかと私は思う。

『 正反対の環境の法則 』

頭の中が煮詰まってくると、私たちの思考はともすれば極端から極端へと流れがちだ。仕事に行き詰まると「楽で簡単な仕事がしたい」と考えたり、人間関係に行き詰まると「人との関わりが薄い職場へ行きたい」と考たり。私が出会う転職者の方の中にも時々、現状と正反対の環境を希望する人がいる。

例を挙げてみよう。今回は我々の人材紹介オフィスに来た方ではなく私の個人的な知り合いなのだが、中堅広告代理店出身のEさんである。Eさんは連日続く深夜残業、膨大かつ多岐に渡る業務を一人で抱え込みつつノルマを追わねばならない環境に嫌気がさしていた。そこでEさんはある選択に出た。

「この度、学校法人○○学園の本部職員として新たなスタートを切りました」との葉書をEさんからもらったのは、昨年夏のことである。私は驚いてEさんに電話した。「役所の延長みたいな職場で、前の地獄みたいなハードワークが嘘のようだよ。いや転職して良かった」とEさんは笑っていたのだが…。

だが、先日久し振りにEさんに会ってみて、私はまた驚かされた。転職から数カ月たった彼は、前の会社そのままに忙しそうにしていたのだ。聞けば、当初は早く帰ったりもしていたのだが、慣れるにつれ、自分で仕事をどんどん増やしてしまったのだという。見つけた仕事をやらずにいられないのだ。

「正反対の職場へ行ったつもりだったのに、結局同じになってしまった」とEさんは笑った。私も「身についてしまったサガだなあ」と笑った。Eさんは、また広告の業界に戻ることを考えているらしい。「どこへ行ってもこうなるのなら、やっぱり自分が最初に志した仕事をしたい」と言うのだった。

人は長く居た環境を自分の中に取込んでいく。煩雑な仕事を憎んでも、濃い人間関係を憎んでも、それらは同時に自分の中にも染み込んでいるものだ。暇な職場や人との関りの薄い職場にいきなり飛び込んで、果たして「以前とは正反対で幸せ」となるだろうか。私はならないと思う。極端から極端へと流れる選択をしたくなる前に、自分が馴染んだ環境とは何かを考えてみたい。

『 時代と人間力の法則 』

新年最初の配信なので、今回は2001年のスタートにふさわしい話をしたい。先に一言で言うと、激動の時代に打ち勝つ人間力が重要になる、という話だ。それを、最近の動向に加えて、大手周辺機器メーカーに転職した26歳のEさんを例にとって考えてみたい。転職市場を含めた今年のビジネスシーンで、どんな人材が求められるようになるかの1つのヒントになると思う。

まず昨年の転職市場では、今年の伏線となるような動きがあった。“スペシャリスト・ゼネラリスト”といった単純なカテゴリで人材を括れなくなったのだ。高い実務スキルを持つ経験者が評価される傾向は、存続してはいる。しかし、ただ経歴や実務が優秀だからと言って採用される訳ではなくなった。

また、第2新卒や未経験者の採用が昨年あたりから復活し始めた。だが「何もできないけどヤル気はあります」だけで通用するような、バブル期の採用が復活したわけではない。では、具体的にどんな人材が評価されるのだろうか。

さて、転職者のEさんは、元銀行マンである。金融業界からメーカーへの異業種への転職だ。彼には技術系の実務経験は一切なかった。しかし採用過程を通じて、Eさんは2つの点を高く評価された。物事を理論立てて捉えアウトプットできる点。もうひとつはEさんの人物的な魅力に。

テクノロジーが急激に進歩し、最先端のトレンドがどんどん陳腐化する。そんな時代に必要とされるのは、結局は“人間”なのである。技術に追い付いていくのは技術そのものではなく、人間の賢さなのだ。2001年は、そうした“人間力”がますます評価される傾向が強くなるだろう。これは、Eさんのような20代に対し、より顕著になっていくはずだ。

人としての素地が正面から問われる分、今まで以上に厳しさは増すと思う。だが、今年は多くのビジネスパーソンにとって可能性の門戸が開く1年になると、私は信じている。経験や技術の積み重ねは、これからも確かに大切だ。そこにプラスして、今年は、丸裸の自分に何ができるかを考れば良いと思う。皆さんにとって新しい時代が、新しい可能性の幕開けとなりますように。

『 業界研究の法則 』

誰でも一度は、伸びていてイメージも良い業界に入りたいと思うものだろう。しかし“花形業界”に入ったからと言って上手くいくわけでもないのが、転職の世界である。ビジネスマンが本当にやるべきことは、業界に入ることではなく、仕事だ。その業界で何がやりたいのかを、結局は問われるのだが…

何がやりたいのかわからないまま業界選択をしている人に、時々出くわすことがある。最近では大手都市銀行出身のTさんだ。彼が志望先として挙げたのは、IT業界、コンサルティングファーム、流通系ベンチャー。脈絡のない顔触れに、その志望動機を一つ一つ聞いてみると、答えは全部一緒だった。

「伸びている先進的な業界だから」というのが、全てに共通するTさんの志望動機なのである。だが、企業の目から見ればそれは志望動機ではなく、単なる“感想”に過ぎない。自分なりに業界研究をかなりやったと言うTさんに、私はその研究姿勢に問題があるのではと言ってみたのだった。

問題は、Tさんが受け身であるということである。Tさんが業界研究で得たのは“感想”だけで、自分はこうしたいという“ビジョン”がなかったのだ。それは、自分でなく、まず業界ありきで研究しているせいだ。良い業界に入りさえすれば自分も良くなるという、受け身の気持ちがどこかにあるためだ。

そもそも受け身では、ビジネスマンは仕事などできない。環境によって良くしてもらおうという考えで、もし入社したとして幸せだろうか。世間や他人から流れてくる風評でなく、自分の目で何を確かめるべきなのか。それがわからないまま入社しても、またイメージとのギャップに苦しむだけである。

業界研究は確かに大切だ。しかし、それは“話題の勝ち組み企業”を探す研究ではなく、自分のやりたいことがある業界を探すための研究であるはずだ。自分のやりたいことは一体どこにあるのか。そんな目で眺めてみれば、Tさんもまた違った業界地図が見えてくるはずである。

『 ノリの法則 』

職場には色んな性格の人がいて当然だ。かちんと来ても我慢したり、苦手な人とも組んできっちり仕事をしたり。そんなことは私たちの誰もが日常的にクリアしていることだろう。だが、個々の性格ではなく、仕事の上で根本的な何かが周囲と違ってしまっている時、人は職場の中で孤立する。

その“何か”とは仕事の“ノリ”ではないかと、私は先日A社の人事担当者と話をしながら思ったのだった。A社は、ベンチャーから大手へと躍進したIT系企業として名の売れた会社である。転職先として狙うエンジニアは引きも切らず、私もたびたびA社と転職者の面接をセッティングしていた。その中で、人気企業にしてはちょっと珍しい現象が起こっているのだ。

転職者自らが、選考途中で続々と辞退を申し出る。理由を聞いてみると、誰もが一様に「私にはついて行けそうもない」と言う。A社ほど人気のある企業なら、普通は多少無理をしてでも入社を希望する人の方が多くなるはずだ。ところが、面接に臨んだ実に8割方の人が自ら選考を辞退するのである。

それはA社の面接のせいだ。A社では、人事も役員も面接に顔を出さない。出てくるのは、現場のスタッフが2名以上。彼らは転職者の前に座るなり、いきなり世間話を始める。それもただの世間話ではなく、エンジニア同士のあまりにもマニアックなよもやま話である。あの会社が今度作ったシステムのこの部分がまずいとか、いやこの部分では評価できるとか、そんな話だ。

