『 語学とコミュニケーションの法則 』

人材紹介オフィスには、時々外国籍の方も訪れる。外資の技術系企業に入社する人が多い。その中で特に印象に残っているのは、中国人のTさんだ。Tさんは日本語・英語共に片言程度しか話せない。にも関らず、有名コンピュータメーカー日本法人への入社をとんとん拍子に決めたのだった。 Tさんが最初オフィスへ来たとき、私は正直どうしたものかと考えた。英語での会話は単語の繋ぎ合わせ程度。日本語は挨拶程度しか交わせない。志望先が外資系企業と言っても、日本法人であるからには日本語の面接は避けて通れない。何よりもまず、エージェントである私との面談が成り立たない。

ところが、面談室で向かい合って困っていると、Tさんはペンをとり手近な紙に幾つかの英単語を書き始めたのだった。技術分野を指し示す単語である。そして単語のひとつに丸印を付け、「ヒア、ヒア」と言うのだった。自分が手掛ける技術分野はこのカテゴリの中のここだと伝えているのである。

なるほど、と私は思った。下手に口で話すよりも、紙に書く方が前後の関係がよくわかるのだ。筆談での面談など初めてだった。そして筆談を持ちかけたTさんの機転に驚いた。Tさんはそのままのスタイルで志望先の面接も次々こなしていき、ついに片言程度の語学力のまま入社を決めたのだった。

後になって、私はTさんの入社先企業の人事に採用理由を聞いてみた。Tさんのエンジニアとしてのスキルに不足はなかったが、やはり語学力の点で、人事内でもかなりの協議がなされたらしい。だが最終的には「彼ならなんとかなりそうだ。すぐ覚えるだろう」ということで意見が一致したそうである。

語学に不安があると、人はどうしても黙り込んでしまう。Tさんより日本語堪能にも関らず、満足に話ができず帰っていく外国の方もいる。言葉の違う環境では、語学力が自分のコミュニケーション能力だと考えてしまいがちだ。しかし、語学力とコミュニケーション能力は全く別物ではないかと、私は思ったのだった。コミュニケーションさえできれば本当になんとかなるのだと。