『 仕事選びとその対価の法則 』

私たち職業人は、各人それぞれが様々な視点で仕事を選んでいる。将来性があるとか、専門性が身に付くとか、自分の適性に合っている、等々。その中には、批判を受けがちな選択視点もある。“好き嫌い”で仕事を選ぶという視点だ。仕事というものは好き嫌いでくくれるようなものではないのだと。

だが、現実に好き嫌いで仕事を選んでいる人々は存在する。確かに私から見ても“好き嫌い”で仕事を選んでいる人は、その基準に拘るあまり、逆に総合的な満足から遠ざかっていることも多いように見える。だが、中に時々、羨ましいほど充実している人がいる。彼らは一体何が違うのだろう。

例えば知人のD君は、引く手あまただったバブル末期の卒業年次にも関らず、正社員という選択枝を選ばなかった。自分の興味に合う就職先が見つからないという理由だ。看板屋やデザインスタッフ等いくつものバイトを転々とした。それも、本当に好きになれる仕事に出会えないという理由でだ。

周囲は「いつまでも選り好みするな」とD君を諭した。だがその彼が5年前、これだという仕事と出会った。ぬいぐるみに入る仕事である。D君の参加するショーは好評で、しばしば会期延長の依頼が来た。幹部候補として正社員登用の誘いも受けた。時折会うD君は、過去のどんな時より充実して見える。

「きつい仕事ですが、好きなんだから、やれるだけやります」とD君は笑って言う。好きな仕事だけをする道は、誰もが気楽に選べるものではない。好きな仕事の対価としてリスクを常に背負う、むしろそれを楽しめる人のみに開かれた選択だ。しかしそれは、どんな仕事でも同じなのかもしれないのだ。

収入や安定以外の何かを仕事に求めるならば、その何かというオプションに対し、私たちは有形無形の対価を支払わねばならない。求めるものが大きいほど、対価も大きいだろう。そして、その対価をはっきり認識し、背負う覚悟を持ってこそ仕事への本当のやりがいが生まれるのではないかと私は思う。