『 仕事づくりの法則 』

「もっと自分に合う仕事が他にあるのではないか?」私も仕事に行き詰まった時、ふとそんな思いが頭をよぎることがある。転職して、さらに自分に合った仕事を手に入れればいいのだろうか。それも一つの方法だろう。また、こんな考え方もある。自分に合った仕事を自分で創ればよいのではないかと。

仕事を創るとは、どういうことなのか。良い例があるのでご紹介してみよう。用具メーカーA社の営業職だったSさんである。A社の取引先は企業や官公庁が中心であったが、そのプロ仕様の商品は一部の一般消費者にも人気があった。Sさんは常々、一般消費者の意見を商品や販売に採り入れるべきと考えていた。

だが自社製品を基本的にプロユースと考えていた会社側は、Sさんの提案になかなか興味を示すことはなかった。そこでSさんはまず既存の自社サイトにコミュニティーを作ることから提案。ネット歴の長い自分がその対応を買って出る、また営業業務を圧迫すれば即刻中止との約束で、了承をとりつけた。

コミュニティー運営には困難もあった。業績を維持しつつの対応はかなりの時間管理を要し、マニア的な質問への回答に追われることもあった。しかし丁寧なSさんの対応は評判を呼び、コミュニティーには多くの一般消費者が集まった。開拓の余地がある市場だと、Sさんは会社側に認識させた。

そして遂には、メーカー直売ネットショップの立ち上げ。Sさんはその運営責任者となった。当初は企業営業から離れたSさんの業績を危ぶむ声もあったが、彼は各部門や業者と調整しながらネット直売体制を整備し、ショップの対応力と販売規模を広げていった。営業時代にも迫る勢いで売上を伸ばしている。

「やりたいと考えたことを、実際にやろうとしてきただけです」とSさんは言う。私は、エージェントの仕事に就くずっと以前に上司に言われた言葉を思い出す。「その仕事をしたいなら真似事でも今すぐやって見せればいいじゃないか」と。どんな環境にあっても仕事の出発点を自分で創ることはできる。

実は、転職の法則は、私の仕事の都合でしばらくお休みをいただくことになった。「やりたい仕事は、今日から始まっている」その一言を、私を含めた全ての職業人に掲げて締めくくりたいと思う。何かを始めた結果が新しい仕事を生むこともあれば、転職などの転機に繋がることにもなると私は思っている。

『 キャリアアップの法則 』

私たち社会人は、その多くが「キャリアアップしたい」と常日頃から考えている。もうワンランク上の職務を与えられたい、転職するならもうワンランク上の仕事がしたいと。今回ご紹介するRさんも、キャリアアップを目指した一人である。Rさんは2年に及ぶ転職準備の中で大きく変わっていった。

2年前に会ったRさんは、中堅システム企業に勤める経験4年目のプログラマーだった。会社の業務範囲が狭く、なかなか満足できるような仕事に出会えない。大手独立系のシステム企業で幅広い経験を積みたい、と希望していたのだが…。結局、志望先からの内定は一社も出ずに終ってしまった。

Rさんの経験内容自体は悪くはなかった。しかし裏を返すと、とりたてて良くもなかった。つまり“そこそこ”のスキルだったのだ。勤務中の会社と同じような仕事を望めば、転職先はいくらでもあったろう。だが「仕事の幅を広げたい」という希望を通すには、いまひとつ押しが足らなかったのである。

この結果に、Rさんは少なからずショックを受けたようだ。近々の転職はひとまず諦めざるを得なかった。が、彼は勤務中の会社で再挑戦のための準備を始めたのだ。担当業務にプラスして、それまで業務内容になかったWEB系の開発プロジェクトを自らスタートさせた。また最新技術の研究会づくりを呼びかけ、集まったメンバーと一緒に新しいスキルを吸収していった。

そして2年がたち、Rさんは再び我々のオフィスへ来た、希望は前回と同様、大手独立系システム企業。何社かの志望先と面接が進んでいるが、企業側からの反応はまるで違う。Rさんの入社を真剣に検討しているようだ。感触の違いに驚いたRさんはこう言った。「経験って、長さでなく密度なんですね」

最近は転職を前提に就職する人も多いようだ。「○年後に転職する」「○年後にこんな仕事を始める」と区切りを考える人も少なくない。計画を立てること自体はいい。だが大切なのは転職やキャリアアップそれ自体ではなく、目的のためにどんな経験を積んできたか、ではないだろうか。目的にふさわしい自分を目指す。その過程こそが、本当にキャリアアップなのだと思う。

