『 転職者と土の法則 』
「土が変わると、 それまで元気だった草花が一気に枯れてしまうことがあるんです」と、最近“ガーデニング”に凝っている姪が教えてくれた。彼女が言うには、草花には種類によって好みの土質があり、植え替えの際には必ず草花に合わせた土の配合を行なうらしい。自己流で適当にやっていた姪は、そのことに気付くまで、ずいぶん何鉢も枯らしてしまったそうだ。
姪の話を聞いて、私は友人のH君のことを思い出したのだった。H君はある大手メーカーの販社に勤めていた元営業マネージャー。まさに“客商売をするために”生まれてきたような男で、私は彼の人をつかんで離さない性格と、快活さの裏に見え隠れする意外な細やかさがけっこう好きだった。昨年の冬には1ランク上の同業に引き抜かれ、皆で万歳三唱して祝ったのだが…。
「以前のような業績が、まったく出せないんだ。」 それから数カ月も経たないある日、待ち合わせ場所の居酒屋に現れたH君は、すっかり憔悴しきっていたのだった。「どうも、大変なところへ転職してしまったらしい」…。彼が言うには、扱う商品は以前と同じだが、営業のやり方が様々なところで大きく違うのだという。「顧客を育てることが大事なのに、管理はサポート部隊任せ。管理職の俺も新規客の獲得に駆け回ってばかりなんだ」。社内の雰囲気も相当違うのだという。「部長に根回ししないと何も動かないんだ。」
「そんなこと、どうして事前に調べなかった。」 キツイかなあと思いながら、私はH君に言った。「仕事のやり方が会社ごとに違うのは当たり前だろう。」転職でありがちな落とし穴が“自分はこの仕事に関してはベテランだ”という思い込みである。私たちが自分で身に付けたと思っているスキルは、土が変われば枯れてしまう草花と同じだ。会社の方針やカンバンや、職場の風土や、業務のシステムや、業界の特性。そうしたもろもろの条件が働いているからこそ、私たちはそれなりの実績をあげられるのだ。スキルひとつで世の中を渡っていくことなど、本当はできはしない。自分の実績を次に活かしたいのならば、なおさら実績への過信を捨て、まずは合う土を探すことである。
現在H君は問題の会社でそのまま働きながら、私のオフィスで転職先の検討に入っている。もともと良い営業マンなのだから、きっと合う環境が見つかるだろう。厳しい忠告をした分、私も彼が再び開花できる転職先を紹介して、ちゃんとした人材コンサルタントであるところを見せなければ。
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