『“前の会社”の法則 』
1年以上も前に私の紹介で転職していったLさんから、ある日突然電話が入ってきた。真剣に相談したいことがあるのだという。とりあえずオフィスに来てもらって面談室で向かい合ったのだが、Lさんの相談事はなるほど難しいものだった。「前の会社に戻りたいから口をきいてほしい」というのだ。「あなたが前の会社に個人的に接触するのなら、何も問題はないのですよ。」私はLさんに説明した。「でも私たちが口利きするのは、ビジネスの道義的にできないことですよ。だって前の会社にとって私たちは“Lさんが辞めるのを手伝った”存在なのですから。」肩を落としたLさんに、私は聞いてみた。「そもそも、なぜ前の会社に戻りたいのです?」
Lさんは27歳のオフィス機器を扱う営業マンである。販売力のある人で、以前の会社でも現在の職場でもかなりの業績をあげてきている。確か、転職した時の理由は「将来を考えると、もっとコンサルティング的な販売方法や専門スキルに重点を置く会社で営業をしたい」という前向きなものだった。だが、それから1年たって面談室で再会したLさんは、私にこう言うのだった。「あの時の転職理由は適当に考えたもので…。本当は“違う会社を見てみたい。他にもいい会社があるはず”というだけのことだったんです。」「“いい会社”なんてない、ということが、わかったのですね?」私の言葉に、Lさんは苦しそうな顔でうなずいた。「はい。というより転職してみて、前の会社の良かった部分が色々と見えてきました。最近は、なぜ安易に辞めたんだろうと悔やむばかりで…。」「…ありがちな話ですね。」
私は常々疑問に思うのだが、転職先を物色する人々は、なぜ“今いる会社”を候補に入れようとしないのだろう?転職の第一目的が“別の会社に行くこと”になってはいないだろうか。転職とは、そういうものではない。“現在の環境と他の候補環境のメリットとデメリットを勘案した上で、自分が相対的に満足できる環境を慎重に選択する”行為なのである。選択の結果、現在の環境に残ることもありうるぐらいでないと、本当に良い転職はできない。
「会社によって違いますが、ご自分でアタックされても、戻れるときには戻れるものですよ。そうした申し出を喜ぶ会社もあります。」私は重ねてLさんに言った。「“何か違う”という漠然とした違和感を抱えたまま、転職を繰り返す人も多いです。彼らに比べれば、もとの会社の良い面を認識できたあなたには、まだ可能性があると言えるかも知れない。」Lさんは、少し元気を取り戻したようだった。「そうですね…。辞めた会社とはいえ、もともとは入りたくて入った会社です。どこかに良い面があるものだし、たぶんそれが自分にとって大切なものなんです。たとえ前の会社に戻れないとしても。」「Lさん、いいこと言いますね」。私はLさんと一緒に笑いあった。
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