話に入れない転職者はとことん入れない。「仕事の本筋と無関係。面接に来ている者を馬鹿にするのか」と、怒って席を立つ人もいるという。だが、たまに目を輝かせて「自分はこう思う」と水を得た魚のように語り始める人がいるらしい。そうした人が最終的にA社に入社する。「おたくノリでしょう」と、A社の人事担当者は笑って言うのだった。「でもうちは、そんなエンジニアたちがマニアな愛情を込めて作ったシステムで伸びてきた会社なんです」

話し足りなさそうに帰っていった人ほど、入社後、生き生きとしているそうだ。「やっぱりノリが合うかどうかは大事ですよ」とA社の人事担当者は言った。私もそうだと思う。“ノリ”とはこの場合、人々の向いている方向性を指す言葉だ。性格は、多少合わなくともお互い我慢できる。しかし、皆と違う方向を向いて一人立たされるのは、不幸だ。誰もがバラバラの方向を向いている会社も不幸だ。皆さんが自分のノリと合う職場に出会えることを祈る。

『 ノリの法則 』

職場には色んな性格の人がいて当然だ。かちんと来ても我慢したり、苦手な人とも組んできっちり仕事をしたり。そんなことは私たちの誰もが日常的にクリアしていることだろう。だが、個々の性格ではなく、仕事の上で根本的な何かが周囲と違ってしまっている時、人は職場の中で孤立する。

その“何か”とは仕事の“ノリ”ではないかと、私は先日A社の人事担当者と話をしながら思ったのだった。A社は、ベンチャーから大手へと躍進したIT系企業として名の売れた会社である。転職先として狙うエンジニアは引きも切らず、私もたびたびA社と転職者の面接をセッティングしていた。その中で、人気企業にしてはちょっと珍しい現象が起こっているのだ。

転職者自らが、選考途中で続々と辞退を申し出る。理由を聞いてみると、誰もが一様に「私にはついて行けそうもない」と言う。A社ほど人気のある企業なら、普通は多少無理をしてでも入社を希望する人の方が多くなるはずだ。ところが、面接に臨んだ実に8割方の人が自ら選考を辞退するのである。

それはA社の面接のせいだ。A社では、人事も役員も面接に顔を出さない。出てくるのは、現場のスタッフが2名以上。彼らは転職者の前に座るなり、いきなり世間話を始める。それもただの世間話ではなく、エンジニア同士のあまりにもマニアックなよもやま話である。あの会社が今度作ったシステムのこの部分がまずいとか、いやこの部分では評価できるとか、そんな話だ。

話に入れない転職者はとことん入れない。「仕事の本筋と無関係。面接に来ている者を馬鹿にするのか」と、怒って席を立つ人もいるという。だが、たまに目を輝かせて「自分はこう思う」と水を得た魚のように語り始める人がいるらしい。そうした人が最終的にA社に入社する。「おたくノリでしょう」と、A社の人事担当者は笑って言うのだった。「でもうちは、そんなエンジニアたちがマニアな愛情を込めて作ったシステムで伸びてきた会社なんです」

話し足りなさそうに帰っていった人ほど、入社後、生き生きとしているそうだ。「やっぱりノリが合うかどうかは大事ですよ」とA社の人事担当者は言った。私もそうだと思う。“ノリ”とはこの場合、人々の向いている方向性を指す言葉だ。性格は、多少合わなくともお互い我慢できる。しかし、皆と違う方向を向いて一人立たされるのは、不幸だ。誰もがバラバラの方向を向いている会社も不幸だ。皆さんが自分のノリと合う職場に出会えることを祈る。

『 情報武装の法則 』

人材紹介会社を訪れる転職者の方の中には、目当ての企業を絞り込んでから登録に来る人もかなり多い。こちらが驚くほど完璧に下調べしている人もまた多く、情報化の社会なのだなあと改めて認識させられることしばしばである。その気になれば誰でも、プロ顔負けの知識を得られる時代になった。だからこそ、情報に無頓着な人が悪目立ちしてしまうようにもなりつつある。

先日、これはちょっとあんまりではないかと思った人に出会ったので、ご紹介しておこう。WEBデザイナーのRさんである。Rさんはネットで目当ての企業A社の募集を知り、どうせ応募するなら紹介会社経由でと当オフィスへやって来た。そこまではいいのだが、面談室で向かい合っていざ話をしてみると、彼はA社の募集条件にさえ目を通していなかったのだった。

「A社のサイトを見て募集を知ったんでしょう?なら、募集条件が書かれてたはずですが、そこは見なかったのですか?」と私はRさんに問いかけた。すると、見たことは見たがよく覚えていないと言う。紹介会社に行けばちゃんと教えてくれるものだと思っていた、と。それはもっともだが、ならばなぜ募集条件も検討しないうちから応募する気になったのだという疑問が残る。

「WEBデザイナーを募集していて、良いって聞いたことがある会社だったからですよ」と、Rさんは投げやりに言うのだった。そして、逆にこう聞いてくるのだ。「A社って、どんな会社なんですか?」と。具体的に何が知りたいのかと聞いてみると、企業概要や業務内容なのだと言う。つまり良いという評判だけで、基本的な企業情報も調べずに応募を決めているのだ。

Aさんは経歴書や作品を見る限り、決して悪くはないデザイナーだった。しかし、転職者としては依頼心が強すぎるのではないかと私は思った。この姿勢が紹介会社だけに向いているうちはいい。だが人の姿勢というものは、えてして様々な場面で顔を覗かせてしまうものである。嫌な予感は的中した。基本的なことだけでも頭に入れておくようにと釘を刺したにも関らず、彼はA社の面接で「うちの会社をわかっていない」と看破されたのである。

「人が欲しいのなら、説明ぐらいすればいいのに」と吐き捨てて、Rさんは去っていった。確かにRさんの言うことも、ある部分では正しい。だが、これだけ膨大な情報が氾濫している中で、多くの人があらゆる手段を用いて自分に必要なものを集め、情報武装しているのだ。目の前にある情報さえ自分でつかもうとしない人から淘汰されていくのは当たり前の話だろう。「知りません、教えて下さい」の通用するハードルが、どんどん高くなっている。

『 リスク管理の法則 』

金融商品の特集記事を読んでいると、よく「利用者自らがリスク管理を」というコメントにお目にかかる。ハイ・ミディアム・ローのリスク&リターン順に商品説明が並び、「それぞれのリスクを理解した上で、あなた自身が責任を持って選択してください」と結ばれるわけだ。私は「言われなくてもわかってるよ」と思いながら、ついついハイリターン商品に目が行ってしまう。

ところで、実は同じようなことが転職の世界でも起こっている。しかも、転職者自身が気付かないうちにだ。選択を間違えただけで丸損の金融商品と違って、転職には“労働”という代償行為がある。だから、「これから頑張って働けばいいや」と考えてしまうため、問題があることが、わかりづらい。しかし、転職に際して考えるべきことは、「頑張れば良い」ではなく、

「実際に自分が頑張れるか否か」だ。例えば、この頑張れるか否かをとことんつきつめた人の話をしておこう。

話の主は27歳のソフトウェア開発者Pさん。Pさんは超が付くほどの慎重な人で、何社もの人材紹介会社をかけもちして転職活動を進めていた。そして、その中の何社かを“おいしい話だけしかしない”という理由で切り捨てていた。Pさんの逆鱗に触れた“おいしい話”とは何だったのか。興味を持って尋ねた私は、Pさんの説明を聞いてなるほど、と思った。