『 仕事力の法則 』

この仕事を一生続けていて大丈夫なのかなあ。と、一度は考えてしまったことがないだろうか。どの業界も、絶対安泰とは言いきれない。自分の担当する仕事が、将来も絶対必要とされる保証はない。そんな気持ちが最近、その時々の人気職種を脈絡なく志望する人を増やしているのかもしれない。

だが私はむしろ、こんなご時世だからこそ、ひとつの仕事を一貫して続けていくことの意味を認識し直したいと思うのだ。業界を変わるにしろ、幅を広げて新しい分野にも挑戦するにしろ、これと決めた“コアとなるキャリア”を追求していくことの意味は大きい。以下に例となる話を挙げてみよう。

例は30代後半の営業職、Wさんである。Wさんは元OA機器販売会社の営業であり、7年間コンピュピュータとその周辺機器を企業向けに販売してきた。だがそれはもう8年も前の話だ。Wさんは「更に提案型の営業がやりたい」と思い立ち、コンピュータとは無縁の別業界に転職していたのである。

そんなWさんが、もう一度コンピュータ業界に戻りたいと我々のオフィスを訪ねてきた。8年のブランクの間に業界はすっかり様変わりしている。Wさんの以前の知識や実績は、すっかり陳腐化して通用しない状態になっていた。だが半ば駄目もとという気持ちで、ある外資系にWさんを紹介してみると…。

なんとあっさり採用が決まったのだ。私は先方の人事に採用理由を聞いてみた。すると、Wさんのような営業がずっと欲しかったという答えが返ってきた。確かに彼の知識は使い物にならない。しかしそれを補って余りある営業スキルがあると、先方はWさんを評価した。「知識のある営業は幾らでもいますから。“セールス”の何たるかを経験で体得した方が欲しかったのです」

ひとつの仕事を極める。それは職業人の基盤を作る大切な作業だと思う。Wさんの場合は営業職だった。これと決めた分野を追求して得られるものは、経歴書に書く実績や経験内容だけではないと思う。たとえそれらが時代の流れと共に陳腐化しても、実績と経験の積み重ねによって得られた“仕事の技術力”は色あせない。その“仕事力”こそが私たちの最大の武器となるのだ。

『 人生の選択と義理人情の法則 』

仕事には多かれ少なかれ義理人情がからんで当然だと思う。信頼のおける人の勧めだから真剣に検討する。世話になった人だから恩返しする。そんな気持ちは、いくらビジネスライクな世の中になろうと、私たちひとりひとりのビジネスの中に生き続けていくのだと思う。

だが、自分の大切な局面で、義理人情を何よりも優先したために失敗する人もいる。例えば先日我々のオフィスへ来たJさんは、転職の好機を逃してしまった顛末を私に話してくれた。Jさんはエンジニアとして通信系開発企業に勤めていたのだが、その所属部門が売りに出された頃に話はさかのぼる。

部門ごと他社へ売られる話を聞きつけ、Jさんは転職を決意した。紹介会社に登録し活動を開始すると、すぐに複数の企業から打診があった。脂の乗った通信系エンジニアと認められ、引っ張りだこ。後は充分な選択肢の中から気に入った企業を選ぶだけだった。ところが彼は転職を断念したのである。

「今まで一緒にやってきたんだ。例え他社の所属になっても、皆で頑張っていこう」と、部門の仲間たちから引き留められたのだ。もともと職場に不満はなかったJさんは心を動かされ、仲間たちと一緒に部門に残る道を選んだ。環境が変わっても、皆で結束して乗り切ろうと励ましあっていたのだが…。

買収後の部門には、買い手企業の社員が多数入ってきた。Jさんらは立場が悪くなり、仕事も思うように進まないやりづらさ。だんだん「やっていられない」とこぼす仲間が増え、一人辞め、二人辞めしていく。そして、今度は逆にJさんを残し、殆どの仲間が転職していってしまったのだ。

再度の転職活動を始めたJさんは、前回のような好条件の転職先になかなか出会えず苦戦している。人間なのだから、人の心に動かされる瞬間は誰にもあるだろう。だが、人生の選択の瞬間には、独立した自分を持っていたいものだと思う。たとえ、それが難しいことだとしてもだ。

『 業界不振とキャリアの法則 』

未経験の仕事への転職を希望する人の中には、「以前と同じ仕事を続けようにも、業界全体が低迷しているから不安で…」という人もいる。業界が落ち込めば、そこで働く人々のキャリアまで一緒に共倒れしてしまうのだろうか?決してそんなことはないと私は思う。

