『 仕事と家庭の法則 』

腕の良い設計技術者でありながら、Sさんの転職は大失敗に終わってしまった。当時43歳だったSさんは、転職と離婚という人生の一大事を、2つ同時に抱えていた。そして、片方の問題を置き去りにしたまま、転職の話だけが進んでいったのである。最後には、私自身にも、何ともやりきれない思いが残る結末になった。あの時の判断を、今でも後悔している。

私の所に人材登録したSさんは、当時離婚問題を抱えていた。彼の母は体が弱く、数年前からSさん家族と同居。しかし嫁姑の折り合いが非常に悪くなり、耐えきれなくなった奥さんがSさんと別れると言いだしたのだ。
「企業側には正直に言うべきでしょうか」。入社面接の日程が決まった時、Sさんは私に相談してきた。「入社後に離婚が成立しそうなのですが…」。だが先方企業は、彼の知識とスキルに大いに期待していた。新規事業の核としてポストも用意されている。Sさんの存在価値は、離婚ぐらいでは揺るがないはずだと、私は判断した。「面接時に言う必要はありません。入社後、離婚届を出すときに言えば問題ないでしょう」。これが間違いのもとだった。

Sさんの抱える問題はもっと根深かったのだ。入社から2ヵ月後、先方企業の連絡を受けて、私は仰天した。なんと、のべ14日間の無断欠勤をしているというのだ。「その理由がまた奇妙なんですよ」と先方はこぼした親戚が倒れたとか。亡くなったとか。そういうことが幾度となくある。明日は必ず出社しますと言いながら、連続3日ぐらい来ない。最初は、入社したばかりのことだしと先方も大目に見ていた。しかしある日、また会社に来ないので電話してみると…。

「娘が交通事故に遭って入院したと言うんです。それは大変だと入院先を聞き出してお見舞いに行ってみると、病院は、そんな人は入院してないと」。これで先方の堪忍袋の尾が切れた。Sさんを呼び出して問い詰めると、彼は泣き崩れたという。入社直後には離婚届を出すはずだったSさんの離婚問題は、実は大もめにもめていた。ぐちゃぐちゃになった家庭の中で、Sさんは鬱状態から来る出社拒否症に陥っていたのだ。

その会社をクビになってから、Sさんからの連絡はない。なんとも後味の悪い思いと共に、今ごろどうしているのだろうかと時々考える。
“仕事は仕事、家庭は家庭”。そうスパッと割り切れるほど、人間、強くはないのだ。今の私ならはっきり言える。あなたの抱える問題は仕事の悩みだけなのかと。なにか他に問題があるなら、そちらをまず解決すべきだと。