「年収がこれだけ上がりますよと言うので理由を聞いたんですが、あなたのスキルが素晴らしいからとか、バカみたいな答えしか返ってこないんです」Pさんが欲しかったのは年収アップの“裏”に隠された情報だったのだという。前職と比べ仕事の難易度がこれだけアップするとか、体力的なハードさがこんなにアップするとか、会社の経理が少々ドンブリだ、といった情報である。「それを知らないとついていけるかどうかわからないじゃないですか」

Pさんは結局、前職とほぼ同じ年収額で転職していった。限りなくローリスクを選択したわけである。その選択が正しいかどうかは、私にはわからない。ただ、転職市場にもリスク&リターンが存在することを意識し、“クリア可能か”という視点でリスク&リターンのレベルを選択した彼の姿勢には学ぶべき所がある。どんな世界にも“おいしい話”と“その裏側”が存在する。それをわかったつもりでなく、わかった上で背負おえるかどうかが重要なのだ。

『“資格のツボ”の法則 』

「私は先日36歳になってしまったんですが、転職できないのでしょうか」最近、これに類するご質問を転職者の方から時々受ける。聞けば、雑誌などで、“35歳までが転職可能なギリギリの年齢”という言葉を目にしたらしい。「35をとうに越えた私が転職活動しても難しいですよね。でも職場を探さないわけにはいかないし…」と、相談主は活動前から落ち込んでいる。

「そんな記事、真に受けることはないんですよ」と励ましてみるのだが、その励ましさえも、“好意の嘘”と取る人が多いのには心が痛む。年齢そのものよりも、年齢を気にして弱腰になる姿勢。そちらのほうがよほど、転職活動には不利に働く。実際、企業と転職者の間をつなぐ我々人材エージェントの経験からしてみれば、年齢制限などは案外“どうにかなる”存在なのに。

例えば、先日出会った38歳の営業マン、Uさん。彼が面接を受けた企業は当初“資格年齢34歳まで”としていた。念のため、私は事前に人事担当者に確認する。「38歳の方ですが、業界経験と技術知識をかなりお持ちです」すると「あの資格は単なる目安ですから…。ぜひお会いしたいです」と返ってくる。実にあっさりしたものである。本当はこうした企業が大半なのだ。

Uさんは結局、技術知識を買われて採用された。その企業が、年齢よりも技術知識など、他のポイントに重点を置いて選考していたからだ。このように企業の提示する募集条件は、一見同じ項目が並んでいるように見えても、企業ごとに違う“優先ポイント”が存在する。年齢に重点を置く企業も勿論あるが、業務スキル、経験内容、人物的素質など、ポイントは各社それぞれだ。

では、なぜ企業によって募集資格の優先ポイントが違うのだろう。それはごく簡単なことだが、“求める人材像”が各社違うからだ。「年齢は多少オーバーでも、最低限、業務経験5年以上の人が欲しい」「業務経験があるに越したことはないが、何よりも意欲のある人が欲しい」という具合。年齢を気に病むより、そうした資格の“ツボ”を見極める方が遥かに大切なのだ。

逆に、こうも言える。志望企業の資格のツボを見極めた上で自分を売り込めば、ウイークポイントさえカバーできることにもなるのだ。それはUさんの例でもおわかりだろう。転職市場では、確かに年齢の低い人ほど歓迎されがちだ。しかし、絶対ではない。募集条件に書かれていることも、全てが絶対ではない。「この企業は本当はどんな人材を求めているのか」と考える。募集記事の全体から読み取る。企業に聞いてみる。「自分は条件を満たしていない」と落ち込む前に、そんな前向きな気持ちをぜひ思い出してほしいのだ。

『“転職の法則”の法則 』

[en] Career Newsが100号を迎えると共に、この「転職の法則」も100回目を迎えた。記念すべき号だけに、何か変わった趣向で書かねばとしばらく考えてみたのだが…。考えてみれば私は今まで、人のことをああだこうだと言うばかりで自分のことは棚に上げ通しだった。そこで今回は、転職の法則を書く私自身を、マナイタの上に乗せて話をしてみようと思う。

人材紹介会社のエージェントを続けてもうかなりになるが、最近、私を取り巻く仕事環境も随分様変わりしてきた。様々な転職手段がメディアに紹介され、人材紹介の利用者総数も増加した。そこで決定的に変化したのは、人材紹介を賢く利用する人々が増えたことである。数社の人材紹介会社を使い分ける。数ある転職リソースのひとつとして人材紹介会社を使う。転職者自身が意志を持って、個々のエージェントが持つ能力を引き出す時代が来たのだ。

私はほんの数年前の自分を思い出す。今でも充分私は偉そうだと思われているかも知れないが、数年前の私には、さらに強引というオマケがついていた。甘いと感じた考えは徹底的に正す。時には説教を垂れる。自分が良いと思う方向へ転職者を導かなければ気が済まなかった。しかし、普通の対人関係でもそうだが、自分の“良い”が常に他人の“良い”たりえるのだろうか。

転職は人と人の縁で成り立つものだ。多様な価値観と信念を持った人々が、数ある転職リソースのひとつとして私を選ぶのであれば、私はその選択を大切にしようと思い直したのだった。先々の目標に到達するためのキャリアプランや方策。スキルと経歴に添ったターゲット企業。転職者がそれらを選び取るための手助けは、縁あった以上骨身を惜しまずやる。だが、私自身が最後の意思決定を迫ってはならないのだ。決定権は皆さん自身の中にしかない。

エージェントは優秀な黒子であるべきだと思う。転職者が自分自身の意志を持って動くそばで、必要なものを的確に渡していく。物事を本当に考えるのは転職者だ。優秀なエージェントはそこをきっちりわきまえている。転職者が能動的に動き、選択していくための、他では替えの効かない強力なサポート役。それが、これからの人材エージェントの役目なのだと私は思う。

そしてこの「転職の法則」も、みなさんの意志や選択を黒子のようにサポートする存在でありたいと思う。何が自分にとって良いのか、正しいのか。選び取るのはみなさん自身だ。様々な転職者の話や、私が述べる意見を目にして、みなさん自身が何かを考える。そんな役目さえ果たせれば、私は本当に光栄である。今後とも、「転職の法則」をどうぞ宜しくお願いします。

『“格”と実力の法則 』

この会社はあの会社より格が上だとか、そんな言い方をするのはあまり好きではない。しかし、企業ランクという言葉が無意味になりつつある最近でも、“格”にこだわる企業はまだまだ多い。そのこだわりは、転職市場にもいまだ陰を落としている。つまり“格上”の会社の人材を採用したがる企業が目立つのだ。

経済社会のパラダイム自体が転換されようというご時世に、しかも実力主義と言いながら、そんなことを言っているのか。と思う方もいらっしゃるだろう。だが、企業にも企業なりの事情がある。自社より“格上”の会社から人材を引き抜ければ、やはり嬉しいのだ。“格上”の“優秀な人材”を採用した満足感と実績が、最もわかりやすい形で得られるのだろう。

しかし一方で、“格”うんぬんに全くこだわらない企業も、徐々に増えつつある。ある大手SI企業A社を例に説明してみよう。数年前A社を初めて訪れ採用実績一覧を見た私は、独特の傾向に興味を持った。出身企業を見ると、いわゆる“格上”も“格下”(嫌な言い方だが)も混合状態。“格下”のほうが多いぐらいだ。私はA社の人事に、何気なく理由を聞いてみたのだった。