ある事例をご紹介してみよう。企業で研究員をしていたUさんの転職例である。Uさんの業界も低迷に苦しんでおり、彼は自分の会社に危険を感じて我々のオフィスへやってき来た。しかし転職すると言っても、不振なその業界からの求人は殆どない。Uさんは全く未経験の仕事に転向する覚悟をしていた。

「せっかくキャリアを積んできて、自分でも勿体ないと思うんです。でも仕方がない…。どんな仕事でもやろうと思います」と、Uさんは残念そうに言うのだった。だが私が提示した求人を見て、Uさんは驚いた。その求人は、コンピュータ系の企業がUさんの経験を求めているというものだったからだ。

なぜコンピュータ系企業が、コンピュータに縁もゆかりもなさそうなUさんを求めるのか。理由はこうだ。バイオ系の市場で、今後DNA解析による成果が期待されおり、同時にDNA解析用の複雑なコンピュータシステムの需要が高まっている。そのシステム構築にUさんの経験が必要なのである。

コンピュータ系企業は、システムの構築技術はあっても、DNA解析の仕組みはわからない。だからその知識があるUさんが不可欠なのだ。同じ内容の求人がコンピュータ系企業数社から来ており“選べる”ことにもUさんは驚いた。自分の経験は自分のいた業界でしか活かせないとばかり思っていたと。

人材ニーズは、そんな平面的なものではない。経験はどこかで活かせたりするのだ。また、Uさんの事例は決して特殊なものではない。業界の見通しが暗くなると自分のキャリアにまで絶望しがちだが、簡単にあきらめるのは早計だ。自分自身に対して、どんなニーズがあるのか。まずはそこからアンテナを張ってはどうだろうか。

『 勉強とビジネス感覚の法則 』

このメルマガを読んでいる人の中にも、仕事のために何らかの勉強をしている人はたくさんいるだろう。働きながら通学する人や、通信講座を受ける人が中心だと思う。だが中には、仕事を一旦辞めて勉強に専念する人もいる。ブランクを背負ってでも勉強したい人を、企業はどう見ているのだろうか。

残念ながら、仕事を一旦辞めた、いわゆる社会人学生の転職状況は厳しい。社会人が勉強のみに専念することが、まだ広く認知されていないせいもある。単に“ブランクがある人”と見られがちなのだ。しかしそんな中でも歓迎される人は確かにいる。ではどんな人なら企業に受け入れられるのか。

27歳のプログラマー、Rさんの例を挙げてみよう。RさんはSEへの職種転換を志望していたが、同時に勉強し直す必要も感じていた。できれば学生として本腰を入れて学びたい。だがそれが働きながら勉強している人々と差別化できない内容では、実務から離れる分、余計に不利になってしまう…。

そこでRさんは海外へ目を向けた。日本の市場や教育機関では学び得ないことを学び、他者との差別化を図ろうと考えたのである。また、海外生活で身に付く英語力も付加価値になるだろうと考えた。Rさんの計算は当たった。オーストラリアの大学で情報処理課程を修了後帰国したRさんの元には、SEとしての入社を求める外資系企業からのオファーが相次いだのだった。

私は、一旦仕事を辞めてキャリアのための勉強に専念したいという相談を受けたなら、こう答える。キャリアのために勉強する以上は、勉強も自分のビジネスの一部として考え、周到に計算した方が良いと。どこで、何を、どのように学び、どう活かすのか。実現可能な絵を描いてから出発しようと。

振り返ってみるとこれは、働きながら学ぶ私自身にも当てはまることだと思う。以前私は何かの足しになればとある通信講座を受けたのだが、結局何の足しにもならなかった。キャリアのための自己投資は、余暇でも逃避でもなく、リターンを得るべきビジネスだ。少々おおげさに過ぎるかも知れないが、つまりはそれぐらいの覚悟がないと、きちんとした回収はできないのだ。

『 自助能力の法則 』

私は転職者の方と面談する時、必ずある種類の質問を投げ掛けるようにしている。その人に“自助能力”があるかどうかを判断するための質問だ。例えば転職者の方が「こんな仕事を希望している」と言えば、「ではそのためにご自身では今何をされていますか」と聞いてみる。自助能力のある人ならば、すぐに具体的な書籍名等をいくつも挙げて、自分の勉強内容を述べてくれる。

