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2006年06月29日

『 経験活用とニーズの法則 』

“経験を活かす”とは、経験を基に経験の幅を広げることだと先週お話しした。だがこの考え方には一つ注意点がある。確かに、経験にプラスアルファを加わえていく努力は、自分の市場価値の向上に欠かせない。しかし経験の幅を一度に拡大しようとして、過去の経験と地続きでない分野を目指している人も見かける。これは経験を活かす転職でなくキャリアチェンジになる。

キャリア“チェンジ”は素養を武器に未経験の分野へ入るものであり、経験と地続きのキャリアを得る転職とは別のものだ。だが一定分野でのキャリアアップを望んでいる人が、本人も気づかぬうちに“チェンジ”を志望していることがある。どちらを望むにしろ、適切なプランが立てられていないのだ。

こうした転職では、本人の希望と市場のニーズが噛み合わないことにもなりがちだ。自分の希望だけが先走ってしまいかねない。例を挙げてみよう。生保の営業をしていたKさんである。Kさんは、今までの仕事で培った金融知識を活かして、一般企業での経理をしたいと志望していた。

Kさんの志望を聞いた私は驚いた。彼は金融知識があれば経理実務をこなせると思っていたのだ。だが実際は皆さんもご存知の通り、金融に関わる仕事と経理実務は中身も流れも違う。彼には経理に関する知識や経験は全くと言っていい程なかった。つまり経験を活かそうにも、活かす経験が違うのだ。

案の定、Kさんの元にはオファーが一件も集まらなかった。私はKさんに、経験を活かして転職するならば生命保険分野を含む金融業界で知識を生かす道を志望するべきだと提案した。過去の経験と地続きのキャリアプランを立ててこそキャリアの幅が広がるのであるし、市場ニーズともマッチするのだ。

Kさんは今、改めて今後のキャリアプランについて考えている所である。新たな希望を持って転職に臨むことは確かに大切だ。しかし、その希望は果たして人材市場にニーズのあるものなのか。そしてその希望は本当に自分のキャリアの幅を広げてくれるものなのかという冷静な視点が必要なのだと思う。自分のニーズと相手のニーズを分析しながら、双方が満足する提案をしてこそ、社内での企画も通るし契約も成立する。転職もそれと同じである。

『 きっかけの法則 』

小さな出来事にも敏感に反応する人は、感受性が豊かな人だと思う。最近、このことを痛感したことがあった。できる人ほど小さなきっかけに目ざとく、その先の変化を見据えて手を打つのだなと。

A社という会社であった話だ。A社はかねてから技術力には定評があり、優秀な人材が揃っていることで有名な会社だった。が、ある日を境にA社からの転職希望者が市場に急増したのだ。一体何があったのだろうといぶかしみながら、私はそのうち何人かと話をした。

彼らが一様に話す転職理由は、「技術部門の部門長が退職するから」だった。人望の厚い上司の後に続くつもりなのだろうか?だが、市場に出てきているA社の転職者は技術部門出身者ばかりではない。営業部門や管理部門の出身者も多く、彼らもまた「技術部門長退職」を転職理由に挙げていたのである。

詳しく話を聞いてみると、どうもただの人望人情劇ではないようだった。A社の技術部門長は社員たちの間で、陰のキーマンとして以前から認識されていた。技術知識に疎く、方向性を見失いがちな経営陣を御してきたのがこの部門長だったのである。A社の技術レベルは彼によって保たれていたのだ。

もちろん、全ての人が転職を考えたわけではない。技術部門長の穴を埋めるべく、自分たちで代わりを何とかできないかと動く社員もいるらしい。出ていく人、残る人、選択はそれぞれだが、何かしらの手を打っている人が数多くいるのには驚かされる。転職希望者は評判通り順調に行先が決まりつつあるが、残る人は残る人で会社の危機を乗り越えるのではという気もする。

A社の場合、きっかけは「一人の役職者の退職」だった。それ自体は小さなきっかけに過ぎないが、社員たちは後に続く大きな変化を見越して先手を打ったのだ。外へ出る人、残る人、選択は様々だ。が、今回の件で、私は変化のきっかけとなる出来事を見極め、どんな変化が起きるのか予見することの大切さを感じたのだった。さて、対処すべき変化のきっかけを、私たちは見逃さず捉えられているだろうか?

『 管理職の法則 』

管理職に求められる資質が大きく変わろうとしている。文字どおりの“管理”が中心ではなく、現場の目標に密着し、その都度判断を下しながらプロジェクトを推進していくプレイングマネージャー的なものへと。この変化は所属する企業規模の大小に関らず、多くの人が気付いていることだと思う。

今後は、まず自分がどんな業務を理想や目標にするかを決め、その中でプロジェクト推進力を蓄えなければ、管理職として認められにくい。自分はもうそろそろ役職を与えられてもいい人間だと不満を漏らしても、与えられて何を実現したいかさえもアピールできなくては、チャンスは巡ってこないのだ。

だが、その変化に気付かないばかりにチャンスを逃してしまう人もいる。財務のスペシャリストだった転職者、Lさんの話を例に挙げてみよう。Lさんは以前小規模な企業ながらも財務部長として経営に参加していた。留学経験もあり、スキル・キャリア共に申し分ない、非常に市場価値の高い人だった。

しかしネックはLさんの希望条件だった。“部長クラスとして迎えられること”がLさんの出した絶対条件だったのだ。以前の役職以下での転職は自分にとってキャリアダウンになる。Lさんにはそう考えているフシがあった。

視点を変えてみてくれないかと、私は説得した。“自分にはこんな職務が可能なので、それにふさわしい仕事を与えてほしい”にはならないかと。だが、Lさんはあくまで部長にこだわった。何を実現するために役職が必要なのか、そしてそのポジションが部長以上であるのはなぜかを語ることなく、ただ前もそうだったから自分にふさわしいという理由でこだわり続けたのである。

きっと“成したい仕事の視点”からオファーすれば、良い転職先が幾らでもあったろう。数カ月経った今でも、彼は一件の面接もできていない。どんな仕事を追求し、何を実現していくべきか考える。本来はその中に果たすべき役割や、真のキャリアプランが見えるのではないだろうか。管理職にふさわしいスキルを持っていたとしても、視点が外れていては活かせないのである。

『 不採用の法則 』

面接後の不採用は、転職者にとって書類選考で落とされるよりショックな出来事だ。書類はパスしたはずなのに、会ったとたん何故。はっきり思い当たる節があればまだいいのだが、考えても分からない場合は、自分を余計に責めてしまいがちである。中には自分の人間性まで疑って落ち込む人もいる。

だから、もし不採用理由を聞ける環境にあるなら、まず尋ねてみた方がいいと私は思う。私も面接を手掛けた転職者に頼まれれば、不採用理由をフィードバックしている。憶測で敗因を振り返るより遥かに建設的だと思うからだ。

確かに、聞かされて良い気持ちのする不採用理由はない。面接後の不採用理由は、特徴として感覚的なものに傾きがちだから尚更だ。経歴やスキル面での合否は書類段階でほぼ決定し、面接では人物像を見る企業が多い。「優秀だが傲慢に感じた」等、益々ショックな理由を聞かされることもある。

だが面接がどちらかというと感覚的である分、企業自身が不採用理由を言語化できない場合も多い。「いい人なのですが、なんとなく社風に合わない気がする」という理由がその代表例だろう。こうした不採用理由はあまり気にしなくていいと思う。誰が悪いのでもなく、単純に相性が合わなかったのだ。

また企業自身の準備不足が不採用理由に表れることもある。「面接してみると、もう少し違った人材が欲しくなった」という理由で採用されない場合もある。当初募集していた人材像が曖昧またはズレていたことに、企業が面接の後で気付くのである。この場合は完全に転職者側に非はない。

一口に不採用と言っても、その中身は千差万別だ。自分が選ばれないと、私たちは自分に欠点があると考えてしまう。自省は確かに大切だ。しかし“選択される”機会が増えるこれからの時代は特に、選ばれなかった理由を明白にしてから自省する方がいいと私は思う。不採用がイコール否定ではない。自信を失わず、選ばれないことを恐れず挑戦していきたいものだ。

『 余裕の法則 』

「今年は3連休が3カ月続けてあるんですよねえ」と、転職者のEさんが面談中にふと言い出した。彼は建材メーカーに在職中の営業マンで、年末を目標に転職活動している。だが毎日遅くまで残業があるため、平日の面接がなかなか思うように入れられない。必死に時間をやりくりして仕事を片付けては、夕方の面接に滑り込むということが続き、Eさんは少々疲れ気味だった。

ならば3連休は有り難いはずなのだが、気も焦っているEさんは、反対に連休を恐れていた。「休日でも何かできることはないでしょうか。ただでさえ連休のしわ寄せで相手先も忙しくなり、ますます動きづらくなるのだから、休日も無駄にしたくないんです…」とEさんは言うのだ。確かにわからないではないが、そこまで思い詰めるのもどうかと私は思ったのだった。

そこで私はEさんにこんな話をしてみた。1年ほど前に転職していったMさんの話だ。Mさんもかなり忙しい人で、転職活動の時間確保に苦労することが多かった。それでもなんとか数社の面接を受け、香港に本社がある外資系商社の最終選考に残った。最後の面接は香港本社との電話面接である。この電話面接の時間が、お互いの都合を調整していくうちに、日曜になったのだ。

普通なら、その日曜に予定があっても、面接となれば思わずキャンセルしてしまうものだ。しかしMさんは違った。その日は以前からスキーへ行く予定であり、予定を変えるつもりはない。面接はホテルの電話で受ける。と、事もなげに言ったのだった。なんて余裕のある人なんだと、私はかなり驚いた。

レジャー先で電話を受けるという方法自体には、何の問題もない。皆がそれをやらないだけなのだ。とかく転職や就職活動となると、自宅で襟を正して連絡を待たなければ、という気分になりがちだ。しかし本来、電話などどこで受けても同じなのである。予定をキャンセルして自宅で待つか、レジャー先で受けるかは、忘れられがちだが結局、本人の気持ち次第なのである。

Mさんはスキー場のホテルでしっかり最終面接をこなし、その外資系商社へ転職していった。彼の話を聞かされたEさんも、少々驚いた様子だった。「転職活動をなめろと言うわけではないですが、転職はそんなものだという気持ちを持ってもいいのでは」と私はEさんに言った。思うようにはかどらない中で、余裕、つまり自分自身まで見失ってはいけない。困難な状況でも余裕のある自分が見えているからこそ、困難も乗り越えていけるのである。

『 ポイントの法則 』

完璧主義も度が過ぎると、逆に何もできなくなるという話を聞いたことがある。ひとつひとつの過程を100%やろうとするあまり、どう頑張っても100%に届かない所でつまずいてしまうというのだ。しかし、100%とは何だろう。完璧とは何だろう。思い描くものは人それぞれで確たる実体などなく、だからこそ、こだわればこだわるほどキリがないと私は思うのだ。

転職者の方々と接していても、自分だけの“完璧”にこだわるあまり、空回りしている人と時々出会う。例えば2カ月ほど前に会ったRさんは、“己のすべてを伝える”ことに執着する人だった。Rさんは10年近くのキャリアを持つ、脂の乗ったエンジニアである。経歴書を見た企業はこぞって会いたがったし、自らが望む大抵の企業に入れるスキルをRさんは持っていた。

なのに面接段階に進んだとたん、Rさんは落とされてしまうのだ。我々のオフィスへ来る前には11社連続で落ちたという話を聞き、私はRさんの面接に同行してみたのだった。そして、無理もないと思った。論点の見えない話を延々続けたかと思えば、ふっと答えに窮すると押し黙ってしまう。また、見ているこちらが心配になるほど、常に不安げで何かに焦っている。

「必要なことすべてを話そうとするうちに、何を言っているのかわからなくなるんです」と、Rさんは“作戦会議”で苦しげに打ち明けた。真面目な人なのだ。真面目さの向かう先がずれているだけなのだ。私はRさんに言ってみた。「あなたの思う“必要なこと”は自己満足に過ぎないのではないですか。面接官が本当にそれを聞きたいかどうか、考えてみたことはありますか」

まず、適度に流せないがために自信をなくしていく悪循環を断ち切ろうと、私はRさんに提案した。さりとて真面目な人間が突然変わることはできない。だから1つだけ“完璧に”実行するのだ。「結論を最初に言うんです。面接官はポイントがわかればOKなんですから。後は好きなだけ付け加えて構わない。結論さえ伝わっていれば、向こうが勝手にさえぎってくれますよ」

「そんなものなのですか」と、Rさんは驚いて聞き返した。「そんなものです。いいかげんという意味ではなく」と私は答えた。完璧な人間などこの世にいないとわかっていながら、人は完璧な自分を求めがちだ。だが、自分が他人に完璧を求めない優しさを持っているように、他人も人に完璧など求めてはいない。唯一求めるものがあるとしたら、それは他をカバーする“ポイント”なのだ。Rさんは今、着実にコツをつかみながら面接をこなしている。少しずつ自信を取り戻す彼を見ていると、良い知らせももうすぐだと感じる。

『 笑顔の法則 』

私たちはなぜ、笑顔ばかりを作りたがるのだろう。快活な笑顔。優しい笑顔。人と話すときは笑顔。辛くても笑顔。笑顔でなければ人から好かれないし、面接にも通らない。仕事も上手くいかない。そんな思い込みに、いつのまにか捕らわれてしまっている。そして几帳面に笑顔を作ろうとする真面目な人ほど、笑顔に苦しめられることになる。先日出会ったTさんのように。

Tさんは大手機械メーカーの営業マンだった。我々のオフィスにやって来た時点で、Tさんはすでに10社以上の企業から不採用通知を受けていた。経歴書だけを見ると、営業実績はそこそこだし、技術的な知識もかなりある。しかし、面接でことごとく落ちてしまうのだという。Tさんに実際に会ってみて、私はなるほどと思ったのだった。問題はどうやらTさんの笑顔だった。

世間一般の“できる営業職像”と言えば、魅力的な笑顔に爽やかな語り口。Tさんはそれを頑張って心掛けているのだが、上手くいっていないのだ。どうしても、卑屈めいた笑顔に見えてしまう。聞けば新卒当時から、大口顧客の無理難題に必死で対応していたのだという。もう媚びることに耐えきれなくなったとTさんは言うのだが、その重圧は彼の笑顔に跡を残していたのだ。

だが、いくら客観的な意見を述べるのが私の仕事とはいえ「笑顔が卑屈だから面接に落ちる」などとは、人としてとても言えなかった。そこで、新たな面接に望むTさんに、私はこう言ってみたのだ。「あの会社はビジネスライクな人物を好みます。面接では笑顔厳禁ですよ」と。結果は、効果てきめん。あれよあれよいう間に、Tさんはその会社への入社を決めてしまったのだ。

入社手続きが終りに近づいたある日。私は思い切って、感じていた正直なところをTさんに打ち明けたのだった。Tさんは最初驚いた様子で聞いていたのだが、やがてこう言った。「面接の時に笑わないでいたら、なんだか自分がクールなビジネスマンになったような気がして。ドラマの主人公みたいだなあ。これから、そんな営業マンになれればなあと、その時思いました。」

そしてTさんは笑った。何かから解き放たれたような、自然な笑顔だった。私たちは皆、自らのアメニティー(好感度)を上げるために日々何らかの努力をしている。以前も述べた通りその努力は、組織の中で生きる以上、必要不可欠のものだ。しかし好感は無理やり作るものではない。自分自身が好感を持てる自己像を作ってこそ、自然な表情と同じように出てくるものなのだ。

『 イメージと現実の法則 』

「なんだか最初に言っていた事と話が違うんです」。もと大手生保マンのYさん(27歳)が、転職したての会社からこっそり電話をかけてきた。オフィスでその電話を受けながら“ああ、やっぱりなあ”と私は思ったのだった。

Yさんは我々のオフィスの登録者だったが、同時にネットや転職雑誌から求人企業に自己応募もしていた。我々もYさんに転職先を紹介していたものの、最終的に彼が選んだのは転職雑誌に載っていた企業だった。それ自体は結構な事なので、私も彼の転職先について相談に乗っていたのだが…。Yさんの転職先での仕事内容はスタッフトレーナー。パソコン操作やビジネスマナーなど、社会人としての初歩的なスキルを新人スタッフに身に付けさせる仕事だ。生保で外交員を管理していたYさんにしてみれば、経験が活かせる職務ではある。しかしその話を聞いた時、私は「やめておいたほうがいい」とYさんに言ったのだった。通常なら契約や派遣で採用する専門職なので、社内で先々ポジションを確保していけるとは思えない。その会社がYさんのキャリアプランについてどう考えているのか聞いたほうがいい、と。Yさんは釈然としないようだった。「私が志望していた、人を教える仕事ですから…」。Yさんは結局、自分の処遇についてよく確かめないまま転職していった。

「まだ入社して半年なのに、いきなり営業にまわされたんです」。電話口の向こうで、Yさんは私にこぼすのだった。おそらく、スタッフトレーナーでの採用はYさんに対する方便で、本当は最初から営業にまわすつもりだったのだろう。自分一人で転職活動をする場合、転職者は相手先の企業が言うことを一人で吟味していくしかない。会社の方針や仕事内容の真実を最初から明らかにしてくれる企業も少なくないが、そうでない場合、転職者は自らの責任で企業を見極めていくしかないのだ。うわべのイメージでなく、自分が志望する仕事や業界の現実を、私たちは知っておく必要がある。

仕事に不明な点が多いと感じれば、志望職の具体的な業務を、1日のタイムスケジュール仕立てで面接官に説明させる。キャリアプランが明確でないと感じれば詳しい説明を求める。これだけでも結果は随分違ってくるはずだ。ただ、“おかしい”と感じるには、それだけの予備知識が必要なのだ。言ってみれば“世間を知っているか否か”が重要なのである。Yさんのみならず、漠然とした印象だけで転職先を決めてしまう人は意外と多い。気分のいい情報でなく、自分の行く先に穴はないかという観点でも、情報を吟味してほしいのだ。

ところで、Yさんは、今もその会社で営業職を続けている。バイタリティはある人なので、騙されたとグチをこぼしながらも、けっこう頑張っているようなのだ。このたくましさがあればYさんの今後に心配はないだろう。

『 ビジョンと戦略の法則 』

私たちは夢のある話に魅かれる。また夢を語る人にも魅かれる。それは転職市場にも、ひとつの傾向として如実に表れていると思う。例えばIT系ベンチャー人気は、業界の新陳代謝が激しいと認識され始めた今も高いままだ。ところが一方で、最近IT系ベンチャーの周囲にこんな動きも出てきている。

IT系ベンチャーを退職した人を中心に、「IT系ベンチャーだけは絶対に紹介してくれるな」と言う人がちらほら出てきているのだ。もちろん、次の転職先もぜひIT系ベンチャーで、と言う人も沢山いるのだが…。二度とIT系ベンチャーでは働きたくないという人には、一体何があったのだろう。

例を挙げてみよう。意外に狭い世界なので詳しく書くことは避けるが、私が出会った幾人かのIT系ベンチャー退職者から聞いた話を並べてみたいと思う。彼らが共通して言うのは「建前だけの夢に躍らされた」ということだ。

いわく、社長の語る将来ビジョンに感銘を受けたのだが、入社してみると肝心の社長にビジョン実現への意欲がなかった。または、寝る間も惜しんで仕事に取り組んだのだが、結局出来上がったのはビジョンだけが反映され、それを現実に運営する手立てのない誇大広告のような事業だった、等々…。

中には「もう“ビジョン”なんてものは信用しない」とまで言う人もいた。確かにそう言いたくなる気持ちもわかるが、すべてのIT系ベンチャーが夢だけを売って瞬発的に稼ごうとしているわけではない。夢の実現のために知力を尽くした戦略を打ちたてているIT系ベンチャーを私は沢山知っている。

かたや確固とした戦略を確実に積み重ねていく会社も、戦略の先にビジョンが無ければどこかで頭打ちになる。何を目指すかという“夢”、目指すためにどうするかという“戦略”。どんな会社でも、またどんな人間でも、両方兼ね揃えていてこそ信用に足る。色々なビジョンが語られ、食傷ぎみの今だからこそ、夢も現実も見失わないフラットな視点を持ち続けたいと私は思う。

『 人材紹介会社活用の法則 』

人材紹介会社に行きさえすればきっといい転職先がある、という期待をしてもダメである。確かに我々コンサルタントは転職者のみなさんに出来る限りの対応をしているが、「紹介会社は何でもしてくれる万能アイテム」と思われても正直困るのだ。例えば、紹介会社に人材登録しているみなさん、またこれからするかも知れないみなさんは“人材紹介会社を目的に応じて選ぶ・能動的に使い分ける”ことを少しでも考えているだろうか?“有名だから”“広告が目についたから”というだけの気楽さで登録して終わりでは、自分に合った会社を見つけようにも、結局は運任せになってしまう。

人材紹介会社の活用の仕方が上手い人は、転職先そのものの情報収集だけでなく、人材紹介会社の情報収集も驚くほどしっかりやっている。法律の改正以後、世間には星の数ほどの人材紹介会社ができたが、その中から信頼できる会社・目的に添った会社をピックアップしているのだ。人材紹介会社は、大きく分けて2つのタイプに分類できる。ひとつは規模やネームバリューで勝負し、各業界・職種をオールラウンドにカバーする会社。もうひとつは、特定業界・職種への特化を強みとする小規模会社である(大手でもそれぞれ得意とする業界がある)。最も単純な比較検討法では、複数の会社に登録しその対応を比べる方法があるが、用意のいい人はそれだけで終わらない。自分の目的に即した紹介会社のリストを、電話やインターネットで丹念に作っていたりする。また転職したい業界各企業の経営陣に直接アクセスできるツテを持っている紹介会社かどうかを、電話で問い合わせてきたりもする。

不思議なことだが、そうしたことに気を遣える人は、必ずと言っていいほど仕事もできる人である。自分の欲しい情報がその会社で得られるということを、シビアに調べた上で来社する分、話もスムーズかつ合理的に運ぶ。人材紹介会社を“使う”のではなく“能動的に活用する”という考えでコンサルタントに接するため、信頼関係も早い段階で確立できる。つまりそれだけ、突っ込んだ情報交換を行ないやすくなる。望みや理想をただ抱くだけで終わるのではなく、目的を達成できる環境を、いかに自ら整えるか。今までの仕事のやり方が実は、転職準備という細かい所にも如実に出てくるのだ。

実際にはみなさんが、紹介会社リストまで準備する時間的余裕を持たないとしても・・・。複数の紹介会社に登録し、対応の誠実な会社を選ぶことだけはしておいた方が良い。最低限、自分の信頼できるコンサルタントを見つければ、遥かに有意義な転職活動ができると思うのだ。とは言え私の実感では、紹介会社の活用に手慣れた人が着実に増えてきている。転職慣れしているというのではなく、働く人々がそれだけ賢くなったということだろう。厳しく選別される分、我々コンサルタントもいい加減な仕事はできないと改めて思う。

『 助言の法則 』

最近、我々のオフィスを訪ねて来る若い転職者の方の中に、ある新たな傾向が見えてきた。「耳の痛い話でもいいので、率直にアドバイスして欲しい」と言う人が増えてきたのだ。こういう態度は「自己判断する指標を持たず、他人に強い口調で導かれたがっている」と言われてしまうこともある。

だが、私は“人の意見を聞きたがる人”が増えたことは、当たり前の傾向だと思うのだ。他人の意見に一切頼らず、ストイックなまでに自己判断で転職活動を進める人は確かにまだ多い。ただ近頃では、そうした人々が苦戦している姿を少なからず目にする。情報を整理しきれないからだ。

身の回りを見渡すと、転職や企業に関する情報が溢れ返っている。以前は知り得なかったことも、割合簡単にわかってしまうようになった。そんな中で、私たちは耳にタコができるほど「情報を自己責任で取捨選択せよ」と言われ続けている。だが全てを自分で背負うのは、どだい無理ではないだろうか。

例えば私が接する転職者の方々は、こんな質問もぶつけてくる。「2つの企業の内定を受けたが、率直にどちらが良いと思うか」「自分の業界ではどの会社の給与が高い低いと噂ばかり先行しているが、本当のところはどうなのか」私からどんな判断が引き出せるかを的確に見越しての賢い質問だと思う。

ただの“教えてもらいたがり”や“助言されたがり”とは何かが違うのだ。聞きたい分野や内容によって適任なアドバイザーを選定し、質問内容を明確にして意見を求める。そんな“賢い聞き手”が確実に増えているのである。これも、情報化社会ならではのビジネス人の進化なのだろうと感じる。

できる聞き手には、良いアドバイスが集まってくるものだ。みなさんの周りの“できる人”も、用途に応じて目的のアドバイスが引き出せる“参謀”を抱えてはいないだろうか。知り得る情報が増え、自己責任での取捨選択が大切になったらこそ、私たちは“聞く”という原点に戻らねばならないのだ。

『“何を期待されているのか”の法則 』

経歴書について述べた前回の文章をちょうど書いていたその時、私はとても 残念なケースに出会ってしまった。話の主は、システムエンジニアのYさん である。彼女は経歴書を完璧に書き上げ、相手先の企業も8割方採用する気 になっていたのに、面接でつまずいてしまったのだ。何が悔しいといって、 転職者と我々コンサルタントにとってこれほど悔しいことはない。経歴書な らいくらでも書き直しができるが、面接だけはやり直しがきかないからだ。

実はもともと、YさんのスキルはW社が求めるレベルに達していなかった。 しかし経歴書の段階では、W社もそれを充分承知して採用するつもりでいた のだ。経歴書から伺える“年齢のわりには着実にスキルを積んできた、やる 気のあるYさん”という人物像に、W社は何よりも期待していたのである。 「ですから、この面接のポイントは、あなたの吸収力をいかに見せるかです よ」と、面接の前に私はYさんにレクチャーしたのだが。。。いざ面接に行っ てみると、Yさんは初転職の緊張のせいか、全くとんちんかんな自己アピー ルをしてしまったのだった。「あれも、これも、そしてこれもできないので すが、私なんかで大丈夫なのでしょうか?大丈夫なのでしたら頑張ります」 というような、ポイントのずれた弱いアピールしかできなかったのである。

不採用の結果を伝える席上で、私はYさんに再びレクチャーした。経歴書と 面接の自己アピール法は、基本的には全く一緒なのだと。「経歴書に書く内 容は、相手方のニーズに合わせて変えますよね。面接で何をどう言うかも、 相手方が期待していることを察して考える必要があるんですよ」。Yさんは “○○はできますか?”というW社の質問に対して、その質問の真意を汲ま ず、ストレートに“できません”と答えてしまっていた。Yさんの意欲に期 待していたW社の真意は“できないならできないで、代わりに何ができるの か。今後いかにスキルを積むつもりか”であったのにだ。 「このように相手方から何を期待されているかによって、答える内容や姿勢 を考えなければならないんです。緊張する場では臨機応変に対応するのが難 しいと思うかも知れませんね。でも、実はそんなに堅苦しく感じる必要もな いんですよ」。要は、相手先がなぜ自分を採用候補に選んだのかを、充分理 解した上で面接に望めばいいのだ。と、私はYさんに説明したのだった。

なるほど、とYさんはうなづいてくれた。「緊張してしまって、確かに私は 自分のことしか考えていなかったような気がします」。それがわかれば次は 大丈夫だと、私はYさんを励ました。「W社のことは残念ですが、一度はW 社の目に留まったあなたです。気持ちを切り替えて次を考えましょう」。ず っと落胆していたYさんだったのだが、そこでやっと笑顔が戻ったのだった。

『 運と不運の法則 』

毎月幾つもの面接をセッティングしていると、「転職とは難しいものだ」と心から感じる時がある。最終的には運が全てを分かつのではないかと。しかし不運に直面した時に、その人の真価が明らかになることもある。最近出会ったCさんのケースでは“不運だったCさん”に私が逆に励まされてしまった。

Cさんは元々某流通系企業の経営企画室に勤務していた。経営戦略の立案や新規事業の発案・推進をする、その道のプロである。様々なプロジェクトで成果を出し順風満帆に働いていたのだが、Cさん自身は、その会社でやれることはやり尽くしたと感じたらしい。新天地での経営企画を希望していた。

そこへ誘いをかけて来たのが、ベンチャー企業A社に勤めるCさんの友人である。全面的な制度改革を準備しており、ぜひCさんに手伝って欲しいとのことだった。私とCさんはA社へ何度も足を運び、友人・A社役員と納得の行くまで話し合った。Cさんは充分にA社を理解して入社した、はずだった。

はずだったというのは、入社前に知りようもなかった障害がCさんを待ち受けていたからである。A社の社内は2つの派閥に分かれて抗争していたのだ。自分の会社に派閥抗争があるなど、絶対に言えるはずもないことはわかる。しかしなぜそんな状況で誘ったのか。私は正直、Cさんの友人を恨んだ。

だがCさん自身は、1年間やれるだけのことをした。改革案を上げると、片方の派閥は賛成する。するともう片方の派閥が猛反対する。その繰り返しだったらしい。そして先日、とうとうCさんから電話がかかって来た。「なんだか私が辞めさせられることになっちゃいました。またお世話になります」

本当に不運でしたねと、私はCさんに言った。すると彼は笑ってこう返したのだった。「あなたまで運を嘆いてどうするんですか」と。どんなに注意を払っても、思わぬ理由でプロジェクトが失敗することはある。今回も同じことだ。難しいからこそ、嘆く前にやるべきことがあるとCさんは言った。私は感服しつつ、Cさんの面接先ピックアップに心して取り掛かったのだった。

『 愚痴と同情の法則 』

先日、遅い昼食を取ろうと夕方のラーメン屋に飛び込んだ。時間帯のせいか客は私だけ。すると店主が私を相手に愚痴をこぼし始めたのだった。「雑誌で紹介されてから混雑時が忙しすぎて困る」「仕込んでも仕込んでも追い付かない。これじゃ身体を壊しそうだ」等々…。私は不快な思いで食事を済ませると店を後にした。「なぜ客の私が、店の愚痴を聞かねばならないのだ」

この場合は私が神経質すぎるのかも知れないが、もっとわかりやすいビジネスの場面でならどうだろう。営業職の皆さんならお分かりになると思うが、苦労話を聞いて素直に同情してくれる顧客は滅多にいない。むしろ「そんな話を聞かせて同情を引こうという腹積もりがけしからん」と叱られるのがオチだ。そして、実は転職の世界でも、同じようなことが言えるのである。

人材紹介オフォスには、「とにかく自分の不遇な状況を誰かに聞いて欲しい」人もたくさんやって来る。気持ちは、ものすごくわかる。話せる場所が他にあまりないからだ。リストラされたという話や、こんな酷い事情で辞めざるを得なかったという話、何件廻っても決まらないという話…。一通り聞いてから、私は「その話は本番の面接で漏らさないようにして下さい」と言う。

転職は、個人の事情抜きには語れない。それは大前提としてある。しかし面接に臨む自分はあくまで“個人であると同時に売り込み人”だ。一見優秀に見える人でさえ、それを忘れがちなのである。例えば最近目にした顕著な例では、官公庁から大手、ベンチャーへと転職を繰り返していたFさんだろう。

「役所は単調すぎ、大手は風通しが悪く、ベンチャーは忙しすぎました」とFさんは面接で語ってしまったのである。Fさんにしてみれば「だから御社に入社したいと思った」と言いたかったのだろう。しかしビジネス上の売り込み文句として考えれば、愚痴の類など“購入側”は聞きたくないのである。採用する側は愚痴に不快になりこそすれ、心動かされることなどほぼ無い。

なぜなら1回1時間、多くて3~4回の面接で、その人の人間性の全てがわかるはずもないからである。わからないからこそ、負の話は負の話として印象に残ってしまうのだ。どんな事情があるにせよ、ビジネスの場面で愚痴に同情してもらえると思ってはいけない。自分の境遇をぐっと飲み込んだ上で、颯爽と己を語る。そんな人にこそ運が向くと思うのだが、いかがだろうか。

『 評価と人材理念の法則 』

10の企業があれば、10通りの評価制度がある。それほど、従業員を評価する方法は各企業によって違うものだ。また働く私たちも、どんな評価のされ方をしたいかは本当に人それぞれだ。だが転職時に、意外と後回しに考えてしまいがちなのが、この評価制度である。評価への納得感は仕事への意欲を左右するものだけに、少しでも自分に合うものを選択すべきだと私は思う。

そこで今回は、評価制度が転職の決め手となった、ある興味深い例をご紹介してみよう。話の中心は、27歳のエンジニアFさん。順当に2つの企業からの内定を得たFさんだったが、最終的な局面でFさんはなかなか結論を出せずにいた。どちらかの企業を選ぼうにも、どちらも似たり寄ったりな条件だったからだ。同業企業に複数応募したエンジニアがよく陥る場面である。

仕事内容も、企業規模も、待遇もほとんど同じ。勤務地こそ違えど勤務時間もさして変わらない。またFさんの上司となる予定の人物も、個性こそ違えどそれぞれに魅力があり、甲乙つけがたいのだった。では、両社の違う点は何なのか。選択基準を見失い悩みに悩んだFさんが、両社の差異をいろいろと探していって見つけたのが、評価制度の違いだったのだ。

一方のA社は、海外の評価制度を自社向けにカスタマイズしていた。評価が数量化されて表される、いわば実績重視のシステマチックな評価方法である。もう一方のB社は、評価者の主観を重視する感覚的な評価方法だった。ファジーである分、多くの人が評価に参加する。実績や成果を出した過程や、その会社貢献度までを測ろうという意図で構築した評価制度なのだという。

そしてFさんは、B社の感覚的評価を選んだ。「成長過程も評価の形で認めてくれる企業だから、目標に対し前向きになれる」という理由だった。興味深いことに、その後すぐ別のKさんという人が同じ2つの会社の内定を得た。Kさんも同様に悩んだのだが、彼は反対にシステマチックな評価方法を選んだのだった。「数量化された評価にこの企業の公平な社風を感じる」というのがKさんの理由だった。本当に評価に対する考え方は人それぞれである。

企業の、人材に対する考え方も人それぞれである。人事制度は大きく分けて採用・教育・評価の三本柱で成り立っているが、企業の持つ人材理念が最も色濃く反映されるのが“評価”の部分だろう。どのような評価方法をとっているかで、企業の人材に対する考え方がわかる。だから私たちは評価制度から、その企業の考え方を読み取ることができるのだ。自分にマッチした評価制度を選ぶことは、自分と考えの合う企業を選ぶことに他ならないのである。

『 企業と仕事の法則 』

外資系企業A社の人事担当者から、先日興味深い話を聞いた。その会社は ハードウェア系のメーカーなのだが、なぜか“サポート”と名の付く職種に 求人応募が殺到するのだと言う。具体的に言えば“テクニカルサポート”、“ユーザーサポート”等の職種名称である。他の職種の数倍もの応募がある らしい。

だが「それは選考のしがいがあるでしょう」と私が言うと、人事担当は少し 辛そうな顔をするのだった。「有り難い話だということは重々承知なんです。 でも…」。聞くと、その応募者の多くはスキル的に、残念ながらお断りを入 れざるを得ない人々なのだそうだ。サポート系職種の募集期間中は、数百通 もの丁寧な“お詫びメール”を連日徹夜で書くのだと、人事担当は言った。

では、なぜ“サポート”と名の付く職種に応募が集中するのか。A社は有名 な大手企業である。企業イメージも良く、機会があれば入社したい人は大勢 いると思われる。しかしA社が普段募集する人材の多くは、プロダクトマ ネージャー(製品開発担当者)やビジネスディベロップメント(技術側面か らのビジネスコンサルタント)といった、名前からして高度そうな超難関職 だ。

でも、ユーザーのサポートなら自分にもできる。応募者はそう考えているの かも知れないと、私は思った。実際には、“テクニカルサポート”は高難易 度の技術問題を解決する専門職。“ユーザーサポート”は確かに一般ユー ザー担当だが、中途採用の正社員は、部署リーダーとしての役割を兼務する ことが多い。スキルや経験の必要性から言えば、他の職種と何ら変わりない のだ。

A社は自社の求人情報に、仕事内容や応募資格の詳しい説明を入れている。 それでも応募資格に満たない人からの応募が絶えないのだという。挑戦して みようという気持ちは確かに大切だ。憧れの企業で働きたいという気持ちも わからないではない。しかし、職種の名前のイメージだけで“自分の仕事” を選ぶ気には、私はどうしてもなれないのだ。たとえ恋い焦がれた企業で も、内容的に誤解していた仕事を本当に任されて、果たして幸せだろうか?