人事担当が笑いながら返してきた答えはこうだった。「逆に聞きますが、何か理由がいるんでしょうか。いい人材を真剣に採用してきたら、こうした結果になったまでのことなんですよ」。私の中にも、いまだ“格”という概念がある。それを見透かされたような気がして、恥ずかしくなった。私は気を引き締め直して、A社の採用基準について詳しく聞いていったのだった。

技術的な経験などの職務経歴は、もちろん見る。しかしそれ以上にA社が重きを置くのは、どのように職務に取り組む人物なのか、という点だった。クライアントや同僚とのコミュニケーション方法は? 担当業務をどのようなフローでこなし、どのように完結させるのか? 面接に時間と手間を惜しまず、判断の難しい人物的な側面を、まさしく真剣に見極めていたのである。

このような会社こそ、文字通り気を引き締めて面接に臨むべきだと思う。従来の“格”、イコール“ブランド”は通用しない。企業名というラベルを引きはがされ、人としての資質を徹底的に吟味される。本当の実力主義とはこういうことだ。壁を越えてチャンスが広がる分、私たちは自分の“品質”に責任を持たねばならない。ちなみにA社の前年度業績は、目標を大幅に上回る見込み。フロアーにはいつ訪ねても気持ちいいほど活気がある。

『 変わらないものの法則 』

百余年も続いた老舗企業が、次々と倒産に追い込まれている。かと思えば、今をときめくIT系企業が株式市場を賑わしている。最新の技術や情報や製品が登場するたびに、それ以前のものが陳腐化する世の中だ。新しいものが良く、新しいものについて行かねばならない。最近のそんな風潮には、転職市場も無縁ではない。皆、各業界の最新スキルを身に付けたがっている。

しかしこのごろ私は思うのだが、先端のスキルや知識ばかりを追い続けるのは、あまり得策ではない気がするのだ。若いうちはまだいいかも知れない。だが人の吸収力なんていうものは、そうそう持続しないものだ。私たちの大多数は、いつか新しいものについていけなくなる。また先端企業を選んだとしても、より新しく優秀な競合が出てくれば、来年にも潰れるかも知れない。

では私たちは、早すぎる革新のスピードに、どう対処していけば良いのだろうか。先日出会った転職者のMさんに、そのヒントを見たのでご紹介してみたい。Mさんは、27歳のソフト開発系技術者である。特に技術革新の早いこの業界で、ちょうど年齢的にもターニングポイントを迎えていたMさんは、先端技術にこれから自分がどう対処していくべきかやはり悩んでいた。

そこでMさんが選んだのは、ミドルウェア開発業界だった。ミドルウェアとは、技術者自身が開発時に使うツールのことである。ITだなんだとエンドユーザーの目に留まる業界ばかりがもてはやされる中で、ミドルウェアの陰は薄い。しかし、目移りの激しい消費者でなく、技術者自身が使うものだけに、ミドルウェアの開発技術は陳腐化しにくいという利点がある。

しかもここが大切なのだが、ミドルウェアの開発行程では、断片的な技術でなく開発全体の手法、つまりひとつの製品を企画からプロデュースする手法が身に付くのだ。また、技術者自身が使うという製品の特質上、技術者をマネージメントするスキルや教育するスキルが身に付く。私はMさんの選択に深く頷かされた。まさしく私が必要と考えていた要素と同じだったのだ。

最新の技術や知識は、明日にでも古くなる。だが、技術や知識をまとめるプロデュース力や、そこに携わる人をまとめるマネージメント力は陳腐化しない。これからの転職に必要な要素は、まさにそれらだと思うのだ。時代はこれからも激しく変化する。しかし、その中でも変わらないもの、身に付けた人だけが活かし続けられるものがある。新しいものにこだわるのもいいが、まずはゆるぎない素地を作る。それが今後ますます大切になるだろう。

『 アメニティの法則 』

我々の業界では「あの人はアメニティが高い」というような言い方をよくする。人物的に印象が良いとか、話していて好感が持てるとか。言葉のさす意味は大体そんな所だ。毎日多くの転職者と会っていると、この“アメニティ”がとてつもなく高い人に、ごくまれに出くわす。顔を見合わせた瞬間から、その人の“ファン”になってしまうのだ。これも一種の才能なのだろう。

冗談混じりに言わせて頂くと、私自身もけっして“アメニティが高い”ほうではない。むしろ高く見せようとして毎日あがいている部類だ。だから、「そんな最初からないものを求められても」と言う人々の気持ちもわかる。しかし、それを承知で聞いて頂きたい話があるのだ。ほとんど人物的好感度だけで希望の転職先から内定を得てしまった、Fさんの話である。

25歳のFさんは、輸出入業務の見習い的な仕事をしていた。彼の勤めていた会社は昨年冬に倒産。せっかく覚えかけたのだから、今後も輸出入を専門的にやりたいというのがFさんの希望だった。だがいかんせん経験が浅すぎるために、どの企業も経歴書を見るだけで会おうとしない。そこで私は“飛び道具”を使った。企業見学と称してFさんを志望会社に連れていったのだ。

Fさんは、私が今まで出会った中で恐らく5本の指には入る“アメニティの高い人”だった。とくに容貌がいいわけではないのだが、立ち振る舞いのすべてから好印象を持たされてしまうのだ。予想通り、それは志望会社の人事の目にも留まった。数日後には「あんなキャラクターの人材がうちにも欲しかった。ぜひ面接できないか」と、今度は向こうからオファーが入った。

こうしてFさんは志望通り転職していった。本来なら彼の希望する輸出入業務に欠員はなかったのだが、会社はわざわざ人員計画を変えてまでFさんを迎え入れた。それだけFさんの“アメニティ”は強力だったのである。人物的な好感度の高さには、企業の都合さえねじ伏せるパワーがあるのだ。企業は人の集まりであり、人は誰しも好感の持てる人物と一緒に居たいのだから。

では、例えば私のような“最初から持たざる者”はどうすれば良いのか。代わりに業務スキルや経歴を高める。それも真っ当な方法だろう。だが、人に与える印象などスキルさえあれば関係ないと、最初から省みないのも違うと思うのだ。Fさん自身は自分の良さを殆ど意識していない人だったが、私たちは自分の良い部分を意識して伸ばすことで、彼に近づくことはできる。業務能力を高めるだけがスキルアップではない。己の人間性を知り、その中で強みを伸ばしていくことも、ビジネスマンとして必要なスキルアップなのだ。

『 新しいシステムの法則 』

昨年12月から派遣法が改正されたことで、我々ビジネスマンの“働き方”もいよいよ選択肢が増えてきた。今はまだどのように定着していくのか見えないだけに各社様子見というところだが、営業系職種などを対象に試験的に採り入れる企業も増えてきている。我々働く側も本人の志向によって、さまざまな“新しいシステム”を進んで選択する日が来るのかもしれない。

だが先日、少し落胆させられる出来事があったのだ。“テンプ・トゥ・パーム”という制度を皆さんはご存知だろうか。企業が雇用対象者をまず派遣社員として採用し、本人と企業がお互いを気に入れば正社員に切替える、言わば試用期間における新システムである。企業・転職者の双方が出会いと見極めの機会を増やせる、それなりにメリットあるシステムのはずなのだが…。

テンプ・トゥ・パームでの採用を試験的に行いたいと希望してきたのは、大手企業A社の人事担当だった。評判の制度は積極的に試したいという言葉に、むろん私も全面的に協力するつもりだった。丁度その時Yさんという優秀なマーケッターがA社を希望しており、話は順調に進んでいった。Yさんも正社員採用の前に職場の見極めができるという点を気に入ってくれたのだ。

