『 辞める人間の法則 』

登録者のひとり、Lさんが、転職前に体験した話である。Lさんの勤めていた会社は中堅の資材メーカー。社員数50名程度で、そこそこアットホームな社風だった。Lさんも人間関係が嫌で転職を決意したわけではない。しかし、彼は退職日に、同僚全員から強烈な嫌がらせを受けてしまった。予定されていた送別会の会場に行ってみると、誰ひとり来ていなかったのだ。

「何が原因なのか、私なりに色々と考えたんです」。Lさん自身も、けっして悪い人間ではない。それどころか、20代の割には落ち着いた雰囲気の、優秀な営業マンである。“ひどい嫌がらせを受けるほどの非”が自分にあったのではないか。苦しいけれどもきちんと考えて、私にも打ち明けてくれた。

Lさんが言うには、「なんでも自分中心に考えすぎた」のが、皆に嫌われた理由だ。チームリーダーの肩書を持っていたLさんは、それまで自分が中心になって仕事を進めてきた。ところが退職が決まると、とうぜんそのポジションからはずされる。肩書こそリーダーのままだが、仕事の中心からは遠のいていく。Lさんはそれが寂しかった。皆からまわってくる仕事は、今まで“部下の役目”だった定型作業ばかり。どうせ辞める人間とは言え、リーダーの俺にこんなことやらせるなよと、Lさんは常に不満だった。

そんな内面の苛立ちが、自分では気をつけているつもりでも、ついつい表に出るようになった。与えられた仕事に、ムッとした顔をしてしまう。あまり言わなかったグチが、口をついて出てしまう。「ああ、やってらんない」。Lさんがそう言うたびに、周囲の同僚が驚いた顔をして振り向いた。今まで同じようなグチを言っても、皆一緒にそうだそうだと笑っていたのに…。

辞める人間は、辞めると決まった瞬間から異質な存在なのだ。苛立った顔や、何気ないグチも重みを増す。“辞める人間”にふさわしい立ち振る舞いが要求されるのだ。自分は、そこのところを理解していなかったとLさんは振り返る。「仕事の中心からはずされて、悲劇の主人公みたいに考えていました。でも、ほんとうはそうじゃない。去りゆく脇役でしかない。周囲の気持ちをまず第一に考えて、自分の感情をコントロールするべきだったんです」。

私はLさんに、まったく同感だと言った。そして、そこまで冷静に自己分析できるLさんに敬服するとも言った。あなたなら、次の会社でもきっとうまくやれるはずだと。Lさんは、苦しかった胸のうちを吐き出して、すこし気が楽になったようだった。「転職先でイチから頑張りますよ。見ていてください」。そう言って、笑顔で面談室を去っていったのだった。