転職先を、企業で選ぶか。それとも仕事で選ぶか。どちらかを選べと問われ れば、私は仕事と答える。企業の評判や実力などといった情報は手に入りや すい。しかし、そこで働く人々が実際どんな仕事をしているかは、自ら知ろ うとしなければ正確に分からない。企業が自分の一生ものとなる可能性より、 仕事が自分の一生ものとなる可能性の方が遥かに高いのだ。企業以上に仕事 を知る必要があると私は考えている。

『 経歴書と自省の法則 』

日本の経歴書も、相手先のニーズに即したスキルを効率的にアピールするものへと変化しつつある。…前回そんな情報をお伝えしたところ、御質問を幾つか頂戴した。「具体的にどんなことを書けばよいのか」と。本来は皆さんの経歴書を添削・推敲し、ブラッシュアップするほうが確実なのだが、ここではスペースがない。そこで今回は経歴書作成にあたっての基本的な考え方をお伝えしたいと思う。考え方だけでも押さえれば、随分違うはずなのだ。

失敗談を例にとってご説明してみよう。大手ソフトメーカーのアメリカ現地法人で開発部長を務めていたUさんの話である。その会社を退職し、帰国間もなく私たちのオフィスへやって来たUさんの希望は、日本で暮らしたいので在日本の外資系ソフトメーカーを紹介してほしい、ということだった。しかし、Uさんの経歴書(英文レジュメ)を見て思ったのだが、なにか“うさんくさい”のだ。いろいろと華々しい功績が、志望先のニーズに即してソツなく書かれているのだが、どうもその中身に具体性が感じられない。Uさん自身の功績ではない可能性もある…。案の定、経歴書を見たUさんの志望先から指摘の電話がかかってきた。「この方、ウソをついていますね」。同業の目をごまかすことはできないのだ。「例えばこの業務なんですけど、1人では到底できないはずなんです。でも1人でやったように書かれていますね。個人として、そこへどういう形で関わって、どんなスキルを得たのかが書かれていないんです。人物的に少々不安ですので、面接は見あわさせていただきます・・・」。

エンジニアとしてのUさんは、悪くはない人だったと思いたい。しかし、Uさんなりに懸命に色を付けたアピールが、結局はUさんの売り込みポイントを拡散させる結果となったのだ。嘘を書いても大抵はこうしてバレる。だが本当のことを書いていても、Uさんと同じような道を辿ることがあるのだ。“何にどういう形で関わり、どんな働きをし、結果としてどんなスキルを得たか”というポイントの抜け落ちた経歴書があまりにも多いのである。採用側は功績の自慢話ではなく“結局、何ができる”のかを知りたいのだ。

個人やチームで成し遂げた功績や、経験してきた業務を羅列していくだけなら楽に違いない。記録をひもとけばいいのだから。でも、これからは特に、そんな経歴書はどんどん通用しなくなる。経験業務や功績を通じてあなたは何を身に付けたか。どんなスキルを手にしたのか。自分の仕事のひとつひとつを深く省みながら書面にまとめていかねばならないのである。確かに簡単な作業ではない。それでも、今後こうした厳しい環境に置かれていく私たちは、以前の私たちよりもかえって幸せなのではないかと思う。自分が何をしているのか、どこを目指しているのか、深く見つめることができるからだ。

『 紹介会社と信頼関係の法則 』

法律改正以来、人材紹介業界の雰囲気が、少し変化している。許認可が受けやすくなったことで、新興の紹介会社が一気に増えた。それに伴って、以前まで守られていた業界内でのコンセンサスが崩れてきているのだ。例えば、人材を企業に紹介するタイミングについてである。本来ならば転職者本人の承諾を得てから、企業にその転職者の情報を流すのが“スジ”なのだが…。

実際に困ったことになったケースを例に挙げて話をしてみよう。転職者は、通信エンジニアのBさん。Bさんは初回の転職にしては抜かりのない人で、紹介会社それぞれの得意分野を調べた上で、我々のオフィスも含め4社ほどに人材登録していた。そこで情報収集をしながら、抱えているプロジェクトの区切りがついてから本格的に動きたいというのが、Bさんの希望だった。

さてBさんの仕事にも一段落がつき、いよいよ応募先を絞り込もうかという段階になる。Bさんと私はIT系企業のT社を第一ターゲットに選び、T社に連絡を取ったのだった。ところが、である。T社は「1カ月前に別の紹介会社からBさんの話が来ていて、断った」と言うのだ。本人の全く知らないところで、Bさんは勝手に応募させられた上に不採用となっていたのだ。

これにはBさんも私もまいった。しかもその紹介会社は、的外れな職種でBさんをT社に紹介していた。Bさん本来の志望職で応募し、スキルをきちんとアピールした上での不採用なら、まだ諦めもつく。「面談の時、ちょっとT社に興味があるということを言っただけなのに…」。後からわかったのだがその紹介会社は、他にも3社ぐらいの企業にBさんを紹介していた。

結局、納得できない私はT社を直接訪問して事の顛末を説明したのだった。Bさんが本来どの分野に強い人材で、どの職種で迎えれば力を発揮するのかも。T社には“不採用者を以後1年間採用してはならない”との社則があったのだが、有り難いことに、別の職種での採用ならOKだろうというイレギュラーの対応をしてもらえることになった。今、順調に面接が進んでいる。

皆さんに向けてひとつ自衛策を挙げると“自分の了承なしに紹介しない”との確約をとっておくことだ。確約を迫られて渋い顔をする会社は信用しないでいい。人材紹介会社の生命線は、転職者との信頼関係である。それを守れない会社は少数だと、私は思いたい。人の気持ちを汲めないビジネスマンが成功しないのと同じことだ。人と人の繋がりを軽く見る会社も成功しない。

『 熱意と現実の法則 後編 』

銀行の審査部門から、腕時計の商品企画に転身したい。自分にはそれができるのだ、と言いきるLさん。「目当ての会社の人事にとにかく会わせてくれ」と熱意のこもった目で訴える彼を前に、私はどうしたものかと考え込んでいた…。ここまでが、前回みなさんにお話しした内容である。

誤解を恐れずに言うが、私はLさんの意気込みや行動力には正直、心を動かされたのだった。ただ同時に、彼自身がそのエネルギーを軽く扱いすぎているのではないかとも感じた。私はLさんに率直に聞いてみた。「あなたの経歴には企画職に該当するものがないんです。企画に関わる仕事がやりたかったのでしたら、なぜ今まで相応の経験を積まれてこなかったのですか?」。

「確かに経験はありません。でも素養的には自信があるんです」。すこし心外だという表情になったものの、Lさんの口調は相変わらず力強かった。「昔から自分なりに情報を集めて勉強はしてきました。実務に関しては、入社後に研修を受けさせて頂ければ身に付けられると思いますが」。私はLさんに説明した。企業はまさにその“実務”を求めていること。いくらLさんがまだ20代だからとはいえ、研修で素地から育成するような企業は殆ど存在しないこと。「なまじ入社できたとしても、初日から即戦力としての貢献を期待されるのですよ。中途採用市場はそれほどシビアになっているんです」

「研修がないなんて、信じられない。それじゃ、今の企業は人の可能性を否定しているということじゃありませんか」「確かに、そうとも言えます」。納得の行かない様子のLさんに、私は続けて説明した。「しかし、こうも言えます。早くから目的を明確にして働いてきた人にとっては、今の市況のほうが有利な環境と言えるかもしれない」。Lさんははっとしたようだった。

「Lさん、そうなんです。以前は、高いポテンシャルがあればそれだけでもてはやされることもありました。でも今は違います。あなたの熱意は確かにたいへん強いけれども、熱意なんて、今はたいていの人が持っている。それ以外の“強み”で、中途採用者は差を付ける必要があるんです」。そして私は思いきってLさんに現実を伝えた。「あなただけでなく気付いていない人はまだまだ多いけれども、何を目的に、どこに目標を置いて働くのか、我々職業人が決めなければならない時期はどんどん早期化しているのですよ」。

「何だか、まだ混乱してますが、やっと合点がいったような気もします」。うつむいたLさんは、意外なことを言い始めた。「どうりで、どこも仕事を紹介してくれないわけだ。だから自分で志望企業まで決めて、強行突破しようと…」。そして顔を上げたLさんは一言こう言ったのだった。「ありがとうございました」。「金融の仕事に戻る気がお有りなら相談してください。あなたにぜひ紹介したい企業がありますから」。「わかりました」。そう言って席を立ったLさんの顔には、少しだけ笑みが戻っているように見えた。

『 駆け引きの法則 』

いろいろな転職を見てきて思うが、転職者と求人企業の間には、やはり様々な駆け引きが存在する。そのままぶつかりあえば、誤解を生んだり物別れに終わったり。いちばん理解しあわねばならない者同士なのに、率直になれなことがままある。我々コンサルタントというものは、そんな彼らの間に立って、こじれそうな糸を直していく役割も担っているのだなと思う。

最近、久し振りに手に汗握る駆け引きに出会ったので、ご紹介しよう。転職者は、某外資系で営業部門の長を勤める、36歳のMさん。転職先は、同業の新興外資系T社である。この転職話は3カ月も前から進んでいたのだが、T社は「ほぼ内定」と言いながら、なかなか内定証書を発行しなかった。本国にいる人事の決裁が必要だがつかまらないと、先延ばしにするのだ。

在職中の会社に退職届まで出してしまったMさんにしてみれば、たまったものではない。祈るような気持ちで正式内定を待つうち、退職日が1カ月先、半月先に迫ってくる。Mさんは毎日のように私に電話を入れてきた。そうしたくなる気持ちは良く分かる。私も毎日のようにT社へ催促の電話やメールを入れた。しかしT社はその度に人事トップと連絡がつかないとかわすのだ。

「もう待ちきれません。先週第2志望の会社に面接に行って、実は内定をもらいました」。退職日が1週間後に迫ったある日、とうとうMさんがしびれを切らした。本当はT社に行きたいが、もう諦めると言うのである。私もさすがにMさんが気の毒に思えて、「Mさんをどうされるおつもりです?彼は他の会社に行こうとしていますが」とT社を問い質してみたのだった。

すると、電話口で担当者が何か相談している気配がする。返ってきたのは拍子抜けするような返事だった。「では明日内定証書をMさんに郵送します」T社は内心ではMさんの採用を迷っていたのだという。だがMさんのもう1社の内定先がライバル企業と聞き、彼の市場価値を再認識したのだ。はからずも自分の価値を証明して見せたことで、Mさんは駆け引きに勝ったのだ。

企業は莫大な経費と利益を、転職者は生活と人生をかけて会いまみえるのだから、互いの思惑が衝突するのは当然のことだ。こうした駆け引きは別に転職という舞台に限ったことではないし、我々サラリーマン全員が多かれ少なかれ経験することだろう。少なくとも私はMさんの件でこう思った。“駆け引きに勝ついちばんの有効打は、自分の価値を見せつけることだ”と。

『 熱意と現実の法則 前編 』

うーん、何と言えばよいのだろう。たいへん長丁場だけども面白い時間をあ る登録者の方と過ごしたのだ。1つの事をここまで長時間話し合ったのは久 し振りだったので、今回は2週に分けて皆さんにもご紹介していきたいと思 う。話の相手は、某都市銀行出身のKさん。有名国立大経済学部卒の好青年 の方で、銀行では審査部門に所属していた。ハイスキルかつ仕事熱心な人な のだ。

面談室で向かい合い、私はまず銀行出身者の求人状況が決して良くはないこ とを、率直に伝えたのだった。「しかしあなたのスキルなら、リスクマネジ メント系の金融コンサルタント等で引き合いがありそうです。新興の外資系 を中心にあたってみては」。ところがKさんは思わぬことを言いだしたのだ。

「私の志望は違うんです。実は他にどうしてもやりたいことがあるんです」。 我々人材コンサルタントの勧める職務に難色を示す人自体はそう珍しくはな い。だから私はKさんの志望をはっきりさせ、実現性があるかどうか彼とす り合わせを行なおうと考えたのだが…。「時計の商品企画をやりたいんで す」。予想をあまりにも大きくはずれる答えに、私は思わず面食らってい た。

「プレミア物などが多く出ており、ファッションウオッチは将来性を感じさ せる分野です。昔からモノづくりに関わりたいと思っていたので、金融より そちらをやりたいんです。私のような人材が加われば、さらに数値化した マーケティングが可能になるのではないかとも思いますし…」。「ちょっ と、待ってくださいKさん」。私はあわててKさんの言葉をさえぎった。 「あなたは、そういった職務に関しては経験をお持ちでないはずでしょう」。 「はい、ありません。しかし」。Kさんは身を乗り出し、熱意のこもった目 で私に言うのだった。「私なら、できると思います。研修さえ受ければ、 きっと」。

そして3社ばかりの社名を挙げ、Kさんは私に迫るのであった。「これらの 人事担当者とぜひ会わせてください。会ってさえ頂ければ、わかってもらえ るはずです」。さてどうしたものか…。私は、話の接ぎ穂を探るように再び Kさんの経歴書に目を落した。そこに書かれていたのは、優秀な金融マンで あるKさんの姿。優秀な金融マンだが、商品企画に関しては、どう見てもま ったくの素人なのである。いったい、Kさんのこの“自信”は、どこから出 てくるものなのだろう?彼のこの熱意に、私はどうやって応えればいいのだ ろうか?そんなわけで私とKさんのやりとりは、次週に続くのであった。

『 情報の法則 』

この仕事をしていて常々思うことがある。世間には星の数ほど求人情報が出回っているが、その仕事に就くには何が必要かを伝える情報は、あまりにも少ないと。“こんな資格が良い”“こんな学校が良い”という表面的な情報ならあるのだが、どんなキャリアステップを積みどんなスキルを身に付けておく必要があるのか、という肝心な部分が殆ど伝えられていないのだ。だからこそ我々のような仕事が受けるのだろうとも思うが、転職者にとっては好ましくない環境である。見当外れの行動を起こしてしまいがちになるからだ。

27歳のUさんを例に挙げてみよう。彼は以前の会社に新卒入社して以来、“幹部候補”の名の元にプロジェクトマネージャー(以下PM)としての研修を受け、PMに必要なSEとしての下積み期間を過ごさぬまま、PMに近いような仕事を任されてきた。本来ならば業務を振り分けたり納期を管理するために、SEとして現場の仕事を熟知しておくことが、PMに必須の素養である。しかし、Uさんはそのことをまったく知らないのだ。“自分にはPMの経験があるから、他の会社でも同じ仕事ができる”と思い込んでいた。私たちがいくら“他の仕事を志望したほうが良い”とアドバイスしても耳を貸してくれない。企業の面接を受けたら受けたで落とされてしまう。それでもUさんは“人材紹介会社や、自分を落とした企業の方が目が無い”と主張するのだ。見当外れも甚だしいが、彼ばかりを責めるわけにはいかない。普段、正確な情報に接する機会があまりにも乏しいため、私たちのアドバイスや企業の判断を急に受け入れることができないのだ。

希望職に就くため、どんな経験を積むのか。どんなステップを踏んで希望職を目指すのか。それが、転職者にとって最も重要な情報なのだと私は思う。自分が求められる条件に見合わないのならば、その条件を満たすために有益な努力ができるし、希望職を変更することもできる。また、企業に対してブレたアピールポイントを提示してしまう間違いも、犯さずに済むはずだ。

人材紹介会社でそうした情報を得るコツとしては、経歴書に事実だけを細かく並べ立てる方法がある。会社によってはうるさがられるかも知れないが、4.5ページまでなら安全圏内だと思う。自分の経験してきた職務や得られた実績を、細かく洗いだして個条書きにするのだ。そこからコンサルタントに売りとなるポイントを見つけてもらい、一緒に経歴書をブラッシュアップするのである。希望職の変更が必要ならその旨アドバイスが得られるだろうし、目的に添ったキャリアステップも頼めば教えてもらえるだろう。大切なのは、様々な情報を得ようとする姿勢である。自力で転職活動をするとしても“これだけ知っていれば充分”とは、決して思わないで頂きたいのだ。耳の痛い情報も集めてこそ、本物のビジネスマンと言えるのではないだろうか。

『 転職者と土の法則 』

「土が変わると、 それまで元気だった草花が一気に枯れてしまうことがあるんです」と、最近“ガーデニング”に凝っている姪が教えてくれた。彼女が言うには、草花には種類によって好みの土質があり、植え替えの際には必ず草花に合わせた土の配合を行なうらしい。自己流で適当にやっていた姪は、そのことに気付くまで、ずいぶん何鉢も枯らしてしまったそうだ。

姪の話を聞いて、私は友人のH君のことを思い出したのだった。H君はある大手メーカーの販社に勤めていた元営業マネージャー。まさに“客商売をするために”生まれてきたような男で、私は彼の人をつかんで離さない性格と、快活さの裏に見え隠れする意外な細やかさがけっこう好きだった。昨年の冬には1ランク上の同業に引き抜かれ、皆で万歳三唱して祝ったのだが…。

「以前のような業績が、まったく出せないんだ。」 それから数カ月も経たないある日、待ち合わせ場所の居酒屋に現れたH君は、すっかり憔悴しきっていたのだった。「どうも、大変なところへ転職してしまったらしい」…。彼が言うには、扱う商品は以前と同じだが、営業のやり方が様々なところで大きく違うのだという。「顧客を育てることが大事なのに、管理はサポート部隊任せ。管理職の俺も新規客の獲得に駆け回ってばかりなんだ」。社内の雰囲気も相当違うのだという。「部長に根回ししないと何も動かないんだ。」

「そんなこと、どうして事前に調べなかった。」 キツイかなあと思いながら、私はH君に言った。「仕事のやり方が会社ごとに違うのは当たり前だろう。」転職でありがちな落とし穴が“自分はこの仕事に関してはベテランだ”という思い込みである。私たちが自分で身に付けたと思っているスキルは、土が変われば枯れてしまう草花と同じだ。会社の方針やカンバンや、職場の風土や、業務のシステムや、業界の特性。そうしたもろもろの条件が働いているからこそ、私たちはそれなりの実績をあげられるのだ。スキルひとつで世の中を渡っていくことなど、本当はできはしない。自分の実績を次に活かしたいのならば、なおさら実績への過信を捨て、まずは合う土を探すことである。

現在H君は問題の会社でそのまま働きながら、私のオフィスで転職先の検討に入っている。もともと良い営業マンなのだから、きっと合う環境が見つかるだろう。厳しい忠告をした分、私も彼が再び開花できる転職先を紹介して、ちゃんとした人材コンサルタントであるところを見せなければ。

『 経歴書と英文レジュメの法則 』

英文レジュメというものをご存知だろうか。主に欧米系の企業で使用される履歴書と経歴書を兼ねた書類である。最近この英文レジュメを“機械に読ませる”企業が増えているらしい。検索ソフトにかけ、特定の単語がヒットしたものだけを選考の対象とするのだ。なんとも合理的な話である。どこかの外資に応募したあなたの書類も、機械で選別されているかも知れないのだ。

以前このコーナーで、経歴書を作成するにあたってのコツのようなものをご紹介した。今回はそこから一歩進んで、今後の転職市場で経歴書がどのような使われ方をしていくのか皆さんにご紹介していきたい。先に結論を申し上げると「日本の経歴書も英文レジュメの形態に近づいていく」である。

英文レジュメには大きく分けて2つの種類がある。ひとつは、学歴や年齢、前職等をしっかり記載するイギリス式。もうひとつはアメリカ式なのだが、こちらが先に述べた“機械で読み取られることが増えている”レジュメである。イギリス式と最も違う点は、仕事に直結するキャリアやスキル以外の記載はどんどん省略されるという所だろう。年齢を書かないケースや、既婚・未婚の別を書かないケース、性別さえ省略することもある。応募先の企業に合わせて自分の中の“売り”をピックアップし、必要なことだけを個条書きにしていくので、希望職種に関係ない転職経験もはしょることがある。“履歴など関係ない。何ができるかを端的に示せ”という性格の書類なのだ。

今までの日本の経歴書は、どちらかと言うとイギリス式に近い、履歴書の補足的な性格の書類だった。しかしこれからは違う。日本の経歴書も、スキルの選別材料として合理的に扱われるアメリカ式に近づきつつある。その傾向が顕著に出始めているのがエンジニア系の職種だろう。例えば我々のオフィスに来る登録者の中にも、高い学歴と素晴らしい職歴を持っているのに、企業の書類選考を突破できない人がいる。反対に、キャリア的には平凡なのに経歴書を見た企業から幾つも引き合いがかかる人がいる。本来の実力はさておき、書類上でのアピール次第で、勝ち組と負け組に分かれてしまう。そんなことがないよう、我々は経歴書の添削を繰り返すのだが…。やはり経歴書の扱われ方を心得ているか否かで、内容に歴然とした差がついてくるのだ。

“グローバルスタンダード”というと、もう旬を過ぎてしまった言葉のようにも聞こえるが、そうではない。私たちが言葉そのものに飽きただけで、実際には私たちの周囲で着々と進んでいる。日本の経歴書も、機械で選別される時代がそう遠からず来るのかも知れない。しかし、私は焦る必要はないと思う。経歴書上で、スキルをいかに端的にアピールするか。そのコツさえつかめば、今後は学歴や職歴に関係なくチャンスが与えられると思うからだ。

『 成功する転職の法則 』

「転職の法則もいよいよ50回ですねえ。まさかこんなに続くとは思いませんでしたよ」と、当メール新聞の編集S君が、祝いとも嫌みともつかない言葉を私にかけてきた。「どうですか?50回記念ということで、今までの振り返り企画でもやりませんか?」。「うーん」と言葉を濁す私に、更に問いかけるS君。「前から思ってたんですけど、結局、転職成功の法則ってズバリ何なんでしょうね」。「ズバリって…。一言で言えないから50回も続いてきたんじゃないか。転職には人それぞれ色んな事情や展開があって…」。「でも転職成功者に共通して言えることは何かあるでしょう」「うーん」。考え込みつつも“くやしいが一理あるかなあ”と私は思ったのだった。

例えば私の知り合いに、通信関連企業で技術部門の課長職を務めるIさんという人がいる。彼はその企業へ、10数年前に転職した。10数年前というと、転職という手段がまだ世間的に殆ど認知されていない頃だ。「厳しかったですよ。転職なんて、ちゃんとした人間のすることじゃないと思われていました」。その頃に比べると、今は、なんて転職のしやすい世の中になったのだろうとIさんは思うのだという。「でも、あの時転職しておいて良かったと心から思うんです。こうして、やりたい仕事ができるんですから」。

以前ここで紹介した“何が大切か、の法則”のKさん、そして“幸福な転職、の法則”のG君も、Iさんと同じく「転職して良かった」と言う人の代表的な例だろう。彼らに共通しているものは何か。それは、ひとつの目的を実現するために転職を選択している、ということなのだろうと私は思う。大切なのは、彼らが現状への不満から転職を決意したわけではないということだ。別に今のままでもいいが、しかし自分は、本当はこうありたい。あるいは、こんな自分を目指したい。転職する動機がポジティブなのである。

転職の過程はまさに十人十色。セオリーというものがない。だから、“ズバリ成功の秘訣は”という編集S君の問いかけは少々乱暴かもしれない。しかしあえて答えを出すとすれば…「不満を抱えたまま転職しないことだろうね」と、私はS君に言ったのだった。「誰しも不満は持っている。だが、その不満を“だからこうありたい”という目的に昇華しないまま走り出してしまうと…」。「結局、目的の場所は見つからないということですね」とS君はうなずいた。「前向きな目的を持て、か。僕にはあるんだろうか…」。「良かったら今度相談に乗るよ」。「いやあ今は遠慮しときます」。私とS君は笑いあった。「じゃあ50回目の原稿、その内容でお願いしますね」と去っていくS君。そこではたと気付いた。私は、彼に上手く乗せられていたのだ。

『“見せる人格”の法則 』

今回ご紹介する話を、他人事だと笑うあなた。ざまあみろと痛快な気分になるあなた。あなたこそが、要注意人物なのである。きっと自覚が無いのだ。自分は違うと思っている、そのプライドが、あなたの周囲を蝕んでいる…。

超大手企業の元経理部長という経歴を持つUさんは、転職先の中小企業E社で、使い物にならないと判断された。とにかく態度が尊大すぎたのだ。

俺は社長にヘッドハントされた経理責任者候補だ。前の会社では、お前らなんかより高い地位にいたんだ。…と、そんな風に思っていたのだろうか。

入社間もないUさんは、E社の仕事を理解してもいないうちから、このやり方はいかん、進め方がなっとらんと“部長口調”で指示を始めたのである。ベテランの女性スタッフを明らかに軽蔑した目で見、彼女たちのやり方をいちいち否定する。質問すると、そんなこともわからないのかと一喝する。おかげでE社の経理部内では、よけいな仕事が一気に増えた。Uさんのために、残業続きの毎日。そのうち誰かが口を開いた。「あの人まだヒラなのに、なんでエバッてんの?」「あんなエラそうな人、どっか消えてほしい」。

経理部の状況は社長の耳にも届くところとなり、入社半年もたっていないある日、Uさんは社長室に呼び付けられた。「大手の部長って賢いんだと思ってたよ。なのに部内をグチャグチャにして…。来月からもう来なくていい」。

私が思うに、Uさんは油断しきっていたのだ。“えらい俺”という人物像が、新しい環境でもすぐに受け入れられると、信じて疑わなかったのだろう。

転職先の仕事を知らない以上、新入社員と同じ。いくらプライドが邪魔しようとUさんは、教えてくださいという姿勢で臨むべきだった。そして業績という形で貢献できるようになってから、周囲への態度を修正すればよかったのだ。変なプライドは懐にしまって、自分に演出をつけるべきだったのだ。

同僚は仲間ではあるが、友人ではなく家族でもない。素のままの自分を受け入れてほしいと期待するほうがおかしい。会社が会社の利益を追求するように、個人も、個人の利益追求を第一目的に集まっているのだから。職場で見せる人格には、相手の快・不快、つまり利益・不利益を考えた取捨選択が必要なのだ。周囲の感情と駆け引きしながら、有益な人格をプライド高く演じていく。それも、会社人としての能力のひとつなのである。

『 人材コンサルタントの法則 』

面談室で初めて向かい合ったMさんに、私はいろいろな質問をした。彼が携えてきた経歴書を補足する説明を求めたり、転職希望条件について突っ込んだり、将来的なキャリアプランを問うてみたり…。何故か面倒臭そうに答えていたMさんだったのだが、どうも反応が鈍いと思っていると、そのうち彼は怒りだしてしまったのだった。「今まで使ってきた人材紹介会社では、そんなにしつこく聞かれることはなかったですよ。必要書類に記載した情報で充分でしょう。あなたは面接をセッティングしてくれるだけでいいんだ。」

Mさんは40代のコンピュータエンジニアである。人材紹介会社を通じて3度の転職を経験しているが、その勤め先のどれもが大手有名企業。彼の経歴と転職意向の情報を流せばたちまち数社からのオファーがある、それほど優秀な人だ。今まで転職に関してはさほど苦もなく成功をおさめてきただけに、Mさんが私の“面倒臭いやりかた”に苛々するのも、当然と言えるかもしれない。しかし、それでも私は、Mさんに忠告したのだった。「スマートなやりかたで3度成功したのは、Mさん、たまたま運が良かったからですよ」と。

人材コンサルタントに頼みさえすれば、いい仕事がまわってくる。他の方法ではアプローチしにくい企業とも、簡単にコンタクトがとれる。皆さんはそう考えてはいないだろうか。確かに、我々コンサルタントは便利な“媒体”ではある。各大手企業の人事にも皆さんのことをダイレクトに伝えられるし、皆さんに合った企業を選別もする。もろもろの交渉事だって肩代わりする。

ただ何というか…いくら精度の高いマッチングシステムといえど、すべては人対人のことなのである。私はそこが人材紹介の弱みであり、また強みでもあると思うのだ。“うるさくない人材コンサルタント”は手軽で良いが、皆さんについてあまり知ろうとしない欠点がある。彼が皆さんのためにかき集めてきた企業からのオファーも、一見マッチしているように見えて、実は長期的に見ると全く合っていない…運次第では、そんなことも起こりえるのだ。

転職者が何かを言えば言うほど、引きだせるプラスアルファが増える。逆に何も言わなければ、必要最低限のものしか出てこない。人材コンサルタントとはそうしたものである。コンサルタントを使いこなすには、まず自らのキャリアプランに関する明確な指針を彼らに伝えることだろう。キャリアプランが描けていない人は、正直に相談してみるのも良いと思う。その場限りの転職ではなく“あなたという人とその展望”を理解してアドバイスや転職先の紹介をできるのが、我々の最大の強みなのだから。少なくとも私は、転職者の成功を運任せにしないコンサルタントでありたいと、強く願っている。

『 ハントされる人の法則 』

ひとくちに“ヘッドハント”と言えど、2種類に大別することができるのを皆さんはご存知だろうか。ひとつはA社のBさんを連れてきてくれと、企業が特定の個人を指名する“ヘッドハント”。もうひとつは企業が経験分野・スキルのみを指定し、人選はエージェントに任せる“スカウト”である。

ヘッドハントは主に、上層部のゼネラリストを採用する場合に多く使われる手段である。例えば、○○部門の部門長に適任の人材がいない→そこへ他社の類似部門に在籍するBさんの評判が聞こえてくる→Bさんを連れて来ようという結論になる。簡単に言えば、このようなことだ。企業側はエージェントへ接触を依頼する前に、ハント対象の業績・功績・スキル・人間性を総合的に評価し、すでに採用意志を固めている。つまり在籍中の会社の外でも仕事ぶりや人柄が噂される人物でないと、ヘッドハントの対象にはなり得ない。

スカウトはもう少しハードルが低い。専門分野に特化したスペシャリストを採用する場合によく使われる手段である。企業側は“○○の分野で経験5年以上を有し、○○ができる人”という具合に、特定の個人ではなくスペックを指定する。私たちエージェントがそのスペックに基づいて人選し、声をかけていく。そしてここからがヘッドハントとの最大の違いなのだが、企業も個人も見知らぬ同士が引きあわされるだけに、当然面接で“落とされる”ということがある。これはスカウトされる人間の責任ではなく、人選するエージェントの腕次第なのだが…。ともあれスカウトにしても、エージェントの耳にまで到達する評判がなければ、対象となるのは難しいだろう。

私は彼ら“ハント/スカウト対象”と接触しながらいつも感服するのだが、揃いも揃って、話していて気持ちがいいのだ。直接知らぬ他方からも乞われる人物だけあって、彼らは決して自分の周りだけを見て仕事はしていない。社内の同僚ではなく、業界内または同じ職種の人々を常に意識しているのである。その中で上位を目指してきたのだから、自分に自信を持てるのも当然のことだろう。身内の評価のみに甘んじず“外からも評価されるのか”と考えながらスキルを積んでいけば、見る人は見てくれているものなのだ。

ちなみに、彼らは私たちエージェントからの申し出にも、決して返答を迷うことがない。行くなら行く。行かないなら行かない。YesかNoで即答するのである。これも、自分の位置づけや進むべき方向を把握していなければ、できないことだろう。ぜひ、見習いたいものだと、私も思う。

『 決断と相談の法則 』

このまえ転職先が決まったUさん、そう言えば明日が初出社日だなあ…。ボーッとしながらそんなことを考えていると、当のUさんから電話がかかってきた。「申し訳ないんですが、明日からの入社、やっぱりやめたいんです」。
このくらいのことでオロオロしては、人材紹介のコーディネーターは勤まらない。至極冷静に理由を問い正したのだが、返ってきた答えには、さすがの私も椅子からズリ落ちそうになった。「友達がやめとけと言うんです」。

Uさんは30歳手前のエンジニア。化学系の学部を出たあと、ほとんどの年月を派遣社員として働いていた。このままでは将来が不安でたまらない。なんとか正社員として落ち着ける口を見つけたい。Uさんは最初、そんな切実な思いで、私たちのオフィスに駆け込んできたのだ。

しかも、転職先が決まるまでさんざん苦労した。2年にもおよんだ活動期間の中で、なんとか面接までこぎつけた企業は、わずか6社。だが、年齢の割には浅い実務経験しかないという理由で、6社中5社から不採用を言い渡されてしまう。八方ふさがりのUさんにとって、ようやく内定が出た6社目の会社は、30代を安心して迎えられる最後の砦だったはずなのだが…。

「内定と聞いていたのに、様子がヘンなんだ」。Uさんは友達という友達に電話して、不安な胸の内を相談しまくっていたのだ。自分と時を同じくして、他の紹介会社からも数名の人が面接に来ている。コーディネーターは“儀礼上のことだから心配ない、採用はあなたで決定している”と言うけど心配だ。他にいい人が来たら、俺の内定を取り消すんじゃないだろうか…。

「お前の言うとおりだ。そんな会社は信用できない」「仮に入社しても、何かあったらすぐに辞めさせられるぞ」。Uさんの話を聞いた友人たちは、口々にそう言ったという。そして彼らの熱心な説得のもと、Uさんは私に入社辞退の電話を入れる決意をしたというのだ。“そんな無責任な奴らは友達じゃねえ!”と怒鳴りたいのを必死でこらえながら、私は受話器を置いた。

迷ったときに相談できる人たち。それは確かに頼りになる存在だろう。しかし“相談”イコール“人に決めてもらう”ことなのだろうか。人生を左右する決断まで、他人まかせにしていいのだろうか。アドバイスは受けても、最後の最後で頼りになるのは、自分自身でしかないはずだ。Uさんは結局、30代となった今も、なりたがっていた正社員になれないでいる。

『 本音と建前の法則 』

なんの見返りも期待せずに助けてくれる人や、気にかけてくれる人が、会社の中にいる。それが本当なら、幸せなことだろう。しかし天の邪鬼な私は、“心優しき同僚”を無条件に信じている人を見るとつい、いらぬ心配をしてしまうのだ。会社独特の“本音と建前”の、見分けはついているのかと。

小さな設計事務所から相談にやって来たLさんの例をあげてみよう。彼女は先輩のO氏に“裏切られた”ことがきっかけで転職を思い立った。O氏は事務所の専務である。ベテランの優秀な技術者で、当初はLさんに実によく仕事を教えてくれた。「普通はこんなこと個人の企業秘密だから教えないけど、君になら教えてあげよう」と言いながら、自前のノウハウも伝授してくれる。LさんはO氏をすっかり信頼しており“何があっても自分の味方だ”と信じていた。ところが…。ある日LさんはそのO氏に“営業スタッフへの職種転換”を打診されてしまう。「今後組織的に営業力を強化していきたい。ぜひ君にやってほしいんだ。そう、君のためでもあるんだよ」。技術者として見切られたことは明白だった。人より覚えが遅いということは自分自身で薄々感じていたが、O氏がついていてくれるから頑張ろうと思っていたのに…。

まず“同僚の好意は無償である”という考えが甘い。と、私はLさんを諭したのだった。知識やノウハウを親身に注ぎ込むのは、それに相当する利益(見返り)を期待するからに他ならない。それが同僚や組織の本音の部分である。O氏にしてみれば、頑張って教えても成果が上がらなかった、期待外れ、といった所だろう。ただO氏についてひとつ難点を挙げるとすれば“教育という職務”を“個人的な好意”という建前にくるんでしまったことだ。職種転換を打診した際の彼の説明にも同じことが言える。「できる限りの教育はするが、この期間内にこのレベルまで達しなければ配置替えを行なう」。このようにズバリ本音を言えばいいのではないかと、私などは思うのだが…。

特に最近では不況のあおりもあって、無茶苦茶な“建前”が横行している。「全従業員の公平を期するため、住宅手当を廃止します」等々。「もう手当を支給してまで従業員をつなぎ止めるウマ味は感じられません」というのが本音だろうが、そうは言えないのが会社であり、また組織人なのだ。