しかし交渉が給与額の件に及ぶにつれ、A社の人事担当がとんでもないことを言いだしたのである。「Yさんの前職給の半分ぐらいしか出せない」と。A社の派遣社員の採用実績は今まで事務スタッフだけであり、Yさんの給与もその“前例”に合わせねばならないと言うのだ。Yさんの市場価値や生活事情に照らすと、その金額はあまりにも低すぎる。私は再度交渉を試みた。

ところが「そうは言っても前例がありませんから」と人事担当は言うのだ。前例のないことを作るのが彼の仕事であるはずなのだが。お終いには「厳しい採用市場なのだから、Yさんもその程度のリスクを受け入れないでどうするんですか」と言いだす始末。ここに及んで、私もYさんもあきれたのだった。Yさんはさっさと交渉を打ち切って他社の内定先へ行ってしまった。

「あれでは試しに働くまでもなく信用できません」。最初はA社を第一志望としていたYさんの言葉の重みを、A社の人事担当にぜひ考えてほしいと私は思ったのだった。新しいシステムの都合の良い部分だけを享受するなど、企業側であってもできはしない。企業と我々働く側がメリットとリスクを分かち合い、信頼関係という実績を積んでこそ、こうした制度は定着するのだ。

『 やりたい仕事の法則 』

私は今まで、ここでたびたび“したこともない仕事にある日突然就くなんてよほどでない限り難しい”という話をしてきた。例えば営業から、ある日突然、商品企画とか。商品企画から、いきなりウェブデザイナーとか。まったくの未経験が許されるのは新卒の時ぐらいだし、社会人の未経験者が歓迎されたのは過去の話だ。と、そう話し続けてきたように思う。

では、一度社会人となってしまうと、異分野の仕事への道は完全に閉ざされてしまうのか。実は、そうだとは思わない。私が出会う転職者にも、先に出した例のようなキャリアチェンジをする人はいる。ただ、異分野に転職できる人というのは、自分の経験の中で何が目指す仕事に活かせるのかを冷静に見ている。そして“なぜその仕事をしたいのか”を自分の言葉で語る。

少し極端な人の話をしてみよう。36歳の自称エンジニア、Fさんである。経歴書を見て驚いたのだが、なんとこのFさんには職歴がなかった。幾つもの大学を渡り歩いていたのだ。工学部から始まり、理学部、建築学部、情報工学…。計18年間、世の中の流れに合わせて“旬”の仕事に関する勉強をし続けていた。“どこへ行っても応用の効くエンジニア”となるために。

私はFさんに、なぜてんでバラバラな勉強をしてきたのか聞いてみた。するとFさんは「時代時代の有望な業種について勉強してきたらこうなった」と言うのだった。有望な業種なんて当然、時代によって変化するものだ。“自分はこれがしたい”という確固たるものがないために、彼はすぐ取り換えの効く勉強という形でしか、社会に接することができなかったのだ。

結局幸運にもFさんはその知識量を買われ、大手精密機器メーカーの製品評価部に就職していった。しかしFさん自身はかなり不満そうではあった。自分ならもっと高度な仕事ができるはずなのにと。そうではなく、これが職業人としてのスタートラインだ。これをきっかけに経験を積んで初めてあなたの仕事は広がるのだと、私はFさんをかなり説得して送り出したのだった。

Fさんを笑える人は、実は少ないのではないかと私は思う。“伸びると聞いたのでIT系に転職したい”“注目職だからコンピュータの仕事を…”。世

間の言葉でしか志望職を語れない人がなんと多いことか。本当にやりたい仕事を見つけた人は、なぜやりたいか、自分のどの部分が向いているのかを語れるものだ。そして仕事も、そんな人にこそ引き寄せられていくものなのだ。

『 成果の法則 』

今の職務を通じて、自分はどんな成果をあげているのか。みなさんは、きちんと考えてみたことがあるだろうか? 実績が数字で明確に出る職務内容の人なら、個人の数字以外の面で考えてみてほしい。例えば後輩に指導した営業ノウハウによって、チーム全体で何%の売上増に貢献した、等。すぐに答えられる人は意外に少ないはずだ。しかし転職というものは、このような成果を提示して見せることを、厳しく要求される場面なのである。

最近、たいへん惜しい人に出会ったので紹介しておこう。損保会社出身の27歳、Wさんだ。彼はその会社の事業企画部でマーケッターとして市場調査と販売戦略立案を行なっていた。職務内容だけ見れば、変化の波にさらされる損保業界にとっては旬の人材である。

Wさんは“エリア別の営業投下人員の割り振り戦略立案”を行なった経験があると職務経歴書に書いていた。しかし「その戦略によって何人ぐらいのマンパワーが削減できたのですか」と結果を問うてみると、Wさんは「全くわかりません」と言うのだ。彼が収集した各種の市場調査データについても、それがどこで何に使われているのかわからないと言う。旬の仕事はしていても、その仕事の成果についてはまるで関心のない人だったのだ。

これでは、仕事に対して無責任、いや、何もしていないのと同じだと思われても仕方がない。いくら良い仕事をしていても、やりっぱなしでその後のことを知らないのでは、プロとは言えない。企業が高い採用費を払って求めるのはプロである。実績のないアマチュアより、実績の伴った経験を持つプロに多くの企業が金を支払うのは、至極当然のことである。どんな職務であっても、具体的な成果を提示して見せられる人材から先に採用は決まるのだ。

成果の見えにくい仕事に就いているから、わからない。それは言い訳だと私は思う。組織や社会の中で行なう職務である以上、みなさんの仕事は必ず何らかの結果につながっているのだ。違いは、その結果に注意を払うか否か。または成果を産むよう自ら意識して仕事をしているかいないかである。「もし今からでも実績について調べられるなら、調べてみては」と私はWさんに言ってみたのだった。次の転職先ではせめて、自分の仕事が何につながっているかぐらいは知った上で働いてほしい、と願うばかりである。

『 中高年とスキルの法則 』

採用面接で面接官に「何ができますか?」と聞かれて「部長ができます」と答える…。こんな笑話のような事はさすがになくなったが、スキル重視の転職市場に対応しきれない中高年の転職者は、まだまだ多い。

そんな中で、最近Rさんという51歳の営業マンがたいへん印象的だったので、少しご紹介してみたいと思う。Rさんは外資系のソフトメーカーで第一線のシステム営業を永年務めていたが、その会社が突然日本を撤退してしまった。通常キャリア転職の上限は40歳代までと言われ、営業職になるとそれが30歳代になる。当初私は正直に言って、51歳のRさんが経験を活かせるような転職先は、無いに等しいのではないかと感じていた。しかし…。

Rさんの経験業界に近い会社のパンフレットを、とりあえず彼に幾つか見せていた時だった。RさんはTという会社の取り扱い商品に目をとめ、嬉しそうにこう言ったのだ。「私、この会社の主力商品と競合する商品を扱ったことがあるんです。競合だからずいぶん研究しましたねえ…。だからどんな販売方法をとっていたかもわかるんです」。この一言が、Rさんの状況を逆転させた。T社はその時ちょうど、新進企業だけに営業方法が確立しきっていないこと、ベテラン営業マンが不在である状況に悩んでいたのだ。人事部門・営業現場の双方で面接が行なわれたのだが、営業現場からRさんにぜひ来てほしいという強い要望が上がった。「若手の自分たちは、Rさんのノウハウを学びたい。Rさんの営業を見て勉強していきたい」というものだった。

