『 相手の立場と自己都合の法則 』

「相手の立場を考えて行動しろ」とは、私たちが今までさんざん親や上司から言われてきた言葉だ。しかし、人間とは弱いもので、相手の立場を考えているつもりでいながら、ついつい“相手の立場を自分の期待で解釈して”行動してしまいがちだ。相手がこうなら都合がいいのにという期待が、いつのまにか相手の本当の立場とすり替わってしまう。私たちは自己中心な心の持ち主だ。

同時に、そんな心のままビジネスを続けていたらどこかで頭打ちになるということも、私たちは経験的に知っている。知っているが、甘い方向へ流れがちな考えを、常に意識して制御するのはなかなか難しい。私自身も過去や、つい昨日の自分の言動を振り返って、冷や汗をかくこと数知れずである。だが先日、改めて自己中心の恐ろしさを思い知らされる出来事に出会ったのだ。

その出来事の主は、大手電機メーカーに勤めるエンジニアのLさんである。待遇に不満があるということで、外資系への転職を希望していた。高度かつ希少なスキルを持つLさんは、業界ではニーズの高い人材だ。転職先はすぐ決まりそうに思えた。事実Lさんは面接を着々とこなし、最終的に第一志望の外資系大手A社に内定を絞り込んだのだが…。そこから歯車が狂い始めた。

正式な待遇を提示したいので昨年の源泉徴収票を出してくれ、という打診がA社から出たとたん、Lさんの音信が途絶えたのだ。一体何があったのかと私とA社は心配し、何度も連絡を試みた。すると、やっと電話口に出てくれたLさんはこう言ったのだ。「経歴書に、昨年の年収を実際より100万円多く書いてしまっていた。源泉徴収を出すとそれがばれるから怖かった」と。

そしてLさんは重ねてこう弁明した。自分は以前、あの水準の年収がA社では普通という話を聞いたことがある。だから、経歴書に書く年収をそのレベルに合わせていたほうが、A社も私の価値を判断しやすいと思った。昨年の自分の年収はスキルと比較して正当な額ではないだけに、より正しい判断をA社に促したかったのだ、と。なんという論理のすり替えだろう。少しでも高い給与で転職したかったからと言われれば、まだすっきりするのだが…。

結果は、経歴詐称により内定取り消し。Lさんの転職は白紙に戻った。いい条件で転職したいなら、Lさんは正面からアピールし、A社を心から納得させるべきだった。それが、相手の気持ちや立場を考えて行動するということだ。自分のやろうとする行動は、相手をどんな気持ちにさせるか?自分が考える相手の気持ちは、自己都合のすり替えではないか? 気が進まなくても己に厳しく問いかける。そんな作業が必要なのだと、私は改めて思ったのだ。