建前を真に受けて振り回されるだけ損だ。建前の裏の本音を読め。そこにあなたが理解すべきこと、為すべきことがある。まだ若いLさんに私はそう言ってみたのだが、釈然としないようだった。彼女が同僚たちの要求にスマートに応えられる日は、いつ来るのだろう。これこそ老婆心かも知れないが・・・。

『 教育研修の法則 』

私たち人材コンサルタントは、転職者の面接にもよく同行する。一緒に相手先の企業へ乗り込み、面接の席で援護射撃したり、間に入って折衝したり。言うなればお見合いの仲人役のようなものだ。その面接の席、特に質疑応答の場面で、たびたび疑問に思うことがある。なぜ転職者たちは揃いも揃って「御社にはどのような教育研修がありますか」と聞くのだろう?何人かの転職者にその理由を聞いてみると「あまり理由はないが無難な質問だと思って」とおっしゃる。そんなことだろうと思っていた。なぜなら教育・研修体制について質問しても、たいていのところ、何の意味もなさないからだ。

たいがいの企業には“当社独自の教育・研修体制”なるものが存在する。しかしマニュアルの徹底した一部サービス系企業を除き、実際フタを開けてみると“研修体制”というより“福利厚生イベント”に近い。入社後行なわれる新入社員研修、3年目の社員に対して行なわれるメンバー研修。役職に就く際行なわれる管理職者研修…。あなたの会社にも似たようなものがないだろうか。そして、受講してもあまり実にならなかった記憶がないだろうか。

これは、企業理念なり経営理念なりを“自分たちの会社にふさわしい人材像”に落し込めていない会社があまりにも多いためである。理念や戦略に添った人材像が描けていれば、教育・研修も当然、その人材像を目指すために独自性や具体性を持つはずなのだ。日本の企業では、この部分が抜け落ちている。

反対に、自社理念から確固とした人材像を導き、完全に独自の教育・研修を行なう企業も存在する。だがこれとて働く側にとっては一長一短だろう。会社が求める人材像に賛同する・しないに関わらず、働く以上はそれを目指さねばならないからだ。また、独自の緻密な研修のウラには“教育について来れない者を振るい落とす”という目的がある。サービス企業の細かな接客マニュアル等が、その良い例だろう。会社が求める水準に達しない人材は、存在を許されない。金をかけて教育するからには、それなりの目的があるのだ。

転職者のみなさんに言っておきたい。教育・研修について聞きたいのなら、育成しようとしてる人材像から質問すること。答えが自分の主義や好みに合わなければ、入社を思い止まることもできる。その方が質問的によほど意義がある。私個人としては「教育?そんなのないよ。自分で勉強して」と言う会社の方が、スッキリしてるし自由もありそうなので、好感が持てるのだが。

『 何が大切か、の法則 』

不動産屋でマンションを選ぶとき、わざわざ“北向き”の部屋を希望する人がいるらしい。最も嫌われる物件をなぜ?とお思いになるかも知れないが、ちゃんとした理由がある。“大切な家具を日焼けさせない”ためだ。洗濯物の乾き具合よりも、家具の美しさを優先する。この価値観を、私は理解できない。理解できないが、偉いとは思う。自分にとって何がいちばん大切かを知り、その信念に基づいて行動しているからである。

Kさんも、自分にとって大切なものをよく知っている人だった。彼の場合は転居先でなく、転職先を探していたのだが…。人事総務畑ひと筋の43歳。私の紹介で2度転職し、2度目でやっと満足してくれた。彼の探していた転職先は、「とにかく朝から晩まで、身を粉にして働ける所」だったのである。

1社目は400名規模の商社。人事総務のエキスパートに社内体制の変革を一任したいというニーズが、Kさんの希望とぴったりマッチした。この不景気にも業績堅調な優良企業。年収140万円UPで入社という好条件。しかしである。彼は1年で耐えきれなくなり、私の所へ戻ってきてしまった。

「もう地獄でした…」Kさんが私に訴えた内容はこうだ。
“社内体制の変革をしたい”というのは、実は社長ひとりの願望だった。もともと、ほっといても売上の伸びる会社。管理職からヒラ社員まで毎日定時きっかりに退社し、誰もそれ以上の努力はしたがらない。やる気に燃えるKさんは、皆にとってケムたい存在でしかなかった。それでもめげずに社内の問題点を抽出していると、とたんに肩書をはずされ、仕事を取り上げられた。最後の数カ月間、Kさんは案内状のスタンプ打ちをしていたらしい。
「家内も言うんですよ。5時に帰ってきて死人のような顔をしてるあんたなんか見たくないって。」Kさんの顔を見ながら、私もうなずいた。
「Kさんの満足しそうな会社が、あるにはあります。でも、相当キツいですよ。」断られるのを覚悟で言った。「毎晩午前2時まで働いてるそうです。」

信じられない、理解しがたい、と思うかも知れない。でも、Kさんは大喜びで再び転職していった。社員も売上も倍々ゲームで伸びている、設立したてのベンチャー企業だ。Kさんはそこで、人事部門を1から立ち上げている。

「いやあ大変ですよ。初出社の当日に福岡出張ですよ。」3時間しか寝ていないという、電話越しのKさんの声は、しあわせそうに弾んでいた。

自分には何が大切か。転職の世界でもやはり、それを知っている人は強い。
たとえ変人に見えても、無難な満足以上のものを手にするのは、彼らなのだ。

『 U・Iターン転職の法則 』

怖い噂話を聞いたことがある。舞台は、豊かな自然に恵まれた、日本のとある地方。周辺には国立公園などのレジャースポットがあり、教育機関や公共施設、ショッピング施設も充実している。自然環境と生活の便を兼ねそろえた理想的な地として“田舎暮らし”を希望するファミリー層に人気だ。その地に、都会からの転職ファミリーを積極的に受け入れている企業がある。

広い社宅が用意され、待望の田舎暮らしがスタート。確かにまわりは緑いっぱいで、申し分ない環境だ。しかし…。しばらくすると越してきた家族は皆、その土地での生活に耐えられなくなってくる。夫は会社の同僚から無視され、妻は近所の井戸端会議に加えてもらえず、子供は学校でいじめられ…。つまり家族ごと、その土地の人々から除け者にされるのだ。都会から来た奴らに仕事を取られてたまるかと、会社の同僚たちが地域ぐるみで画策しているのである。こうして、都会から来たファミリーのほとんどが逃げ出してしまう。ローン途中の一戸建を残したまま、泣く泣く去る家族もあるという…。

以前ブームだった頃のような盛り上がりは無いとはいえ、田舎暮らしを希望する人が、まだまだ多いようだ。郷里に帰るUターン、郷里以外の地方に移り住むIターンといった言葉もすっかり定着した。ビジネスマン向けの雑誌を開けば、地方に移り住んで成功した人の話や、地方の成長企業・ベンチャー企業の華々しい記事。“田舎でもこんな最先端の仕事ができるんだ”“自分もこんな素晴らしい家を建ててみたい”…。いやがうえにも夢があおられる。

しかし、ちょっと冷静に考えて頂きたい。田舎暮らしの成功例を紹介する雑誌の記事などは、その土地の一部分のみを紹介している。“地方の最先端企業”が実際にあるとしても、皆が皆そんな企業へ入社できるとは限らない。車のエンジンの設計をしていた人が、エンジンの隅にある小さな部品を設計することに…。そんな事態も、充分ありえる。また、運良くいい会社と仕事を見つけたとしても、その会社を支える地元の産業構造まで調べてみただろうか。さらには、以前その会社に都会から転職してきた人が、どんな暮らしぶりをしているのかも…。“住環境も仕事も大満足!”。そんなマスコミの記事はいったん頭の中からクリアして、自分の目で確かめてほしいのだ。

田舎に移り住むということは、転職先の会社が潰れようとも、辞めざるを得ない結果になっても、そこに住み続けねばならないという意味を持つのだ。本当に住み続ける覚悟はあるのか。本当に住み続けるに値する土地なのか。ぜひとも家族みんなで、充分に考えた上で答えを出してほしいものである。

『 経験活用の法則 』

多くの転職者と接していると、「○○の経験があれば、あの会社には行けそうだ」という考え方に基づいて行動している人が時々目に付く。それはそれで“内定をもらう”ことだけを目的とすれば正しい行動指針と言える。しかし、それだけでは望ましい転職は出来ないのではないかと、私は考えるのだ。

28歳の営業、Wさんの話しが良い例になるのではないかと思う。Wさんは勤めていた中堅食品商社を業績不振から自主退職しており、転職に対しかなり保守的になっていた。我々のオフィスへ来るまでに自己応募で受けた会社は4社。いずれも食品業界経験や顧客開拓経験を求める営業の募集だった。

Wさんが言うには、そのうち2社には内定したのだという。だが、少しでも早く落ち着き先を決めたいと思いながらも、最後の最後で辞退してしまった。「ほっとしたものの、これでいいのかと考えてしまって」とWさんは言う。辞退された企業も「ああそうですか」と素っ気無く了承したのだという。

辞退して良かったですねと私はWさんに言った。彼は“経験を活用して入社できる所”という視点で転職先を選んでいた。だがそこには“経験を活用し今後何をするか”という視点がない。やる気が出るわけがないのだ。

その後私とWさんは何度かのミーティングをし、経験を土台に今後何をするか考えて応募先を決めることになった。Wさんは検討の末、某大手外食チェーンのSV候補を選んだ。前職でも積極的にリサーチ会などを企画していたWさんは、マーケティングや経営に近い場所を目指しつつエンドユーザーの顔も見られる仕事に魅力を感じていた。企業側もWさんのそんな気概を歓迎した。こうしてWさんは、キャリアの幅を広げる希望と共に転職していった。

“経験を活かす”とよく言うが、それは“経験範囲内でできることをする”という意味ではない。経験をステップに自分自身の幅を広げる、求めていた仕事をその手につかむからこそ“活かす”と言うのだ。そして経験やスキルを活かし幅を広げていける人こそが、市場で真に求められる人材なのである。

『 雑務の法則 』

最近頂いたご感想の中に、少々“?”と感じるものがあった。「これからはスペシャリストの時代なのですね。雑務に追われる毎日はやはり無駄だったのだと、改めて思いました。今後は○○の技術だけを追求していきます」。ちょっと待ってほしい。私の伝え方がまずかったのだろうか?。確かにスペシャリスト性が今後重要であることは、さんざん繰り返し述べてきた。そういう意味では“スペシャリストばかり強調”し過ぎてしまっていたのかも知れない。そこで今回は反省の意味も込めて、ある事例をまずご紹介したい。

事例の主は、秘書のJさんである。外資系K社の外国人ボスに付き、キャリアを積んできた彼女は、超一級の秘書スペシャリストだったのだが…。K社の日本拠点は、ある日突然撤退。Jさんをはじめ現地社員全員が解雇された。

Jさんは最初、あせってはいなかった。自分には高い専門性がある。だからどこででも雇ってくれるに違いないと。しかし私たちの人材紹介オフィスでJさんは“秘書の求人案件がほとんどない”ことを知る。総務事務や営業事務も同時にこなす秘書“的”な仕事ならあると言うコンサルタントの私に、Jさんはボーゼンとしながらこう答えたのだった。「営業マンの事務アシスタントなんて、どうこなせばいいかわかりません…。私には外国人ボスの世話しかできません…」。「そんなことないでしょう」と、コンサルタントの私。「あなたはK社で、入社後いきなりボスに付いたんですか?」。Jさんはハッとしたようだった。そう言われれば、K社に入社後の3年間は、営業セクションの部門長の下で雑多な仕事をいろいろやらされたと。あのころはそれが嫌で嫌で、1日も早く“秘書”に昇格したい一心で頑張ったと。「そのころの経験も、あなたの現在のスキルを構成する一部分だとは思いませんか?」と聞く私に、Jさんは確かにそう思うと深く頷いたのだった。

どうだろう、これでみなさんおわかり頂けただろうか。変化の激しい昨今、転職市場で求められるスペシャリティーは目まぐるしく変化している。何度も言うように、専門分野を持つことは大切なことである。しかし同時に、いざという時には関連分野にも応用の効く、Jさんのような“経験の土台”も作ってほしいのだ。ひとつの専門分野を追求しながら、守備範囲を広く持って頂きたいのである。例えばいくら優れた企画を出すプランナーでも、企画書ひとつ満足に清書できない人の言うことを誰が信用するだろう?。雑多な定型業務“のみ”に埋もれ続けるのは、確かに害毒だ。だがその業務に追われるだけか、将来の土台となるよう仕向けるかは、みなさん次第なのである。

『 転職Eメールの法則 』

転職者の皆さんからEメールで相談を頂く機会がかなり増えてきた。今回はそんな中で私自身が気付いたことを、皆さんにお知らせしたい。転職コンサルタントの側から見たEメールの長所短所と、それを踏まえた上での活用術だ。これから“転職Eメール”を書く皆さんの、お役に立てれば幸いである。

●“自分自身を整理するきっかけにせよ”

文章を書くというメールの特質が、転職者に与える効果は大きい。経験やスキルを文章化することで、自分を客観的に評価することができるのだ。皆さんから頂いたメールを拝見していても、かなりのレベルまで経験・スキルを整理して伝えてきていることに驚かされる。単にメールを書くというのではなく、まず自分の内面を整理する気持ちで取り組んでみてはいかがだろう。

●“冷静かつ率直に対処できる利点を活かせ”

もしあなたの目の前に座った面接官が、自分より明らかに経験豊富で、高圧的な第一印象だったらあなたはどうするだろう。つい卑屈な態度をとってしまい、聞きたいことも聞けなくなってしまうのではないだろうか。メールなら、企業側の担当者の年齢や顔はわからない。謙虚さや礼節を保った上で、率直な質問を交わすよう心掛けよう。そうすれば企業側も、あなたに対する正直な感想や意見を述べてくる。フェイス・トゥ・フェイスでは遠慮し合ってなかなか切り出せない問題が早く解決するため、非常に効率的である。

●“簡便さゆえの落とし穴にはまるな”

自分自身を文章上で整理しきれないまま、送信ボタンを押してしまう人が多いのもまた事実である。今までの経験・スキルと、これからの希望職がまったく噛み合っていない人が、そのいい例だ。“営業からデザイナーに転職したい”と思っていても、普段はおおっぴらに口には出せない。しかしメールなら気軽だから、ダメもとで聞いてしまえという気持ちになるのだろう。また、今まで職安や求人雑誌で一生懸命仕事を探していた人が、”インターネット転職”という便利なものに出会った途端に安心し、主体性を無くしてしまうことがある。相手から送られてくる情報を座して待つだけという、受け身の状態に陥ってしまうのだ。これも簡便さゆえの落とし穴である。

転職Eメールを生かすも殺すも、皆さん次第だ。ポイントは、文章を書くという過程で自分を充分に整理すること。簡便さに流されず、主体性を失わないこと。Eメールは転職先を決めるきっかけに過ぎないが、皆さんの取り組み方次第で、自分自身を見つめ直す素晴らしい経験になるはずである。

『 再挑戦の法則 』

一度不採用になった会社への再挑戦はできない、と考えている転職者の方を時々見かける。実際はできないことはない。充分可能だ。むしろそれなりの思い入れを持って再挑戦する転職者は、好意的に面接される場合も多々ある。

不採用から再試験受け入れまでの期間は企業によって違う。中には再挑戦を認めない企業もあるにはあるが、半年から一年程度で面接に応じる企業が主流だ。が、ベンチャー企業や、新興のIT系企業などの中には、「時代の速さに対応するため」に3カ月から半年程度で応じる所も増えている。つまり門戸は少しずつ広がりつつある。

では、どんな人が再挑戦を成功させるのだろうか。31歳の営業、Cさんの例を挙げてみよう。Cさんは通信系ハードメーカーA社の製品にユーザーとして惚れ込み、ぜひ営業としても製品を扱いたいと希望していた。だが、A社の面接を受けた結果は不採用。理由はCさんに業界経験がないことだった。

いつかきっとA社の社員として製品を扱う。Cさんはそんな思いを胸に他企業へ転職した。業界未経験者も採用する、A社の同業他社である。通信系ハード営業としての知識・経験、業界内での人脈…。Cさんはそこで自分に足りない部分を補い始めたのだ。ところがその会社が半年後に傾き始める。

Cさんは考えていた予定よりも早くA社への再挑戦を余儀なくされた。しかし、今度は見事採用。当たって砕けるつもりだったCさん自身も驚いた。A社は元々、前回の面接でCさんの営業スキルと熱意を高く評価しており、業界経験さえあれば採用したいと考えていたのだ。完全に充分とは言えないとしながらも、半年という短い期間内でCさんが得た知識と人脈も評価された。

私が担当する転職者の中には“再挑戦組”が他にも数人いる。それぞれ数年の計画で不足スキルをブラッシュアップ中だ。彼らを見ていると、私はビジネスの基本について考えさせられる。取引を断られた人が課題点を幾度も見直し、最後には成功させる過程と同じなのだ。再挑戦するからには、敗因を克服してくる。どんな世界でも最終的に評価されるのは、そんな人のようだ。

『 3つのスキルの法則 』

伸びている業界は、やはり自然と人を引き寄せるものである。「ERPコンサルタントになりたい」と言って訪ねてくる人々が、最近増えてきた。しかし私は、彼らの希望を叶えてあげられたためしがない。なにしろそのほとんどが、ERPと縁もゆかりもない仕事をしてきた人たちなのだから…。

ERPの導入コンサルティングは“実際やった人にしか務まらない”と言われるほど難易度の高い仕事である。なのに志望者たちの多くは“今後有望な仕事”という側面しか見ていないようなのだ。果たして自分にできるのか。その肝心な部分が、思考から抜けているのである。

ひとつには、志望職の選び方のまずさに問題があると思う。成長業種を研究し、今後有望な仕事を見つけ出す。そこまでは正しいのだが…。“翻って自らを研究する”という大切な過程が、彼らには欠けているのだ。この過程を欠いたまま志望職の選定を行なうと、およそ現実離れした希望を抱いたまま行動してしまうことになる。努力しても報われない状況に陥ってしまう。

ひとことで“スキル”と言えど、スキルにも3つの種類があることをご存知だろうか。1.業務スキル(業界・専門知識等)2.テクニカルスキル(知識を用いて何ができるか)3.マネージメントスキル(組織・行程等の管理能力)。以上3つを合わせて、一般にスキルと呼ばれるのである。みなさんが転職分野を決める際には、この3つのスキルを基点に考えてみることをお勧めする。

具体的な思考法をご紹介しよう。まず、3つのスキルのうち、自分の中でいちばん突出しているものを1つだけ選ぶ。例えばあなたの選択が“業務スキル”だったとしよう。自分がそれを、何を根拠に選んだのか考えてみてほしい。“PCの専門知識”だろうか。真っ先に思い浮かんだものが、あなたの最大の強み。つまり、転職市場での“売り”となる部分なのだ。自分の強みがわかれば、志望業種や職種の選定もやりやすくなる。少なくとも、実現性のない転職先を志望してしまうことはなくなるはずだ。

成長業種や有望な仕事を知ることは、もちろん大切だろう。あこがれの職業についていろいろ調べることも、否定はしない。しかしそれ以上に大切なのは、まず自分を深く知ることではないだろうか。3つのスキルのうち、どれがいちばん優れているのか、いくら考えてもわからない。そんな働き方だけはしたくないと、私は思う。

『 今、そこにある仕事の法則 』

有効求人倍率がとうとう0.5倍を割った。求職者2人に対し求人は1件未満という、あまりに厳しすぎる状況。今、元気で働ける職場があり、転職も考えていない人々の目に、この状況はどう映っているのだろう。もし“俺は大丈夫”と安心しているのなら…。最後にババを引くのは多分あなたの方である。

毎朝出社すれば目の前にたくさんの仕事があり、不況など意識する暇もないくらい忙しい。それはそれで結構なことだろう。しかし忙しさにかまけて、なにかを見落としてはいないだろうか。例えばこんな話がある。

業績堅調なメーカーの若手人事部員として、中途・新卒の採用活動を取り仕切っていたFさん。彼は“人事は一生の仕事”とひそかに思い、忙しくも充実した毎日を送っていた…。ところが、その人事部がある日消滅してしまったのである。Fさんの知らないうちに、人事をアウトソーシングする決定がなされたのだ。人事部は解散し、Fさんは販売部門へ異動。彼の“一生の仕事”は、いとも簡単に外部委託に取って代わられたのだった。

Fさんの話は他人事ではない。一生懸命やっている仕事が、この先も会社で必要とされる保証はどこにもないのだ。特に来年には派遣法が改正され、事実上あらゆる職種が派遣可能となる。組織のスリム化へと一気に動く企業も出てくるだろう。目の前に今仕事があるからといって、安心してはならない。

では、具体的にどう自衛していくべきなのか。最も手っ取り早いのは、自分の会社の状況を常に把握しておくことである。自分の所属部門が社内でどう評価されているのか。組織や経営方針が変更される兆しはないのか。早期の情報収集ができる人脈を持ち、自ら危機管理していくべきだ。そして、危機を迎えたとき目安となるのは、求人件数に差の出る35歳という年齢である。35歳未満はとっとと転職し、続けてきた仕事で更にキャリアを積む。反対に35歳以上は、職種転換してでも会社に残る道を探るほうが賢明だろう。

いずれにしろ肝心なのは“会社を変わっても、社内で職種転換しようとも、通用するスキル”を身に付けることである。ルーティンワークをこなす能力では、もう会社に残れない。“忙しい”というだけで充実した気分になっているあなたは、多分ルーティンワークの罠にハマっている。仕事をただ続けることが、喜びになってはいないだろうか。大切なのは、今そこにある仕事ではない。仕事を通じてどんな知識や能力を得たか、ということなのだ。

『 敗北の法則 』

私たちの仕事人生には、大なり小なり、避けて通れない“人の壁”が立ちふさがることがある。例えば、中途入社で自分よりできる新人が入ってくることもあれば、転職先の同僚たちが皆優秀すぎて圧倒されることもある。仕事のできる新しい上司が来て、急に要求が厳しくなることもあるだろう。

大手コンピュータメーカーの販社に勤めていたEさんも、大きな壁に突き当たった一人である。Eさんは販社の中でトップクラスに位置するシステム営業であり、手掛けてきたシステム提案実績にそれなりの自信を持っていた。ある時、会社はそんなEさんを親会社に派遣すると決定したのだった。

親会社オフィスを出張所として間借りし、弱い地域への営業強化にあたるのだ。Eさんは、親会社の営業社員たちと机を並べて働くことになった。自分と同じ仕事をする、自分と同年代の営業社員たち…。彼らを見て、Eさんは愕然とした。何もかもレベルが違いすぎた。仕事の進め方からその深みまで。

販社のトップ営業という、Eさんの自負心は打ちのめされた。完全に負けた、とても彼らにはかなわないと一時は弱気になったそうだ。どうせ親会社の恵まれた連中とは違って当然なのだと卑屈になりもしたという。だが彼らの仕事ぶりを見るうち、Eさんの中では敗北感より強烈な思いが膨らんでいった。

「彼らの仕事に少しでも近づきたい」。Eさんは販社に帰ると悩んだ末に転職活動を開始した。私がEさんに出会ったのはそんな時期だった。どんな仕事をしたいですかと聞くと、Eさんはディテールまで詳細に具体的なイメージを説明した。親会社の社員たちの仕事という明確な目標があったからだ。

Eさんはワンランク上のSI企業へ転職して行った。親会社社員との出会いがなければ、彼は恐らく現状の自分に満足し続けていただろう。信じていたレベルより遥に高いものを見せ付けられ生まれるものは、敗北感だけではないと思う。追い付くべき対象、追い付くための方策を勝者は与えてくれる。だから私たちは負けることを恐れたり、避けたりしてはいけないと思うのだ。

『 可能性の法則 』

「経験ないけど、○○の仕事がやりたいんです~」。こんな夢見る発言で、私の頭をクラクラさせてくれた人々…。最近、パタリと見かけなくなった。
代わりに増えたのが、なんだか元気のない人々である。「私は多分○○の仕事しかできませんよね…」という具合に、委縮しているのだ。これも不況の影響かと思うと寂しい気がする。“夢見る人々”の方がまだ元気はあった。
営業だから営業しかできない。経理だから経理しかできない。自分の可能性に窮屈な境界線を定めてしまって、果たしていいものなのだろうか。

Mさんという元証券マンの、少し明るい話題をご紹介しよう。31歳の彼は、いわゆるバブル入社組。潰れかけの会社から放り出されてしまったクチだ。「がむしゃらに証券営業だけやってきた自分には、今さら別の仕事と言っても、何もない気がします…」。Mさんもすっかり自信をなくしていた。

だが彼の職務経歴書からは、元気のないMさんとは違う人物像が見て取れたのだった。営業リーダーとして20人からの部下を束ねるかたわら、不況下にもかかわらず、彼自身かなりの営業成績をあげていたのだ。
Mさんの経歴書を見て、ある企業が採用したいと名乗り出た。証券会社ではない。まったく畑違いのダイレクトメール代行会社、P社。しかも営業マンとしてではなく、基幹部門の部門長として迎えたいというのだ。
「Mさんの経験がぜひ欲しいんです。年収のアップも検討しますから」。

毎日数千部からのDMを封入・ラベリングし、発送する。P社のDM発送処理部門は、戦場のような忙しさである。数日、いや数時間後に迫る発送時刻を睨みながら、大勢のスタッフに的確な業務分担を行ない、指揮をとる。それが部門長の職務であり、Mさんのような人が適任だとP社は言うのだ。
Mさんは驚き、思わず聞いた。「DMのことなんてわかりませんが、いいんでしょうか…」。P社から返ってきた返事はこうだった。「大丈夫、すぐ覚えますよ。我々は知識が欲しいんじゃない。多人数のマネジメント経験と、厳しい状況下で職務を遂行した経験。その2つこそが欲しいんです」。こうして、不安に満ちたMさんの転職は、あっさり逆転勝利をおさめたのだった。

思いもよらなかったことが、思いもよらない分野で経験として認められる。まだまだ、そんなこともあるのだ。捨てたもんではない。委縮するだけ損だ。自分ではわからないから“可能性”と言うのではないか。わからないものを無理に線引きしようとするから、変に期待したり自信をなくしたりするのだ。今までの仕事で得た経験を経歴書にまとめたら、まず、しかるべき他人に見てもらう。人材コンサルタントの宣伝ではないが、ひとつの手だと私は思う。

『 ハードな仕事の法則 』

仕事がハードすぎて体力的について行けない、というのは転職時によく語られる退職理由である。私も今まで色んな“ハードな仕事ぶり”を聞き、たびたび驚嘆してきた。しかし、先日やってきた25歳のRさんのそれは、群を抜いていた。最初は物静かで少し無愛想な人だとしか思わなかったのだが…。

Rさんが勤めていたのは、ある国際商社である。勤めていたと言っても、職場に顔を出せるのは1年のうち3分の1もあるかないか。どこそこの国で目当ての商品が手に入ると聞けば、必要な機材を船に積み込んで世界中のどこへでも急行する。そんな生活を新卒で入社してから3年続けてきたそうだ。

英語も満足に通じない初めての国で、現地スタッフをかき集め、仕事を割り当て、指揮する。Rさんの立場は“常にぶっつけ本番の現場監督”と言ったところだった。平均睡眠時間は年間を通じて2~3時間。スケジュールが狂うと、船に乗ったまま洋上で1カ月以上カンヅメになることもあるという。

食べ物も行く先々で違う。見慣れない料理ばかりなので、食べられそうなものだけ選んで腹に詰め込む。だからたまに日本へ帰ってくると、さぞ気が休まったろうと思ったのだが、そうではなかった。帰国すると即研修に入り、今度は勉強のために睡眠2~3時間。しかも落第すればクビなのだそうだ。

「だから、もう少し普通の仕事がしたいと思いまして」と、Rさんは淡々と語るのだった。私は頷くしかなかった。最初は無愛想なだけに見えたが、これは腹の据わり方が違うのだと思った。Rさんを面接した企業も同じように感じたらしい。Rさんが志望したのは全く未経験の業種で、先方も始めは渋っていたのだが、面接を終えると一転して「ぜひ迎えたい」と内定が出たのだ。

未経験でも入社できたのは、ぎりぎり第2新卒の範疇に入るRさんの年齢のせいもあったろう。しかし企業をその気にさせたのは、過酷な環境の中でRさんが培ってきた、プロジェクトリーダーとしての素養である。ハードな仕事の渦中に居る時は、なかなかその意味が見出せない。だが他の転職者の皆さんを見ても、振り返れば必ず何かが身についているものだ。

同じ辛い仕事でも、やっておいて良かったと思えるような働き方をしたい。私も今、心からそう思っている。

『 企業見極めの法則 』

有効求人倍率0.5%。お役所発表の数字が語るとおり、企業の求人数は確かに激減した。激減したのだが、私は別の意味で歯がゆい思いをしている。“こんな時期に会社を選り好みするな”という風潮に、世間が傾きつつあるからだ。私の実感では、今、求人を出している企業は“当たり”と“どスカ”の混合状態。業績好調な優良企業ばかりではない。死に体の経営状況でも頭数を揃えねばならない企業。求人難に乗じて採用し、汚れ役要員に充てる企業…。こんな時期だからこそ、私たちは企業を選り好みすべきである。

そこで今回はズバリ“企業の見極め方”。信用録等での事前調査は当然として、ここでは、自分の目で“生の実態”を確かめる方法をご紹介したい。企業側に主導権を握られがちな採用面接の場を、逆にフル活用するのだ

1. 会社のダメ度は、人事の人間のダメ度に比例する。
面接では必ず、合間合間に「何か質問はありませんか」と聞かれる。その瞬間を逃さないでほしい。御社の経営理念をぜひ聞かせてほしいと頼むのだ。答えられなかったり、要領を得なかったりする人事は、ダメ人事である。そして、組織の基幹である人事にさえ経営理念が浸透していない会社は、もとから経営理念が存在しないか、あっても機能していないダメな会社なのだ。

2. なぜ求人しているのか。募集背景をつっこめ。
なぜ当社を志望されたのですかと聞かれるのだから、私たちも「なぜ今回の募集を行なわれたのですか」と聞いてもいいはずだ。そこでウヤムヤな答えしか返ってこなければ、入社後のポジションは実質上ないと見てよい。

3. 配属予定部署の朝礼に参加せよ。
面接を経て、あなたを本気で採用する気になっている企業なら、この申し出にも快く応じてくれるはずである。入社の決心がつきかけていても、最後の仕上げに実行してもらいたい。朝礼には、その職場の“カラー”が煎じ詰められた形で現れる。昼間に見学して「活気があるなあ」と思っていたら、朝礼で怒鳴られまくって気合を入れていた…なんてこともあるのだ。

…以上、3つのポイントを押さえれば、その企業が自分にとって本当に良い環境かどうか、判断して頂けると思う。くれぐれも言っておきたいのは、“相手に主導権ばかり握られないこと”だ。引く所は引いて、押す所は押す。誠意をもって面接に望んでいる企業となら、そのバランスが上手くとれるはずだ。3つのポイントを試されて、もし、怒りだす企業なら…。それが本物の“どスカ”ということになる。入社しないほうが、身のためである。

『 ジョブチェンジの法則 』

未経験の職種へ転職することを“ジョブチェンジ”と言う。未経験者も可の企業が増えてきたとはいえ、まだまだジョブチェンジ希望者には世間の風当たりがきついことは否めない。しかし、こんなケースが実現することもある。

ERPの導入を担当するエンジニアだったKさんは、以前からの夢だった経理への転職を希望していた。ところが色々な人材紹介会社を回ってみたものの、逆に前職と同じ仕事を勧められてしまう。「未経験の経理は絶望的。売れ筋のERP経験があるのに勿体ない」と。それでもKさんは諦めきれず、紹介会社をこつこつ訪ねていた。私が彼に出会ったのはそんな時だった。

最初は、私も正直どうしたものかと思った。だがKさんの意志は固い。そこで、企業への売り込み方を変えてみようということになった。ERP導入に際し経理の業務フロー設計も担当していた経験を活かし、“ERPもわかる経理の卵”という職種を私たちの方から企業に提案してみようと考えたのだ。

幸いなことに、これぞという募集があった。自社内ERPの入れ換え導入をする技術者と、経理スタッフ、各1名の同時募集である。私はその企業に、両職種を合体させKさんを採用しないかと提案した。経理部所属として迎え、ERP入れ換え担当からゆくゆくは経理1本のスタッフに育てられないかと。

初めは企業側も迷っていた。しかし面接を終えると、話はとんとん拍子に進んでいった。企業側は以前からシステム部門と経理部門の連携を密にする必要性を感じており、Kさんはその点で経験・人間性においても橋渡し役として最適と判断されたのだ。こうして経理の卵Kさんがついに誕生した。

Kさんは今は入社日を待つばかりである。私は、人材紹介会社を何社回っても諦めなかったKさんの熱意が、結局は我々エージェントと企業側を動かしたのだと思っている。ジョブチェンジには確かに困難がつきまとう。だが、チャンスが見つからないのなら回りの人間を巻き込んでチャンスを作らせる。そんなパワーが必要なのだと思う。新しいことを始める人なら、誰にでも。

『 無目的転職者の法則 』

当メール新聞の編集人のS君が、先日私に意地悪な質問をしてきた。「人材コーディネーターのルートやノウハウをもってしても、成功させられない転職者って、やっぱたくさんいるんですか?」。キミの転職の世話だけはすまいと心に決めながら、私は正直に答えた。いる。確かにいる。それもキミの言うようにたくさんいると。私たちが、何をどうしたって成功へと導けない転職者。その代表格は「いい所があれば転職したい」と言う人たちである。

私は彼らを無目的転職者と呼んでいる。“いい所があれば転職したい”の“いい所”に、目的が何もないからだ。じゃあ、あなたの考える“いい所”とはどんな所ですかと問いただしてみると、彼らは一様に答えに詰まってしまう。自分が何のために転職するのか、考えないままに行動しているのだ。

バブル華やかなりし昔は、それで通用した。もっと高い収入、もっと多い休暇、もっと体裁の良い仕事。多くの人と企業が共通の価値観で動いていた。だから漠然と歩いていても、当たりを引く確率が高かった。
しかし、今は違う。転職者の欲求すべてを満たしてくれる企業が激減したことで、転職は、非常に個人的な行ないになった。収入を減らしてでも、やりたい仕事に就く。反対に、やりがいを犠牲にしてでも生活の安定を図る…。何を取って何を捨てるか。転職者は自分なりの価値基準を作って、慎重に企業を選ばねばならなくなった。“転職目的”という価値基準があいまいなままに行動していると、入った後にババをつかんだと気付くことになるのだ。

しかも成功への条件は、さらに増えつつある。今は、ただ目的をはっきりさせるだけでは生ぬるい。たとえば、収入アップがあなたの目的だとしよう。すると、転職先に選ぶ企業は10項目ぐらいの条件をクリアしている必要があるのだ。業界に将来性はあるか。トップの考えは優れているか。キャリアプランは描けるか。商品に競争力はあるか…。要は、転職先の人事が「給料上がりまっせ」と言っても、これからは簡単に信用するなということだ。
「別に不満はないけどイイ所があれば行きたいで~す」なんて考えでは、スタートラインにもつけないのだ。これだけは覚えておいて頂きたい。


つくづく、ややこしい世の中になったもんだとお思いだろうか。確かに甘くはなくなった。でも、何も考えないで生きていける状況のほうが、ある意味、不幸だとも言える。自分は何のために働くのか。いろんな人々の中で、自分はどうありたいのか。流されやすい私たちは、厳しい環境に立たされない真剣に考えられない。今はたまたま、その機会を与えられているのだ。

『 嘘の法則 』

企業の人事担当者は、嘘を見破ることに長けている。何処の誰とも知れない初対面の人物と毎日のように向かい合い、仲間にするかしないかという基準で観察するのだから、上手くならないわけがないのである。私がよく話をする某企業の人事Mさんは、80%ぐらいまでなら見破れると豪語していた。