中高年の転職者のみなさんから今最も質問されるのは、「私は○歳なのですが、転職先はあるでしょうか?」ということだ。「部長ができます」という突拍子もないことを言う人がいなくなった代わりに、皆ずいぶん自信を無くし、「自分などダメではないか」という不安に駆られているように見える。不安を見せるよりも先に、「自分に何ができるか」をまずアピールする必要があると思うのだ。確かに中高年の転職市場は、かなり厳しい状況にある。だからなおさら自分のスキルを明確にし、スキルに添った転職先の情報収集を若手以上に行なわねばならない。そもそも年齢うんぬんに関係なく、何ができるかを明確に語れない人には、今の転職市場は等しく厳しいのだから。

営業現場からの声を受け、T社とRさんの間では、入社に向けた交渉が進んでいる。さすがに51歳ともなると正社員での採用は難しいが、T社はRさんのために新しい雇用形態を作ってでもRさんを迎えたいのだそうだ。Rさんもかなり乗り気である。自分をはっきり語れる人は、どんな状況にあっても結果を出せるものなのだと、私はRさんを見ていて思ったのだった。

『 選択の法則 』

転職者の手助けをしていて時々驚くのだが、就職難の世の中でも“悩むほど多くの内定を得る人”は、確かにいる。例えば最近では、経営コンサルタントのRさんが軽く10社位の内定を得た。うらやましい話かもしれないが、選択肢が増え過ぎてもまた苦労するものなのだ。1社を選ぶ苦労である。

Rさんは選挙事務所や教育系企業での職務を経験したのち、私が出会った時には某コンサルティングファームに籍を置いていた。ゆくゆくは郷里に帰り独立したい。そのためにはもう一段、経営スキルを磨ける環境に移りたい。それがRさんの転職の動機だった。内定をまず4社に絞ったRさんは、その中から更に絞るとすればどれか、と私に相談してきた。正直どれでも良いのではないかと思う程の企業ばかりだったのだが、私たちはあくまで“いかに転職目的が達成できるか”という観点で絞り込みの作業を行なったのだった。

1社目は超大手総研だが、実情では期待するような環境はないと見て辞退。2社目は外資の通信系企業だが、配属される部署では限られたキャリアしか積めないと見て辞退。残ったのはコンサルティングファームA社と、大手通信系企業B社の事業企画室だった。大変なのはここからで、脈ありと見たA社がRさんに激しくクロージングをかけてきた。何人もの役員や役職者が出てきて「ぜひ当社に来てくれ」と口説き始めたのだ。普通なら喜ぶところだが、逆にRさんは困り果ててしまった。「私はきちんと考えて決めたいんです。しばらく郷里に帰ります」。そう言って、すべての連絡を絶った。

Rさんが再び現れたのは3週間後だった。話を聞くと、最終的に決めたのはA社ではなく、何の獲得工作もしてこなかったB社だという。「本当に悩みました」とこぼしながら、Rさんは決め手となった理由を聞かせてくれた。「A社で既存のキャリアを更に一段階磨くことも魅力でしたが、通信系企業B社の事業企画室では事業の立案から運営まで全てを任せてもらえる。裁量権が大きく、実地の経営を直に経験できる。そこが決め手でした」。なんと冷静な人だろう、と私は嘆息した。Rさんは激しい獲得工作に惑わされることなく、当初の目的である“将来の独立”に添った決断を下したのだ。

転職者は皆、多かれ少なかれ何かを“選択”する必要に迫られる。どんな業界を選ぶか。どんな仕事を選ぶか。どの会社に応募するか。Rさんのような例は極端だが、それでも多くの示唆を含んでいると私は思う。他人の言葉に惑わされず客観的な材料を集めて自ら結論を出すこと。転職の目的を明確に持ち、目的に添った判断を下していくことである。それができる人ならば、おのずと良い企業や仕事が引き寄せられてくるものなのだ。Rさんは今、B社でさっそく事業の立ち上げを命ぜられ、忙しい毎日を過ごしているという。

『“資格”の法則 』

自分の転職に無責任な人が、また最近増えてきているように思う。その典型的な例が“資格さえ取得すれば希望職に就ける”と勘違いしている人たちだ。例えば我々のオフィスにも、MBA既得をアピールする人がたくさんやってくる。彼らはたいてい高学歴で、確かに風貌は優秀そうだ。コンサルや開発、マーケティング職を希望する人が多い。しかし、いざ話をしてみると…。

10人のうち9人ぐらいが、希望職の内容を把握していない。実際その仕事をするためには、どんな経験が必要なのか。どんなスキルが必要なのか。調べていないし、イメージできてもいないのだ。「資格を活かせばできると思います」と口を揃えて答えるのみ。私はガックリとなる。自分の転職なのに、自分の仕事の選択なのに、この人たちはなんて無責任なのかと思うのだ。

では、彼らが希望するような仕事を射止める人は、本当はどんな人なのだろう。マーケティング職へと転身したYさんを例にご説明しよう。Yさんは、20代後半の元営業スタッフ。取得資格といえば、大学時代に取った簿記3級と普通免許ぐらいである。書類上では特に目立つような人ではない。だが面談して驚いたのだが、Yさんは“なぜマーケティング職に就きたいのか”という自分の思いや考えを、いくらでも語れる人だった。マーケティングのどの部分が、今後のキャリア形成に必要であるか。営業職で培った経験とスキルをどのように活かすのか…。漠然と“その仕事がしたい”と考えているのではなく“なぜしたいのか、なぜ自分なのか”を論理立てて語れる人だったのだ。面談の時間が大幅に長引いて、私もYさんも空きっ腹をコーヒーのお替りでごまかしながら話し合ったのだが、疲れは全く感じなかった。最後に私は、Yさんにこうアドバイスした。「今話してくださったことをそのまま企業面接で言えばいいんです。あなたならきっと大丈夫ですよ」。

巷は資格ブームということで、各種の専門学校は勉強熱心な社会人で大賑わいである。ビジネス雑誌を開けば“今、買いの資格一覧”という見出し。確かに、資格所持が絶対条件の仕事も少なくはない。しかし大切な前提を忘れてはいないだろうか。やりたい仕事があるから、その仕事に必要だから、資格を取るのである。なんとなく魅力的な資格だからといって、取得してからその使い道を考えていると、かえって遠回りをすることになるのだ。本当の“資格”は、証明書の紙切れではない。自分は何をしたいのか。なぜしたいのか。その考えをまず持つことが、我々企業人の真の資格なのである。

『 ヒューマンスキルとキャリアの法則 』

前回の当コーナーを見た人々から、幾通かのメールを頂いた。「人材コンサルタント職にたいへん興味を持った。なるにはどんなスキルが必要か?」というものだ。我々の仕事に魅力を感じて下さって嬉しいのと同時に“地味でキツい仕事なのになあ”という思いもあり、なかなか複雑な気分なのだが…。

人材コンサルタント職は、実はそう狭き門ではない。人事系の職務経験がある人や、特定業界の知識・人脈を持つベテランビジネスマンなら尚有利だが、未経験採用も行なわれている。ただ実際にコンサルタントになってみると、“ある能力”が高いか低いかで、仕事に歴然とした差が出てくるのだ。

端的に表した事例があるのでご紹介しよう。設計技術者Jさんの話である。Jさんは2つの人材紹介会社に人材登録していたのだが、なんの偶然か、双方のコンサルタントからまったく同じ転職先を紹介されてしまった。一応とどこおりなく面接は進み、転職先企業はJさんの採用を決定。しかしここでJさんは、予期せぬ選択を迫られることになる。転職先企業がA・Bどちらの紹介会社に報酬を支払うかを決めかね、Jさんにその決定を依頼してきたのだ。「自分が決める立場ではないとは思うのですが、強いて言えば…」。Jさんは悩んだ末に、転職先企業の人事へ、B社を選ぶと伝えた。「理由は、B社のコンサルタントが私に本当に良くしてくれたからです。何度となく相談事に乗ってくれたし、厳しいアドバイスもしてくれたし。私のことを親身に考えてくれました。でもA社は機械的で、話し合いさえ殆どなかった」。

