『 駆け引きの法則 』
いろいろな転職を見てきて思うが、転職者と求人企業の間には、やはり様々な駆け引きが存在する。そのままぶつかりあえば、誤解を生んだり物別れに終わったり。いちばん理解しあわねばならない者同士なのに、率直になれなことがままある。我々コンサルタントというものは、そんな彼らの間に立って、こじれそうな糸を直していく役割も担っているのだなと思う。
最近、久し振りに手に汗握る駆け引きに出会ったので、ご紹介しよう。転職者は、某外資系で営業部門の長を勤める、36歳のMさん。転職先は、同業の新興外資系T社である。この転職話は3カ月も前から進んでいたのだが、T社は「ほぼ内定」と言いながら、なかなか内定証書を発行しなかった。本国にいる人事の決裁が必要だがつかまらないと、先延ばしにするのだ。
在職中の会社に退職届まで出してしまったMさんにしてみれば、たまったものではない。祈るような気持ちで正式内定を待つうち、退職日が1カ月先、半月先に迫ってくる。Mさんは毎日のように私に電話を入れてきた。そうしたくなる気持ちは良く分かる。私も毎日のようにT社へ催促の電話やメールを入れた。しかしT社はその度に人事トップと連絡がつかないとかわすのだ。
「もう待ちきれません。先週第2志望の会社に面接に行って、実は内定をもらいました」。退職日が1週間後に迫ったある日、とうとうMさんがしびれを切らした。本当はT社に行きたいが、もう諦めると言うのである。私もさすがにMさんが気の毒に思えて、「Mさんをどうされるおつもりです?彼は他の会社に行こうとしていますが」とT社を問い質してみたのだった。
すると、電話口で担当者が何か相談している気配がする。返ってきたのは拍子抜けするような返事だった。「では明日内定証書をMさんに郵送します」T社は内心ではMさんの採用を迷っていたのだという。だがMさんのもう1社の内定先がライバル企業と聞き、彼の市場価値を再認識したのだ。はからずも自分の価値を証明して見せたことで、Mさんは駆け引きに勝ったのだ。
企業は莫大な経費と利益を、転職者は生活と人生をかけて会いまみえるのだから、互いの思惑が衝突するのは当然のことだ。こうした駆け引きは別に転職という舞台に限ったことではないし、我々サラリーマン全員が多かれ少なかれ経験することだろう。少なくとも私はMさんの件でこう思った。“駆け引きに勝ついちばんの有効打は、自分の価値を見せつけることだ”と。
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