自助能力とは、文字どおり“自らを助ける”能力のことだ。周囲に依存せず、自らのできる範囲内で自ら努力できるか。本番の企業面接でも、この点は必ずと言っていいほどチェックされる。では、具体的にどのような人が“自助能力に富んだ人”と言われるのだろう。最近出会った転職者の方の中にSさんという際立った人がいたので、彼の話を例に説明していきたい。

Sさんは中堅周辺機器メーカー出身の営業マンだった。どちらかというと製品企画寄りの仕事をしており、常時20種類以上の製品を担当するという多忙さ。だがハードワークの間を縫って、Sさんは英会話スクールに通っていた。その会社では英語を使うことはなかったが、今後のキャリアプランを考えた際、自分の弱点となるのは英会話能力だとSさんは自覚したからである。

転職を決意して我々のオフィスへやってきたSさんは、こう希望を述べた。「学ぶことは自分でできます。だが実戦の場だけは環境に頼らざるを得ない」だから今までの経験を活かせ、なおかつ海外取引を扱える職場へ転職したいと。その言葉に私は驚いた。普通なら「英語研修のある会社」という希望に留まりがちなのだ。私だって転職するとなれば、会社の研修に頼る部分があるかもしれない。しかしSさんは勉強は自分でできると言い切った。

Sさんは、同じく周辺機器を扱う外資系商社へ転職していった。彼が実際に勉強を自己完結できるかどうかはわからない。だがSさんには2つの大きなポイントがある。ひとつはキャリアプランを充分に考えた上で、必要な仕事、必要な課題を自ら選択している点。もうひとつは、本当にやりたいなら、人は与えられるのを待つまでもなく行動する、ということを体現している点だ。

そしてSさんには、さらに大きなポイントがある。主体が周囲ではなく、Sさん自身にあるということだ。会社の研修は、どんなに内容が充実していようとも、結局は会社のための勉強である。それだけで満足するなら、主体を会社へ明け渡しているも同然ではないか。私たちは会社のビジョンの前に、自らのビジョンを持たねばならない。それが、自分が主体となって動くこと、つまり自助能力を備えて自らのキャリアを切り開いていく第一歩なのだ。

『 生活信条と転職の法則 』

私の知人に、水が不味くて仕方ないから転職したという人がいる。彼の転職活動は一風変わっていた。普通なら仕事や会社を調べるところから始めるものだが、彼は、各地の名水の里を調べるところから始めたのだ。そして地酒で有名な、とある地方の地場企業へちゃっかり転職していった。届いた引越葉書には「水ごときで家も職場も替えるとは、我ながら変」と書かれていた。

ちっとも変ではない、ただ「水」っていうのが珍しいが。と、私は返事を出したのだった。我々の人材紹介オフィスにも、仕事や会社うんぬんでなく、生活信条にこだわった結果転職を決意したという人が数多くやってくる。田舎や都会など、住まう環境にこだわる人。もしくは趣味や家族のために割く時間にこだわる人…。その希望内容は本当に人それぞれで面白い。

仕事は生活の一部にすぎない。だから、生活全体を基準に働き方や職場を決める。これもひとつの考え方であり、方法だと思う。ただ、生活を基準に転職活動する際、注意せねばならないことがひとつある。それが何なのかを、以前我々のオフィスに登録していた転職者のTさんを例に説明していこう。Tさんは当時30歳。7歳を筆頭に3人の息子を持つ子煩悩なお父さんだった。

子供のために自然の豊かな北海道へ移り住みたい、というのがTさんの希望だった。幸いその頃の北海道は人手不足、かつTさんはIT系の有能なエンジニアということもあり、すぐに2社の候補企業があがった。Tさんはまず1社目の面接を受けに北海道へ飛んだのだが…。結果は不採用。私は2社目の面接を控えるTさんのために、その理由を企業へ問い合わせてみた。

「Tさんは、こちらでこんな暮らしがしたい、子供をこう育てたいという話しかしないんです」と企業の人事担当者は言うのだった。Tさんの生活信条はよくわかった。しかし、単にそれだけで北海道の会社を選ぶのなら、別にうちの会社でなくてもいいじゃないか。Tさんがなぜうちの会社の面接にわざわざ足を運んでくれたのか。人事担当としてはそこが知りたかったのに。

私は人事担当の話をTさんに伝えた。確かに生活に関する信条は、自分にとっては大事なことだ。企業もある程度はそれ理解している。だがお互いに話し合いをするなら、自分にとって大事なことだけでなく、相手にとって大事なことも考えてやる必要があるのではないだろうか。Tさんは2社目の面接で北海道への切符を手に入れた。生活信条の話はあくまで備考にし、その会社でどんな仕事をしたいのか、なぜその会社なのかを誠実に語った結果だった。