さて、このMさんだが、転職者の話が嘘だとわかっても追求したりはしないそうだ。人事になりたての頃は、根掘り葉掘り突っ込んで、つじつまの合わない事を暴かなければ気が済まなかった。だが最近では嘘は嘘として冷静に“評価”するようになったのだという。ある時Mさんは、「もちろん嘘臭いなと思った時点でマイナスですよ」と前置きして、こんな話をしてくれた。

ある時Mさんの会社で、正社員登用前提のアルバイトを募集した。半年の区切りで正社員になるかならないかを本人と会社の双方が選択する条件である。すると、正社員志望で現在フリーターをしているという人が多数面接にやって来た。Mさんは1日5~6名、のべ50名の志望者と面接したそうだ。その中で彼は、思わず唸るような嘘をつくフリーターに出会ったのだという。

その志望者は、「なぜ今まで正社員にならなかったのか?」という問いに、こう答えて見せた。自分は、実際に働いてみないと会社や仕事の善し悪しは判らないと考えている。正社員になることは一生をかけるということなのだから、実際に体験して決めたい。しかし、今まで色々と手を尽くして探してはみたが、自分の志望する業界ではそんな募集にお目にかかれなかった…。

嘘っぽい、とMさんは思いながらも、よく考えてあると感じたそうだ。特に、正社員という立場の安定性ではなく、思い入れを強調しながら理由に結び付ける点。体験してから決めて欲しいという会社側の募集意図を充分に理解した上で、話にからめてある点。「こちらの意図を見抜いた上で、何をどういう方向から話すべきか考えてあるんですよね。上手いなあ、と思いました」

普通なら、ありのままを正直に答える人だけを採用候補にする所だろう。だが、Mさんはその人も採用したそうである。5年経った今、彼は営業部門でもトップクラスの成績を納める人材に育ったそうだ。「結局何を言うにしても、相手の思いを考えながら言っているかどうかって事だと思うんです」とMさんは言った。私も、そうだろうなと同感したのだった。

『 やる気の法則 』

転職市場に関っていると、“やる気”という言葉をそれこそ毎日のように耳にする。企業は“やる気のある人が欲しい”と言い、転職者は“自分にはやる気だけはある”と言う。“やる気”という言葉が転職市場にあふれていると言ってもいいだろう。こうも“やる気”“やる気”と聞かされていると、“やる気”という言葉が単なる枕詞に過ぎないようにも思えてくる。

なぜなら、その“やる気”の中身が、えてしてさっぱりわからなかったりするからだ。「自分にはやる気がある」と言われれば、こちらは当然「何をどうやる気ですか」と聞き返す。しかし、自分が何に対して“やる気”になっているのかさえわからない“自称やる気に燃える人”が多いようなのだ。

本当に“やる気”があれば、“やる気”なんて言葉は不要だ。この前、ある転職者の方とお会いしたことで、私はますますそう考えさせられたのだった。彼は、Tさんという51歳の元営業部長である。最初にTさんが我々のオフィスを訪ねてきた時、私は正直、Tさんの転職は難しいのではないかと思った。高齢での転職に加えて、Tさんが全く畑違いの分野を志望していたからだ。

「高齢者にネットを普及させる仕事をしたいのです」とTさんは言うのだった。趣味の釣り情報を得るためにネットを始めたTさんは、将来身体の自由がきかなくなっても、パソコンを使えれば生き生きと人と交流できることに気付いた。自分のような高齢者の仲間をもっと増やしたい。高齢者の自宅や老人ホームを廻ってパソコン環境のレンタルや販売をし、自分のような同年代の者がインストラクションをし、とTさんは事業の青写真まで描いていた。

自分で事業化することは資金の問題でできない。しかるべき場所に身を置いて経験も積みたい。ということで、Tさんはネット系の企業を志望していた。果たしてそんな希望を受け入れる企業はあるのだろうかと思いながら、私はいくつかの企業に打診したのだった。あった。Tさんの“事業計画”に興味を示したあるベンチャーが、ぜひTさんに会いたいと言ってきたのだ。

私は同席できなかったのだが、Tさんとそのベンチャー代表の面接は、さながら事業計画会議のようであったという。後で代表は私にこう言った。「Tさんの“やる気”にほだされました。試験的にですが、一緒にやってみようと思います」。Tさんは自分に“やる気”があるとは一言も言わなかった。自分がやりたいことを見据え、実現に邁進しただけだ。そんなTさんの姿が、結果的に“やる気”を伝えたのである。その時私は思ったのだった。“やる気”とは、具体的な何かを、自分ではなく相手が評するための言葉なのだと。

『 ブランクの法則 』

人材エージェントである手前、私は日頃から転職者のみなさんにこう言い続けている。退社から転職活動開始までのブランクは極力無くすように。できれば就業中から活動を始めるように。空白期間が長いほど不利になるのです…と。しかし、長期の空白イコール絶対的に不利とは一概に言えないのだなあと思う出来事が最近あった。結局その人次第なのだと思わされる出来事が。

話の主は、37歳のカスタマーサポート係、Oさんである。Oさんはとあるソフトメーカーを退職後、転職活動を始めるまでに1年間のブランクがあった。その間何をしていたかというと、特に何もしていなかったそうだ。朝、奥さんが働きに出た後、家事を済ませて子供と遊ぶ。奥さんが休みの日は家族で海や山へ行く。“主夫”と言えば聞こえはいいが、プータローである。

私は最初、Oさんの話を聞いて頭を抱えた。断っておくが私個人は、Oさんの1年間の暮らしぶりについて「思い切って家族との充実した時を持つのもいいものなのだな」と感じる。だが“転職市場”というモノサシでOさんの1年間を測ってみると、答えは“かなり絶望的”になってしまうのだ。企業の視点で見れば、Oさんはスキルが停滞した就業意欲の薄い人、なのだ。

だがOさんは、それをわかっているのかいないのか、常に飄々としていた。何社かの書類選考に落ち、理由が“目的の認められない”ブランクのせいだと告げられる。普通ならその時点で“取り返しのつかないことをした”と自信を失ったり委縮してしまったりするものだ。が、Oさんは違った。あーあ残念ですと言いながら、にこやかに次の企業へ送る経歴書を持ってくるのだ。

結果は意外にあっさり出た。Oさんのことをある大手ソフトメーカーに伝える時、私は彼のあまりにも飄々とした様子をふと漏らしたのだった。するとその会社が、ぜひ会ってみたいと言いだしたのだ。さっそく面接がセッティングされた。面接では、役員が総出でOさんのブランクについて厳しく問いただしたのだが、それでも彼のマイペースを誰も崩すことはできなかった。Oさんはその企業に、サポート室チーフ職として採用された。

「決して自分を見失わない。あれこそサポート職の鑑でしょう」と、面接を終えた人事はOさんに感服していた。そうなのだ。Oさんは不利な状況でも決して平常心を失わなかった。“意味のない”と決め付けられたブランクを後ろめたく感じている様子もなかった。ブランクの1年間も含めて、どんな結果が出ようと自分は満足している、後悔しない、と彼は言っているように見えた。結局、ブランクの内容は問題でないのかもしれないと私は思った。どんな道を歩んできたのであれ、自分自身がそれをどう振り返るかなのだと。

『 人脈の法則 』

人材コンサルタントとは、ある種“人脈”で仕事をする職業である。企業のトップや人事担当者、社内の同僚コンサルタント、そして転職者のみなさん。これらの人脈が深く、幅広くなるほど、私はいい仕事のできる環境を持っていると言えるわけだ。そんな仕事上の特性もあって、転職者のみなさんから「良い人脈を形成するには何をすればいいか」というご質問を時々頂く。

転職やキャリアアップに人脈は欠かせないものだ。しかし人脈を“作ろう”とする人は、思わぬ落とし穴に気をつけてほしい。いきあたりばったりに人と会いまくるだけなんてことは、もちろんみなさん避けているだろう。しかし、将来のプランに即した人脈を作ろうとする周到な人が陥りがちなパターンもある。“人脈”ばかり意識して、かえって人を遠ざけてしまうのだ。

他人をあなどるなかれ。たとえ相手とギブアンドテイクの関係を築けると自負していても、下心ありの恩着せや接近は、たいてい相応の悪印象を伴って見抜かれてしまうものだ。また、あからさまに選んで近づくと、そういう人間なのだと軽く見られがちだ。では、どうやって自分に必要な人脈を形成すればよいのか。私の身内の例になるのだが、ご紹介してみることにする。

今年社会人2年目を迎えた私の甥J君は、就職活動の際、土壇場まで就職先が決まらず周囲をやきもきさせた。いったんは食品メーカーに決まっていたのだが、内定を辞退したのだ。在学中からインターネットに慣れ親しんでいたJ君は、文系ながらIT系のエンジニアになりたいというのが本心だった。周囲も、そしてJ君本人も「今からでは無理だ」と半分諦めていたのだが…。

思いがけない所からJ君の求める就職先が現れた。それはJ君が2回ほどしか会ったことのない人からの紹介だった。J君のネット仲間である。ネットでの付き合いは深いが、お互いの肉声は殆ど知らない。なのに、取引先にJ君を強く推薦すると申し出てくれたのだ。責任の重い申し出だ。今後の取引でJ君と仕事をする可能性もある。ではそれを承知の上で、なぜ。「J君のような信頼も期待もできる人物と、ぜひ仕事上でも付き合いたいのです」と、その人はJ君のネットでの印象にも触れた上で、彼の両親に語ったそうだ。

J君は今、生き生きと働いている。J君の出来事で私は改めて感じたのだった。人脈の基礎となるものは、私たちが出会うべくして出会う人々の中にすでに存在する。面接という刹那の場面でも「先日泣く泣く不採用にした人を、ぜひ他部署の採用に紹介したい」という申し出が入ることがある。何が人を動かすのか。何が人脈を形成するのか。それは“人脈を作る意志”ではなく、私たちが生来持つはずの意志、つまり心である。たとえ能力や情報の提供に長けた人物でも、この意志がなければ、本当の人脈は築けないと思うのだ。

『 主導権の法則 』

何かの用事を、言われてからやるのと言われる前にやるのとでは、明らかに印象が違う。頭ではそうとわかっていても、体はなかなかついていかないものだ。かくいう私も、その部類かもしれない。しかし、多くの転職者と会っていると“なぜここまで!”と叫びたくなるほど手回しのいい人々がいる。その多くは、なぜかコンサルティングファーム出身の転職者たちである。

彼らの転職活動のやりかたは、明らかに普通のそれとは違う。Rさんを例に話をしてみよう。Rさんは会計事務所系コンサルファーム出身の32歳。まず面談室で初めてRさんと対面した私の手元には、彼の経歴書と自己PR書、英文レジュメがそれぞれ4通あったのだった。応募先企業のニーズ別に経歴書を変えるのは基本だが、それが初めから用意されていることに私は驚いた。

Rさんは4通それぞれの内容を説明しだした。4通のうち3通は、すでに自分が転職先候補として考えている3社宛のものであること。しかしその転職先候補のみにこだわるつもりはないこと。だから残り1通は、人材紹介オフィスがRさんの経歴の全体像を把握し、的確なオファーを行えるように書いたのだということ。そしてRさんはさらに1通の書類を取り出したのだった。

「私自身の希望書です。メールで多少の内容はお伝えしましたが、これをいきなり送付するのは失礼かと思い、今日お持ちしました」。そこにはRさんの転職動機、転職動機から引き出した具体的な希望会社のイメージが、簡潔に、優先順位をつけて整然と書かれていたのだ。後はRさんの補足説明を聞くだけだった。気が付くと私の頭にはその内容が叩き込まれてしまっていた。

そして面談も終盤に近づいたころ、Rさんはまたもや1枚のメモを取り出した。自宅と携帯の電話番号、自宅・WEB・携帯のメールアドレスが書かれている。「複数の連絡手段を用意いたしましたので、どうぞよろしくお願いします」。唖然としたままの私に、にこやかに挨拶してRさんは帰っていった。彼が第一志望先への入社を決定したのは、その翌翌週のことだった。

別のコンサルファーム出身者に、私は聞いたことがある。あなた方は、なぜそんなに用意がいいのかと。「先回りして考えるクセがついちゃってるんです。仕事柄ですかね」。なるほど、と私は思った。考えてみれば転職も、先回りして考え用意するほど有利になる。いや、本来ならコンサルうんぬんでなく私たち職業人全員が、先回りできる人であるべきなのだろう。先手先手で一瞬の間に主導権を握ったRさんを思い出し、私はそう自省したのだった。

『 成功するための3つの法則 』

「なにか即効性のある“転職のコツ”みたいなものは、ないんでしょうかね」このコーナーを始めて随分経つが、以前から時々こんなリクエストを受けている。積み重ねが必要なキャリアやスキルに関係なく、転職という段になってから準備しても間に合う“必勝法”があれば嬉しいのだがと。最近、別の角度から考えていて気付いた事があったので、今回書かせて頂くことにする。

別の角度から考えていて、というのはこういう事だ。数えきれない程の転職者を見てきて常々思っていたのだが、転職を成功させる人の“種類”が、ここ数年でかなり変化してきているのである。高いスキルや充実したキャリアさえ持っていればOK、というわけではなくなってきているのだ。苦戦する“エリート”を尻目に、ローキャリアの人があっさり転職して行ったりする。

では、キャリアやスキルの別なく転職を成功させる秘訣とは何なのか。これがすなわち、みなさんの求める“必勝法”にあたるではないかと思う。私が転職者を見てきて気付いたポイントは3つある。ひとつは“周到な準備”、もうひとつは“決断する勇気”、そして“運を見逃さないアンテナ”である。

例えばソフト開発者のJさんは、自分のスキルに相当する分野の事業が、業界内で拡大するという情報をキャッチしてから転職活動を始めた。これは“運を見逃さないアンテナ”。そして我々のオフィスを訪ねた時には、面接の草案まで周到に準備していた。志望企業各社を入念にリサーチし、自分のスキルのどの部分を重点的にアピールすべきかを事前に決めていたのだ。

Jさんの周到さは着実に実を結び、4社の内定が集まった。それぞれ仕事環境も待遇も違うため、実際は迷う所である。だがJさんは、決断を先送りにすれば事態が悪くなることも承知していた。待遇は当初の目標に満たないが、仕事に魅力ある1社に絞り再度の交渉。他の内定を全て白紙にしたことが結果として好印象となり、入社時には待遇も多少上方修正されたのだった。

いかがだろうか。Jさんがやったことは、決して高いスキルの積み重ねが必要なことではない。彼も平均的なキャリアを持つごく普通の転職者である。自分の経験や資質を急に変えるとなると容易ではないが“姿勢”は幾らでも変えることができる。これら3つのポイントは、そうした意味で即効性がある。さらにこれらは、転職のみならず私たちの仕事全てに言えることなのだ。明日から始めれば、ビジネスそのものにいい影響を与えるはずなのである。

『 転職と在職の法則 』

いい転職をするためには、それなりのファイティングポーズというものがある。冷静に相手を見ながら、時には狡猾にファイトするのである。誠実な姿勢や真摯な態度だけでは世の中渡れないように、転職も成功しない。そこで、今週は“実践編”。私流の転職ノウハウを1つだけご紹介しようと思う。上っ面の理想ではなく、できるだけ現実に即して書くつもりだ。

さて、まず初めに言っておこう。もし今、転職活動をするために会社を辞めようとしている人がいるならば、どうか思いとどまってほしい。同じ転職活動をするにしても、在職中にするのと失業中にするのとでは、天と地の差がある。ぜひとも、今の会社を辞める前に、転職先を決めてほしいのだ。今の会社にケジメをつけたい?そんなケジメなんかどうでもよろしい。もう1日だって我慢できないほど辞めたくてしようがない?我慢しなさい。

なぜなら在職中の会社は、転職を強力にサポートする“ツール”だから。

まず第一に、保険としての働きが大きい。目先の生活がかかっていない分、あせって妥協する必要がないのだ。給与や仕事内容など、自分本来の目的を最優先に考えて転職先企業を選べる。面接先の企業が気に入らなければ、内定を蹴ることもできる。また、企業側に足元を見られることもない。失業中とわかっただけで、半分以下の年収額を提示されることもあるのだ。 企業側は、失業中の人より在職中の人を好む。同じような経歴やスキルでも、在職中の方が、有利な条件で転職できる。これが厳しい現実である。

しかし、働きながらの転職活動は困難だとお思いだろうか。そんなことはない。やり方ひとつで“平日昼間の面接”だって武器になるのだ。

相手に平日昼間の時間を指定されたら、絶対断らず、仕事を休んで駆け付けよう。日本の企業は経歴やスキルだけでなく“意気込み”も重視する。無理してウチの会社に来てくれた熱心な人、という印象が意外な高得点となる。アホらしいと思うかもしれないが、有休を使ってほしい。有休を使えるのも、在職中のメリットなのだから。有休を申請できないなら、風邪を引くのだ。

ともあれ、どんなに不快な環境でも“今、働ける場所”がある人は、その職場に感謝すべきだろう。ちゃんと居場所があるからこそ、次のことをじっくり考えられる。人材紹介会社の私が言うのも変だが、不可抗力でないかぎり、簡単に辞めるべきではないのだ。1つの会社で働き続けるほうが、えてして高い生涯賃金を得られるのだから。目当ての先が現れるその日まで、と割りきってもいい。その職場をキープしておくよう、強くお勧めする。

『 未経験の仕事の法則 』

未経験の仕事にどうしても挑戦したい。そんな熱意に燃える転職者のみなさんと、私は数限りなくお会いしてきた。新しいことを始めようとする人々は一様にやる気に満ちているものだ。私が出会った未経験転職志望者も、なげやりな人や後ろ向きな人は一人もいなかった。ただ、今は未経験者の採用枠が企業側に殆どないというのが実情である。先々は更に少なくなるだろう。

では私たち社会人は、新しいことに何ら挑戦することができないのだろうか。私は、決してそうは思わない。先日出会った転職者Fさんを例に説明していこう。彼は29歳の元人事マンで、ある中堅企業D社の企業広報職に未経験から挑戦したいと希望していた。企業側が出していた採用条件は“プレスリリースの人脈がある人物”“製品知識がある人物”等々だったのだが…。

Fさんには業界知識はあったが製品知識はなく、ましてや人脈など望むべくもない。しかもFさんの他に数人の志望者が競合しており、彼らは企業側が出した条件に部分部分で適合していた。状況は圧倒的にFさんに不利だった。なんとか面接にはこぎつけたものの、どうも話が弾まない。“やはりダメだったか”と私もFさんも思った。ところが、思わぬ所から道が開けたのだ。

Fさんが何の気なく話した趣味に、D社側が強い興味を示したのである。Fさんはネットにはまっており、独学で勉強しサイトを運営していた。それがかなりの集客を果たしたことから人事業務にもネットを駆使し、成果を上げていた。「ゆくゆくはそんな方が欲しかったんです。企業広報にネットを採り入れなければ立ち遅れるという焦りが当社にはある。あなたにぜひやってもらいたい」。未経験者のFさんが、他の経験者に勝利してしまったのだ。

Fさんの場合はたまたま見つかったという例だが、未経験者の個人的な努力による成果が企業のニーズと適合し、採用に至るケースはままある。ただここで大切なのは、単に勉強している、努力しているのではなく、Fさんのように成果を形で出しているかということだ。誰でも努力はできるし、やる気も出せる。そこから一歩抜きんでるにはどうするかを考えねばならない。

特にネットビジネスの世界などでは、入ってくる者の多くが“未経験”であることから、プライベートな部分で上げていた成果が非常に重要視される。実際に採用される未経験者を見ていつも思うのは、彼らは入社前からすでにプロである、ということだ。本当にその仕事をやりたいのであれば、会社で教えられるのを待つ必要さえないのだ。ただ始めればいいのである

『 良い待遇の法則 』

我々サラリーマンの懐が急速に寒くなっている。私も仕事柄様々な業種・年代の人々の年収を知るのだが、平均して下がってきていることをやはり実感する。そしてこれも最近感じることなのだが、転職に際し特に収入面にこだわる人が、以前にもまして目立ってきたように思う。私とて家族を養う身である。まず収入が気になる気持ちはわかるし、少しでも良い暮らしがしたい。

数千円でも良い待遇で転職するにはどうすればいいのだろうか。私がよく目にする失敗は“まず理想の収入ありき”で会社探しをしてしまうケースである。極端な人は、求人情報を見る時も給与欄を片っ端から追ってしまう。また待遇交渉の際これと決めた理想額を強弁に主張してしまい、内定を逃がす。

“収入”が頭を占めるばかりに、皮肉にもそれに振り回されてしまうのだ。

そんな人に面談で出会った時、私は“視点を変えてみる”ことを勧めている。非常に参考になるWさんという方の事例があるので、ご紹介しながら説明してみよう。Wさんの前職は、外資系機械メーカーのセールスエンジニアである。その企業で扱っていた製品が、先行きどうも市場で生き残っていけるとは思えない。Wさんはそう考えて、他業種への転職を希望していた。

幸い前職で相当の業績を上げていたこともあり、Wさんの内定は順調に決まっていった。ただ、やはり他業種への転職ということがネックになり、内定は得るもののしっくりこないのだ。内定企業の中には社員数何千、何万人の巨大企業もあった。だが配属先がWさんの技術知識を活かせない営業部門だったり、逆に営業手腕を発揮できないソフト開発部だったりするのだ。

そんな時、あるベンチャー企業P社から声がかかった。P社はIT系のパッケージ化されたシステムを開発販売しており、Wさんの経験業務が探していた人材にジャストだと言うのだ。Wさんは前職で機械に組み込まれていたソフトの企業向けカスタマイズも視野に入れた営業を行なっており、そんな経験を持つ営業がどうしても欲しかったのだ、とP社は言うのだった。

WさんはP社への入社を決めた。P社は社員10名の新興企業で、他の内定先に比べれば未知数の部分はある。Wさんは決定理由を私にこう話してくれた。「私を一番必要としてくれる企業だと感じた」と。私は彼の言葉にこそ今回のヒントがあると思う。なぜならWさんに一番高い年収額を提示したのは、他のどこでもないP社だったのだ。厚待遇は、自分が真に必要とされる場所にある。心から求めてくれる企業を探せば、待遇もおのずとついてくるのだ。

『 自己分析と不安の法則 』

商談や部内調整といった日々の交渉事なら、仕事の中でいくらでも場数を踏める。数をこなすうちに、自己演出や会話の技術が否応なく鍛練される。しかし就職面接は、残念ながら場数を踏めるものではない。コツをつかめないまま手探りで臨むため、いきおい誰もが不安になる。不安を感じると、人はどんな行動をとるか。過剰なリスクヘッジをしがちになるのである。

経歴書に書く経験業務を誇張したり、あれもこれもできますと面接で口走ってしまったり。ついつい思わず、の後で後悔した人を、私は無数に見てきた。そして“ついやってしまう”気持ちもよくわかる。私とて、普段は面談をする側だが、される側の経験はやはり少ない。経験がない分、自信もない。この自信のなさから来る虚飾の衝動を、我々はどう防げばよいのだろうか。

Lさんという、非常に感嘆させられた例がある。その当時25歳だったLさんは、インターネット関連の技術者として3年程度のキャリアを持っている人だった。ネット関連のいろいろな技術に手を染めているものの、どれも突き詰めては経験していない。スキルが幅広い分、同業十数社から出ていた募集条件の殆どに適合したが、決定打となる専門性にはいまひとつ欠けていた。

しかしずば抜けていたのは、Lさんの経歴書の書き方だったのだ。Lさんは応募する企業のひとつひとつに、それぞれ違う経歴書を書いていた。嘘を書くという意味ではない。幅広いスキルを武器に、企業の募集条件に合わせて“重点的に書くスキル”をチョイスしたのだ。それを詳しい一覧表にまとめ“自分にできる仕事の範囲はどこからどこまでか”を限界も含め明確にした。

この経歴書でLさんは次々と内定を増やしていった。“あれもこれもできる”という経歴書より、重点を選ぶことで一社一社に強くアピールする。さらに、できること・できないことの区別がはっきりしているため、単に“できる”と言うより、Lさんの入社後のイメージがつきやすい。決して経験豊富とは言えない自己像を虚飾することなく書きながら、切り口を変えて見せる・できる範囲を明確に見せるという方法で、Lさんは転職を成功させたのだった。

自分の不足を補う方法は、ハッタリや虚勢だけではないのだ。ありのままのスキルもLさんのように必ず何通りかの“切り口”つまり使い道がある。それが経歴を誇張するよりも強く信頼できるリスクヘッジになるのである。転職といった慣れない経験は、誰でも不安だ。だが不安は覆い隠すのではなく、解消しようと努力するものだ。自分を深く省みてこそ、それができるのだ。

『 等身大の法則 』

ビジネスの現場ではある程度の“はったり”も必要。と言われてきたものの、最近そのはったりが通用しにくくなってきた気がしないだろうか。製品知識やビジネスノウハウの情報共有が進み、取引先も消費者も賢くなった。厳しさを増す現場は、何よりも納得性が重んじられる空気に支配されつつある。

その傾向は、転職場面でも伺える。今回は27歳のエンジニア、Sさんのケースを例に挙げてみよう。最初に断っておくがSさんには、その場限りのはったりを言う気持ちは微塵もなかったと思われる。むしろ彼は転職者の中でも時間をかけて事前準備し、万全の体制で選考に臨むタイプの人だった。

Sさんが特に入念に下準備を行なったのは、面接の想定問答作りだった。もともと口頭での自己アピールが苦手なため、少しでもスムーズにやりとりを行なえるよう、という配慮からである。志望先A社の募集要項と自分の提出書類から考えつく限りの問答を作成し、面接前に練習を繰り返していた。

しかし、その想定問答が皮肉にもSさんの選考落ちを決めたのだ。本来彼はある程度の経験とスキルを持つ人材である。経験をA社でどのように活かし、今後どんな経験を積んで成長・貢献したいかという素直な志望動機を述べれば、採用は固かったはずだ。だがSさんはその肝心の部分を語らなかった。

自分の本心からの希望を語ることはタブーと考えていたSさんは、A社が手掛ける分野の将来性といった自分のプランには直接関らない言葉や、“○○のやりがい”といった抽象的な言葉ばかりを用意していた。一見優等生風だが、当たり障りのない言葉ばかり。経験を積んだ人事にはすぐ見破られる。

後でA社の人事はこう言った。「若手だからとある程度考慮はしたが、やりすぎだ。何故この仕事をしたいか全く見えなかった。こんな理由で落とさねばならないのは勿体ない」と。誰も取り繕ったSさんなど求めていない。自分が本当に言いたいことをどう伝えるか。準備すべきはそこである。等身大の自分を納得性のある言葉で伝えてこそ、ビジネスは成立へと向かうのだ。

『 ネガティブな転職理由の法則 』

前向きで立派な転職理由を最初から語れる人は、ごく少数である。大多数の 転職者が、会社や仕事の何かが嫌だという理由で転職を考え始めるからだ。 あれが嫌これが嫌という転職理由は、悪く言えばネガティブだ。中には驚く ほど小さなことを嫌がって会社を辞めてしまう人もいる。しかし私は“ネガ ティブな転職理由”も要は考え方次第だと思う。全てが悪いものではない。

27歳の営業マン、Tさんの成功例をもとに話そう。Tさんの前職は、ある老 舗メーカーのルートセールスだった。古くからの固定客を数社担当し、“良 いつきあい”を維持していくのが至上命令である。取引高も取引頻度もほと んど変動せず、とくべつ売り込みをすることは不要。取引の際いかにミスを せず、顧客の信頼を損なわないかが、この営業職のポイントだった。

人によっては“こんなじっくり型の営業こそしたい”と言われる仕事であ る。だがTさんは、性に合わないことこの上なかったらしい。ミスをしなけ れば一定の売上は維持できるが、もはや当たり前になってしまい、誰からも 評価されない。責任感でそこそこの成績を保ってきたTさんだったが、経験 を積むほど、評価や成果のはっきりしない仕事への不満がつのっていった。

もしも、これらの不満を消化しないまま抱えているだけだったら、恐らくT さんの転職は成功しなかっただろう。しかしTさんは働きながら、では自分 はどんな仕事を求めるのか、どんな仕事が向いているのかと自問自答し続け たのだ。「本当は新規開拓のみをやりたいが、今までの経験を考えると新規 開拓ありのルートセールスが向いていると思う」と、Tさんは不満を次のス テップへの具体的な希望へと変化させ、我々のオフィスに現れたのだった。

“今の仕事が嫌だ”と思っても次の仕事は見えないが、“ではそれを踏まえ てこんな仕事がしたい”と考えてあたれば、先に進めるものである。Tさん が内定したのは、数種のブランドを新たに立ち上げる老舗の食品メーカー だった。ルートセールスを基本に、同時に新ブランドの顧客開拓も行なって ほしいという企業のニーズが、Tさんの希望や経験としっくり合致したのだ。

人は誰しも、なにかしら不満を抱えて生きている。そのまま他人に言ったと ころで、同情はされるかもしれないが、聞いてもらって終わり。何も産みは しない。転職や仕事も同じことである。不満なら、次にどうするか。不満を 出発点に、自分は何ができるか。納得性ある具体案を提示して初めて、他人 も企業も振り向くのだ。不満に縛られるのではなく、その先を見てほしい。

『 情報の法則 』

良い情報を得るには、まず情報を与える側になれ。これが人材紹介オフィス活用の鉄則である。自分はどんな仕事をしたいのか、何ができる能力を持っているのか。そうした情報を与えれば与えるほど、得られる情報の質も上がっていくはずだ。自己分析さえできていれば決して面倒なことではない。

例えば、人材紹介オフィスには“人材紹介オフィスでしか得られない求人情報”も多数ある。要は募集企業が、数ある採用手段の中から人材紹介のみを選んでいるというケースだ。企業と人材紹介オフィスの信頼関係ゆえに依頼されるケースが多く、こうした求人情報には内容の濃いものが多い。

ただ、人材紹介オフィスでしか得られない求人情報には、“特定の人にしか公開されない”という特徴もある。個々の求人情報は、志望や経歴が合致していると判断された人にのみ知らされる。実際に求人内容を見られるのは数名程度だ。積極的にならなければ、情報の端緒もつかめないのだが…。

上手く行かない例をご紹介してみると、先日私と面談したDさんである。Dさんは「志望の仕事は特に決めていないが、自分にお勧めの求人を教えてもらえれば考える」と言うのだった。これでは1つの求人も紹介できない。

本来ならDさんは、まず志望職の方向性を自分で決めるべきだ。そして、どんな仕事を志望するのか最初に説明し、それを前提とした情報を私に求めるべきだった。本人がどうしたいのか分からなければ、エージェントも動きようがない。先でも述べたように、情報が欲しいならまず情報を、なのである。

膨大な情報が公開されている転職サイトでも、志望を明確にして検索しなければ、情報を絞り込むことはできない。それと同じことである。職探しに限らず、その人に合った良い物は、何かをアウトプットできる人の周りにこそ集まってくるものだ。普段の仕事の中でも“出来る人”は、周囲の役に立つ数多くの情報を、自ら積極的に発信している人だ。転職という場面でも同じようなことが言えると私は思うのだ。。

『 何を望むか、の法則 』

会社や社会というものを知った上で職探しをするのは、大変なことである。こんな会社がいい、こんな仕事がいい、こんな待遇がいいと、細かな希望がきりもなく浮んできて、どれもが譲れないことのように思えてくる。“会社選びは住まい選びと同じ”とも言う。希望に優先順位をつけ、ポイントを数点に絞るのだと。しかし、その優先順位づけがまた難しい作業なのだが…。

Oさんという27歳の女性を例にあげて話をしてみたい。Oさんの前職は、外資系機械メーカーでの営業アシスタント。同僚のマーケッターの仕事を手伝っているうちに、どうしてもマーケティングをやりたくなった、というのがOさんの転職理由だった。そして、かなりの数の面接を受け、ことごとく落ちていた。マーケッターとしての実務経験と、技術知識がないからである。

我々のオフィスに登録した後もマーケッター募集と聞くとこまめに来訪していたOさんだったが、転職先は決まらないかに見えた。「志望を営業アシスタントに変えては」と、私もOさんに提案していた。事実、その面接を受けると、どの企業も彼女をぜひ欲しいと言うのだ。中には年収アップを提示する大手企業もあり、Oさん自身もその誘いには揺れ動いていた。

しかし彼女が悩んだ末に出した答えは“マーケッターになりたくて会社を辞めたのだから、志望は変えない”。魅力的な内定も全て辞退し、以前どおりこつこつと面接に足を運び続けた。そうこうするうちに、努力が報われたのか、マーケティングアシスタントでなら採用してもいいという企業が現れたのだ。Oさんが在籍していた外資系の競合にあたる国内メーカーである。

ただ、そのメーカーの社風は、Oさんが経験してきた外資系の自由闊達な社風とは違うのだった。小さなことにも稟議書をあげる仕事の進め方に馴染めるかという問題があった。もうひとつ自宅から1時間半かかるという通勤時間の問題もあった。だがOさんは、その企業への入社を決意したのである。この転職の中で一番に優先すべきものは何かが、Oさんには見えていたのだ。

後でOさんは、私にこう語ってくれた。“最初は絞りきれないほど希望があったが、たくさんの企業をまわるうちに、自分の本当の望みが見えてきた。それがマーケティングという仕事内容だったのだ”と。いかに優先順位をつけて希望をかなえるか。その答えは、Oさんの言葉に凝縮されていると私は思う。情報をただ眺めているだけでは、自分と対峙できない。転職の現場に足を運び、転職市場に身を置いてこそ、本当の自分が見えてくるものなのだ。

『 語学とコミュニケーションの法則 』

人材紹介オフィスには、時々外国籍の方も訪れる。外資の技術系企業に入社する人が多い。その中で特に印象に残っているのは、中国人のTさんだ。Tさんは日本語・英語共に片言程度しか話せない。にも関らず、有名コンピュータメーカー日本法人への入社をとんとん拍子に決めたのだった。 Tさんが最初オフィスへ来たとき、私は正直どうしたものかと考えた。英語での会話は単語の繋ぎ合わせ程度。日本語は挨拶程度しか交わせない。志望先が外資系企業と言っても、日本法人であるからには日本語の面接は避けて通れない。何よりもまず、エージェントである私との面談が成り立たない。

ところが、面談室で向かい合って困っていると、Tさんはペンをとり手近な紙に幾つかの英単語を書き始めたのだった。技術分野を指し示す単語である。そして単語のひとつに丸印を付け、「ヒア、ヒア」と言うのだった。自分が手掛ける技術分野はこのカテゴリの中のここだと伝えているのである。

なるほど、と私は思った。下手に口で話すよりも、紙に書く方が前後の関係がよくわかるのだ。筆談での面談など初めてだった。そして筆談を持ちかけたTさんの機転に驚いた。Tさんはそのままのスタイルで志望先の面接も次々こなしていき、ついに片言程度の語学力のまま入社を決めたのだった。

後になって、私はTさんの入社先企業の人事に採用理由を聞いてみた。Tさんのエンジニアとしてのスキルに不足はなかったが、やはり語学力の点で、人事内でもかなりの協議がなされたらしい。だが最終的には「彼ならなんとかなりそうだ。すぐ覚えるだろう」ということで意見が一致したそうである。

語学に不安があると、人はどうしても黙り込んでしまう。Tさんより日本語堪能にも関らず、満足に話ができず帰っていく外国の方もいる。言葉の違う環境では、語学力が自分のコミュニケーション能力だと考えてしまいがちだ。しかし、語学力とコミュニケーション能力は全く別物ではないかと、私は思ったのだった。コミュニケーションさえできれば本当になんとかなるのだと。

『 自信の法則 』

失業率の上昇に伴って、求職者が職場探しに費やす期間も長期化している。人材紹介オフィスで私が日々接する転職者の皆さんも、はっきり二極分化が進んでいるように感じる。短期間で幾つもの内定を得る人と、数カ月や半年の長期戦を余儀なくされる人だ。前者は、市場ニーズのタイミングにもよるが、経歴もスキルも飛び抜けたいわゆる“ビジネスエリート”が中心となる。