このB社のコンサルタントとは、私の同僚のことである。彼は「ちょっと感激したよ」と、昼食時の蕎麦屋でこの話を聞かせてくれたのだった。言うまでもなく彼は、当オフィスでもトップクラスの優秀なコンサルタントだ。職務スキルはもちろんだが、何よりも“ヒューマンスキル”が高い。かみ砕いて言えば“人の痛みがわかる”のである。転職への不安に満ちたJさんの内面を受けとめる力、Jさんの今後を真摯に考え、時には率直に苦言も言える強さ。そうしたものがあるかないかで、私たちの仕事は大きく変わってくる。

これはなにも、人材コンサルタントに限った話ではない。例えば、顧客により優れた提案をせんとする営業や、企業内での折衝や問題解決にあたる総務をはじめ、すべての職業人に当てはまる話ではないだろうか。仕事は、パソコンのモニター上だけで完結するものではない。人と人とのつながりの中を循環していくものだ。別に人材コンサルタントを目指すのではなくても、人の気持ちがわからなければ、優秀なビジネスマンとは言えないと私は思う。

『 求人広告とイメージングの法則 』

私の本職は人材紹介オフィスのコーディネーターであるが、実はときどき自社社員の採用面接も手伝うことがある。面接する対象の多くは、インターネットや求人誌の広告を見て応募してきた、営業マン志望の青年たち。その席で私は必ず、採用の合否に直結する、ある質問を投げ掛けることにしている。

「あなたは当社の求人広告をお読みになって、自分がどんな仕事をすることになるのか、具体的にイメージできましたか。どこにいて、どんな業務を任され、どんな表情で働いていましたか。ちょっと話してみてください」。うっと言葉につまる人もいれば、熱心に話してくれる人もいる。時には「営業カバン持って、○○駅北側の交差点で、取引先とのアポに遅れそうになりながら慌てて走ってます!」なんて臨場感のある話で盛り上がったりもする。

こんな質問が何の役に立つのかとお思いだろうか。実は私は、この一見ばかばかしい質問を通じて“面接者の思い描く理想”と“当社の仕事の現実”のギャップを測っているのである。つまり“ウチの仕事を本当に理解して来ているのか”を調べているのだ。例えば人材紹介オフィスの転職者の中にも、「入社したら自分の思っていたのと違った」と言って再度相談に来る人がいる。いくら能力的に充分合致する人材でも、仕事や職場に対して描くイメージがずれたまま入社してしまうと、お互いに不利益な結果を招くのである。

最近の求人広告は目的別・職種別のカテゴリー分けが進み、誰もが簡単に“自分に合った”求人にたどり着けるようになっている。しかし、そこで安心しないで頂きたい。目星をつけた求人広告をもう一度じっくり読み返し“自分が働いている現場”を詳細にイメージしてみてほしいのだ。どうしてもイメージできない求人広告は、信用しない。もしくは自分には向いていないと判断すること。イメージができれば、それをメモに書きとめて面接に行けばよい。かなり具体的な質問ができるはずだ。自分の描いた理想と、その会社の現実は、近いのか、掛け離れているのか。事前に知ることができる。

このイメージングの過程は、自分が本当は何をしたいのか、より深く考えるきっかけにもなる。また経験以上のことは想像できないはずなので、自分の能力に適した仕事を選別する材料にもなる。いずれにしろ“ホンモノの情報”は、机に向かったままでは手に入らない。求人広告だけで判断せず、まずは実際に行ってみることだ。面接が終わるまで、情報収集は続いている。

『 経験よりもマインド、の法則 』

“いや、その企業はちょっと私に向かないです”“その企業はすいませんが遠慮しておきます”。中高年特有の慇懃無礼な断り文句を聞くたびに、私は暗澹たる気持ちになっていく。ここ1カ月間、40~50代の転職希望者たちと面談し、ある企業を勧めているのだが…。まったく上手くいかないのだ。

厳しい転職市場の中でも、さらに厳しい状況に立たされているのが、中高年の求職者たちである。その彼らが面接にさえ行きたがらない“ある企業”。一体どんな会社なのだろう…と、皆さんはお思いだろうか。実は、最近めったに見ない好カードなのだ。いや、好景気の頃にも無かったかも知れない。

募集しているのは、準大手の流通企業Y社である。近く行なわれる大幅な店舗増を機に、今までの親族経営を刷新。大手へのランクアップに恥じない経営体制を再構築する計画だ。しかもここからが驚きなのだが、副社長以下の役員をできる限り公募すると言う。若手中心の社内には、役員に該当する人材がいないのだ。「…とはいえコネで引っ張ってきたのでは、マインド的に不安です。ハイスペックなスキルよりも“会社のために頑張ろう”という気概のほうが、ウチの役員には大切なのです。役員以下の社員全員が気概をもって仕事に取り組んでいるのですから」。Y社社長は私にこう語り、対象年齢を40~50代とすること、管理職経験さえあれば流通業や会社経営の経験は問わないことを約束した。「経験よりもウチは、マインドを重視します」。

しかし社長の気持ちと裏腹に、転職者たちはY社に寄り付こうともしない。Y社のイメージが“泥臭い”からである。始めは興味深げに話を聞いていた人もY社の名前を出した途端に逃げ腰になってしまう。「客として行くにはいいけど、働くのは…」。断る理由がもっと明確なものなら、まだ納得がいく。他に目標があるなら、応援しよう。しかし私がここ1カ月間で面談してきた中に、そんな人は1人もいなかった。酸いも甘いも噛み分けてきたはずの元管理職者たち。彼らはいまだに、うわべしか見ていないようなのだ。

専門性が要求される求人市場の中、専門性を持たない人の最後の武器となるのは“マインド”である。彼らはそのことに気付かねばならない。せめて物事の上っ面ばかり眺めるのをやめれば、可能性も広がるのだが…。喜んで迎え入れる会社が存在するだけに残念でならないのだ。Y社と幸せな出会いを果たす人は、このまま現れないのだろうか。ひどく心配な今日この頃である。

『 転職と市場の法則 』

相次いだ台風などの影響で、生鮮野菜の価格が高騰している。筆者が先日のぞいたスーパーでは、1本100円以上に暴騰したキュウリが山積みに売れ残っていた。容赦なく素通りする主婦たちを見ながら、私はスーパーの店員さんを気の毒に思ったのだが…。悲しいかな、これが市場原理というものなのだ。

実は転職者のみなさんも、刻々と移り変わる転職市場の中に身を置いている。求められるスキルは、常に同じではない。社会情勢や各業界の動向によって変化する市場に、みなさんも対応しなければならないのだ。しかし多くの転職者と接していると、その認識があまりにも薄いことに驚かされる。

ひとつの例をご紹介しよう。貿易業務のスペシャリスト、Wさんの失敗談だ。商社を退職した彼が、私たちの前に現れたのは2年ほど前。10年以上のキャリアを持ち、語学も堪能なWさんの転職先は、その当時なら“より取りみどり”の状態だった。ところが、Wさんは候補企業の一覧を見るなりこう言い放ったのである。「私のスキルなら、もっと上を狙えると思うんですが…」。給料がよくない。仕事内容が低レベル。前職より低ランクの企業だから嫌。私たちが何回となく情報提供しても、Wさんは面接にさえ行こうとしないのだ。確かに貿易業務では目を見張るスキルを持つWさんだが、人材には“旬”というものがある。Wさんがぐずぐずするうちに、不況は本格化。彼自身の離職期間も求人企業側の許容範囲を越えてしまった。2年前、あれだけ転職先を選べたWさんだったのに、現在は1社の求人もない状況が続いている。