『 新しい環境の法則 』

新しい職場が決まった転職者の方から、時々こんなご質問を受ける。「入社当日に気をつけることはありますか」と。「大丈夫。特に何もありません」と私は答えることにしている。職場での自分の第一印象を気にかける人もいるが、仮にも見込まれて入社するのだから、よほどのことがない限り心配はいらない。それより入社直後は、何かを心配する暇もないほど忙しいはずだ。

むしろ気をつけるべきなのは、入社直後よりも、数カ月後である。私の知っている転職者Tさんの話を例に説明してみよう。Tさんは、転職にはかなり慎重な人だった。大手企業からベンチャーへの思い切った転職を考えていたTさんは、我々のオフィスに人材登録すると同時に、独自に有望なベンチャーを見つけては自分からアプローチもしていた。活動期間には半年を費やした。

今後本当に有望な事業なのか。競合との競争力はどうなのか。全てに納得しなければ入社を決めないTさんだったが、そんな中、とうとう彼が心から惚れ込む企業が現れた。新興のソフトメーカーA社である。面接はとんとん拍子に進み、即入社へ。入社当時「いやあ本当に充実してます。覚えることが多くて大変ですよ」と、Tさんは電話口で快活に笑っていたのだが…。

そんなTさんが、3カ月後に突然退職してしまったのだ。私は、落ち込むTさんに退職の訳を聞いてみた。「最初は毎日が夢中で、気にならなかったんです。でも…」。社長のワンマンぶりに、Tさんはついていけなくなったのだという。社長がやれと言えば、1週間の仕事も3日でやらねばならない。休日も深夜も関係なく、用事があれば呼び出される。しかも、他のメンバーは社長に惚れ込んでついてきた創業時からの人たちで、何も文句を言わない。

「自分が納得して入社すれば、後は何とかなると思っていた。でも、どうにもならないこともあるんですね」。転職活動は、入社がゴールではない。入社して、完全にその環境の一員となった時がゴールなのだ、と私はTさんに言った。だから本当に慎重に会社を選ぶなら、会社の魅力だけでなく、会社の中にあるゴールが自分にとって到達可能かどうかを見極めねばならない。

何もかもが新しい環境は、人を夢中にさせる。魅力を感じて入ったならなおさらだ。しかし覚えることを覚え、新鮮さが失われた時、新しい環境は日常になる。その時に、納得を感じられるかどうか。表面的な魅力だけでなく、その環境で自分が送る日常をイメージしてほしい。Tさんは今、この経験をもとに“納得できる経営方針と社風”を重点に、慎重に転職活動している。

『 キャリア形成の法則 』

大学新卒1、2年目の人の離職率が高まっている、という話を聞いたことがないだろうか。初めて就職した会社を短期間で辞める人が増えているのだ。この話に呆れる人はたくさんいても、感心する人はあまりいないと思う。私も基本的には、1年や2年で会社を辞めることに賛成しない。

“今年の新人”と呼ばれなくなったばかりの若者が我々のオフィスにもやって来るが、やはり転職はかなり難しいのだ。まず、なぜ自分が短期間で退職したのかを合理的に語れる人が少ない。そしてキャリアや実績が薄いという以前に、自分が1年間何をしてきたのか正確に把握できていないことが多い。

ただ私は、彼らと接していて、いつもハッとされられることがある。これら若年層の特徴は、そのまま私たち上の世代にも当てはまるのではないか?“なんとなく過ごしてきても時間と場数により身につくキャリア”によって、私たちは彼らより優位に立っている、単にそれだけのことではないか?彼らを“無自覚”と評する資格が、私たちには本当にあるのだろうか?

