『 忙しさの法則 』

最近「仕事がやたらめったら忙しい」と、しきりに愚痴る人が増えたような気がする。企業内のリストラが進み、今までさほど忙しくなかった業界でも個々の仕事量が増えているせいだろうか。もっと余裕を持って働きたいとは恐らく大多数のビジネスマンが望むところだが、私は忙しいこと全てがそう悪いものだとは思わない。数年先に決定的な差となって現れたりするからだ。

あまりにも対照的で印象に残っている、AさんとBさんの話を例に挙げよう。2人は同時期に我々のオフィスを訪れた、それぞれ違う大手メーカーの広報担当だった。歳も共に30代前半で、今回が初の転職。条件的には2人は面白いほど極似していたのだが…。ただ、業務経歴の中身が全く違ったのだ。

Aさんの業務経歴は淋しいばかり。広報の基本業務とも言える通り一遍の仕事しか経験していなかった。聞けば、職場が暇で暇で仕様がないのだと言う。きっちり9時5時で勤務する毎日。目の前にある仕事は半日で片付いてしまい、あとは問合せ電話やメールへの対応。「どうやって時間を潰そうかって、そんなこと考えるのが嫌になってしまって」転職を決意したのだそうだ。

対するBさんは、深夜明け方まで、土日もないほど働いている人だった。「ついつい仕事が増えてしまって」と言う彼の経歴書を見ると、巨大キャンペーンの陣頭指揮から、畑違いの営業戦略立案に踏み込んだ仕事まで、びっしりと業務実績が書き込まれているのだった。「仕事は面白いんですが、企業体質を考えると先々が不安で」というのがBさんの転職理由だった。

結果はお察しの通りBさんにオファーが集中し、Aさんはなかなか面接を受けられないという状況。特にBさんには、Bさんがクライアントの立場だった大手広告代理店からも声がかかった。この差は一体どこから来るのだろう。一つは、もちろんBさんの方が年齢相応以上の実績を積んでいたからだ。そしてもう一つの決定的な違いは“自ら仕事を作ってきたかどうか”である。

仕事を自ら作り、実績を出し、周囲に認められ、また新たな仕事の声がかかり、業務の幅が広がっていく。Bさんの“忙しさ”はそうして形成されたものだ。与えられてではなく、自ら多忙になってこそキャリアは深まるのである。Aさんのようにすることがない人や、逆に担当業務だけに忙殺されている人は、一度自分の仕事をじっくり振り返ったほうがいい。要は、忙しさや暇さそのものではない。仕事へのスタンスが、私たちの価値を作るのだ。