『 主導権の法則 』
何かの用事を、言われてからやるのと言われる前にやるのとでは、明らかに印象が違う。頭ではそうとわかっていても、体はなかなかついていかないものだ。かくいう私も、その部類かもしれない。しかし、多くの転職者と会っていると“なぜここまで!”と叫びたくなるほど手回しのいい人々がいる。その多くは、なぜかコンサルティングファーム出身の転職者たちである。
彼らの転職活動のやりかたは、明らかに普通のそれとは違う。Rさんを例に話をしてみよう。Rさんは会計事務所系コンサルファーム出身の32歳。まず面談室で初めてRさんと対面した私の手元には、彼の経歴書と自己PR書、英文レジュメがそれぞれ4通あったのだった。応募先企業のニーズ別に経歴書を変えるのは基本だが、それが初めから用意されていることに私は驚いた。
Rさんは4通それぞれの内容を説明しだした。4通のうち3通は、すでに自分が転職先候補として考えている3社宛のものであること。しかしその転職先候補のみにこだわるつもりはないこと。だから残り1通は、人材紹介オフィスがRさんの経歴の全体像を把握し、的確なオファーを行えるように書いたのだということ。そしてRさんはさらに1通の書類を取り出したのだった。
「私自身の希望書です。メールで多少の内容はお伝えしましたが、これをいきなり送付するのは失礼かと思い、今日お持ちしました」。そこにはRさんの転職動機、転職動機から引き出した具体的な希望会社のイメージが、簡潔に、優先順位をつけて整然と書かれていたのだ。後はRさんの補足説明を聞くだけだった。気が付くと私の頭にはその内容が叩き込まれてしまっていた。
そして面談も終盤に近づいたころ、Rさんはまたもや1枚のメモを取り出した。自宅と携帯の電話番号、自宅・WEB・携帯のメールアドレスが書かれている。「複数の連絡手段を用意いたしましたので、どうぞよろしくお願いします」。唖然としたままの私に、にこやかに挨拶してRさんは帰っていった。彼が第一志望先への入社を決定したのは、その翌翌週のことだった。
別のコンサルファーム出身者に、私は聞いたことがある。あなた方は、なぜそんなに用意がいいのかと。「先回りして考えるクセがついちゃってるんです。仕事柄ですかね」。なるほど、と私は思った。考えてみれば転職も、先回りして考え用意するほど有利になる。いや、本来ならコンサルうんぬんでなく私たち職業人全員が、先回りできる人であるべきなのだろう。先手先手で一瞬の間に主導権を握ったRさんを思い出し、私はそう自省したのだった。
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