先日23歳のHさんと出会ったことで、私はその思いを一層強くしたのだった。Hさんは昨年美大を卒業したばかりの女性WEBデザイナーである。特に目立つような印象もない若手クリエイターだ。しかし、彼女は1年間の中で手掛けた仕事のひとつひとつについて、どんな技術を用い何を学んだか、どのような成果をあげたか、詳細に振り返った経歴書を携えてきたのだ。

さらに、Hさんはその経歴書を根拠に、なぜ転職したいのかを語ったのだった。見てのとおり一連の技術は学んだ。だが前の会社で任される仕事は事業内容の特性上ここまでが限界であり、次はもう一歩踏み込んだ技術を学べる環境に身を置きたいのだ、と。私も納得したが、もっと納得したのはHさんの志望先だった。Hさんは難関と言われる大手通販サイトへ転職していった。

キャリアとはなんだろう、と私は考える。ただ継続した結果がキャリアなのだろうか。“長いキャリア”を持ちながら転職に苦戦する人を、私は数多く見てきた。結局のところ、年数は関係ない。Hさんのように、自分が何のために何をしているのか常に意識し、次に何をすべきか模索する。本当の経験の積み重ねは、自分がその経験を理解して初めて、形作られるものなのだ。

『 忙しさの法則 』

最近「仕事がやたらめったら忙しい」と、しきりに愚痴る人が増えたような気がする。企業内のリストラが進み、今までさほど忙しくなかった業界でも個々の仕事量が増えているせいだろうか。もっと余裕を持って働きたいとは恐らく大多数のビジネスマンが望むところだが、私は忙しいこと全てがそう悪いものだとは思わない。数年先に決定的な差となって現れたりするからだ。

あまりにも対照的で印象に残っている、AさんとBさんの話を例に挙げよう。2人は同時期に我々のオフィスを訪れた、それぞれ違う大手メーカーの広報担当だった。歳も共に30代前半で、今回が初の転職。条件的には2人は面白いほど極似していたのだが…。ただ、業務経歴の中身が全く違ったのだ。

Aさんの業務経歴は淋しいばかり。広報の基本業務とも言える通り一遍の仕事しか経験していなかった。聞けば、職場が暇で暇で仕様がないのだと言う。きっちり9時5時で勤務する毎日。目の前にある仕事は半日で片付いてしまい、あとは問合せ電話やメールへの対応。「どうやって時間を潰そうかって、そんなこと考えるのが嫌になってしまって」転職を決意したのだそうだ。

対するBさんは、深夜明け方まで、土日もないほど働いている人だった。「ついつい仕事が増えてしまって」と言う彼の経歴書を見ると、巨大キャンペーンの陣頭指揮から、畑違いの営業戦略立案に踏み込んだ仕事まで、びっしりと業務実績が書き込まれているのだった。「仕事は面白いんですが、企業体質を考えると先々が不安で」というのがBさんの転職理由だった。

結果はお察しの通りBさんにオファーが集中し、Aさんはなかなか面接を受けられないという状況。特にBさんには、Bさんがクライアントの立場だった大手広告代理店からも声がかかった。この差は一体どこから来るのだろう。一つは、もちろんBさんの方が年齢相応以上の実績を積んでいたからだ。そしてもう一つの決定的な違いは“自ら仕事を作ってきたかどうか”である。

仕事を自ら作り、実績を出し、周囲に認められ、また新たな仕事の声がかかり、業務の幅が広がっていく。Bさんの“忙しさ”はそうして形成されたものだ。与えられてではなく、自ら多忙になってこそキャリアは深まるのである。Aさんのようにすることがない人や、逆に担当業務だけに忙殺されている人は、一度自分の仕事をじっくり振り返ったほうがいい。要は、忙しさや暇さそのものではない。仕事へのスタンスが、私たちの価値を作るのだ。

『 不本意な仕事の法則 』

毎年この時期になると、人材紹介オフィスに来る転職者の中にも“ニューフェイス”が目立ち始める。春に入社した会社を早々に辞めたいと考えている新入社員たちだ。転職相談というより、そんな時は人生相談のようになってしまうことが多い。入社後の現実がイメージとあまりにも違う、と悩んでいる人が多いのだ。ただ、社会人1年生だからこそ、悩みを素直に打ち明けることもできるのだろう。キャリアのあるビジネスマンにも“やりたい仕事ではなかった”と悩みながら働いている人は、かなり多いのではないかと思う。

そんな仕事に悩む新人のみなさんに、時々お話しするエピソードがある。コンピュータ系エンジニアJさんの話である。Jさんは、大学院を半期だけ留年してしまったために、普通の“就職活動”ができなかった。本当なら大手の開発企業に新卒入社できる充分な素養があったにも関わらず、“経験ゼロの中途採用者”として苦しい会社探しを強いられたのである。やっと採用された先は、小さなソフトハウス。実務経験がないということが、市場でどんな評価を受けるのか。Jさんはこの就職活動を通じて身をもって知ったのだった。