しかし“ビジネスエリート”と呼ばれる人はほんの一握りの人種だ。我々の多くは、その日その日の仕事をこつこつと積み上げてきた、ごく普通のビジネスマンである。自分なりに頑張ってきたのに、1カ月探しても2カ月探しても、経験を活かせる仕事に出会えない。自分は無能な人間なのだろうか。そんな重い胸のうちを、私も時々、苦戦する転職者から打ち明けられる。

そこで今回は、“普通のビジネスマン”へのエールを込めて、Rさんの話をしてみたい。Rさんは、転職先が見つかるまで3カ月もの期間を要した。彼の前職は、中堅マーケティング会社でのデータ管理。マーケティングを理解しているが本職のマーケッターには及ばず、データ処理に精通してはいるが巷のプログラマーやSEには及ばず、悪く言えば宙ぶらりんな経歴だった。

転職活動中、Rさんの心情も他の転職者と同じく揺れていた。「1社の面接さえ受けられない。この先どうなるんでしょう」。だがRさんが少し違ったのは、書類選考で落とされ続けても“経験を活かせる仕事”にこだわり続けたことである。たとえ図抜けた経験でなくとも、自分のしてきた仕事はマーケティング分野のデータ処理だ。だからそのままアピールするのみだ、と。

オファーは突然来た。Rさんの経歴に目を留めたのは、世界有数のネットビジネス企業だった。まだ市場調査部門が手薄なその企業は、膨大なマーケットデータを解析する技術者を求めていたのだ。企業側もRさんも、お互いのマッチングぶりにただただ驚いた。内定まで1週間とかからなかった。辛い長期戦は、Rさんも予期せぬ年収大幅UPという形で幕を閉じたのだった。

確かにRさんは幸運だったのかもしれない。しかし、運を逃さなかった彼の

特徴に注目してほしいのである。自分の経験を卑下するでも誇張するでもなく、率直に提示し続けた。上手く物事が運ばない時、私たちは自分自身までも疑ってしまいがちだ。得てきたものが凡庸か希少かは結局のところ関係ない。流されず、等身大の自分を見ることなのだ。冷静に、自信を持って。

『 緊張の法則 』

毎日何人もの転職者の方と面談していると、時々ガチガチに緊張している人と出会うことがある。人材紹介オフィスの面談の段階からこれでは…と、少しでも緊張をほぐそうとするのだが、その“ほぐし”さえ受けつけない人もいる。相手が場を和ませようとしていることにも気付かないほど、自分の焦りだけが頭の中を占めているようなのだ。相手が見えていないのである。

緊張のあまり相手が見えなくなって失敗した、という話を私の学生時代の先輩だったUさんから聞かされたことがある。Uさんは、以前からの知り合いである会社社長に「うちで一緒に働かないか」と引き抜きの誘いを受けた。社員数10名そこそこの商品企画会社だが、斬新なアイデア商品を何本も出しており、Uさんはかねてからその会社に魅力を感じていたのだという。

その会社の、いきなり役員という誘いである。Uさんはもちろん二つ返事で誘いを受けた。そして社長との本格的な打ち合わせに臨んだ。社長は、もともとUさんのアウトドア仲間である。二人してテントを支えたり、飯にする魚をどっちが調達してくるかで口喧嘩したり。いわばお互い遠慮なく腹を割って話し合える間柄、の筈だった。その社長との“面接”が始まるまでは…。

「それまで別に意識したこともないのに、突然“自分を良く見せたい”と思ってしまったんだ」と、Uさんは後で私にそう話した。自分を良く見せたいと思うがあまり、自分の言っていることが気になる。笑顔など無理に見せたこともなかったのに、自分が笑顔でいるかどうかが気になる。自分にばかり意識が向いてしまう。だから、相手の説明をよく咀嚼することができない。ピントはずれな返事をしてしまう。そしてどんどん会話が噛み合わなくなる。

打ち合わせから数日後、社長は「こちらから誘っておいて本当に申し訳ない。しかしうちの仕事を理解してもらえなかったようなので…」と丁寧に詫びてきたそうだ。「無理もないよなあ」と、Uさんは私に言った。そして続けて「だって俺、自分のことばかりで、あの日あいつがどんな服着てたかも覚えていないんだ」と言ったのだった。なるほどなと私は思った。

緊張したら、人という字を手の平に書いて舐めろと言う。“良く見られたい”というような、相手より下位に立った気持ちになるなという意味だと私は思う。それだけでなく緊張したら、一瞬でもいいから相手に自分の意識を向けるよう頑張ってみるのもいいかもしれない。「この人変わったネクタイの趣味してるな」でもいいのだ。一瞬でもいい。自分の笑顔や言葉に集中するのをやめて、相手を真っ直ぐ見る。そこから本当の対話が始まるのだと思う。

『 質問の法則 』

“話し上手は聞き上手”と言う。自分を理解させようとばかりするのではなく、まず相手に興味関心を示し、相手を理解して初めてコミュニケーションが成り立つのだ。と、私はこの言葉の意味をそう解釈している。しかし聞き上手になるには、効果的な質問を話の中で繰り出せる“質問上手”でなければならない。そしてこの質問が、単に話を聞くこと以上に難しい。

では、何が“質問”を難しくさせているのだろう。それはごく単純なことだが、質問を難しく考えていることが原因だと私は思うのだ。「中身のある質問をしなければならない」と構えるために、かえって質問のピントが合わせ辛くなる。自分が知りたいから聞くという本来の目的から外れ、相手に自分がどう見られるか、ということに質問の目的がすり替わってしまうのである。

オフィスで出会う転職者の皆さんからも、「面接でどんな質問をすれば良いのか」と聞かれることが多い。「質問と言えども、あまりに稚拙なものでは呆れられる」と心配する人もいれば「面接で“何かご質問は”と言われる時が一番嫌だ」と悩む人もいる。全く興味や知識がない分野について質問してしまったために話が続かず、肩を落として面接から帰って来る人もいる。

そこで私は、いつも1つのセオリーをお教えすることにしている。すぐに実行できる簡単なことだ。“自分の仕事について質問する”ということである。自分が配属されたら、まずどんな仕事からスタートするのか。配属予定部署で同僚となる人々は、今実際にどんな仕事を手掛けているのか…。「なんだ、そんなことでいいのか」とお思いだろうか。そう、そんなことでいいのだ。

だがこの質問は、転職者の皆さんの多くが本当に聞きたいことであるはずだ。そして、企業も一番話したいと考えているのである。自分と相手が、お互いに関心を持って共有できる話題だからこそ、会話が広がる。実りもある。質問して初めてわかることもあるだろう。何より、仕事や職場を深く理解した上で入社を検討するという、転職者自身の目的にそった面接ができる。

“質問する”ということは、自分がその場の進行役になるということである。格好ではなく、本当に興味が持てるかどうかでテーマを選ばなければ、会話を進めることなどできない。面接も同じことだ。質問を“考え”過ぎてはいけないのだと思う。相手を気遣った上で、単純に“知りたいこと”でいいのだ。体裁のいい質問だけで、会話の質は決まらない。その質問の後にどんな話が広がったかで、会話の充実度というものは測られるのではないだろうか。

『 キャリアプランと資格の法則 』

今までたびたび資格とキャリアプランの関係について、ここでお話ししてきた。資格とは、ビジネスマンがそれぞれの分野で培う実務スキルと融合して初めて、その効力を発揮するものなのだと。最近、そのことを改めて思い起こさせる出来事に出会ったので、紹介してみたい。28歳のKさんの話である。彼が取ったのは国家資格ではなく、学歴の範疇に属するMBAだ。しかし取得までに至る過程と、その活かし方はきっと皆さんの参考になるはずだ。

Kさんは高校卒業後、大学には進学せずすぐに働き始めた。幾つかの仕事を経験したのだが、22歳の時、知人の紹介で中堅チェーンストアに入社。本部の経営に参画するポジションまで昇格していった。若くして経営幹部という地位を確保したKさんだが、しかし彼はそこで初めて壁にぶつかった。会計や経営の仕組みが深く理解できない。何事も実践と考え働いてきたが、皮肉にも実践の成果が実を結びはじめた所で、学問の必要性を痛感したのだ。

もう一度勉強し直したい。悩んだ末にKさんは某国立大学の2部に入学し、経営学を専攻した。責任ある職務に就きながらの2年間は、周囲が思うより遥かに大変だったに違いない。だがKさんはそんな日々を過ごすうち、もっと経営について学び、一生の仕事にしたいという思いを強めていった。卒業後Kさんは思いきって会社を退職。MBA留学のために渡米したのだった。

私がKさんと会ったのは彼の帰国直後のことだったのだが、まず、その職務経歴書に驚かされた。彼は全く未経験の業界を志望していた。だが、そこで役立つ自分の経験は何か、MBA取得の過程で学んだことの何が活かせるのかを、明確に自己分析していたのだ。彼が私に語ってくれたキャリアは、実際の仕事と学問の中で自分は何を学び、またそれをどのように仕事に役立ててきたのかという非常に迫力のあるものだった。人材紹介会社に登録する転職者の中で、MBA取得者は決して珍しい存在ではない。しかしKさんの人材としての魅力は群を抜いていた。彼の元には、言うまでもなく何社もの内定が集まったのだった。

切り札的な資格を取るということは、要はこういうことなのだ。目指す目標は何か。そのために自分は何をすべきか。自己分析しキャリアプランを立てた先に見えてくるものが、資格取得というワンステップである。資格が人を活かすのではない。取った人がそれを活かしてこそ、資格は意味を持つのだ。

『“責められる面接”の法則 』

慣れた面接官は、あの手この手で転職者を試そうとするものだ。まず、よく使われる手が“故意の追求”。転職者が答えに詰まるようなことを、わざと厳しい口調で問いただすのだ。相手が焦り、冷静さを失った所で本音を引き出そうという、転職者側からすれば少々困った手法である。しかし、困らせてまで吟味したい人材だからこそ、その手法がとられるという側面もある。

最近では私の知り合いのS君が、この“故意の追求”に相当絞られていた。S君は28歳の元大手商社マンである。ビジネス系のそこそこの資格を取り、仕事も精力的にこなしていたS君が「官庁系のボランティア団体に転職したい」と言いだした時には、我々周囲も耳を疑った。「結局、楽をしたいということじゃないのか」と。そう思ったのは採用側の団体も同じだったようだ。

「いろいろと立派な応募動機を並べてくださってますが、本音では楽をしたいというだけなのではないですか」。人事担当者が出てきた初回の面接で、早くもそんな厳しい質問が飛んできたのだという。そして担当者は続けて忠告を始める。「世間ではどうも、私たちのやっている仕事は楽だというイメージがあるようです。だがウチは違う。楽したいのなら今すぐお帰りください」

付け加えておくが、S君は決して生半可な気持ちで応募したのではなかった。ボランティア団体で働くことは、彼にとって学生時代からの夢だったのである。しかし、日頃から抱いていた思いをいくら語っても、面接官はそれを疑うような質問ばかり投げてくる。面接を終えたS君は「ああ、落ちたな」と落胆したそうだ。しかし、その数日後。一次面接通過の通知が届いたのだ。

二次面接、三次面接もそんな調子だった。面接官の誰もが「本音では楽をしたいのだろう」と言い、S君はそれを否定すべく仕事への覚悟を語り、またその内容に容赦ない質問が飛んでくる。面接のたびに「落ちた」と思ったそうだ。なのに毎回、通過通知が届くのである。S君は1カ月間、狐につままれたような気持ちで面接会場へ出向き続けたのだという。そして団体代表による、ことさら厳しい最終面接の後、とうとう合格通知を受け取ったのだ。

恐らくこのボランティア団体は、楽だと誤解して応募してくる人々の中から、本当に気骨のある人材を見つけ出そうとしていたのだろう。もし、みなさんが面接で“いじめられた”なら、決してそこで委縮してはいけない。自分の考えを堂々と語ればよいのだ。責められる時はチャンスなのである。むしろ、責める価値もないと判断されることを、私たちは恐れるべきなのだ。

『“転職のための転職”の法則 』

人材紹介オフィスに来る人の中には「この会社に転職したい」と、希望の企業名をはっきり口にする人も多い。スキルの問題で採用試験さえ受けられない人、惜しいところで不採用になる人、とんとん拍子に内定を得る人など、結果はいろいろだ。しかし、興味深いのはその人々の中で、転職への考え方が二手に分かれることだ。“受けた時点でだめなら諦める”人と“不合格でも、最終的に希望を叶えるためにはどうすればいいのかを考える”人である。

例えば、25歳のエンジニアDさん。彼は汎用系の開発を担当してきたのだが、オープン系の仕事をしたいとずっと考えていた。しかし西暦2000年問題対応で、現職が多忙すぎる。新しいことを学べないし、独学する時間もとれない。ゆくゆくは業界トップクラス企業のA社でオープン系の開発に携わりたいと考えていた彼は、業を煮やして私たちのオフィスへやってきた。

Dさんを面接したA社から返ってきた返事は、不合格。「素地は認めるが、オープン系の実務経験がないこと、語学力不足である点が厳しい」とのことだった。不採用理由を伝える私に、Dさんはなるほどと頷いた。「自分に足りないものが明確化しただけでも収穫です」。そして彼は私にこんな提案をしてきたのだった。「一段階、別の企業に転職しようと思うのですが」。汎用系もオープン系も扱う企業で経験を積み、A社の合格ラインに足りないスキルを補いたいと言うのだ。最終目的地の転職先を目指すための転職である。

いかがだろうか。志望先に本当に入社したいのであれば、Dさんがとったような方法もあるのだ。私は常々不思議に思うのだが「この企業にどうしても入りたい」と熱く語っていたのに、不合格になるとあっさり希望を変えてしまう人が少なくない。どうして、簡単に諦めてしまうことができるのか。確かに体裁やイメージだけで志望するのなら、特定の企業に執着した所で何も産みはしない。だが、その企業の環境があるからこそできる仕事に執着するのなら、志望に添ったスキルを目指す行程は、立派なキャリアプランとなる。

Dさんは今、転職先企業で経験を積みながら、語学を特訓中である。Dさんのやり方を真似ろと言うわけではない。しかし、もし本当に手に入れたいものがあるのなら、目的にふさわしい人間になる努力はしてもいいはずなのだ。

『 マナーの法則 』

心に余裕がなくなると、何もかも上手くまわらなくなるのはなぜだろうか。私も、たまに超がつくほどの多忙に陥ることがある。そんな時に限って、「いい人材だな」と感じた転職者からの連絡がなくなるのだ。きっとこちらの心の余裕のなさを見透かされているのだろう。10できるはずのことを5しかできなければ、それは必ず初対面の相手にも伝わるものだ。

初対面と言えば、それは転職者のみなさんにとっては企業への初回の電話連絡や、履歴書送付になるだろう。たくさんの転職者と接していて思うが、この初対面で損をしている人がどれだけ多いことか。企業は面接と書類の内容だけを見ているのではない。数少ない接触回数の中で応募者の人間性を推し量らねばならないのだから、それこそすべての接触場面を真剣に見ている。

極端な例で言うと、ノートの切れ端に経歴書を書いている人。応募動機の欄だけ書き直してあとはコピーという履歴書を送る人。そして意外と多く見受けられるのが、履歴書送付の際に送り状を同封しない人。送り状が同封されていなければ、どの募集に対して、どの職種を希望し履歴書を送ったのかが相手方にはっきり伝わらない。受け取った方は履歴書の扱いに困るわけだ。

電話での印象も、全ての企業が事細かにチェックするわけではないが、一応見られている。採用部門には関係ないからと、電話交換スタッフにぞんざいな口調で話していると…。面接官がスタッフに応募者の印象をヒアリングする際、裏表のある人格が明るみに出たりする。また、面接前の待ち時間も要注意だ。お茶を運んでくるスタッフも、採用活動の立派な一員なのだから。

かといって、すべての転職マナーを守ろうと緊張する必要もない。要は転職先で出会った人々に、マナーに気を遣う気持ちが伝わればいいのだ。緊張のあまりやった失敗なら、必ず相手もその気持ちを汲んでくれる。就職のノウハウ本を1冊買えば“常識的”と言われる範囲のマナー知識は事足りる。あとは様々な場面で相手を気遣える心の余裕を持つだけだ。また転職の機会に普段気にしないマナー知識をつけておくと、後々必ずプラスになるはずだ。

「この人には気遣いというものがない」と憤慨した方は、その人を避ければそれで済む。しかし、避けられた本人は手痛い損をしてしまうことになる。いくら能力があり優秀であっても、避けられてしまえば、それを認められる機会さえ失われるからだ。マナーとはつまり、自分の能力や素養を、心で相手に裏付けるものである。能力と心の余裕がひとつになって初めて、人は人からの評価を受けることができるのだ。

『 ずれた返答の法則 』

前回、企業が面接で出してくる質問にはたいてい裏がある、という話をさせて頂いた。“本当に聞きたいこと”を見抜けば、不快すれすれの質問にも冷静に対処できるはずだと。さて、それでは私たち職業人の側を振り返ってみるとどうだろう。私たちには企業と違って“面接慣れ”する機会がなかなかないものである。自覚なくつい的外れな返答をしてしまったりする。

私が1週間ほど前に面接に同行させてもらった、Eさんを例に話をしてみよう。Eさんは28歳の経理マン。経歴書を見ると数々の資格を持っており、年齢の割にはかなり踏み込んだ仕事をしている。実際、先々の経理リーダーにと数社から引き合いが来ており、私が同行した面接はその1社目だった。ここを皮切りに内定を集め、条件の良い所を選ぼうとしていたのだが…。

Eさんは、明らかに準備不足なのだった。なぜ当社の面接に来てくれたのかと聞かれ「今好調かつ先々更に伸びる業界ということで、御社を」と答えてしまう。企業は業界の評価を聞いても別に嬉しくない。そこで企業が、ならばなぜ業界の中でも特に当社を?と聞くと、Eさんは「御社が中でもトップクラスですから」と答えるのだった。このやりとりはここで終ってしまった。

また、Eさんは転職理由を「キャリアアップを考え」と述べたのだが、企業が具体的なプランを突っ込むと答えに窮するのだった。そして最後にEさんからの質問時間。教育研修について質問するEさんを横目に、私はフォローするタイミングを図りかねていた。Eさんが新卒以来初めての面接で慣れない気持ちはよくわかる。これをどう次の面接に繋げるかがEさんの課題だ。

面接は企業を誉める場所ではなく、自分を企業に認めさせる場なのだ。と、オフィスに戻った私はEさんに説明した。トップクラスだからと誉めるのではなく、その企業で自分は何をしたいのかを述べねばならない。キャリアアップを転職理由に挙げるのならば、具体的なプランを通じて、いかに組織内で役立てるかを述べる必要がある。そのためには1にも2にも下準備なのだと。

「その企業に入社したら、自分なら何ができるのか。何がしたいか。面接前に企業の情報を整理しながら実際にイメージングすることです」。経歴は申し分ないだけに、ここを突破できないのは非常に惜しいと言う私に、Eさんは汗をかきながら深く頷いたのだった。Eさんは今、面接予定の入っている企業を1社1社レポートにまとめているらしい。次の同行が楽しみである。

『 不利な転職の法則 』

そもそも転職とは、数をやればやるほど不利になっていくものだ。1回ならまだ安全圏内。それなりの説明さえつけば、2回でもぎりぎり何とかなる。しかし3回、4回となると…。次を探すのは、至難のワザになってくる。人間関係を上手く結べないのでは?責任感が薄いのでは?。転職回数の多い人々は、企業側からの信用度が著しく低いのだ。書類選考にしても面接にしても人間対人間のことなので、信用度が低いというのは致命的なことである。

しかしそうは言っても、やってしまったことは仕方がない。仕事がなければ食っていけない。なんとか活路を見いだしていくしかないのだが…。そこで、Jさんという転職者の話をご紹介したいと思う。Jさんは29歳のSE。彼は大学卒業後からの7年で、3回も転職していた。もうさすがに落ち着かないと…。そう考えていた矢先に、3度目の転職先が倒産したのだ。Jさんのあまりの転職頻度に、最初私は、正直“ダメだろうな”と踏んでいた。彼自身も、望みが薄いということは重々承知しているようだった。アタック先の企業を選ぶ打ち合わせも、なんとなく盛り上がらない。じゃあ、日を改めて…という雰囲気になった矢先、Jさんは突然、私に宣言した。

「もう、ぜいたくは言わないです。私が行けそうな所ぜんぶ、面接を受けてみます」。そしてきっぱりとした口調で、こう続けた。「今度の転職で4回目なんて、私が選考側でもやっぱり採りたくないです。だからもし採用してくれるという会社があるのなら、そこが私にとっていい会社だと思うんです」。Jさんの望みどおり、私は“Jさんの経歴に少しでも興味を示しそうな会社”すべてにJさんの情報を流した。すると、人間とは不思議なもので、謙虚になった瞬間に運が向いてくるのだ。Jさんをぜひ、という会社が現れた。

「ウチは医療関係のシステムを作ってるんですが、最近はネットワーク系にも力を入れています。Jさんは転職先の2カ所で、その両方をご経験なさっている。よくぞこんなキャリアを積まれてきましたね。稀な人材ですよ」。私もJさんも驚いたが、とにかく先方企業はJさんをベタボメなのである。もちろん私たちに文句のあるはずがない。Jさんはさっそく転職していった。つい先日まで路頭に迷う心配をしていたのに、なかなか悪くない待遇で…。

転職先を“選ぶな”とは、私は言わない。むしろそれなりに選ぶほうが、このご時世では何かと安心である。しかし、もし自分に不利な条件が重なっていると感じたなら…。Jさんのように、いったん心を白紙に戻してみる。自分の間口を広げ、できる限り数多くの会社と接触してみることだ。その中に、あなたとの運命の出会いを待っている会社が、あるかもしれないのだ。

『 面接官からの質問の法則 』

「ちょっとあの会社ひどいです。嫌みとしか思えない質問をされました」。ソフトメーカーT社の面接を受けに行ったGさんが、その足で我々のオフィスに駆け込んできた。Gさんは26歳のプログラマーで、今回が初の転職。T社はGさんを経歴書選考の段階からかなり有望視しており、悪意の質問などするとは思えないのだが…。とにかくGさんは激怒していたのだった。

Gさんが言うには、こんな質問をされたらしい。普通は前の会社を辞める前に転職活動を始めるものだが、あなたは辞めてからうちの面接に来ている。それはいったい何故なのだと。また、こんな質問もされたらしい。退職理由が“正当な能力評価による報酬が得られない”となっているが、あなたの考える“正当な報酬”とはいくらなのか。実際に年収はいくらだったのか。

「いつ転職活動を始めようと別に個人の勝手じゃないですか。それにあんな低い年収、恥ずかしくて答えられません。プライバシーじゃないですか」。Gさんは私にそう訴えるのだった。確かにGさんの言い分には一理ある。みなさんの中にも「そうだよな」と思った人がいるかもしれない。私も、もし自分がいち転職者ならばと考えると、確かにあまりいい気持ちはしない。

しかしそれは、あくまで私たち職業人の視点でのことだ。T社の側に立って考えると、T社は決して嫌みや意地悪な気持ちからこのような質問をしているわけではないのである。まず一つ目の質問だが、これはGさんが円満退職したのかどうかを聞いているのだ。そして二つ目の質問。これは前職給をもとに、給与交渉時に提示する額を決めたいというT社の意思表示である。

つまり単刀直入に言えば「前の会社で何かあって転職活動する間もなく辞めたんですか」「給与が不満なら幾ら出せばうちに来てくれるんですか」だが、こんな聞かれ方をするほうが遥かに嫌だ。しかし企業としては、そこを押して質問しなければGさんの採用を進められないのである。だから遠回しな、下手をすると嫌みともとれる言い回しなってしまう。企業も大変なのだ。

私たち職業人と企業の都合は、ともすれば反発しあう。採用面接という、互いの関係が不確定な場所ではなおさらだ。それぞれが違う都合をぶつけあいながら、接点を探っていかねばならない。相手の立場を理解すれば、質問の裏に隠された真意も見えてくるし、冷静に受け止めることができるはずだ。企業側に立って考える必要はないが、企業の立場を“理解する”。そこから対処の仕方が見えるのではと言うと、Gさんもやっと頷いてくれたのだった。

『 面接と会話の法則 』

SEのGさんが、採用面接を終えた足で、私の所へ泣きついてきた。どうも感触が良くなかったらしい。いったい面接で、どんなやりとりがあったのか…。詳しく聞くうちに、私も「そりゃ、しゃーないわ」という気持ちになった。もともとクチベタなGさん。書店に並ぶ面接マニュアル本をあれほど読むなと言っておいたのに、不安にかられてやっぱり読んでしまっていたのだ。

問題のやりとりはこうだ。先方企業の面接官が、話の途中でいきなり「C言語はできますか」と聞いてきたらしい。そこでGさんは激しく混乱した。経歴書を見れば、できないことは分かるはず。業務上も支障はないはずだ。なのに、なぜそんなことを聞くのだろう。でも、とにかく答えなければ…。
そこで思いだしたのが、面接マニュアル本にあった一言。“できないことをできると安易に安請け合いするな”である。Gさんは戸惑いながらも、面接官に向かって「できません」と断言した。しかし、その後が続かなかった。
“できません”の後に何か続ける必要があることは、Gさんにも雰囲気で察せられた。だが、本の内容をいくら思い出しても“できません”の後にどう続けるのが理想的か、書かれてはいなかったのだ。仕方がないので「申し訳ありません…」と弱々しく付け加えると、面接官に冷笑されたという。

Gさんのケースに限ったことではない。“いかにもマニュアル本どおり”な面接者をわざと揺さぶる手法は、多くの人事が使っている。なぜなら彼らは、一見お行儀の良い面接者の、本性を知りたいと考えているからだ。
面接者の職務上の能力が合格ラインに達しているか否かは、経歴書の段階で大体判断がついている。人事が面接の場で主に見るのは“ウチの社風に合う人間か”。その点を履き違えると、しなくてもいい損をすることになる。

面接というと、多くの人は“出された質問に完璧に答えなければ”と構えがちだ。だが“質問に答える”だけでは、自分がどんな人間か相手に伝えられない。“会話を通じてコミュニケーションする”ことが必要なのだ。
相手が人柄を審査するなら、自分も社風を審査する。それぐらいの姿勢で会話すればいいのにと思う。その上で不合格なら、本当に“合わなかった”ということなのだ。Gさんも本の内容に固められた頭でなければ、「C言語はできませんが、○○でカバーしますよ」とぐらい切り返せたかもしれない。

『 面接とお見合いの法則 』

中途採用の面接試験は、お見合いに似ている。気に入られることばかりに必死になって、相手をちゃんと見ていなければ、結婚した後に後悔する。
私は、お見合いで言う“やり手ババア”として面接試験に立ち会うことが多い。そこでいつも思うのだが、みんな“企業側に気に入られること”しか考えていないようだ。もっと相手のアラを見つけるぐらいの気持ちで望めばいいのにと思う。少々極端な例だが、今からご紹介するOさんのように…。

Oさんは40歳のメーカー出身者。製品の品質を維持する品質管理部門の長を、長年勤めていた人だった。その豊富な経験から、獲得を希望する企業はすぐに現れた。かねてから品質管理の経験者を欲しがっていたE社である。少なくともその時は、申し分ない組み合わせに見えた。E社は経歴書を見ただけで、ほぼ採用を決めている。提示された待遇に、Oさんも満足げだ。私はさっそく面接をセッティングし、Oさんと共にその会社へおもむいた。

最初はなごやかなムードだったのだ。Oさんが流暢に語る豊富な経験の内容を、役員たちは身を乗り出して聞いていた。しかし、役員の1人が「なにか質問はありませんか」と言った所から、雲行きが変わってきた。
「さきほど工場内を見せて頂いたのですが、品質管理のシステムに穴が多いように見受けられました」。Oさんがとんでもないことを言いだしたのだ。「それに、スタッフの勤務態度も少々気になりました。率直にお聞きしておきたいのですが、私が部門長になれば、スタッフの採用や教育からすべてを変更することになると思います。それでも結構ですか」。

役員たちの目付きが一気に険悪になった。痛いところを突かれたのだ。「そんな風に言うけどキミ、さっきチラッと見ただけじゃないか」「そうだそうだ。入社してもないのにわかるのか。第一キミ、業界が違うじゃないか」「そこまで言うんなら、品質管理とはなにか今ここで教えてほしいもんだ」
こんなふうに出てくる役員も役員だが、Oさんも負けてはいなかった。「わかりました。品質管理とは…」。彼の足をこっそり蹴って止めさせようとしたのだが、もう遅かった。Oさんはその後30分間、品質管理とは何ぞや、という自分のポリシーを、居並ぶ役員たちの前で演説したのだ。

「Oさん、あれはやりすぎです」。怒りながらE社を出た私だが、Oさんはサバサバした表情だった。「いいんですよ。また他を探します。私はね、率直にものが言える、柔軟性のある会社でないとやってけないタイプなんです。あなたも見たでしょ、あの役員たちの硬い反応。私には合いませんよ」。
そしてOさんは笑って付け加えた。「こういうことはね、事前に知っといたほうがいい」。完全に一本取られた気がした。確かに彼の言う通りなのであった。面接とは、見られる場であると同時に、相手を見る場でもあるのだ。

『 独自性の法則 』

仕事とは“するもの”だろうか。“させられる”ものだろうか。様々な解釈があるだろうが、“するもの”という意見が多勢だと思う。が、私は、単に“する”だけではだめだと思う。仕事とは“工夫するもの”ではないかと思うのだ。何か工夫して初めて、仕事は自分の物になるのではないかと。

先日、私はある会社A社を訪問した。A社は業界2位から1位を狙える所まで来ている新興企業である。そこで何人かの社員と話す時間を設けてもらえた。成長中の新興企業にはよくあることで、社員たちは毎日終電まで働いている。だが彼らと向かい合って驚いた。仕事に追われた顔をしていないのだ。

A社では業界3位に上がる頃から、人の入れ替わりが止まってきたのだという。それ以前はハードワークの為か辞める人も多かった。一人当たりの仕事量はその頃と変わっていない。いやむしろ増えているかもしれないのだが…。

私は、何が楽しくハードワークに向かわせるのか?と社員たちに聞いた。すると、こんな答えが返ってきた。業界1位も、会社の目標として勿論意識している。だがそれより“ウチにしかない”商品づくりに関って、それが認められるのが面白いと。

A社は“あくまで自社独自の商品やサービスにこだわる”ことを企業ポリシーとして掲げてきた。業績が伸び悩んだ時も決して他社の打ち出すものに追従しなかった。ちなみに、A社は今でこそひとたび人材募集すれば多数の応募者が集まるが、「会社の独自性に魅かれて」と言うだけでは採用されない。独自性のある商品をいかにして作るか自分で語れる人が採用されるのだ。

つまりこの会社では、社員は独自性というブランドにぶら下がるのではなく、自ら独自性を作ることを求められる。そして、それこそがやりがいとなっている。考え、工夫し、独自なものをつくり、成果が出る。そんな仕事の忙しさは、人から言われてやる仕事の忙しさとは決定的に違うようだ。私たちの周りでも成果を上げる人は、何か人とは違うことをやっていないだろうか。

『 企業を映し出す鏡の法則 』

人事担当者の印象を就職先選びの参考にするというのは、学生達がよく使う手段である。「会った人の印象で会社を決めるなんて」と馬鹿にする向きもあるが、私はこの手段、意外に侮れないと思っている。様々な情報の吟味は勿論大切だが、参考程度に人事を観察してみるのも良いのではなかろうか。

例えば、こんな話がある。私の知り合いの人事担当者にGさんという人がいた。彼はある営業会社に勤めていたのだが、そこは採用ノルマのきついことで有名な会社だった。一定レベルの人材を一期につき何十人と採用せねばならない。ノルマは絶対であり、未達の場合には即Gさんの評価にひびいた。

その頃のGさんの印象と言えば、常に厳しく沈んだ顔つきのビジネスライクな人という感じだった。ノルマのプレッシャーに押されてか、これという応募者がいればすぐに入社へと説き伏せにかかってしまう。すると応募者もよく見ているもので、不自然な空気を察知して、かえって辞退する人が増える。

悪循環な状況に耐えかねて、Gさんは転職した。機械系のメーカーである。しばらくして「心機一転、新しい会社でまた取引したい」という連絡が入り、私はGさんと再会した。そして驚いた。Gさんは以前とは全くの別人に変身していたのだ。あの暗く重苦しい表情が嘘のように明るくなっていたのだ。

融通のきかない印象も消え、冗談まで飛び出す。聞けば、新しい会社は「いい人がいれば採用する」という方針で、採用目標はあるが絶対ではない。あせらず地道な採用をしようと思うようになると、かえって上手くいくようになったのだという。「前の会社は本当に縛りがきつかった。そんな雰囲気が、私を通じて応募者の方に伝わっていたのかも知れません」とGさんは言った。

人事も私たちと同じ会社員である。働き方や働く環境ひとつで、顔つきまで変わってしまうものなのだ。採用過程を通じて一番接触する回数の多い人事を観察してみると、その会社が見えてくる。だが、また逆に私たち自身も同じように観察されていることを忘れてはならない。他者から見た自分は、自分の置かれている状況を映し出す鏡。そう肝に銘じて働きたいと、私は思う。

『 独立心と企業の法則 』

会社員からの“独立・起業”が広く認知され始めているからだろうか。最近私が出会う転職者の方の中にも、「将来の独立を視野に入れた転職がしたい」と宣言する人が増えてきた。独立を目指すことそれ自体は素晴らしいと思う。しかし、企業への転職時にあえて口にするなら、伝え方に注意が必要だ。

例えば以前、こんな人がいた。店舗企画会社の元営業職、Eさんである。Eさんは将来的に自分の服飾店を持ちたいと考えており、経営や実務を学ぶために服飾販売企業A社への転職を希望していた。営業職で培ってきたビジネス感覚を買われ、Eさんは採用第一候補として面接に臨んだのだが…。

なんとEさんは、一次面接で落ちてしまったのだ。一体どんなやりとりがあったのかと私はEさんに聞いてみた。すると、独立のためにぜひここで勉強したいと熱く語ったところから、A社側と話が噛み合わなくなったのだと言う。Eさんは首を捻っていた。なぜ意欲をアピールして不採用になるのだ?と。

勉強したいという言葉は、A社から見ると意欲とは受け取れないのだと私はEさんに説明した。確かにA社は社員の独立に理解があり、独立後ビジネスパートナーとして相互協力できるシステムも確立している。だが、そのA社とて、ただ独立させるためだけにわざわざ社員を募集しているわけでなはい。

社員として働く間に、どんな貢献をしてくれるのか。A社にとってはそこが一番肝心な点だった。営業職経験のあるEさんには、数年後を目処にエリアマネージャーとして活躍して欲しいとA社は期待していた。Eさんは自分の勉強にばかり目が行き、A社が望む“勉強の対価”見落としていたのだ。

独立に理解ある会社も、そうでない会社も、根本で求めるものは同じだ。あなたと企業、双方がそれぞれ欲するものを得るために、お互い何ができるでしょうか?と問うているのである。働かされるだけの会社に魅力がないように、働くだけの人にも企業は魅力を感じない。お互いに貢献し合ったと感じた時にこそ、本当に独り立ちできる何かが身についているのではと私は思う。

『 考え方のギャップの法則 』

会社と従業員の言い分がよく食い違うように、人事と転職者の物の考え方にも、しばしば隔たりが見られる。どちらか一方が正しいとも言えないし、どちらか一方が間違いだとも言えない。あくまで中立的に両者の話を聞く立場の私が言えるのは“互いの考え方をまず知り、そして対処せよ”ということだけである。

相手の考え方を知らねば、企業側は採用が上手くいかない。転職者側は転職が上手くいかない。今回は、転職者側がつまずいた例をひとつ紹介してみよう。Uさんという薬品メーカー出身の研究員だ。彼は第一志望A社の選考に落ちてしまったのだが、その理由が全く理解できないと怒り出したのだ。

Uさんには、退職してから転職活動を始めるまでに2年の無職期間があった。A社はそこをネックとして他の転職者を採用したのである。「A社が求めるスキルは満たしていたのに、そんな理由で落とすなんて偏見以外の何物でもない」というのが、Uさんの言い分である。しかしA社にも言い分があった。