自分のキャリアに自信を持て。できるなら私も、すべての転職者の皆さんにそう言ってやりたい。しかし転職者の価値を決めるのは私や皆さん自身でなく、市場なのだ。高いスキルを自負していても、市場がそのスキルを常に求めているとは限らない。転職者はそのことに、もっと敏感になるべきである。

現在転職を思案中の方、“転職市場の確認”に抜かりはないだろうか。希望業界の現状を、もう一度調べ直してみてはいかがだろう。さらに、あなたの経験・スキルは求められているだろうか。簡単な調べ方としては、各種求人情報の応募資格欄を1ヵ月通しで見るという方法がある。自分の経験と合致する募集がない、もしくは少ないなら、すぐには動かないほうがよい。

市場動向によって物の価値が変化していくように、私たち職業人の価値も刻々と変化し続けている。“流通すれば売れる”という時代ではなくなった今、私たちも市場感覚を持ち、自己のマーケティングを行わねばならないのだ。

『 辞め時の法則 』

登録者のDさんが先日、激しいクレームの電話を入れてきた。面接先の企業L社で、自分だけが差別的な扱いを受けたと言うのだ。出張の予定をキャンセルし、遠路はるばる電車を乗り継いで駆け付けたDさんに、L社は冷たかった。面接らしい質問や会話が全くなく、ものの数分で終了。しかも外はすごい雨。自分以外の面接者は皆、手配されたタクシーに乗り込んでいく。勧められもしなかったDさんは一人、駅まで歩いた…。

なるほど確かにひどい話である。ひどい話であるが、そこまでするからにはL社にも言い分があるのだろう。電話してみるとL社もやはり怒っていた。「忙しいから半年先まで入社できないって言うんです。非常識にも程がある」。

以前なら、半年ぐらい待ってくれる企業はいくらでもあった。今は違う。Dさんのような“入社時期の都合”は通用しなくなりつつある。在職中の会社をいつ辞められるのか。辞めるどのくらい前から転職活動を始めるべきか。その見極めを正確にしなければ、痛い目にあうのだ。

仕事のスパンや繁忙期を読み、時期を狙って転職活動する。それぐらいの工夫はほしい。どうしても時期が読みにくいなら、自分と似たポジションの人が過去に退職した例がないか調べてみることだ。彼らが退職意志を示した時期や、実際に退職するまでの期間がわかれば、かなりの参考になるだろう。

引き継ぎをスピーディに済ませる工夫も、普段からしておくことだ。自分の仕事を定期的に掘りおこし、書面にまとめておく。段取りを組み立てておく。同僚を育成しておく。その上で引き継ぎに要する期間を見積もればよい。

ただし注意が必要なのは、引き継ぎ期間を独自に規定している企業があることだ。ぜひ事前に就業規則を調べてみてほしい。先走って転職先を決めてしまい、規定を破ることになれば、退職金削減等々の制裁が待っている。

また、引き留めに応じて退職時期を延ばす人もいるが、これもできる限りしないほうがいい。しょせんは辞めると言った人間。やはりそれ相応の扱いを受けるものだ。後で仕返しをされない程度に断る方が賢明だろう。

確かに円満退職はしたい。在職中という安全圏内で転職先を決めたいのも当然だ。しかし求人企業の多くは、もはや私たちの都合に合わせてはくれない。転職を決意した以上、すみやかに行く先を決め、すみやかに去る。そんな覚悟が必要なのだ。いつ転職活動して、いつ辞めるのか。その計画が立たず、腹もくくれないのなら、退職願は懐にしまっておくべきである。

『 自分の市場価値を知る!! 』

人材紹介オフィスのコーディネーター。その仕事を、私はもう何年も続けている。数多くの転職希望者と面談し、職場を斡旋してきた。世の中にはいろいろな人がいるものだと、いまだによく考えさせられる。

●CASE1/自信のない男
「自分の市場価値はこうして創る」「己の市場価値を知る○個のポイント」 最近、サラリーマン向けの雑誌に、このような記事タイトルが多く見られるようになった。「己の市場価値を分析し、真に必要とされるスキルを身に付けよ。さもなくばこれからの大失業時代を生き残ってはいけない」
たいがいがこんな論調だ。しかし、自分1人で冷静に自己分析できる人が、いったい何人いるというのだろう。私の実感では2割にも満たない。
国家資格を取ったのに何で採用されないと怒りだす人。どこそこの高名なスキルテストで最悪の結果だったと泣きだす人…。人材紹介オフィスは、市場価値ブームに振り回されし人々の実例で一杯だ。日々忍耐強くなる自分が、我ながら偉いと思う(そう思う私も、実はカン違いしてたりして?)。

Cさんは、そんな中でも「特に自信喪失ぎみ」な部類に入る人だった。
有名私立大理工系卒の25歳。学生時代の就職活動中、Cさんは大手コンピュータメーカーのエンジニアを夢見ていた。しかし、折しも世は平成不況の真っただ中。夢破れた彼は、小さな機械メーカーに就職したのである。
Cさんはここで、不安だらけの3年間を過ごした。まず、仕事を教えてくれる上司がいない。Cさんの専攻を見込んだ社長が、「社内業務へのコンピュータ導入」を彼に一任したからだ。所属する部署もなく、独りぼっちの彼が指示を仰げるのは、キータッチさえ怪しい社長のみ。一介の新入社員が、たった1人で各部門の管理職を相手に交渉し、社内業務の棚卸しをし、システムなりネットワークなりを組み上げていかねばならなかった。
不安だらけだったが、他にわかる人がいない以上、逃げ出すわけにはいかない。Cさんはそんな責任感だけを頼りに3年間を過ごした。そしてようやく社内のインフラが整いはじめた頃、私たちのオフィスを訪ねてきたのだ。

「自分には、世間で言う“市場価値”が、まったくないと思うんです」
私の前に座ったCさんは、弱々しくこうつぶやいた。
「だから、ぜいたくは言いません。どんな会社でもいいんです。仕事を教えてくれる先輩がいて、何かスキルを身に付けられる所であれば」
前述のCさんの経歴は、恥ずかしがる彼を根気強く説得しながらやっとのことで聞き出したものである。私はCさんに言った。
「このスカスカの職務経歴書を書き直して下さい。いいですか、私に話してくれたことを、恥と思わず全部書くんです」

超大手の外資系コンピュータメーカーA社が、Cさんとの面接を打診してきた。当然、Cさんにとっては夢のまた夢(と、思っていた)企業である。もうおわかりだろうか。A社が彼を欲しがった理由は、Cさん自身が「恥」と思い込んでいた所にあった。面接を無事に終え、Cさんの獲得に成功したA社の人事担当者は、私にこう言ったのである。「いやあ、いい人が採れましたよ。あの若さで、1人で業務を切り盛りした経験があるなんて。並のテクニカル馬鹿より、鍛えがいありますよ」

自分の市場価値とは何か。何が自分の強みか。
Cさんのように過小評価しすぎる人も他に少なくないだろうし、反対に自己過信してしまう人もいるだろう。私から言えることはただひとつだ。「冷静に自己評価したいなら、雑誌の特集記事ではなく、生身の他人なり企業なりに評価してもらいなさい」ということである。