Jさんは、そのソフトハウスで本当にいろいろな仕事をこなしていった。新しいアプリケーションの使い方を覚えればできる程度の、Jさんにとっては簡単な仕事である。普通なら“こんなことを続けていていいのだろうか”と悩んでもおかしくはないだろう。しかしJさんは、どのプロジェクトも毎回きっちりと仕上げながら、その会社で働き続けたのだ。

Jさんが我々のオフィスに現れた時には、彼がソフトハウスに入社してから3年が経っていた。人材登録してからほどなく、Jさんの院での研究内容が幾つかの企業の目に留まった。最初の就職活動の時とは、大違いの反応である。Jさんの職務経験内容は決して濃いものとは言えなかったが、こつこつと積み上げてきた実績が、企業に彼の可能性を認めさせたのだ。

“今の仕事は、何も得るものがない”。そんな悩みを打ち明ける若い人たちにJさんのエピソードを話した後、私はこう問いかける。“数年先も、何ももたらさない仕事なのだろうか”と。自分に合っていないと切り捨てるのは簡単だ。ただ、本当に何も得ないまま不本意な形で仕事から去ると、キャリアの中に全く無駄な時間を作ってしまうことになる。何でもステップにする図太さも企業人には必要なのではないかと、私は思うのだ。

『 働く目的の法則 』

登録者との面談で転職理由を問うと、よく「キャリアアップがしたいので」という答が返ってくる。一見、優等生的な返し方だし、何より無難だと思われているのだろう。皆さんも周囲から何気なく聞かれたりすると、つい“キャリアアップ”を引き合いに出して、耳ざわり良く答えてはいないだろうか…。

そんな時、私は続けて次のような質問をすることにしている。「では、そのキャリアアップについて具体的にご説明ください」と。きちんと答えられる人は、はっきり言って稀である。たいていはここで言葉に詰まったり、何だかあやふやな答しか返せない。自分のキャリアにおけるどの部分を、どのように、どのレベルまで伸ばしたいのか。結局は考えていなかったりする。

これでは“転職に対して明確な目的がない。つまりは現状に不満があるだけなのか”と思われても仕方がないだろう。企業の人事担当者も馬鹿ではない。建前だけの転職理由など、すぐに見抜かれてしまう。彼らの心を動かすには、皆さんもちゃんと自分の頭で考えた本音を語っていかねばならないのだ。

私が転職者の皆さんに対していつも思うのは、自分なりの“芯”を持って臨めばもっと物事が上手く運ぶはずなのに、ということだ。“キャリアアップ”などという上辺だけ聞こえのいい言葉でなく、あなただけの“明確な目的”を自分の中から見出して頂きたいのだ。また、それを誰が聞いても理解できるように語って頂きたいのだ。別に難しい内容である必要はない。他人にはどうでもいいと思われるようなものでもいい。例えば、メーカーから運送業に転職した私の友人の転職理由は“企業を相手にするより、街の人々と気さくに付き合う仕事がしたい”であった。この程度で十分なのだ。目的を明確に語れれば、その目的に見合った場所へ、おのずと近づけるものなのだから。

自分の望む所で、望む仕事を手に入れたいのに、あやふやな望みしか語れない。または、自分の中に根ざしていない望みしか語れない。これでは実現するものも実現しないし、本来望むところからどんどん離れていっても仕方がないだろう。あなたは働くことを通じて、何をしていきたいのか?職業人として、どうありたいのか?まずその意志を固め、周囲に表現していくことが何より重要なのだ。転職するしないに関わらず、ビジネスマンとして働く私たちは皆、自分の舵取りぐらい自分でしなければならないのである。

『 英語と仕事の法則 』

私の姪にN子ちゃんという子がいる。現在、短大1年生。しっかり者の同期の仲間なら、もう就職活動を始めているころだ。しかし彼女はどうも気が進まないらしい。 先輩の苦労を目の当たりにして“自分には無理”という思いばかりがふくらんでいくという。この市況では致し方ないかも知れないが、典型的な就職モラトリアムだ。先日久しぶりに親戚一同が会したとき、彼女から相談を受けた。就職活動をしても多分ダメだろうから、いっそのこと留学したいと言うのだ。「帰国後は英語を使う仕事ができるようになるし、有利だと思うんですが…。そこんとこ、どうなんでしょう」。

これとまったく同じような質問を、人材紹介のオフィスでも、私はひんぱんに受けている。失礼を承知で正直に言うと、ひんぱんすぎてかなり辟易ぎみなのだ。“英語を使う仕事をしたいのですが、何かないですか”。“TOEIC750点です。これを活かせる仕事を探しています”。留学後、帰国したその足でオフィスに出向いてくる人もいる。