A社人事担当の言はこうだ。「採用した人、Uさんと同じような経歴で現役だったんですよ。どうせなら最新の現場知識とかある人の方が、いいかなあと思って…」。私は迷いながらも、その言葉をUさんに伝えたのだった。

そしてこう付け加えた。「私たちも同じような会社が2つあれば、細かいところで選びますよね」と。だから細かいマイナス材料にされないよう、2年間のブランクについての説明を練り直す必要がある。相手の考え方はわかったのだから、怒るよりも次の企業面接に向けて対策する方が遥かに生産的だ。

企業と働く人々の考え方の距離は、時代の流れと共に縮まりつつはある。しかし、両者が完全に歩み寄ることは今後も難しいだろう。だからこそお互いを更に知るべきだと、私は思うのだ。立場の違う両者が、その違いを越えて良い関係を結ぶために。尚、Uさんは今2社目の面接を順調に受けている。

『 給与と市場価値の法則 』

みなさんは自分の年収額を割り出す時、諸手当も含めて計算していないだろうか。一度試しに、残業手当と休日出勤手当を差し引いて年収額を見てみよう。かく言う私も、その昔興味半分で計算して驚いた。9~6時の私への評価を突き付けられた気がした。

なぜこのような話から入るのかと言うと、先日、Sさんというエンジニアの方が転職活動に苦戦する場面に立ち合ったからだ。Sさんは販社系列のソフトハウス出身で、前職での年収は600万弱だった。この600万のうち、何と260万もが時間外手当なのだ。聞けば、相当ハードな仕事ぶり。土日出勤や深夜残業は当たり前。半月近く家に帰れなかったこともあるらしい。

最初に面談室で向かい合った時、Sさんは自信に満ちあふれていた。同業他社の知り合いと情報交換する中で、Sさんは自分が業界内でも高水準に位置する年収取りであることを自覚していた。「だてにハードな仕事はこなしていません。それなりのことをやってきたと思っています」とSさんは自己PRし、転職先での年収は700万円と希望してきたのだった。

「恐らく無理です」「何故ですか?応募してみないとわからないじゃないですか」というやりとりの後に、とりあえず各企業に応募書類を送って様子を見ることとなった。送った企業はトータルで16社。結果はことごとく書類選考の段階で不採用である。その中にはSさん自身がかねてから狙いをつけていた企業もあっただけに、彼は相当なショックを受けたようだった。

なぜ面接にも漕ぎ着けず落ちたのかが知りたい。その一心でSさんは、目当てだったA社に電話してみたそうだ。返ってきた答えは、やんわりとだが、Sさんのスキルを低く評価するものだったという。「前職年収さえ保証できないので、他を当たられた方がいいと言われました。私は実際のところ、どのぐらいの評価なんでしょうね…」。確かに年収は前職より下がる。収入面では痛いが、それ自体を恥じることはないと私はSさんに言ったのだった。

働いた時間より出した成果、仕事の量より内容を重視する企業が増えている。Sさんに対する“前職年収に満たない”との市場価値判断は、至極妥当なものだ。膨れ上がった年収から時間外手当を引いてみると、Sさんの本当の市場価値が見えてくる。あとはその事実を受け止め、これから真のスキルアップをしていけばいい…。そんな話をした後、Sさんは気を取り直して転職活動を再開した。来週にも、ある外資系大手から内定が出そうである。

『 採用活動と企業の法則 』

採用選考は転職者にとっても、また企業にとっても真剣勝負の場である。例えば入社し終えてから失敗に気付いた場合。転職者側の損失についてはみなさんご想像がつくだろうが、企業側の損失にも測り知れないものがある。採用活動経費や人件費などの直接経費はもちろんだが、更に怖いのは現場のモチベーション低下だ。ひとつの採用失敗が、組織の危機を招くこともある。

例えば多大な業務でパンク寸前のあなたの部署に“即戦力”というふれこみで、実は仕事の全くできない中途採用者が入社しきたらどうだろう。人員の増強で現状が改善されるという期待は見事に裏切られ、あなたは中途採用者の尻拭いに奔走する。そしてこう思うはずだ。「仕事のできない彼も悪いが、一番悪いのは彼を採用した人事だ!経営陣だ!」と。

このような状況に陥ることを最も恐れる立場からこそ、企業は厳しいハードルを設けて採用の精度を高めようとする。そして中には工夫の末に生まれた独自の方法で人材を選別する企業もある。先日、社員600名の大手系列企業でちょっと面白い話が聞けたのでご紹介しておこう。その企業では、「初回のセールス電話は全て社長に取り次ぐ」との決まりがあるそうだ。通常の採用選考と並行して、セールスへの応対を採用手段として使っているのだ。

応対に出た社長が、その“仕事ぶり”を見る。社長はもともと営業畑出身ということもあり、自社にマッチした営業社員像をよく知っている。そして“これは”と思った人にスカウトをかける。スカウトされる側もその会社のことを調べた上でセールスに来ているため、話が早いそうだ。なにより実際のセールス現場を見て判断できるため、入社後の成功率が非常に高いという。

なぜそんな採用活動を始めたのかというと、以前、経歴書の内容だけで採用を判断し、失敗した反省を踏まえてのことだという。優秀な営業成績をおさめていた人を採用したのだが、結局その人は職場に馴染むことができなかった。営業活動の進め方が合わなかったのである。一時は営業部の社員の殆どがその人と対立し、職場は大混乱。部署全体の営業成績にも影響したらしい。

直接話す機会があった時、社長は私にこう語ってくれた。「“優秀な実績を持つ人”が良い人材とは限らないと、その時気付いたんですよ」と。「“お互いに仕事のスジが合う人”と出会うことが重要なんです。それは、経歴書や履歴書だけを見ていてはわからない」。なるほど、と私は思った。そして、転職者が自分の本当の姿を見てもらおうと努力するように、企業も転職者の本当の姿を見極めようと様々に苦心しているのだな、と思ったのだった。

『 実力とプロセスの法則 』

もう使い古されたような言葉に感じるほど、私たちの周りには“実力主義”という言葉が浸透している。だが“実力”とは一体何なのか、私たちは分かっているだろうか。ともすれば結果として出た実績そのものが“実力”だと捉えてはいないだろうか。“実力”の意味について、少し考えたいと思う。

まず、例を挙げてみよう。メーカー系列の販売会社に勤めていたDさんである。Dさんは同業メーカーA社の営業部門へ転職を希望していた。A社は業界内では老舗にあたる人気企業。Dさんの転職活動は、経験内容もキャリア年数も拮抗する有力候補者4人とバッティングする、厳しいものとなった。

他の4人も、Dさんと同等かそれ以上の実績をあげていた人々だった。しかし、Dさんは選考こそ時間がかかったものの、最終的にはただ1人内定したのである。一体何が決め手となったのか?拮抗していた中でDさんの何が抜きんでていたのか?私はそのあたりの話をA社の人事に聞いてみたのだった。

やはり、Dさん以上の実績をあげていた人とDさんとどちらを採用するか、A社は最後まで悩んだらしい。人事は私にこう言った。「Dさんだけが、実績に至るプロセスを詳細に語ったのです」と。他の4人のうち3人は、優秀な実績をPRした。もう1人はプロセスに関して補足的に触れた程度だった。

その中でDさんは経歴書にまとめた実績について、どんな工夫を経て達成したのか説明したのだという。例えば過去の相談内容を顧客毎に整理し、それを踏まえた提案や事例紹介を行なったこと。未共有だった見込客情報をデータベース化し、協力体制を確保した上でチーム成績をアップしたこと、等々。

「Dさんなら単なる“調子”の問題でなく、再現性のある仕事ができると考えたのです」と人事は言った。実力を評価されるには、確かに実績があることが大前提である。だが私たちの周囲でもしばしば見られるように、認められる実績を出す人は、何かしら他とは違う工夫をプロセスの中に入れている。実績と、その裏付け。2つがセットになってこそ実力と言うのではないか。結果と同じくその結果を出すプロセスを集積していただきたいと私は思う。

『 転職マーケティングの法則 』

企業の採用活動にはマーケティングの意識が欠かせない。転職マーケットの中でどのような層の人材が欲しいのか。またその人材層は何を動機とすれば自社を志望するか考えた上で、適切なアピールをしていく必要がある。そのためにはマーケットの中で自社がどう見られているのか自覚する必要もある。

これは企業のみならず、私たち職業人にも言えることだ。自社を省みず、ただ欲しい人材像ばかりを並べ立てる企業には、みなさんも首をかしげる事があるのではないだろうか。同じように、私たちも目標や戦略なくただ自分のしたいことを並べ立てるだけでは、懐疑的に見られても仕方がないのである。

しかし逆にマーケットを踏まえてアピールするという視点を持てば、弱みを克服し強みに転じることもできる。たとえば今回はそんな視点からある企業の採用活動を紹介してみよう。話を聞いたのはベンチャー企業A社の人事担当Tさんだ。A社は業界3位だが1位には大きく水をあけられ、2位企業と僅差で競り合っていた。

1位には企業規模の点では追い付けないが、サービスの優位性で業績的には充分勝負の可能性がある業界。そのためにもTさんらは即戦力となる技術者を増強したかった。だが業務の特性上、ターゲットとなる人材像はどうしても1位、2位企業と競合する。通り一遍のアピールをするだけでは1位企業に欲する人材の大部分を取られ他を2位企業と争う形になると思えたという。

そこでA社は、あえて1位企業を志望する層をターゲットにした。中でも大手志向ではなく、サービスの優位性や仕事の質を主眼にしている層に絞る。そして彼らにA社の開発現場を重点的にアピールした。人材の層が薄い分、サービスの企画段階から若手開発者がイニシアチブを取っていること。それが却ってユーザーに近い視点のサービスに繋がり好評であること…。

担当範囲が広い分、負担は大きいが、やりがいも大きい。このようにTさんらは、弱みを強みに転じるアピールを行なったのだ。A社には現在、1位企業と比べても非常に良い技術者達が少しずつ集まりだしている。市場の中での自分たちの位置を認識し、どう動くべきか冷静に考える。決して難しい事ではない。こうした視点をぜひキャリア構築にも取り入れていただきたい。

『 評価と人材理念の法則 』

10の企業があれば、10通りの評価制度がある。それほど、従業員を評価する方法は各企業によって違うものだ。また働く私たちも、どんな評価のされ方をしたいかは本当に人それぞれだ。だが転職時に、意外と後回しに考えてしまいがちなのが、この評価制度である。評価への納得感は仕事への意欲を左右するものだけに、少しでも自分に合うものを選択すべきだと私は思う。

そこで今回は、評価制度が転職の決め手となった、ある興味深い例をご紹介してみよう。話の中心は、27歳のエンジニアFさん。順当に2つの企業からの内定を得たFさんだったが、最終的な局面でFさんはなかなか結論を出せずにいた。どちらかの企業を選ぼうにも、どちらも似たり寄ったりな条件だったからだ。同業企業に複数応募したエンジニアがよく陥る場面である。

仕事内容も、企業規模も、待遇もほとんど同じ。勤務地こそ違えど勤務時間もさして変わらない。またFさんの上司となる予定の人物も、個性こそ違えどそれぞれに魅力があり、甲乙つけがたいのだった。では、両社の違う点は何なのか。選択基準を見失い悩みに悩んだFさんが、両社の差異をいろいろと探していって見つけたのが、評価制度の違いだったのだ。

一方のA社は、海外の評価制度を自社向けにカスタマイズしていた。評価が数量化されて表される、いわば実績重視のシステマチックな評価方法である。もう一方のB社は、評価者の主観を重視する感覚的な評価方法だった。ファジーである分、多くの人が評価に参加する。実績や成果を出した過程や、その会社貢献度までを測ろうという意図で構築した評価制度なのだという。

そしてFさんは、B社の感覚的評価を選んだ。「成長過程も評価の形で認めてくれる企業だから、目標に対し前向きになれる」という理由だった。興味深いことに、その後すぐ別のKさんという人が同じ2つの会社の内定を得た。Kさんも同様に悩んだのだが、彼は反対にシステマチックな評価方法を選んだのだった。「数量化された評価にこの企業の公平な社風を感じる」というのがKさんの理由だった。本当に評価に対する考え方は人それぞれである。

企業の、人材に対する考え方も人それぞれである。人事制度は大きく分けて採用・教育・評価の三本柱で成り立っているが、企業の持つ人材理念が最も色濃く反映されるのが“評価”の部分だろう。どのような評価方法をとっているかで、企業の人材に対する考え方がわかる。だから私たちは評価制度から、その企業の考え方を読み取ることができるのだ。自分にマッチした評価制度を選ぶことは、自分と考えの合う企業を選ぶことに他ならないのである。

『 仕事選びとその対価の法則 』

私たち職業人は、各人それぞれが様々な視点で仕事を選んでいる。将来性があるとか、専門性が身に付くとか、自分の適性に合っている、等々。その中には、批判を受けがちな選択視点もある。“好き嫌い”で仕事を選ぶという視点だ。仕事というものは好き嫌いでくくれるようなものではないのだと。

だが、現実に好き嫌いで仕事を選んでいる人々は存在する。確かに私から見ても“好き嫌い”で仕事を選んでいる人は、その基準に拘るあまり、逆に総合的な満足から遠ざかっていることも多いように見える。だが、中に時々、羨ましいほど充実している人がいる。彼らは一体何が違うのだろう。

例えば知人のD君は、引く手あまただったバブル末期の卒業年次にも関らず、正社員という選択枝を選ばなかった。自分の興味に合う就職先が見つからないという理由だ。看板屋やデザインスタッフ等いくつものバイトを転々とした。それも、本当に好きになれる仕事に出会えないという理由でだ。

周囲は「いつまでも選り好みするな」とD君を諭した。だがその彼が5年前、これだという仕事と出会った。ぬいぐるみに入る仕事である。D君の参加するショーは好評で、しばしば会期延長の依頼が来た。幹部候補として正社員登用の誘いも受けた。時折会うD君は、過去のどんな時より充実して見える。

「きつい仕事ですが、好きなんだから、やれるだけやります」とD君は笑って言う。好きな仕事だけをする道は、誰もが気楽に選べるものではない。好きな仕事の対価としてリスクを常に背負う、むしろそれを楽しめる人のみに開かれた選択だ。しかしそれは、どんな仕事でも同じなのかもしれないのだ。

収入や安定以外の何かを仕事に求めるならば、その何かというオプションに対し、私たちは有形無形の対価を支払わねばならない。求めるものが大きいほど、対価も大きいだろう。そして、その対価をはっきり認識し、背負う覚悟を持ってこそ仕事への本当のやりがいが生まれるのではないかと私は思う。

『 覚悟の法則 』

「こんな会社に入るんじゃなかった!」と、入社早々に後悔してしまう。残念ながらそんなケースも、転職にたびたび見られる場面である。後悔したらどうするか。すぐに退職し再度転職を試みるのも、ひとつの方法だろう。しかし現実には“転職先を短期間で辞めた転職者”に対する企業からの風当たりは想像以上に冷たい。よほどの理由がなければ面接まで進めないはずだ。

なぜ短期間で辞めた転職者が不利になってしまうのか。企業の立場で考えてみよう。企業は、キャリアやスキルのある人材と同等に、任せた仕事を完遂してくれる人材が欲しいのだ。仕事があるから、人材が要る。なのにその人材が初期段階で抜けてしまう可能性があっては、仕事の計画自体が描けなくなる。いくら転職者が「今度こそは」と意気込む優秀な人材でも、目の前に“短期間で辞めた実績”がある以上、企業は不安にならざるを得ない。

転職者が、企業の良い部分も悪い部分も真剣に検討して入社を決めるように、多くの企業も転職者を様々な角度から真剣に見ているのだ。では、検討を重ねた上で転職し、それでも入社を後悔してしまったらどうすればいいのだろうか。ひとつの例として、今年の春に我々のオフィスを訪ねてきた営業マンのEさんを挙げよう。Eさんは前回に転職した会社を約1年で退職していた。

詳しく話を聞くと、その会社はEさんにかなりひどい仕打ちをしていた。Eさんが望んで受けた職務が、なんとEさんの入社数週間後に消滅。真剣な検討以前に、企業の計画そのものがなっていなかったのである。Eさんの憤まんは容易に想像がつくし、私だって彼と同じような立場になれば怒りに任せて退職したかもしれない。しかし、Eさんは辞めずに踏みとどまった。

「転んでもタダで起きないと思ったんです。ここで辞めたら自分の丸損だと」だから、Eさんは社内的にも強引に配属された部署で、やりたくもない仕事をこなした。そしてさらに驚くべきことに、トップの業績を打ち立てたのだ。「業績さえ得れば、次に繋がるはずだと思いまして」。Eさんの言葉通りだった。面接に行く先々でEさんは1度目の転職時よりも高く評価され、やりたかった仕事を今度はここで手掛けてくれという内定企業が集まったのだ。

覚悟の度合いが違う、と感服した。いくら真剣に検討しても、会社と人材の出会いは結局、フタを開けないとわからない。それに本意でない仕事や会社は、確かに自分を自己実現から一時遠ざける。だが、本意でないものに当たった時も、そこから何かを吸収する覚悟があるか。失敗のまま終らせず、成功に変える、結び付ける覚悟があるか。本当にやりたいことをつかみ取る人は、そんな覚悟を持っているのだと、私はEさんに思い知らされたのだった。

『 自助能力の法則 』

私は転職者の方と面談する時、必ずある種類の質問を投げ掛けるようにしている。その人に“自助能力”があるかどうかを判断するための質問だ。例えば転職者の方が「こんな仕事を希望している」と言えば、「ではそのためにご自身では今何をされていますか」と聞いてみる。自助能力のある人ならば、すぐに具体的な書籍名等をいくつも挙げて、自分の勉強内容を述べてくれる。

自助能力とは、文字どおり“自らを助ける”能力のことだ。周囲に依存せず、自らのできる範囲内で自ら努力できるか。本番の企業面接でも、この点は必ずと言っていいほどチェックされる。では、具体的にどのような人が“自助能力に富んだ人”と言われるのだろう。最近出会った転職者の方の中にSさんという際立った人がいたので、彼の話を例に説明していきたい。

Sさんは中堅周辺機器メーカー出身の営業マンだった。どちらかというと製品企画寄りの仕事をしており、常時20種類以上の製品を担当するという多忙さ。だがハードワークの間を縫って、Sさんは英会話スクールに通っていた。その会社では英語を使うことはなかったが、今後のキャリアプランを考えた際、自分の弱点となるのは英会話能力だとSさんは自覚したからである。

転職を決意して我々のオフィスへやってきたSさんは、こう希望を述べた。「学ぶことは自分でできます。だが実戦の場だけは環境に頼らざるを得ない」だから今までの経験を活かせ、なおかつ海外取引を扱える職場へ転職したいと。その言葉に私は驚いた。普通なら「英語研修のある会社」という希望に留まりがちなのだ。私だって転職するとなれば、会社の研修に頼る部分があるかもしれない。しかしSさんは勉強は自分でできると言い切った。

Sさんは、同じく周辺機器を扱う外資系商社へ転職していった。彼が実際に勉強を自己完結できるかどうかはわからない。だがSさんには2つの大きなポイントがある。ひとつはキャリアプランを充分に考えた上で、必要な仕事、必要な課題を自ら選択している点。もうひとつは、本当にやりたいなら、人は与えられるのを待つまでもなく行動する、ということを体現している点だ。

そしてSさんには、さらに大きなポイントがある。主体が周囲ではなく、Sさん自身にあるということだ。会社の研修は、どんなに内容が充実していようとも、結局は会社のための勉強である。それだけで満足するなら、主体を会社へ明け渡しているも同然ではないか。私たちは会社のビジョンの前に、自らのビジョンを持たねばならない。それが、自分が主体となって動くこと、つまり自助能力を備えて自らのキャリアを切り開いていく第一歩なのだ。

『 正反対の環境の法則 』

頭の中が煮詰まってくると、私たちの思考はともすれば極端から極端へと流れがちだ。仕事に行き詰まると「楽で簡単な仕事がしたい」と考えたり、人間関係に行き詰まると「人との関わりが薄い職場へ行きたい」と考たり。私が出会う転職者の方の中にも時々、現状と正反対の環境を希望する人がいる。

例を挙げてみよう。今回は我々の人材紹介オフィスに来た方ではなく私の個人的な知り合いなのだが、中堅広告代理店出身のEさんである。Eさんは連日続く深夜残業、膨大かつ多岐に渡る業務を一人で抱え込みつつノルマを追わねばならない環境に嫌気がさしていた。そこでEさんはある選択に出た。

「この度、学校法人○○学園の本部職員として新たなスタートを切りました」との葉書をEさんからもらったのは、昨年夏のことである。私は驚いてEさんに電話した。「役所の延長みたいな職場で、前の地獄みたいなハードワークが嘘のようだよ。いや転職して良かった」とEさんは笑っていたのだが…。

だが、先日久し振りにEさんに会ってみて、私はまた驚かされた。転職から数カ月たった彼は、前の会社そのままに忙しそうにしていたのだ。聞けば、当初は早く帰ったりもしていたのだが、慣れるにつれ、自分で仕事をどんどん増やしてしまったのだという。見つけた仕事をやらずにいられないのだ。

「正反対の職場へ行ったつもりだったのに、結局同じになってしまった」とEさんは笑った。私も「身についてしまったサガだなあ」と笑った。Eさんは、また広告の業界に戻ることを考えているらしい。「どこへ行ってもこうなるのなら、やっぱり自分が最初に志した仕事をしたい」と言うのだった。

人は長く居た環境を自分の中に取込んでいく。煩雑な仕事を憎んでも、濃い人間関係を憎んでも、それらは同時に自分の中にも染み込んでいるものだ。暇な職場や人との関りの薄い職場にいきなり飛び込んで、果たして「以前とは正反対で幸せ」となるだろうか。私はならないと思う。極端から極端へと流れる選択をしたくなる前に、自分が馴染んだ環境とは何かを考えてみたい。

『 セルフスターターの法則 』

企業に“どんな人材が欲しいのか”と聞くと、最近かなりの確率で返ってくる答えは“セルフスターター型の人材が欲しい”である。指示待ちや、受け身の人でなく、自分から課題を見つけ取り組んで欲しいと。それは企業の一方的な言い分かも知れないが、私たち働く側も心掛けておく価値はある。なぜなら私たちも“セルフスターター型企業”を求められるようになるからだ。

28歳のSE、Uさんの話を例にとって説明してみよう。Uさんは自分の会社の技術取得支援制度が貧弱なことに、常々疑問を感じていた。他の会社では新しい技術を積極的に採り入れている。これでは会社も自分たち技術者も、先端から取り残されてしまうはずだ。そう考えたUさんはたびたび会社に対して制度の拡充を提案していたのだが、聞き入れられることはなかった。

そこでUさんは我々のオフィスを訪ねて来たのだった。今の職場にもう期待することはない、技術力アップに関して企業努力をするような会社に転職したいと。志望会社との面接は順調に進み、この冬には2社の内定も得た。入社企業も決まった。後は上司に退職の意向を伝え、諸々の手続をとるだけのはずだった。しかしUさんの転職活動は、ここからが本番だったのである。

Uさんの上司や、その上の部長、はたまた役員までが出てきて「一体何が不満なのか。希望は全部受け入れ、待遇もアップするから留まってくれ」と今ごろ言いだしたのだ。Uさんのしてきた提案は、まともに検討さえされていなかったことが伺い知れる。話し合いは1カ月にも及んだ。だが、いくら会社があの手この手で引き留めても、Uさんの決意が変わることはなかった。

こうしてUさんは、やっと転職にこぎつけた。後で私は彼に聞いてみた。「会社のあなたへの期待がそれだけ大きかったということだし、少しは気持ちがグラつきませんでしたか」と。するとUさんはこう答えたのだった。「今までやろうと思えばできたはずの支援制度等も、社員が辞めると言いださなければ検討しないなんて。そんな受け身の会社はやっぱりだめですよ」

その言葉を聞いて、私はなるほどと思ったのだ。“セルフスターター型の人材”は、“企業がセルフスターター型かどうか”を見分けられるものなのだなと。企業が受け身でない人間を求めるなら、企業自身も受け身であってはならない。またそれは逆に、私たちが“自発的に課題解決する企業”を求めるなら、私たち自身も自発的な人間であらねばならないということだ。セルフスターター同士が出会ってこそ、人材も企業もお互いを高めあえるのだ。

『 時代と人間力の法則 』

新年最初の配信なので、今回は2001年のスタートにふさわしい話をしたい。先に一言で言うと、激動の時代に打ち勝つ人間力が重要になる、という話だ。それを、最近の動向に加えて、大手周辺機器メーカーに転職した26歳のEさんを例にとって考えてみたい。転職市場を含めた今年のビジネスシーンで、どんな人材が求められるようになるかの1つのヒントになると思う。

まず昨年の転職市場では、今年の伏線となるような動きがあった。“スペシャリスト・ゼネラリスト”といった単純なカテゴリで人材を括れなくなったのだ。高い実務スキルを持つ経験者が評価される傾向は、存続してはいる。しかし、ただ経歴や実務が優秀だからと言って採用される訳ではなくなった。

また、第2新卒や未経験者の採用が昨年あたりから復活し始めた。だが「何もできないけどヤル気はあります」だけで通用するような、バブル期の採用が復活したわけではない。では、具体的にどんな人材が評価されるのだろうか。

さて、転職者のEさんは、元銀行マンである。金融業界からメーカーへの異業種への転職だ。彼には技術系の実務経験は一切なかった。しかし採用過程を通じて、Eさんは2つの点を高く評価された。物事を理論立てて捉えアウトプットできる点。もうひとつはEさんの人物的な魅力に。

テクノロジーが急激に進歩し、最先端のトレンドがどんどん陳腐化する。そんな時代に必要とされるのは、結局は“人間”なのである。技術に追い付いていくのは技術そのものではなく、人間の賢さなのだ。2001年は、そうした“人間力”がますます評価される傾向が強くなるだろう。これは、Eさんのような20代に対し、より顕著になっていくはずだ。

人としての素地が正面から問われる分、今まで以上に厳しさは増すと思う。だが、今年は多くのビジネスパーソンにとって可能性の門戸が開く1年になると、私は信じている。経験や技術の積み重ねは、これからも確かに大切だ。そこにプラスして、今年は、丸裸の自分に何ができるかを考れば良いと思う。皆さんにとって新しい時代が、新しい可能性の幕開けとなりますように。

『 採用姿勢の法則 』

マイクロソフトがチャレンジボーナスの300万円を売りに、技術コンサルタントを200名募集する。この話は皆さんもどこかで耳にされただろう。そして思ったのではないか。「なにもそこまでしなくても、マイクロソフトならたくさん人が来るんじゃないか」と。企業経営者の中にも、同じように考える人々が少なからずいる。「人があまってるんだから、採用なんて簡単なはずだ」

実は、これが大きな誤解なのだ。市場競争激化の昨今、企業内では採用ひとつをとっても、現場から細かい要望が上がってくる。即戦力となる人材をピンポイントで採用できるか否かが、業績に直結するからだ。しかしそのような人材は当然ライバル企業も狙っているわけで、いきおい企業間での激しい取り合いとなる。鷹揚に構えている企業は、そこで負けてしまうのである。

いつもは転職者側の話ばかりなので、たまには企業側の話もしてみたい。そこで今回は、私が仕事を共にさせて頂いた、Eさんという人事マンの話を例に挙げよう。Eさんの会社は業界トップと呼ばれるメーカーだったが、採用には苦戦していた。経営陣が人的コストをどんどん切り下げるのだ。現場からの「いい人材を」との声と経営陣の間で、Eさんは一人苦しんでいた。

そんな中、我々のオフィスから紹介されたある開発技術者が、Eさんの会社へ面接に来た。現場から「絶対採用を成功させろ」と言われるほど優秀な人だったのだが、彼は他に5社もの内定を持っていたのだった。しかもその5社はEさんの会社の競合企業ばかり。破格の待遇を提示している企業もある。Eさんは「提示待遇を引き上げないと負ける」と経営陣を説得したのだが…。

「トップ企業はウチだから、当然ウチに来るだろう」と、経営陣は説得を一蹴したのだ。Eさんからその言葉を聞いた私も、空いた口が塞がらなかった。結果は当然、内定辞退。技術者は他社へ転職した。家族もある人だったので、提示された給与水準では生活できないと判断したのである。「本当は第一志望だったのですが…」と、技術者は名残惜しそうに言い残していったそうだ。

人材は宝というが、相応の努力をせねば宝など手に入るはずもない。賢い企業はちゃんとそれを知っている。大規模リストラ等々、人的コストを削ることが風潮のようにもなっているが、組織をスリム化した上でも“人”なしでは会社は成長しないのだ。人材に、どれだけのパワーと熱意をかけるか。その姿勢を見れば、おのずと企業や経営者の器も見えてくるはずである。

『 やりたい仕事だけ、の法則 』

一生の仕事を持ってほしいと私は言ってきたのだが。組織人である我々ビジネスマンが、やりたい仕事“だけ”を続けるのも難しい、と同時に思う。

私が出会った転職者の中から、Uさんという人を例にとって話をしてみよう。Uさんは32歳のプログラマーである。エンジニアの世界ではプログラマーの仕事をひとつの通過点と捉える人も多いが、ずっとプログラミングを続けたいと希望する人もかなり存在する。Uさんは後者だった。「1年程前からプロジェクトチームを任されるようになり戸惑ってます。せめて30代後半まではプログラマーでいたいと思うんですが…どうなんでしょう」。Uさんは私たちのオフィスの面談室で、遠慮がちにそう尋ねてきたのだった。

「例えばゲーム業界の先端など、何かに特化したプログラマーなら、やっていけるのでしょうね。あと、仕事の内容を問わなければ独立という方法もありますね」。Uさんは、オープン系のごく普通のプログラマーである。それに独立志向はなく、会社員でやっていきたいと考えている。「やはり難しいですか…プログラミングが好きで、ただ続けたいだけなんですが…」。かなり年齢が高くなるまでプログラマーを続けていける企業もある。しかしそういった企業では、必ずしも年齢に見合った昇給が続くというわけではないようだ。なぜなら技術革新のスピードが速いため、経験年数の長短が評価の対象にならない。また、新しい技術を習得するラーニングアビリティ(学習能力)についても、やはりどうしても若年層の方が優れているからである。

エンジニアの世界ほどではないにしろ、上記のような話は、どの業界にも多かれ少なかれ言えることだ。好きな仕事“だけ”を続けるのなら、希少なスキルを独占するか、もしくは重いリスクを認識する。しかし実際にそれができるのは、現実問題として少数派である。我々ビジネスマンは好きな仕事と関わり続けるために、その周辺にあるスキルも貪欲に取り入れるべきなのだ。“キャリアプラン”とはつまり、目的の仕事で確固たるキャリアを形成するために、周辺のどんなスキルを身に付けるか、ということでもあるのだ。

転職を考えてオフィスを訊ねてきたUさんだったのだが、しばらく保留して考えてみるのだそうだ。私が受けた印象では、Uさんはプログラミング以外のことに不向きな人材ではないと思う。今の会社でぜひ頑張ってほしい。

『 業界研究の法則 』

誰でも一度は、伸びていてイメージも良い業界に入りたいと思うものだろう。しかし“花形業界”に入ったからと言って上手くいくわけでもないのが、転職の世界である。ビジネスマンが本当にやるべきことは、業界に入ることではなく、仕事だ。その業界で何がやりたいのかを、結局は問われるのだが…

何がやりたいのかわからないまま業界選択をしている人に、時々出くわすことがある。最近では大手都市銀行出身のTさんだ。彼が志望先として挙げたのは、IT業界、コンサルティングファーム、流通系ベンチャー。脈絡のない顔触れに、その志望動機を一つ一つ聞いてみると、答えは全部一緒だった。

「伸びている先進的な業界だから」というのが、全てに共通するTさんの志望動機なのである。だが、企業の目から見ればそれは志望動機ではなく、単なる“感想”に過ぎない。自分なりに業界研究をかなりやったと言うTさんに、私はその研究姿勢に問題があるのではと言ってみたのだった。

問題は、Tさんが受け身であるということである。Tさんが業界研究で得たのは“感想”だけで、自分はこうしたいという“ビジョン”がなかったのだ。それは、自分でなく、まず業界ありきで研究しているせいだ。良い業界に入りさえすれば自分も良くなるという、受け身の気持ちがどこかにあるためだ。

そもそも受け身では、ビジネスマンは仕事などできない。環境によって良くしてもらおうという考えで、もし入社したとして幸せだろうか。世間や他人から流れてくる風評でなく、自分の目で何を確かめるべきなのか。それがわからないまま入社しても、またイメージとのギャップに苦しむだけである。

業界研究は確かに大切だ。しかし、それは“話題の勝ち組み企業”を探す研究ではなく、自分のやりたいことがある業界を探すための研究であるはずだ。自分のやりたいことは一体どこにあるのか。そんな目で眺めてみれば、Tさんもまた違った業界地図が見えてくるはずである。

『 技術派遣の法則 』

コンピュータ系の転職者のみなさんと話していると、時々「私は派遣でこんなキャリアを積んできました」とおっしゃる人がいる。「派遣社員として、業界大手の○○社で数年働いてきた。だから○○社レベルの仕事が自分にはできます」と。果たして現状はどうなのだろうか。

転職市場で技術者が評価されるポイントを、みなさんはご存知だろうか。20代前半では、技術知識が高ければよい。だが20代も後半になると、いかにクライアントを理解しているかという業務知識が求められる。30代になるとさらに、プロジェクトや部下を管理するマネージメントスキルが求められる。今までの技術系派遣では、技術知識以上のものを得るのは難しいとされてきた。最先端の企業を職場にしていても、得られているのは最先端の技術知識だけであろう、と。ドライな話だが外資系の中には、派遣期間を採用評価に一切加味しない企業も、以前は確かに存在した。つまり、いくら多くの有名企業を渡り歩いてきても、技術知識以上のスキルがあることを認めてもらいにくい、というのが今まで派遣技術者の置かれてきた立場だったのだ。

では、技術者派遣は働く者にとってメリットの得がたい雇用形態なのかというと、そうではない。まず、技術系職種の登竜門としての活用方法がある。多くの派遣会社には、手厚い研修体制や資格取得支援制度が用意されている。様々な企業の風土を実地に見て企業選びの参考にできる利点もある。さらにそこそこの収入が得られるので、転職活動の資金集めにもなる。技術知識しか求められない20代前半のうちにコンピュータ系職を始める出発点として1~2年派遣を経験する、というこの方法は、かなりポピュラーである。

そして20代後半から、転職市場にも対応しうるキャリアを派遣で積みたいと考えるのなら・・・。技術知識以上のスキルをどうやって身に付けるか、を充分考えて仕事に取り組んで頂きたいのだ。派遣会社の中には、派遣技術者が今まで抱えてきた問題点を考慮し、業務スキルやマネージメントスキルをも養えるような仕事を任せる会社が増えてきている。今、しばらく派遣を続けるつもりでいる人も、そのような会社を選んでおいて決して損はないはずだ。自分がそこでどのようなステップを踏み、どのようなスキルを身に付けていけるのかを念頭に置いた上で、派遣会社をしっかり選んで頂きたいのである。

『 ノリの法則 』

職場には色んな性格の人がいて当然だ。かちんと来ても我慢したり、苦手な人とも組んできっちり仕事をしたり。そんなことは私たちの誰もが日常的にクリアしていることだろう。だが、個々の性格ではなく、仕事の上で根本的な何かが周囲と違ってしまっている時、人は職場の中で孤立する。

その“何か”とは仕事の“ノリ”ではないかと、私は先日A社の人事担当者と話をしながら思ったのだった。A社は、ベンチャーから大手へと躍進したIT系企業として名の売れた会社である。転職先として狙うエンジニアは引きも切らず、私もたびたびA社と転職者の面接をセッティングしていた。その中で、人気企業にしてはちょっと珍しい現象が起こっているのだ。

