『 熱意と現実の法則 後編 』

銀行の審査部門から、腕時計の商品企画に転身したい。自分にはそれができるのだ、と言いきるLさん。「目当ての会社の人事にとにかく会わせてくれ」と熱意のこもった目で訴える彼を前に、私はどうしたものかと考え込んでいた…。ここまでが、前回みなさんにお話しした内容である。

誤解を恐れずに言うが、私はLさんの意気込みや行動力には正直、心を動かされたのだった。ただ同時に、彼自身がそのエネルギーを軽く扱いすぎているのではないかとも感じた。私はLさんに率直に聞いてみた。「あなたの経歴には企画職に該当するものがないんです。企画に関わる仕事がやりたかったのでしたら、なぜ今まで相応の経験を積まれてこなかったのですか?」。

「確かに経験はありません。でも素養的には自信があるんです」。すこし心外だという表情になったものの、Lさんの口調は相変わらず力強かった。「昔から自分なりに情報を集めて勉強はしてきました。実務に関しては、入社後に研修を受けさせて頂ければ身に付けられると思いますが」。私はLさんに説明した。企業はまさにその“実務”を求めていること。いくらLさんがまだ20代だからとはいえ、研修で素地から育成するような企業は殆ど存在しないこと。「なまじ入社できたとしても、初日から即戦力としての貢献を期待されるのですよ。中途採用市場はそれほどシビアになっているんです」

「研修がないなんて、信じられない。それじゃ、今の企業は人の可能性を否定しているということじゃありませんか」「確かに、そうとも言えます」。納得の行かない様子のLさんに、私は続けて説明した。「しかし、こうも言えます。早くから目的を明確にして働いてきた人にとっては、今の市況のほうが有利な環境と言えるかもしれない」。Lさんははっとしたようだった。

「Lさん、そうなんです。以前は、高いポテンシャルがあればそれだけでもてはやされることもありました。でも今は違います。あなたの熱意は確かにたいへん強いけれども、熱意なんて、今はたいていの人が持っている。それ以外の“強み”で、中途採用者は差を付ける必要があるんです」。そして私は思いきってLさんに現実を伝えた。「あなただけでなく気付いていない人はまだまだ多いけれども、何を目的に、どこに目標を置いて働くのか、我々職業人が決めなければならない時期はどんどん早期化しているのですよ」。

「何だか、まだ混乱してますが、やっと合点がいったような気もします」。うつむいたLさんは、意外なことを言い始めた。「どうりで、どこも仕事を紹介してくれないわけだ。だから自分で志望企業まで決めて、強行突破しようと…」。そして顔を上げたLさんは一言こう言ったのだった。「ありがとうございました」。「金融の仕事に戻る気がお有りなら相談してください。あなたにぜひ紹介したい企業がありますから」。「わかりました」。そう言って席を立ったLさんの顔には、少しだけ笑みが戻っているように見えた。