私はN子ちゃんに、逆に質問してみた。英語を使って具体的にどんな仕事がしたいのか?。う~んと考え込んでしまい、答えが出てこない。実は“答えが出ない”ということが、私の答えなのだ。“英語を使う仕事”なんていうものは、そもそも存在しないのである。

英語はあくまで“語学”であって、仕事ではない。読み書きだけなら、帰国子女の子供だってできる。2年ばかり向こうの大学で真面目に勉強すれば、TOEIC750点ぐらい大方の人がクリアできるだろう。機会さえあれば誰もが身に付けられる“能力ベース”に過ぎないのだ。肝心なのは“語学をベースに何ができるか”。その“何ができるか”という部分が、仕事の核心なのである。例えば人材派遣業界などでも語学ベースの仕事は多く取り扱われるが、登録者のTOEICの点数などは単なる“素地”としか認められない。貿易事務なら輸出入の処理ができるか等、実務能力の方を厳しく評定されるのだ。

最近は“今後のビジネスマンは英語が必須”とも言われ、語学熱再燃の気配である。確かに仕事上、必要に迫られれば何としても身に付けるべきものだろう。しかし“語学必須”という雰囲気だけが独り歩きしているような気がして、少々心配なのだ。仕事そのものを先に身に付けるべき人々が、語学学校や留学先で貴重な時間を無駄にしているとしたら、何とも本末転倒な話ではないか。本来はバイリンガルになるよりも先に“自分はこの実務ができる”と胸を張って言えるスペシャリスト性を身に付けるべきなのだ。

留学より“自分は何をしたいのか”をまず考えてみたら。と、私はN子ちゃんにアドバイスしたのだった。目指す仕事がはっきりしている方が、英語を使えるより遥かに就職に有利であると。「う~ん、これから考えてみます」と答えてくれたのだが…。果たして彼女は見つけたのだろうか。お節介かも知れないが、そろそろ連絡してみようと思う。

『 キャリアアップ転職の法則 』

「パソコンオペレーターの経験があるのですが、もっと技術を身に付けたいのでプログラマーの仕事をしたいんです」。私の前に現れた女性の転職者Rさんは、熱くそう語ってくれた。確かに意気込みは感じる。新たな将来を切り開くのだという真摯さもある。しかし私は、そんな彼女に色よい返事を返すことができなかった。「プログラマーの求人は今、実務経験者であることが第一条件です。未経験から教育する企業はほとんどありません。気持ちを切り替えて、オペレーター職でもう一度探しませんか」。すべての希望が奪われたように思ったのだろうか。Rさんはその場で泣き始めてしまった。

自分にとって、もっとプラスになる仕事がしたい。新たなスキルを身に付けキャリアアップしたい。べつに転職志望者でなくとも、多くの人がそう考えているだろう。考えて、実際に努力すること自体は素晴らしい。ただ転職によって仕事内容まで変えてしまうとなると、少し事情が違ってくる。

全くの未経験から採用・教育する企業は、今は少数派となりつつある。増員ではなく欠員募集が求人の中心となったからだ。欠員、つまり辞めた人の穴を埋めたいがために、企業も必死の思いで採用選考する。“辞めた○○さん”と同じ仕事ができる人に来てもらわなければ、明日からの仕事がまわっていかない。即戦力で働ける人がどうしても必要なのだ。辛いけれども、未経験から新しいことに挑戦したい人にとっては、かなり分の悪い転職市場である。

私は常々思う。ひとくちにキャリアアップと言っても、いろいろな形があるのではないかと。“今までと違う仕事へのチャレンジ”だけが“キャリアアップ転職”なのだという考えに縛られたままでは、自分を追い詰めてしまうだけだ。私たちも、発想の転換が必要なときなのだ。

飽くなき上昇志向で上を見続けるより、ちょっと下にも目線を向けてみる。それは、決して単純なレベルダウンではない。自分のような経験を持つ人材がいなくて困っている職場、本当に必要としてくれる職場を見つけるということだ。スキルが足りないのに無理矢理潜り込んで失望されるより、すごいと誉められ大切にされるほうが、よほど幸せな転職ではないだろうか。そんな転職も、立派な“キャリアアップ”とは言えないだろうか。

泣きだしてしまったRさんに、私は同じような話をしてみたのだった。気を取り直した彼女は今、数社の面接を受けている。ハイレベルなオペレータースキルを積んできたRさんなら、きっと、いい職場に出会えることだろう。