『 ずれた経歴書の法則 』

最近の職務経歴書は単に経歴だけでなく、業務実績と自己の能力をストレートにアピールする形式が主流になっている。私たちのオフィスに転職者が持ち込む経歴書にも、そんな形式のものが増えてきた。実績・スキル重視へと急速に傾く時代の流れに、一見沿っているようなのだが…。中身を詳しく見ると、形式は新しいのにポイントのずれている経歴書も少なくないのだ。

業務実績だけを脈絡なく書き連ね、結局何ができるのかが見えにくい人。アピールしている能力は素晴らしいのに、希望職がその能力と掛け離れている人。「英語ができます」とハッタリを書いたために、面接で英会話能力を試され、さんざんな目にあって帰ってくる人…。本当にいろいろである。ただそのぐらいなら小さなミスとも言える範疇だし、修正するのは簡単だ。

いちばんアドバイスしにくいのが、“根拠なき自画自賛型”の経歴書だ。「部門の責任者として、充分なマネージメント能力を発揮」「分析力に優れ獲得した情報から企画立案する能力に長けている」等々。何に優れているのかはわかるのだが、その裏付けがまったくないのである。実績と能力をアピールするはずの経歴書の“実績”の部分がすっぽりと抜け落ちているのだ。

このような経歴書は実は、“実績”の部分さえ整えば、一転して強力な武器になる。例えば「プレイングマネージャーとして、自己の目標達成率○%、部下の達成率についても1年間で平均○%UPの実績をおさめ、社内表彰の対象に選ばれました」。こんな具合に能力を裏付ける実績を書けば、良い経歴書になる。だが、そんな裏付けを後で出してこれる人はなかなかいない。“自分にはこんな能力がある”という思い込みで自己評価しているせいだ。主観は極力外すべきである。自己を冷徹に数値化して見る客観性が欠けていては、どのようなキャリアプランも絵に描いた餅で終わってしまうだろう。

書いたからには試される。それが経歴書なのだ。みなさんが納得しなければ大きな買い物をしないように、企業も、納得しなければみなさんに採用費をかけて迎え入れたりはしない。経歴書は、“この部分を企業が読んでどう感じるか”“自分が採用側だとして、この記述で納得するだろうか”と考えながら書いてみる。まずは、そこから始めてみてはいかがだろう。