転職者自らが、選考途中で続々と辞退を申し出る。理由を聞いてみると、誰もが一様に「私にはついて行けそうもない」と言う。A社ほど人気のある企業なら、普通は多少無理をしてでも入社を希望する人の方が多くなるはずだ。ところが、面接に臨んだ実に8割方の人が自ら選考を辞退するのである。

それはA社の面接のせいだ。A社では、人事も役員も面接に顔を出さない。出てくるのは、現場のスタッフが2名以上。彼らは転職者の前に座るなり、いきなり世間話を始める。それもただの世間話ではなく、エンジニア同士のあまりにもマニアックなよもやま話である。あの会社が今度作ったシステムのこの部分がまずいとか、いやこの部分では評価できるとか、そんな話だ。

話に入れない転職者はとことん入れない。「仕事の本筋と無関係。面接に来ている者を馬鹿にするのか」と、怒って席を立つ人もいるという。だが、たまに目を輝かせて「自分はこう思う」と水を得た魚のように語り始める人がいるらしい。そうした人が最終的にA社に入社する。「おたくノリでしょう」と、A社の人事担当者は笑って言うのだった。「でもうちは、そんなエンジニアたちがマニアな愛情を込めて作ったシステムで伸びてきた会社なんです」

話し足りなさそうに帰っていった人ほど、入社後、生き生きとしているそうだ。「やっぱりノリが合うかどうかは大事ですよ」とA社の人事担当者は言った。私もそうだと思う。“ノリ”とはこの場合、人々の向いている方向性を指す言葉だ。性格は、多少合わなくともお互い我慢できる。しかし、皆と違う方向を向いて一人立たされるのは、不幸だ。誰もがバラバラの方向を向いている会社も不幸だ。皆さんが自分のノリと合う職場に出会えることを祈る。

『 企業文化の法則 』

この仕事も長くやっていると、転職者と向かい合った瞬間に「あの会社と合いそうだな」という直感が働くようになってくる。あくまで直感だからこれといった根拠はないのだが、けっこう当たったりもするので面白い。実際に両者を引きあわせてみると、仲介の私などおいてけぼりで盛り上がったり。

顔は好みでないのに、妙に気が合ってしまった。…結婚の王道(?)として語られるパターンだが実は転職市場の中でも、これと同じような現象が時々起きる。ひとたび意気投合すれば、多少の欠点もなんのその。企業と転職者が、ゴールインへと一直線に突き進んでいく。最近で言うと、外資系の大手コンピュータメーカーに転職したEさんのプロセスがその好例と言えよう。

初めて外資系T社の面接を受けたとき、Eさんのスキルは、T社の求めるスペックを満たしているとは言えない状況だった。技術レベルでは合格点だったのだが、語学が弱かったのである。「もし落ちてもがっかりしないでください」。私もそんなことをEさんに言いつつ面接をセッティングしたのだ。

結果はやはり不合格。しかし、これがただの不合格ではなかった。面接の席で、EさんはT社の採用担当者たちと「○月までに語学レベルを規定水準まで上げ、再び採用試験を受ける」という約束を交わしたのだ。後でT社の採用担当者の1人が、私に語ってくれた。「他にも優秀な採用候補はたくさんいましたが、この人とならいい仕事ができそうだと一番強く感じたのがEさんでした。とにかく私たちの企業風土に合う人だと感じたのです」。面接の後、急きょ語学留学に旅だったEさんは今年4月に無事帰国してきた。現在は、配属先のソフト開発部門にも、すっかり馴染まれている頃だろう。

「大手・外資系というと、どうも誤解されがちなのですが」。T社の採用担当者が、同時に興味深いことを語ってくれたので、ご紹介しておこう。「合否はスキルが全てという印象があるようですが決してそうではありません。私たちが見るのは、スキルが70%、人格が30%。着実に結果を出す能力は、もちろんですが、それと同時に自社の文化を理解して下さる方を求めているのです。経営理念や人材理念を規定する規模の会社ほど、その傾向が強いのでは」。

企業はそれぞれに1つの社会であるから、それぞれに独自の文化が存在する。いくらお互いの見た目が気に入っても性格が合わなければ、一つ屋根の下では暮らせない。企業が皆さんの人柄を見るように、皆さんも積極的に外へ出て、書類上のスペックだけではわからない企業の姿を見極めねばならないのだ。

『 サブスキルの法則 』

先日、知り合いの若手コピーライターT君から、個人的に相談を受けた。転職活動に際して経歴書を書いたので、ちょっとチェックして欲しいと言う。気軽に引き受けてみたのだが、経歴書を見るなり、また私のおせっかい癖がむくむくと頭をもたげてきてしまったのだった。その経歴書には、受賞関係、いわゆる“コピーライターとしての実績”しか書かれていなかったからだ。

他に何か書き込むことはないのかと聞く私に、T君は釈然としない表情でこう答えた。「だって、コピーライターとして転職先に売り込むんだから、受賞実績で押すのがいちばん強いでしょ」。「う~ん」と考え込む私。「確かに受賞実績はメインで押すべきことだけど、それだけじゃ弱いんだ。この経歴書には、サブの売り込みポイントが書かれていないんだ…」。

クオリティの高いコピーライティングができる。それは、転職先の会社にとっては“最低ラインの採用基準”なのである。つまりクリアしていて当然の話なのだ。彼のようなスペシャリスト職に就く人はよく誤解しがちなのだが、“専門分野のスキルで勝負できればいい”と考えているフシがある。しかし、採用する会社側は、専門分野のスキルプラスアルファをも求めているのだ。例えば、ある業界知識に明るい、ディレクション等の営業的な動きもできる、部下・後輩をマネジメントした経験がある、業務フロー等の社内的改善について実績がある等々…。何でもいい、サブの売り込みポイントが必要なのだ。業界随一の専門スキルでライバルを引き離すのなら、それもいいだろう。しかし、そこまでのスキルを手に入れられるのは、現実問題として一握りの人間に過ぎない。コピーライターに限らず、ビジネスマンとして働く私たちは、互いに拮抗する競争相手と差をつけあっていかねばならない。そこで効力を発揮するのが、メインのスキルを補強する、サブのスキルなのである。

またこれは経歴書とは直接関係ないことだが、採用会社のトップはなおさら全人物的な評価をしてくる。仕事はできて当たり前。で、キミはどんな人間なのだ?と。専門職者という範疇のみでなくひとりの職業人として、どのようなアイデンティティを持っているのか。何を目指しているのか。企業トップ層にプレゼンテーションできる人が、実は一番強かったりもするのだ。

不安げな表情になったT君に、私は提案したのだった。「とりあえず、どんな瑣末なことでもいいから経験業務を出来る限り書き出してごらん。話はそれからだ」。組織の中で働く以上、誰しも何らかのサブスキルがついていくものである。違いは、それを意識するか否かに過ぎないのだ。「わかった。来週にでも」とT君は答えてくれた。着実に力を伸ばしてきたT君なら大丈夫だと私は思う。強力なサブスキルが見つかるはずだ。今から楽しみである。

『 情報武装の法則 』

人材紹介会社を訪れる転職者の方の中には、目当ての企業を絞り込んでから登録に来る人もかなり多い。こちらが驚くほど完璧に下調べしている人もまた多く、情報化の社会なのだなあと改めて認識させられることしばしばである。その気になれば誰でも、プロ顔負けの知識を得られる時代になった。だからこそ、情報に無頓着な人が悪目立ちしてしまうようにもなりつつある。

先日、これはちょっとあんまりではないかと思った人に出会ったので、ご紹介しておこう。WEBデザイナーのRさんである。Rさんはネットで目当ての企業A社の募集を知り、どうせ応募するなら紹介会社経由でと当オフィスへやって来た。そこまではいいのだが、面談室で向かい合っていざ話をしてみると、彼はA社の募集条件にさえ目を通していなかったのだった。

「A社のサイトを見て募集を知ったんでしょう?なら、募集条件が書かれてたはずですが、そこは見なかったのですか?」と私はRさんに問いかけた。すると、見たことは見たがよく覚えていないと言う。紹介会社に行けばちゃんと教えてくれるものだと思っていた、と。それはもっともだが、ならばなぜ募集条件も検討しないうちから応募する気になったのだという疑問が残る。

「WEBデザイナーを募集していて、良いって聞いたことがある会社だったからですよ」と、Rさんは投げやりに言うのだった。そして、逆にこう聞いてくるのだ。「A社って、どんな会社なんですか?」と。具体的に何が知りたいのかと聞いてみると、企業概要や業務内容なのだと言う。つまり良いという評判だけで、基本的な企業情報も調べずに応募を決めているのだ。

Aさんは経歴書や作品を見る限り、決して悪くはないデザイナーだった。しかし、転職者としては依頼心が強すぎるのではないかと私は思った。この姿勢が紹介会社だけに向いているうちはいい。だが人の姿勢というものは、えてして様々な場面で顔を覗かせてしまうものである。嫌な予感は的中した。基本的なことだけでも頭に入れておくようにと釘を刺したにも関らず、彼はA社の面接で「うちの会社をわかっていない」と看破されたのである。

「人が欲しいのなら、説明ぐらいすればいいのに」と吐き捨てて、Rさんは去っていった。確かにRさんの言うことも、ある部分では正しい。だが、これだけ膨大な情報が氾濫している中で、多くの人があらゆる手段を用いて自分に必要なものを集め、情報武装しているのだ。目の前にある情報さえ自分でつかもうとしない人から淘汰されていくのは当たり前の話だろう。「知りません、教えて下さい」の通用するハードルが、どんどん高くなっている。

『 評価と理念の法則 』

納得できない評価にも何かしら理由が隠されているものなのだと、前回私はお話しした。しかし、それでも自分が会社から受けている評価には納得ができない。隠された理由うんぬんと言う前に、会社の評価基準自体がポイントを外しているのだ…。と、得心のいかない方も当然いらっしゃると思う。

公正な評価制度の構築は、企業にとって永遠の難題である。最近では能力・実績評価に主軸を置いた制度がもてはやされているが、ご存知のとおり、上手く運用できている企業はそう多くはないというのが現状だろう。各部門によって異なる業務内容に即した、かつ全社的に見ても公平な評価基準を確立できているのか?評価基準を策定する者は、対象部門の業務内容を現場レベルまで下って理解しているのか?評価制度を用いる管理職者の教育は、果たして充分になされているのか…?残念ながら、問題は山積みである。

では、私たちはどのようにして“的外れな評価制度”しか持たない企業を見分ければよいのだろうか。Dさんの事例を通じて、ご説明していこう。Dさんは24時間体制で稼働する工場の、ライン管理責任者である。ある夜、折悪しく彼が当直を勤めている時に、製作機のひとつがちょっとした不調をきたした。ラインからは次々と歩留まり品(不良品)が吐き出されてくる。彼は即座に自己の判断でラインをストップし、3時間後に稼働を再開した…。翌朝、Dさんは“3時間のライン停止”について釈明を求められた。たった3時間でも、Dさんは会社に対して損害を与える判断を下したことになるのだ。そこで、Dさんは“会社の経営理念”を釈明理由に挙げた。「歩留り率を○%以下に抑えるという業務目標に添って判断しました。“お客様に本物の商品を”という我が社の理念に照らしても、正しい判断だったと考えます」。もしDさんの会社に明確な経営理念や、経営理念に添った部門ごとの業務方針がなければ、Dさんは“損害を与えた奴”という、マイナスの評価をされてしまったかもしれない。よく、会社を選ぶ際に“納得のいく評価制度がある所”という希望を述べる人がいるが、まずチェックすべきなのは、評価制度そのものの中身でない。明確な経営理念が存在し、それが現場の業務の中で機能し、評価基準もその理念に添って作られているか、ということなのだ。

だから私は“納得のいく評価制度”より、まず“納得のいく経営理念”を探すことをお勧めする。あなたのビジネスモラルに合致した経営理念が、現場レベルまで浸透した会社なら、さほど的外れな評価に悩むこともないだろう。もっとも、そんな会社に入れたとしても、あなた自身が何もしなければ、納得のいく評価など得られない。これは、言うまでもないことだと思うが。

『 リスク管理の法則 』

金融商品の特集記事を読んでいると、よく「利用者自らがリスク管理を」というコメントにお目にかかる。ハイ・ミディアム・ローのリスク&リターン順に商品説明が並び、「それぞれのリスクを理解した上で、あなた自身が責任を持って選択してください」と結ばれるわけだ。私は「言われなくてもわかってるよ」と思いながら、ついついハイリターン商品に目が行ってしまう。

ところで、実は同じようなことが転職の世界でも起こっている。しかも、転職者自身が気付かないうちにだ。選択を間違えただけで丸損の金融商品と違って、転職には“労働”という代償行為がある。だから、「これから頑張って働けばいいや」と考えてしまうため、問題があることが、わかりづらい。しかし、転職に際して考えるべきことは、「頑張れば良い」ではなく、

「実際に自分が頑張れるか否か」だ。例えば、この頑張れるか否かをとことんつきつめた人の話をしておこう。

話の主は27歳のソフトウェア開発者Pさん。Pさんは超が付くほどの慎重な人で、何社もの人材紹介会社をかけもちして転職活動を進めていた。そして、その中の何社かを“おいしい話だけしかしない”という理由で切り捨てていた。Pさんの逆鱗に触れた“おいしい話”とは何だったのか。興味を持って尋ねた私は、Pさんの説明を聞いてなるほど、と思った。

「年収がこれだけ上がりますよと言うので理由を聞いたんですが、あなたのスキルが素晴らしいからとか、バカみたいな答えしか返ってこないんです」Pさんが欲しかったのは年収アップの“裏”に隠された情報だったのだという。前職と比べ仕事の難易度がこれだけアップするとか、体力的なハードさがこんなにアップするとか、会社の経理が少々ドンブリだ、といった情報である。「それを知らないとついていけるかどうかわからないじゃないですか」

Pさんは結局、前職とほぼ同じ年収額で転職していった。限りなくローリスクを選択したわけである。その選択が正しいかどうかは、私にはわからない。ただ、転職市場にもリスク&リターンが存在することを意識し、“クリア可能か”という視点でリスク&リターンのレベルを選択した彼の姿勢には学ぶべき所がある。どんな世界にも“おいしい話”と“その裏側”が存在する。それをわかったつもりでなく、わかった上で背負おえるかどうかが重要なのだ。

『 評価の法則 』

人はどんな時に転職したくなるのだろうか。私が思うに、それは“評価のバランス”が崩れたときなのだと思う。私たちは日々、様々な相手から評価されながら生活している。会社組織に属する人々で言えば“社内の人事考課”“顧客からの評価”“所属する現場からの評価”そして“自分自身からの自己評価”等が考えられるだろう。これらが均衡を保っている時が、いい状態、つまり満足して働ける状態。反対に、例えば自分ではよくやったつもりなのに給料が上がらない…、という時が均衡の崩れた状態である。

以前転職相談に来たKさんの例を挙げてみよう。Kさんは当時31歳のユーザーSE。資材メーカーの社内システム全般を構築するSEとして社員登用され、3人の同僚と共に仕事にあたってきた。積極的な性格で、新しい技術を採り入れドラスティックに改革していくべきだと考えていたKさんは、社内の上層部にも日頃から様々な提案を行なっていた。対して、同僚の3人は何となくやる気がない。古くなっていくシステムに対する危機感は持っているようだが、テコでも上層部を動かすような気概は感じられない。“ここは俺がリーダーシップをとらなければ”と、Kさんは常々考えていた…。

ところがある日、Kさんの現場に辞令が降りた。会社は、今まで総務課に属していたKさんらを“システム課”として一部門に格上げ。Kさんは自分がその長にとうぜん選ばれるものと思ったのだが…。なんと、課長に任命されたのは、Kさんでなく、Kさんが馬鹿にしていた他の同僚だったのだ。

「まったく納得のいかない話だと思いませんか」。Kさんは、私にそう訴えるのだった。「でも」、と私は反論してみた。「会社の上層部は、あなたをタカ派、他の同僚を穏健派と見なしていたのかも知れませんね。ご自分の業績だけでなく、評判めいたことも、あなたは確認していましたか?」

会社とはそこで働く以上、あらゆる視点からどう評価されているのか、常に意識しないといけない場所だ。顧客・会社・同僚から期待されていることを敏感にキャッチし、応えていくことで“評価のバランス”を保っていかねばならない。この均衡が崩れると、どこかから亀裂が広がっていくものなのだ。よく「人事考課に納得できない」と言う人がいるが、なぜそのような評価を受けたのか、理解しておいて損はないと思う。自己評価より他者からの評価の方が低い…。そこには必ず何か理由が存在するのだ。そしてその理由の中に、あなたが他者から期待されている物事がある。辛い作業かも知れないが、理解しないまま転職考えたとしても、同じ轍を踏むだけだと私は思うのだ。

『“資格のツボ”の法則 』

「私は先日36歳になってしまったんですが、転職できないのでしょうか」最近、これに類するご質問を転職者の方から時々受ける。聞けば、雑誌などで、“35歳までが転職可能なギリギリの年齢”という言葉を目にしたらしい。「35をとうに越えた私が転職活動しても難しいですよね。でも職場を探さないわけにはいかないし…」と、相談主は活動前から落ち込んでいる。

「そんな記事、真に受けることはないんですよ」と励ましてみるのだが、その励ましさえも、“好意の嘘”と取る人が多いのには心が痛む。年齢そのものよりも、年齢を気にして弱腰になる姿勢。そちらのほうがよほど、転職活動には不利に働く。実際、企業と転職者の間をつなぐ我々人材エージェントの経験からしてみれば、年齢制限などは案外“どうにかなる”存在なのに。

例えば、先日出会った38歳の営業マン、Uさん。彼が面接を受けた企業は当初“資格年齢34歳まで”としていた。念のため、私は事前に人事担当者に確認する。「38歳の方ですが、業界経験と技術知識をかなりお持ちです」すると「あの資格は単なる目安ですから…。ぜひお会いしたいです」と返ってくる。実にあっさりしたものである。本当はこうした企業が大半なのだ。

Uさんは結局、技術知識を買われて採用された。その企業が、年齢よりも技術知識など、他のポイントに重点を置いて選考していたからだ。このように企業の提示する募集条件は、一見同じ項目が並んでいるように見えても、企業ごとに違う“優先ポイント”が存在する。年齢に重点を置く企業も勿論あるが、業務スキル、経験内容、人物的素質など、ポイントは各社それぞれだ。

では、なぜ企業によって募集資格の優先ポイントが違うのだろう。それはごく簡単なことだが、“求める人材像”が各社違うからだ。「年齢は多少オーバーでも、最低限、業務経験5年以上の人が欲しい」「業務経験があるに越したことはないが、何よりも意欲のある人が欲しい」という具合。年齢を気に病むより、そうした資格の“ツボ”を見極める方が遥かに大切なのだ。

逆に、こうも言える。志望企業の資格のツボを見極めた上で自分を売り込めば、ウイークポイントさえカバーできることにもなるのだ。それはUさんの例でもおわかりだろう。転職市場では、確かに年齢の低い人ほど歓迎されがちだ。しかし、絶対ではない。募集条件に書かれていることも、全てが絶対ではない。「この企業は本当はどんな人材を求めているのか」と考える。募集記事の全体から読み取る。企業に聞いてみる。「自分は条件を満たしていない」と落ち込む前に、そんな前向きな気持ちをぜひ思い出してほしいのだ。

『 ビジネスモラルの法則 』

上司との無用な軋轢を避けるためには、まず自らが属する組織の方針を理解することだ。と、前回私はお話しした。理解した上でなお上司や組織の方針に納得できないのであれば、それはあなたと会社が根本的に合っていないのだと。今回は、ここをもう少し突っ込んでお話ししてみたい。ビジネスモラルのミスマッチがどんな結果を招くのか。また、ミスマッチを避けるために、我々はどのような行動で対処すればよいのだろうか…。

人材紹介オフィスで転職者と接していると、リストラ解雇ではなく純粋に自主退職する壮年の役職者が、常に一定量存在することに驚かされる。目に付く退職理由が“会社との考え方の相違”だ。それまでほぼ問題もなく永年勤め続けてきた人が、ぷっつりと糸が切れるように会社を辞してしまう。経営陣に近い役職者ほど、その傾向が強いように思える。経営陣と接する頻度が高まることによって、また“真に会社側の視点”で物を考えることが要求されるようになって、会社と自分の決定的な相違点に気付いてしまうのだ。

例えば中堅メーカーの営業畑を歩んできたKさんは、営業部門長に就任して間もなく“製品のバグ情報を会社が隠蔽している”ことを知った。隠すのは顧客に対して不誠実だし、どうせばれることだ。公開したほうが良いとKさんは経営陣に進言したが、聞き入れてはもらえなかった。案の定バグは周知のところとなり、営業所には苦情の電話が殺到。しかし経営陣はまったく責任をとろうとしない。「以前から時々あったバグによる苦情は、もしかしてすべて予想されていたのでは…」。いちど芽生えてしまったKさんの不信感はそれから事あるごとに膨張し、とうとう辞表を提出するに至った…。「その会社の経営方針“顧客志向”だったんですよ。まったくお笑いですよ」

ひとくちに“顧客志向”と言えど、会社や個人によって定義や表し方は様々だろう。大切なのは、ビジネスマンとしてのモラルの上で“決して相容れない重要な部分”が自分と会社の間にないかどうか、早い段階で知っておくことだ。そのためにはまずKさんのように、自らのビジネスモラルを確立すること。そして、経営陣と近しい立場になるまでミスマッチに気付かなかったKさんの轍を踏まないことだ。“顧客志向”という理念があるのなら、それを経営陣はいかに企業の行動指針や戦略・戦術へと具体化しているのか。転職者のみなさんは、面接の席でぜひとも具体的な回答を引き出してほしい。その答えいかんによって、早々に見切りを付けるか、許容範囲内で合わせていけるのかを、みなさんは検討し、選択することができるのだから…。

『 辞める人間の法則 』

登録者のひとり、Lさんが、転職前に体験した話である。Lさんの勤めていた会社は中堅の資材メーカー。社員数50名程度で、そこそこアットホームな社風だった。Lさんも人間関係が嫌で転職を決意したわけではない。しかし、彼は退職日に、同僚全員から強烈な嫌がらせを受けてしまった。予定されていた送別会の会場に行ってみると、誰ひとり来ていなかったのだ。

「何が原因なのか、私なりに色々と考えたんです」。Lさん自身も、けっして悪い人間ではない。それどころか、20代の割には落ち着いた雰囲気の、優秀な営業マンである。“ひどい嫌がらせを受けるほどの非”が自分にあったのではないか。苦しいけれどもきちんと考えて、私にも打ち明けてくれた。

Lさんが言うには、「なんでも自分中心に考えすぎた」のが、皆に嫌われた理由だ。チームリーダーの肩書を持っていたLさんは、それまで自分が中心になって仕事を進めてきた。ところが退職が決まると、とうぜんそのポジションからはずされる。肩書こそリーダーのままだが、仕事の中心からは遠のいていく。Lさんはそれが寂しかった。皆からまわってくる仕事は、今まで“部下の役目”だった定型作業ばかり。どうせ辞める人間とは言え、リーダーの俺にこんなことやらせるなよと、Lさんは常に不満だった。

そんな内面の苛立ちが、自分では気をつけているつもりでも、ついつい表に出るようになった。与えられた仕事に、ムッとした顔をしてしまう。あまり言わなかったグチが、口をついて出てしまう。「ああ、やってらんない」。Lさんがそう言うたびに、周囲の同僚が驚いた顔をして振り向いた。今まで同じようなグチを言っても、皆一緒にそうだそうだと笑っていたのに…。

辞める人間は、辞めると決まった瞬間から異質な存在なのだ。苛立った顔や、何気ないグチも重みを増す。“辞める人間”にふさわしい立ち振る舞いが要求されるのだ。自分は、そこのところを理解していなかったとLさんは振り返る。「仕事の中心からはずされて、悲劇の主人公みたいに考えていました。でも、ほんとうはそうじゃない。去りゆく脇役でしかない。周囲の気持ちをまず第一に考えて、自分の感情をコントロールするべきだったんです」。

私はLさんに、まったく同感だと言った。そして、そこまで冷静に自己分析できるLさんに敬服するとも言った。あなたなら、次の会社でもきっとうまくやれるはずだと。Lさんは、苦しかった胸のうちを吐き出して、すこし気が楽になったようだった。「転職先でイチから頑張りますよ。見ていてください」。そう言って、笑顔で面談室を去っていったのだった。

『“転職の法則”の法則 』

[en] Career Newsが100号を迎えると共に、この「転職の法則」も100回目を迎えた。記念すべき号だけに、何か変わった趣向で書かねばとしばらく考えてみたのだが…。考えてみれば私は今まで、人のことをああだこうだと言うばかりで自分のことは棚に上げ通しだった。そこで今回は、転職の法則を書く私自身を、マナイタの上に乗せて話をしてみようと思う。

人材紹介会社のエージェントを続けてもうかなりになるが、最近、私を取り巻く仕事環境も随分様変わりしてきた。様々な転職手段がメディアに紹介され、人材紹介の利用者総数も増加した。そこで決定的に変化したのは、人材紹介を賢く利用する人々が増えたことである。数社の人材紹介会社を使い分ける。数ある転職リソースのひとつとして人材紹介会社を使う。転職者自身が意志を持って、個々のエージェントが持つ能力を引き出す時代が来たのだ。

私はほんの数年前の自分を思い出す。今でも充分私は偉そうだと思われているかも知れないが、数年前の私には、さらに強引というオマケがついていた。甘いと感じた考えは徹底的に正す。時には説教を垂れる。自分が良いと思う方向へ転職者を導かなければ気が済まなかった。しかし、普通の対人関係でもそうだが、自分の“良い”が常に他人の“良い”たりえるのだろうか。

転職は人と人の縁で成り立つものだ。多様な価値観と信念を持った人々が、数ある転職リソースのひとつとして私を選ぶのであれば、私はその選択を大切にしようと思い直したのだった。先々の目標に到達するためのキャリアプランや方策。スキルと経歴に添ったターゲット企業。転職者がそれらを選び取るための手助けは、縁あった以上骨身を惜しまずやる。だが、私自身が最後の意思決定を迫ってはならないのだ。決定権は皆さん自身の中にしかない。

エージェントは優秀な黒子であるべきだと思う。転職者が自分自身の意志を持って動くそばで、必要なものを的確に渡していく。物事を本当に考えるのは転職者だ。優秀なエージェントはそこをきっちりわきまえている。転職者が能動的に動き、選択していくための、他では替えの効かない強力なサポート役。それが、これからの人材エージェントの役目なのだと私は思う。

そしてこの「転職の法則」も、みなさんの意志や選択を黒子のようにサポートする存在でありたいと思う。何が自分にとって良いのか、正しいのか。選び取るのはみなさん自身だ。様々な転職者の話や、私が述べる意見を目にして、みなさん自身が何かを考える。そんな役目さえ果たせれば、私は本当に光栄である。今後とも、「転職の法則」をどうぞ宜しくお願いします。

『 就職と就社の法則 』

“やりたい仕事に就くことが、前向きな、正しい就職の姿である”。いつごろからか私たちはみんな、そう思い込まされている。人生に対してポジティブな人間は、やりがいを基準に仕事を選ぶものだと。本心では「やりがいより、まずは安定した環境だよ」と思っていても、堂々と口に出すのは何となくはばかられる。会社の善し悪しだけで就職先を決めるヤツは夢のない保守的人間。…なんて、馬鹿にされそうな雰囲気があるからだ。しかし本当に“やりたい仕事”だけが、そんなに正しいのだろうか。

Nさんの例がある。「やりたかった仕事に就けて俺は幸せだ!」…そう思っていた矢先に、Nさんは入社したての会社をリストラされてしまったのだ。仕事の理想を追求しようとするあまり、Nさんは、同僚や上司に“率直な意見”をしまくっていた。彼から見ると周囲の人々は、ヤル気がなく、不手際が多いように思えたからだ。俺が良い方向に変えてやる、と考えていた。当の同僚や上司にしてみれば、ありがた迷惑な話である。彼らには彼らのやりかたがちゃんとある。なのにNさんは、そのすべてを引っかき回すのだ。周囲の状況を省みず、あくまで“自分のやりたい仕事”にこだわるNさん。彼は、職場の中で完全な邪魔者と化してしまっていたのである。

就職と就社のバランスをとれ。私自身は転職者のみなさんに、こうアドバイスしている。どんな仕事に就くかが“就職”。どんな会社に入るのかが“就社”。この2つをバランスよく考えて、転職先を決めるのである。日本の企業は、いろいろややこしい。仕事のことだけ考えて生きていける場所ではない。それぞれの会社に独自の“社風”があり、そこに馴染めるかどうかが重要なカギになる。やりたい仕事を続けるため、自分はどんな社風の中に身を置くべきなのか。そこまで考えて職場を選ぶ必要があるのだ。しかも今なら、経営状態や業界の先行きも念入りに調べておいたほうがいい。仕事は面白くて毎日楽しいが、給与は未払い。あげくに倒産した。そんな、笑えるようで笑えない話も、実際にたくさん起こっている。

その道のプロとして仕事をする人は、確かに恰好いい。しかし、我々の多くはサラリーマンである。プロになるためにはまず、ステージが要るのだ。少しでも自分に合った、そして丈夫なステージを選ぶ。それを“就社”と呼ぶのだ。決して恥ずかしいことでも、夢のない考えでもない。“就職”の理想も大切だが、“就社”の現実も、ぜひ見つめて頂きたいと思う。

『“格”と実力の法則 』

この会社はあの会社より格が上だとか、そんな言い方をするのはあまり好きではない。しかし、企業ランクという言葉が無意味になりつつある最近でも、“格”にこだわる企業はまだまだ多い。そのこだわりは、転職市場にもいまだ陰を落としている。つまり“格上”の会社の人材を採用したがる企業が目立つのだ。

経済社会のパラダイム自体が転換されようというご時世に、しかも実力主義と言いながら、そんなことを言っているのか。と思う方もいらっしゃるだろう。だが、企業にも企業なりの事情がある。自社より“格上”の会社から人材を引き抜ければ、やはり嬉しいのだ。“格上”の“優秀な人材”を採用した満足感と実績が、最もわかりやすい形で得られるのだろう。

しかし一方で、“格”うんぬんに全くこだわらない企業も、徐々に増えつつある。ある大手SI企業A社を例に説明してみよう。数年前A社を初めて訪れ採用実績一覧を見た私は、独特の傾向に興味を持った。出身企業を見ると、いわゆる“格上”も“格下”(嫌な言い方だが)も混合状態。“格下”のほうが多いぐらいだ。私はA社の人事に、何気なく理由を聞いてみたのだった。

人事担当が笑いながら返してきた答えはこうだった。「逆に聞きますが、何か理由がいるんでしょうか。いい人材を真剣に採用してきたら、こうした結果になったまでのことなんですよ」。私の中にも、いまだ“格”という概念がある。それを見透かされたような気がして、恥ずかしくなった。私は気を引き締め直して、A社の採用基準について詳しく聞いていったのだった。

技術的な経験などの職務経歴は、もちろん見る。しかしそれ以上にA社が重きを置くのは、どのように職務に取り組む人物なのか、という点だった。クライアントや同僚とのコミュニケーション方法は? 担当業務をどのようなフローでこなし、どのように完結させるのか? 面接に時間と手間を惜しまず、判断の難しい人物的な側面を、まさしく真剣に見極めていたのである。

このような会社こそ、文字通り気を引き締めて面接に臨むべきだと思う。従来の“格”、イコール“ブランド”は通用しない。企業名というラベルを引きはがされ、人としての資質を徹底的に吟味される。本当の実力主義とはこういうことだ。壁を越えてチャンスが広がる分、私たちは自分の“品質”に責任を持たねばならない。ちなみにA社の前年度業績は、目標を大幅に上回る見込み。フロアーにはいつ訪ねても気持ちいいほど活気がある。

『 企業見極めの法則 』

有効求人倍率0.5%。お役所発表の数字が語るとおり、企業の求人数は確かに激減した。激減したのだが、私は別の意味で歯がゆい思いをしている。“こんな時期に会社を選り好みするな”という風潮に、世間が傾きつつあるからだ。私の実感では、今、求人を出している企業は“当たり”と“どスカ”の混合状態。業績好調な優良企業ばかりではない。死に体の経営状況でも頭数を揃えねばならない企業。求人難に乗じて採用し、汚れ役要員に充てる企業…。こんな時期だからこそ、私たちは企業を選り好みすべきである。

そこで今回はズバリ“企業の見極め方”。信用録等での事前調査は当然として、ここでは、自分の目で“生の実態”を確かめる方法をご紹介したい。企業側に主導権を握られがちな採用面接の場を、逆にフル活用するのだ

1. 会社のダメ度は、人事の人間のダメ度に比例する。
面接では必ず、合間合間に「何か質問はありませんか」と聞かれる。その瞬間を逃さないでほしい。御社の経営理念をぜひ聞かせてほしいと頼むのだ。答えられなかったり、要領を得なかったりする人事は、ダメ人事である。そして、組織の基幹である人事にさえ経営理念が浸透していない会社は、もとから経営理念が存在しないか、あっても機能していないダメな会社なのだ。

2. なぜ求人しているのか。募集背景をつっこめ。
なぜ当社を志望されたのですかと聞かれるのだから、私たちも「なぜ今回の募集を行なわれたのですか」と聞いてもいいはずだ。そこでウヤムヤな答えしか返ってこなければ、入社後のポジションは実質上ないと見てよい。

3. 配属予定部署の朝礼に参加せよ。
面接を経て、あなたを本気で採用する気になっている企業なら、この申し出にも快く応じてくれるはずである。入社の決心がつきかけていても、最後の仕上げに実行してもらいたい。朝礼には、その職場の“カラー”が煎じ詰められた形で現れる。昼間に見学して「活気があるなあ」と思っていたら、朝礼で怒鳴られまくって気合を入れていた…なんてこともあるのだ。

…以上、3つのポイントを押さえれば、その企業が自分にとって本当に良い環境かどうか、判断して頂けると思う。くれぐれも言っておきたいのは、“相手に主導権ばかり握られないこと”だ。引く所は引いて、押す所は押す。誠意をもって面接に望んでいる企業となら、そのバランスが上手くとれるはずだ。3つのポイントを試されて、もし、怒りだす企業なら…。それが本物の“どスカ”ということになる。入社しないほうが、身のためである。

『 変わらないものの法則 』

百余年も続いた老舗企業が、次々と倒産に追い込まれている。かと思えば、今をときめくIT系企業が株式市場を賑わしている。最新の技術や情報や製品が登場するたびに、それ以前のものが陳腐化する世の中だ。新しいものが良く、新しいものについて行かねばならない。最近のそんな風潮には、転職市場も無縁ではない。皆、各業界の最新スキルを身に付けたがっている。

しかしこのごろ私は思うのだが、先端のスキルや知識ばかりを追い続けるのは、あまり得策ではない気がするのだ。若いうちはまだいいかも知れない。だが人の吸収力なんていうものは、そうそう持続しないものだ。私たちの大多数は、いつか新しいものについていけなくなる。また先端企業を選んだとしても、より新しく優秀な競合が出てくれば、来年にも潰れるかも知れない。

では私たちは、早すぎる革新のスピードに、どう対処していけば良いのだろうか。先日出会った転職者のMさんに、そのヒントを見たのでご紹介してみたい。Mさんは、27歳のソフト開発系技術者である。特に技術革新の早いこの業界で、ちょうど年齢的にもターニングポイントを迎えていたMさんは、先端技術にこれから自分がどう対処していくべきかやはり悩んでいた。

そこでMさんが選んだのは、ミドルウェア開発業界だった。ミドルウェアとは、技術者自身が開発時に使うツールのことである。ITだなんだとエンドユーザーの目に留まる業界ばかりがもてはやされる中で、ミドルウェアの陰は薄い。しかし、目移りの激しい消費者でなく、技術者自身が使うものだけに、ミドルウェアの開発技術は陳腐化しにくいという利点がある。

しかもここが大切なのだが、ミドルウェアの開発行程では、断片的な技術でなく開発全体の手法、つまりひとつの製品を企画からプロデュースする手法が身に付くのだ。また、技術者自身が使うという製品の特質上、技術者をマネージメントするスキルや教育するスキルが身に付く。私はMさんの選択に深く頷かされた。まさしく私が必要と考えていた要素と同じだったのだ。

