『 本音と建前の法則 』

なんの見返りも期待せずに助けてくれる人や、気にかけてくれる人が、会社の中にいる。それが本当なら、幸せなことだろう。しかし天の邪鬼な私は、“心優しき同僚”を無条件に信じている人を見るとつい、いらぬ心配をしてしまうのだ。会社独特の“本音と建前”の、見分けはついているのかと。

小さな設計事務所から相談にやって来たLさんの例をあげてみよう。彼女は先輩のO氏に“裏切られた”ことがきっかけで転職を思い立った。O氏は事務所の専務である。ベテランの優秀な技術者で、当初はLさんに実によく仕事を教えてくれた。「普通はこんなこと個人の企業秘密だから教えないけど、君になら教えてあげよう」と言いながら、自前のノウハウも伝授してくれる。LさんはO氏をすっかり信頼しており“何があっても自分の味方だ”と信じていた。ところが…。ある日LさんはそのO氏に“営業スタッフへの職種転換”を打診されてしまう。「今後組織的に営業力を強化していきたい。ぜひ君にやってほしいんだ。そう、君のためでもあるんだよ」。技術者として見切られたことは明白だった。人より覚えが遅いということは自分自身で薄々感じていたが、O氏がついていてくれるから頑張ろうと思っていたのに…。

まず“同僚の好意は無償である”という考えが甘い。と、私はLさんを諭したのだった。知識やノウハウを親身に注ぎ込むのは、それに相当する利益(見返り)を期待するからに他ならない。それが同僚や組織の本音の部分である。O氏にしてみれば、頑張って教えても成果が上がらなかった、期待外れ、といった所だろう。ただO氏についてひとつ難点を挙げるとすれば“教育という職務”を“個人的な好意”という建前にくるんでしまったことだ。職種転換を打診した際の彼の説明にも同じことが言える。「できる限りの教育はするが、この期間内にこのレベルまで達しなければ配置替えを行なう」。このようにズバリ本音を言えばいいのではないかと、私などは思うのだが…。

特に最近では不況のあおりもあって、無茶苦茶な“建前”が横行している。「全従業員の公平を期するため、住宅手当を廃止します」等々。「もう手当を支給してまで従業員をつなぎ止めるウマ味は感じられません」というのが本音だろうが、そうは言えないのが会社であり、また組織人なのだ。

建前を真に受けて振り回されるだけ損だ。建前の裏の本音を読め。そこにあなたが理解すべきこと、為すべきことがある。まだ若いLさんに私はそう言ってみたのだが、釈然としないようだった。彼女が同僚たちの要求にスマートに応えられる日は、いつ来るのだろう。これこそ老婆心かも知れないが・・・。