最新の技術や知識は、明日にでも古くなる。だが、技術や知識をまとめるプロデュース力や、そこに携わる人をまとめるマネージメント力は陳腐化しない。これからの転職に必要な要素は、まさにそれらだと思うのだ。時代はこれからも激しく変化する。しかし、その中でも変わらないもの、身に付けた人だけが活かし続けられるものがある。新しいものにこだわるのもいいが、まずはゆるぎない素地を作る。それが今後ますます大切になるだろう。

『 人物的に好かん、の法則 』

「上司も部下も、事務の女性たちも、自分の“お客様”だと思うことです。」

最近どこかのインタビュー記事で、こんな名言を目にした。あるトップセールスマンの“売れる秘訣”である。単に専門能力が高けりゃいいってもんじゃない。周囲の人間関係こそが仕事上の大切なツールなんだと、この人は言いたいのだろう。まさしくその通りだと私も思う。

何言ってるんだ。アメリカ型の能力主義が来たら、人間関係より実力だぜ。とあなたは思うかも知れない。そこで今回は、良き反面教師となる話を紹介しよう。能力より“気持ち”優先な日本企業の姿が、見え隠れする話である。

私たちの人材紹介オフィスに現れたTさんは、どこから見ても文句のつけようがないスーパー営業マンだった。経歴書には彼の輝かしい業績がびっしりと書かれている。これはラクな仕事になりそうだという私の期待どおり、彼は在職中の会社よりも上位ランクの企業に、あっさりと内定を決めた。ただ、問題が一つだけあった。その企業はTさんにとってかなりの遠隔地となるため、持ち家のマンションを売り払って転居しないといけないのだ。先方の人事部が素晴らしい便宜を図ってくれた。そのマンションをTさんに代わって売却し、新しい家を購入して、引っ越し費用も全額負担でお迎えしましょう、と。もちろん私もTさんも喜んだ。「よほどあなたの能力に惚れ込んだ、ということですよ」「信じられない。有り難いことです」

しかし、ここからがいけない。Tさんはこの一件ですっかり“味をしめて”しまったのだ。売却に際してマンションの改装が必要と知ったTさんは、その改装代までもを負担してくれないかと、先方の人事部に電話で“おねだり”してしまった。「なんか、出してくれそうな雰囲気だし…」と気軽に考えて。その次の日。スーパー営業マンTさんの華々しい転職先は、一瞬にして消えた。私のところへ内定取り消しの電話が入ってきたのだ。Tさんの入社後の上司にあたる営業部長が怒り狂っているという。何とかその場を納めようとした私も、営業部長の以下の言い分には、深くうなずくしかなかった。
「確かに能力の高さは認めるが、人物的に好かんのです!」

Tさんは今、私が紹介した別の企業で働いている。入社後の評判は上々なので、たぶん充分に反省したのだろう。日本の企業は、能力だけでなく“人”を見ている。重要なポイントなのに、最近の“能力主義”流行りで忘れられがちなのが気掛かりだ。Tさんの失敗は人ごとではない。仕事の本ばかり読んでないで、苦手な上司ともっと打ち解けねば…と思う今日この頃である。

『 アメニティの法則 』

我々の業界では「あの人はアメニティが高い」というような言い方をよくする。人物的に印象が良いとか、話していて好感が持てるとか。言葉のさす意味は大体そんな所だ。毎日多くの転職者と会っていると、この“アメニティ”がとてつもなく高い人に、ごくまれに出くわす。顔を見合わせた瞬間から、その人の“ファン”になってしまうのだ。これも一種の才能なのだろう。

冗談混じりに言わせて頂くと、私自身もけっして“アメニティが高い”ほうではない。むしろ高く見せようとして毎日あがいている部類だ。だから、「そんな最初からないものを求められても」と言う人々の気持ちもわかる。しかし、それを承知で聞いて頂きたい話があるのだ。ほとんど人物的好感度だけで希望の転職先から内定を得てしまった、Fさんの話である。

25歳のFさんは、輸出入業務の見習い的な仕事をしていた。彼の勤めていた会社は昨年冬に倒産。せっかく覚えかけたのだから、今後も輸出入を専門的にやりたいというのがFさんの希望だった。だがいかんせん経験が浅すぎるために、どの企業も経歴書を見るだけで会おうとしない。そこで私は“飛び道具”を使った。企業見学と称してFさんを志望会社に連れていったのだ。

Fさんは、私が今まで出会った中で恐らく5本の指には入る“アメニティの高い人”だった。とくに容貌がいいわけではないのだが、立ち振る舞いのすべてから好印象を持たされてしまうのだ。予想通り、それは志望会社の人事の目にも留まった。数日後には「あんなキャラクターの人材がうちにも欲しかった。ぜひ面接できないか」と、今度は向こうからオファーが入った。

こうしてFさんは志望通り転職していった。本来なら彼の希望する輸出入業務に欠員はなかったのだが、会社はわざわざ人員計画を変えてまでFさんを迎え入れた。それだけFさんの“アメニティ”は強力だったのである。人物的な好感度の高さには、企業の都合さえねじ伏せるパワーがあるのだ。企業は人の集まりであり、人は誰しも好感の持てる人物と一緒に居たいのだから。

では、例えば私のような“最初から持たざる者”はどうすれば良いのか。代わりに業務スキルや経歴を高める。それも真っ当な方法だろう。だが、人に与える印象などスキルさえあれば関係ないと、最初から省みないのも違うと思うのだ。Fさん自身は自分の良さを殆ど意識していない人だったが、私たちは自分の良い部分を意識して伸ばすことで、彼に近づくことはできる。業務能力を高めるだけがスキルアップではない。己の人間性を知り、その中で強みを伸ばしていくことも、ビジネスマンとして必要なスキルアップなのだ。

『 会社の噂の法則 』

ネット時代を反映してか、「HPやメールを情報収集の手段にフル活用している」という転職者が増えている。このメールマガジンを読んでおられるみなさんもその一人だろう。以前は足も頭も使って得ていた情報が、パソコンの前に居ながらにしてどんどん集まるのだから、これほど便利なことはない。最近はこのメルマガの配信元「[en] 社会人の就職情報」でもやっているように、自分の条件に合った求人情報を選別送信してくれるサービスまである。

26歳の広告代理店営業マン、Uさんもネットで様々な転職情報を集めていた一人だった。Uさんが我々の人材紹介オフィスに人材登録したのは昨年の秋。その頃Uさんは「最近自宅でもパソコンを始めたんです」「メールで気軽にご連絡ください」と嬉しそうに語っていたものだった。特に転職は急がないので、ネットでもじっくり情報収集したいのだと張り切っていた。

そうこうするうち、Uさんに面接の話が舞い込んだ。相手先は中堅広告代理店のA社。キャリアのわりりには相当数の大規模案件をUさんが提案受注していることにA社は着目し、Uさんの志望でもある企画系の部署人員としての採用を打診してきた。面接は1次2次と順調に進んでいく。Uさんは配属予定部署のスタッフとも面談し、現場の仕事ぶりを特に気に入った様だった。

ところが、内定も直前になったある日、Uさんが暗い顔で我々のオフィスを訪ねて来たのだった。面談室で向かい合った私に、Uさんは持参してきたノートパソコンであるHPを見せた。「A社の社名をサーチエンジンで検索していたらこれを見つけたんです」とUさんは不安そうに訴える。そこでは数人と思われる匿名の記入者が、A社の内幕らしきものを暴露していたのだった。

要約すると「トップが無能」「仕事がずさん」といった内容である。これは主観である場合も多いし、何より情報ソースがはっきりしない。しかし、ある部類の人の本音の情報とも言える。A社を良く思っていない人たちだ。「ある意味、本当なのかも知れませんね」と私は言った。そして続けて「Uさんはどう判断するんですか?」と言った。Uさんにしてみれば、そこが聞きたかった所なのだろう。だが私はUさん自身に判断を委ねたのだった。

どんな会社であろうと、見る角度を変えれば良い面も悪い面も無尽蔵に出てくる。さらに様々な視点からの企業像を、パソコンひとつで手軽に見てしまえるのがネット転職の怖さとも言える。表の情報を鵜呑みにしてもいけない。裏の情報を信じ込んでもいけない。最後に頼りになるのは、情報を総合的に判断する自分の力と目なのだ。UさんはA社へ入社して、そろそろ半年になる。やはり仕事が面白く、充実しているらしい。Uさんは、他人の様々な主観も頭に入れた上で、最後にはそれを超える自分の価値観を信じたのだった。

『 新しいシステムの法則 』

昨年12月から派遣法が改正されたことで、我々ビジネスマンの“働き方”もいよいよ選択肢が増えてきた。今はまだどのように定着していくのか見えないだけに各社様子見というところだが、営業系職種などを対象に試験的に採り入れる企業も増えてきている。我々働く側も本人の志向によって、さまざまな“新しいシステム”を進んで選択する日が来るのかもしれない。

だが先日、少し落胆させられる出来事があったのだ。“テンプ・トゥ・パーム”という制度を皆さんはご存知だろうか。企業が雇用対象者をまず派遣社員として採用し、本人と企業がお互いを気に入れば正社員に切替える、言わば試用期間における新システムである。企業・転職者の双方が出会いと見極めの機会を増やせる、それなりにメリットあるシステムのはずなのだが…。

テンプ・トゥ・パームでの採用を試験的に行いたいと希望してきたのは、大手企業A社の人事担当だった。評判の制度は積極的に試したいという言葉に、むろん私も全面的に協力するつもりだった。丁度その時Yさんという優秀なマーケッターがA社を希望しており、話は順調に進んでいった。Yさんも正社員採用の前に職場の見極めができるという点を気に入ってくれたのだ。

しかし交渉が給与額の件に及ぶにつれ、A社の人事担当がとんでもないことを言いだしたのである。「Yさんの前職給の半分ぐらいしか出せない」と。A社の派遣社員の採用実績は今まで事務スタッフだけであり、Yさんの給与もその“前例”に合わせねばならないと言うのだ。Yさんの市場価値や生活事情に照らすと、その金額はあまりにも低すぎる。私は再度交渉を試みた。

ところが「そうは言っても前例がありませんから」と人事担当は言うのだ。前例のないことを作るのが彼の仕事であるはずなのだが。お終いには「厳しい採用市場なのだから、Yさんもその程度のリスクを受け入れないでどうするんですか」と言いだす始末。ここに及んで、私もYさんもあきれたのだった。Yさんはさっさと交渉を打ち切って他社の内定先へ行ってしまった。

「あれでは試しに働くまでもなく信用できません」。最初はA社を第一志望としていたYさんの言葉の重みを、A社の人事担当にぜひ考えてほしいと私は思ったのだった。新しいシステムの都合の良い部分だけを享受するなど、企業側であってもできはしない。企業と我々働く側がメリットとリスクを分かち合い、信頼関係という実績を積んでこそ、こうした制度は定着するのだ。

『 適職の法則 』

転職者のみなさんから“適性”について質問されることが多い。自分は他にどんな職業が向いているのか。こんな仕事をしたいが適性はあるのか、等々。適職診断系サイトの診断結果を携えて来る人もいる。そんな時、私は主に2つのアドバイスをしている。ひとつは“自分本来の性格のみに固執しない”もうひとつは“経験してきた職業や職場の振り返りをする”ことである。

新卒者なら適職診断の結果を素直に受け止めて良いかも知れないが、社会人はそうはいかない。なぜなら私たちは就職と同時に“社会人としての人格”を形成していくからだ。仕事の性質、職場独自の業務フロー、雰囲気、企業モラル。その一つ一つが私たちのビジネス人格を形作る。だから、自分はもともとこんな人間だからと思って選んだ仕事が、微妙にズレていたりする。

Hさんという具体的な例を挙げて説明しよう。Hさんの会社は、業界ではベンチャーと位置づけられる中堅メーカー。彼はその中で数年連続トップの売上を誇る花形営業マンだった。そんなHさんに、ある日異動の話が持ち上がった。人事の採用担当が実家の都合で休職を余儀なくされるため、Hさんにその間のピンチヒッターをぜひとも務めてもらえないかというのだ。

Hさんの会社は急成長していたとは言え、ベンチャーだけに採用には苦戦していた。採用活動は販売と同等にこの会社の重大事であり、そこで営業部門の中でもとりわけ優秀なHさんに白羽の矢が立ったのだ。「何ごとにも細やかな君の性質は、採用に向いていると思う」と、Hさんの上司は言った。Hさんも、「人とじっくり話をするのは好きだから面白そうだ」と思った。

こうして、Hさんは採用担当として精力的に面接をこなし始めたのだが、その時期から人員採用実績が激減しだしたのである。面接ではいいところまで行くのに、土壇場で応募者に逃げられてしまうのだ。応募者のフォローもHさんは前任者以上に丁寧だったし、原因はしばらくわからなかった。Hさんの上司と私が何度か面接に同席し、やっと判明した。Hさんは、営業時代に叩き込まれた“強烈なクロージング”を、転職者に対しやっていたのだ。

結局Hさんの癖は、彼自身が幾ら気をつけても直すことができなかった。誰もが採用向きと思ったHさんの性質も、彼が培ってきた“ビジネススタイル”には勝てなかったのである。適職について聞かれる時、私はこのHさんの話を思い出す。私たち社会人にとって適職を見つけることは、つまり、今までの仕事を見つめなおすことなのだ。どんな環境で、何をどのように進めてきたか。そこへまず立ち返ってこそ、本当の適職が見えてくるはずなのである。

『 やりたい仕事の法則 』

私は今まで、ここでたびたび“したこともない仕事にある日突然就くなんてよほどでない限り難しい”という話をしてきた。例えば営業から、ある日突然、商品企画とか。商品企画から、いきなりウェブデザイナーとか。まったくの未経験が許されるのは新卒の時ぐらいだし、社会人の未経験者が歓迎されたのは過去の話だ。と、そう話し続けてきたように思う。

では、一度社会人となってしまうと、異分野の仕事への道は完全に閉ざされてしまうのか。実は、そうだとは思わない。私が出会う転職者にも、先に出した例のようなキャリアチェンジをする人はいる。ただ、異分野に転職できる人というのは、自分の経験の中で何が目指す仕事に活かせるのかを冷静に見ている。そして“なぜその仕事をしたいのか”を自分の言葉で語る。

少し極端な人の話をしてみよう。36歳の自称エンジニア、Fさんである。経歴書を見て驚いたのだが、なんとこのFさんには職歴がなかった。幾つもの大学を渡り歩いていたのだ。工学部から始まり、理学部、建築学部、情報工学…。計18年間、世の中の流れに合わせて“旬”の仕事に関する勉強をし続けていた。“どこへ行っても応用の効くエンジニア”となるために。

私はFさんに、なぜてんでバラバラな勉強をしてきたのか聞いてみた。するとFさんは「時代時代の有望な業種について勉強してきたらこうなった」と言うのだった。有望な業種なんて当然、時代によって変化するものだ。“自分はこれがしたい”という確固たるものがないために、彼はすぐ取り換えの効く勉強という形でしか、社会に接することができなかったのだ。

結局幸運にもFさんはその知識量を買われ、大手精密機器メーカーの製品評価部に就職していった。しかしFさん自身はかなり不満そうではあった。自分ならもっと高度な仕事ができるはずなのにと。そうではなく、これが職業人としてのスタートラインだ。これをきっかけに経験を積んで初めてあなたの仕事は広がるのだと、私はFさんをかなり説得して送り出したのだった。

Fさんを笑える人は、実は少ないのではないかと私は思う。“伸びると聞いたのでIT系に転職したい”“注目職だからコンピュータの仕事を…”。世

間の言葉でしか志望職を語れない人がなんと多いことか。本当にやりたい仕事を見つけた人は、なぜやりたいか、自分のどの部分が向いているのかを語れるものだ。そして仕事も、そんな人にこそ引き寄せられていくものなのだ。

『 2つのツボの法則 』

「どこへ行っても危機的状況から逃れられそうになくて、どんな会社を選べばいいのか全くわからない」。最近、転職者のみなさんから、このような相談を受けることが本当に多くなったきた。以前なら株価や資本金の絶対額など、人それぞれこだわるポイントを持っていたのだが…。ところが、表に出てくるそうした数字が、決してアテにはならなくなってきている。転職者のみなさんが、判断基準を見失って途方に暮れる気持ちもよくわかる。

私もこの数字さえ見れば絶対だと言える“指標”は提示できない。しかし、私なりに様々な企業を転職者に紹介してきて“押さえておけばゆくゆく損はしない”という“ツボ”なら経験的に身についている。転職時のコンサルティングという仕事上のことだけでなく、もし自分自身がこの先転職する時にも、必ずこだわるだろうというツボがある。大きく分けて、そのツボは2つである。ひとつは「事業の中で、何かひとつ強みを持っているか」もうひとつは、「社員がどれだけの裁量権を与えられているか」だ。

なーんだ、と思うかも知れないが…。これがなかなか、見分けがたいツボなのだ。まず、どこの会社も「ウチにはこんな強みがあり、社員には裁量権を与えている」と、無理矢理にでもアピールしてくる。実際探す際には、当の企業だけでなくその周辺の人々や、信頼できる人材紹介会社等に客観的評価を聞く。これに尽きるだろう。“事業内の強み”については、主力分野を競争力において独占し、さらにその分野内に特化した新商品を常に作り続けていること。“裁量権”は、漠然と「任せる」と言うのではなく「この仕事のここからここまでを任せる」と明確に言ってくる会社であることが条件だ。

この2つがあると何が違うのかというと、“もし外へ出なければならない事態になっても損をしない”のである。転職者のキャリアに後々有利に働くのだ。例えばある情報系企業の出身者は、どこへ転職しても歓迎されるという現象がある。その企業は、営業力と新しい営業戦略の開発にかけてはナンバーワンだという共通の社会認識があるからだ。企業の強みが、そこから出ていく転職者にもついていくのである。また“裁量権”に関しては、明確にされた業務を丸投げされることで、キャリアを深めることができる。つまり、先の見えにくい時代にあたってツブシのきく人間になろうというわけだ。

絶対に安全な会社など、もはや無いと言われる。では、なにを指標とすべきか。それは“企業より自分自身の将来性”なのだと、私は思う。今回ご紹介した2つのツボをぜひ役立て、労をいとわず調べて頂きたいと思う。

『 ずれた経歴書の法則 』

最近の職務経歴書は単に経歴だけでなく、業務実績と自己の能力をストレートにアピールする形式が主流になっている。私たちのオフィスに転職者が持ち込む経歴書にも、そんな形式のものが増えてきた。実績・スキル重視へと急速に傾く時代の流れに、一見沿っているようなのだが…。中身を詳しく見ると、形式は新しいのにポイントのずれている経歴書も少なくないのだ。

業務実績だけを脈絡なく書き連ね、結局何ができるのかが見えにくい人。アピールしている能力は素晴らしいのに、希望職がその能力と掛け離れている人。「英語ができます」とハッタリを書いたために、面接で英会話能力を試され、さんざんな目にあって帰ってくる人…。本当にいろいろである。ただそのぐらいなら小さなミスとも言える範疇だし、修正するのは簡単だ。

いちばんアドバイスしにくいのが、“根拠なき自画自賛型”の経歴書だ。「部門の責任者として、充分なマネージメント能力を発揮」「分析力に優れ獲得した情報から企画立案する能力に長けている」等々。何に優れているのかはわかるのだが、その裏付けがまったくないのである。実績と能力をアピールするはずの経歴書の“実績”の部分がすっぽりと抜け落ちているのだ。

このような経歴書は実は、“実績”の部分さえ整えば、一転して強力な武器になる。例えば「プレイングマネージャーとして、自己の目標達成率○%、部下の達成率についても1年間で平均○%UPの実績をおさめ、社内表彰の対象に選ばれました」。こんな具合に能力を裏付ける実績を書けば、良い経歴書になる。だが、そんな裏付けを後で出してこれる人はなかなかいない。“自分にはこんな能力がある”という思い込みで自己評価しているせいだ。主観は極力外すべきである。自己を冷徹に数値化して見る客観性が欠けていては、どのようなキャリアプランも絵に描いた餅で終わってしまうだろう。

書いたからには試される。それが経歴書なのだ。みなさんが納得しなければ大きな買い物をしないように、企業も、納得しなければみなさんに採用費をかけて迎え入れたりはしない。経歴書は、“この部分を企業が読んでどう感じるか”“自分が採用側だとして、この記述で納得するだろうか”と考えながら書いてみる。まずは、そこから始めてみてはいかがだろう。

『 成果の法則 』

今の職務を通じて、自分はどんな成果をあげているのか。みなさんは、きちんと考えてみたことがあるだろうか? 実績が数字で明確に出る職務内容の人なら、個人の数字以外の面で考えてみてほしい。例えば後輩に指導した営業ノウハウによって、チーム全体で何%の売上増に貢献した、等。すぐに答えられる人は意外に少ないはずだ。しかし転職というものは、このような成果を提示して見せることを、厳しく要求される場面なのである。

最近、たいへん惜しい人に出会ったので紹介しておこう。損保会社出身の27歳、Wさんだ。彼はその会社の事業企画部でマーケッターとして市場調査と販売戦略立案を行なっていた。職務内容だけ見れば、変化の波にさらされる損保業界にとっては旬の人材である。

Wさんは“エリア別の営業投下人員の割り振り戦略立案”を行なった経験があると職務経歴書に書いていた。しかし「その戦略によって何人ぐらいのマンパワーが削減できたのですか」と結果を問うてみると、Wさんは「全くわかりません」と言うのだ。彼が収集した各種の市場調査データについても、それがどこで何に使われているのかわからないと言う。旬の仕事はしていても、その仕事の成果についてはまるで関心のない人だったのだ。

これでは、仕事に対して無責任、いや、何もしていないのと同じだと思われても仕方がない。いくら良い仕事をしていても、やりっぱなしでその後のことを知らないのでは、プロとは言えない。企業が高い採用費を払って求めるのはプロである。実績のないアマチュアより、実績の伴った経験を持つプロに多くの企業が金を支払うのは、至極当然のことである。どんな職務であっても、具体的な成果を提示して見せられる人材から先に採用は決まるのだ。

成果の見えにくい仕事に就いているから、わからない。それは言い訳だと私は思う。組織や社会の中で行なう職務である以上、みなさんの仕事は必ず何らかの結果につながっているのだ。違いは、その結果に注意を払うか否か。または成果を産むよう自ら意識して仕事をしているかいないかである。「もし今からでも実績について調べられるなら、調べてみては」と私はWさんに言ってみたのだった。次の転職先ではせめて、自分の仕事が何につながっているかぐらいは知った上で働いてほしい、と願うばかりである。

『 実力主義と自己認識の法則 』

“実力主義”という言葉に良い印象を持っている人は、実は意外と少ないのではないだろうか。実力主義の社会なんてせちがらい、年功序列や終身雇用のある種のんびりした面を見直してほしいという声もちらほら聞こえてくる。まだ実力主義を認めたくない。そんな空気が漂っているように見える。

しかし私が転職者の支援をする中で日々見えてくるのは、もう否応なく“実力主義”に傾いていく世の中なのである。特に中途採用の市場では、学歴など本当に見てもらえなくなっている。人事が戦略的に機能していて採用力のある会社ほど、転職者のスキルや業務経歴を重視する。志望会社がどんなスキルや業務経歴を求めているのか理解し、そこへぴったりはまるものを提示してみせられる人が優先的に採用されていくのだ。仕事の中で今まで何をしてきたのか。その全てを明確に語れるか否かが、ポイントになってきている。

ところがこの“自己を語る”という作業を、なかなか上手くこなせない人が多い。仕事の評価は他者にしてもらうというシステムに慣らされている上に、自分の目指すべき目標や人材像まで会社に決めてもらって過ごしてきた人があまりにも多いのだ。そこで私は、“あなたについて、ひとつとことん語りあってみよう”という方法で、転職者の自己認識を促すことにしている。

カウンセリングは大体以下の順番で進んでいく。●具体的にどんな仕事をしてきたのか●その仕事の中でどんな独自性を身に付けてきたか ●その独自性の中で強みだと言えるものは何か ●今後その強みを活かしてどんなキャリアプランを描くか …みなさんにお勧めしたいのだが、私のようなコンサルタントでなくて良いから、誰かを相手にしてこの語りあい作業を行なってみてほしい。できればあやふやな点に遠慮なく突っ込んでくれる友人が良い。酒でも飲みながらやってみれば、ヒートアップすることだろう。

一人で紙に書き出してみるのも良い方法だが、相手を置いて話すこの方法の方が効果的だと思う。四角四面な“文体”ではなく、自分の言葉で、他者にも理解できるように伝えなければならないからだ。自分の言葉で自分のことを真摯に話す。その経験があるとないとでは、本当に違う。今まで何をしてきたか、これから何をすべきなのか、いろいろなことが明らかになる。

実力主義を受け入れることに躊躇したところで、否応なくやって来るのならば、私たちは有利に活用していくべきである。それが図太いビジネスマンというものだ。語ることで自己認識するという作業は、別に転職する時でなくとも、あなたの今後の指針を決める上で役に立つはずだ。20代は、まだあちこちで迷いがあってもいい時期だとは思う。しかし30代以上になると、自分の強みや方向性をしっかり掌握しているか否かで、これからは差が出てくるだろう。ぜひ自分を語れる人になって頂きたい。みなさんのご健闘を祈る。

『 中高年とスキルの法則 』

採用面接で面接官に「何ができますか?」と聞かれて「部長ができます」と答える…。こんな笑話のような事はさすがになくなったが、スキル重視の転職市場に対応しきれない中高年の転職者は、まだまだ多い。

そんな中で、最近Rさんという51歳の営業マンがたいへん印象的だったので、少しご紹介してみたいと思う。Rさんは外資系のソフトメーカーで第一線のシステム営業を永年務めていたが、その会社が突然日本を撤退してしまった。通常キャリア転職の上限は40歳代までと言われ、営業職になるとそれが30歳代になる。当初私は正直に言って、51歳のRさんが経験を活かせるような転職先は、無いに等しいのではないかと感じていた。しかし…。

Rさんの経験業界に近い会社のパンフレットを、とりあえず彼に幾つか見せていた時だった。RさんはTという会社の取り扱い商品に目をとめ、嬉しそうにこう言ったのだ。「私、この会社の主力商品と競合する商品を扱ったことがあるんです。競合だからずいぶん研究しましたねえ…。だからどんな販売方法をとっていたかもわかるんです」。この一言が、Rさんの状況を逆転させた。T社はその時ちょうど、新進企業だけに営業方法が確立しきっていないこと、ベテラン営業マンが不在である状況に悩んでいたのだ。人事部門・営業現場の双方で面接が行なわれたのだが、営業現場からRさんにぜひ来てほしいという強い要望が上がった。「若手の自分たちは、Rさんのノウハウを学びたい。Rさんの営業を見て勉強していきたい」というものだった。

中高年の転職者のみなさんから今最も質問されるのは、「私は○歳なのですが、転職先はあるでしょうか?」ということだ。「部長ができます」という突拍子もないことを言う人がいなくなった代わりに、皆ずいぶん自信を無くし、「自分などダメではないか」という不安に駆られているように見える。不安を見せるよりも先に、「自分に何ができるか」をまずアピールする必要があると思うのだ。確かに中高年の転職市場は、かなり厳しい状況にある。だからなおさら自分のスキルを明確にし、スキルに添った転職先の情報収集を若手以上に行なわねばならない。そもそも年齢うんぬんに関係なく、何ができるかを明確に語れない人には、今の転職市場は等しく厳しいのだから。

営業現場からの声を受け、T社とRさんの間では、入社に向けた交渉が進んでいる。さすがに51歳ともなると正社員での採用は難しいが、T社はRさんのために新しい雇用形態を作ってでもRさんを迎えたいのだそうだ。Rさんもかなり乗り気である。自分をはっきり語れる人は、どんな状況にあっても結果を出せるものなのだと、私はRさんを見ていて思ったのだった。

『 不満の法則 』

明日にでも会社を辞めてしまいたい…。そんな感情につき動かされたとしても、たいていの人は、まず冷静になろうと努力する。“ここでキレたら、後で損をするだけ”“次の目星をつけることが先決だ”“今は我慢する時だ”…等々と自分に言い聞かせた経験が、皆さんにもないだろうか。そして多くの場合、当座の感情を上手く押さえ込むことだけに終始していないだろうか。

とりあえず危機を回避できたとしても、また何かのきっかけがあれば、同じことの繰り返し。感情を爆発させては自らなだめる、苦しい堂々巡りを続けることになる。すぐには会社を辞められない、または辞めないほうが良いと感じている場合、これは大変な精神的苦痛である。では、どうすれば堂々巡りから脱出できるのか。私がお勧めしたいのは、辞めたいと思う気持ちの根本を点検してみる作業だ。自分の“不満の出所”を整理してみるのである。

例えば不満の中核にあるものが“人間関係”なのだとしよう。あなたとコミュニケーション不全を起こしているのは誰と誰なのか。名前を書き出してみる。次に、それぞれの人と具体的にどう上手く行かないのか、事例を交えて個条書きにする。さあ、リストは出来上がった。大切なのはここからだ。

出来上がったリストを、できるだけ第3者的な視点で点検してみよう。この時に気をつけて頂きたいのは、全体を見るのではなく、あくまで個々の事例について考えるようにすることだ。不満というものはたいてい“積もり積もって”爆発するものである。ひとつひとつを見れば、これは転職理由に足らない問題かも知れないと思い直せるものも、少なくないのではないか。さらに、ビジネス上の考え方の相違ではなく、単に人間的に合わない人物に悩まされているのなら、彼らとビジネス上で付き合うメリットが存在しないかぜひ点検してみよう。嫌悪感と実利を天秤にかけ、本当に転職するほうが有利なのか、残ることに旨味はないのか冷静にジャッジしてみてほしい。

何といっても全体を通して念頭に置いて頂きたいのは、“この不満は、次に生きるものなのか”ということだ。組織人である以上、不満の中で働くことはある種、宿命とも言える。不満に食い潰されてはならない。私たちはむしろ不満を上手に活かし、先々の自己利益につなげていかねばならない。利にならない不満をきっかけに転職しても、大抵あなたが損をするだけなのだ。

『 選択の法則 』

転職者の手助けをしていて時々驚くのだが、就職難の世の中でも“悩むほど多くの内定を得る人”は、確かにいる。例えば最近では、経営コンサルタントのRさんが軽く10社位の内定を得た。うらやましい話かもしれないが、選択肢が増え過ぎてもまた苦労するものなのだ。1社を選ぶ苦労である。

Rさんは選挙事務所や教育系企業での職務を経験したのち、私が出会った時には某コンサルティングファームに籍を置いていた。ゆくゆくは郷里に帰り独立したい。そのためにはもう一段、経営スキルを磨ける環境に移りたい。それがRさんの転職の動機だった。内定をまず4社に絞ったRさんは、その中から更に絞るとすればどれか、と私に相談してきた。正直どれでも良いのではないかと思う程の企業ばかりだったのだが、私たちはあくまで“いかに転職目的が達成できるか”という観点で絞り込みの作業を行なったのだった。

1社目は超大手総研だが、実情では期待するような環境はないと見て辞退。2社目は外資の通信系企業だが、配属される部署では限られたキャリアしか積めないと見て辞退。残ったのはコンサルティングファームA社と、大手通信系企業B社の事業企画室だった。大変なのはここからで、脈ありと見たA社がRさんに激しくクロージングをかけてきた。何人もの役員や役職者が出てきて「ぜひ当社に来てくれ」と口説き始めたのだ。普通なら喜ぶところだが、逆にRさんは困り果ててしまった。「私はきちんと考えて決めたいんです。しばらく郷里に帰ります」。そう言って、すべての連絡を絶った。

Rさんが再び現れたのは3週間後だった。話を聞くと、最終的に決めたのはA社ではなく、何の獲得工作もしてこなかったB社だという。「本当に悩みました」とこぼしながら、Rさんは決め手となった理由を聞かせてくれた。「A社で既存のキャリアを更に一段階磨くことも魅力でしたが、通信系企業B社の事業企画室では事業の立案から運営まで全てを任せてもらえる。裁量権が大きく、実地の経営を直に経験できる。そこが決め手でした」。なんと冷静な人だろう、と私は嘆息した。Rさんは激しい獲得工作に惑わされることなく、当初の目的である“将来の独立”に添った決断を下したのだ。

転職者は皆、多かれ少なかれ何かを“選択”する必要に迫られる。どんな業界を選ぶか。どんな仕事を選ぶか。どの会社に応募するか。Rさんのような例は極端だが、それでも多くの示唆を含んでいると私は思う。他人の言葉に惑わされず客観的な材料を集めて自ら結論を出すこと。転職の目的を明確に持ち、目的に添った判断を下していくことである。それができる人ならば、おのずと良い企業や仕事が引き寄せられてくるものなのだ。Rさんは今、B社でさっそく事業の立ち上げを命ぜられ、忙しい毎日を過ごしているという。

『 上司の法則 』

転昔はあんなに尊敬できる上司だったのに、最近なぜか不甲斐なく、格好だけの人間に見えてしまう…。仕事のアラが目立つのに、相変わらずの上司面。以前は本当に仕事のできる人だったのに、なぜ変わってしまったのか…。

皆さんも、自分の上司に対してそんな思いを抱いた経験がないだろうか。自分より絶対的に優れていると手放しで尊敬していた対象が、付き合う年数を経るごとに鈍化し、さほど素晴らしい人間には思えなくなる経験だ。これは別に、あなたの上司が悪いのではない。恐らくその上司は昔も今も同じように仕事をしているだけである。強いて言えば、あなたの能力が上司に追い付いた。上司と同等以上のレベルまであなたが成長したということだ。本来喜ぶべきことであり、私たちは皆、こうした経験を経て一人前になっていく。

転職理由のひとつに、上司との関係悪化を挙げる人が少なくない。仕事の進め方や部署運営に関する意見が合わない。部下の進言を聞き入れてくれない。人間的に尊敬できない…等々。私も転職者の皆さんから、さまざまな“やってられない上司”の生態を耳にする。確かに、中には本当にひどい上司も存在する。よく今まで耐えてきましたねと驚愕することもある。しかし…。

“上司と意見が合わない”。この転職理由には、私は懐疑的なのだ。転職者の多くは、上司の仕事の進め方は間違っている、自分の方が正しいと言うのだが、果たして本当にそうなのだろうか? 会社や部署という組織内には、必ず何らかの運営方針や事業方針といったものが存在する。それらを現場の業務レベルまで落とし、方針に添った行動を部下に遂行させるのが上司の役割だ。“上司の意見”は正しいのか、間違っているのか。評定できるのは、皆さんではない。会社である。つまり会社に帰属する以上は上司個人の意見だけでなく組織全体の方針を知る必要があり、知る努力をせねばならない。組織の方針に照らして上司の意見が正しいのであれば従うべきであるし、そこで自分の意見を押し通すのは子供じみている。上司対あなたの構図を越えて、組織全体からあなたがひんしゅくを買っている可能性もありうるのだ。

それでも納得できない。組織の方針に照らしても自分の方が正しいと思うのなら…。それは、上司とあなたが合わないのではなく、あなたが会社と合っていないということだ。いずれにせよ、上司ひとりやふたりの為に自分の人生を狂わせるのは、馬鹿馬鹿しいことではないか。せっかく上司と拮抗するまでに成長したのだ。安易に転職するより、上司以上の能力をさらに身に付けるべく努力するほうが、よほど建設的だと私は思うのだが。

『“資格”の法則 』

自分の転職に無責任な人が、また最近増えてきているように思う。その典型的な例が“資格さえ取得すれば希望職に就ける”と勘違いしている人たちだ。例えば我々のオフィスにも、MBA既得をアピールする人がたくさんやってくる。彼らはたいてい高学歴で、確かに風貌は優秀そうだ。コンサルや開発、マーケティング職を希望する人が多い。しかし、いざ話をしてみると…。

10人のうち9人ぐらいが、希望職の内容を把握していない。実際その仕事をするためには、どんな経験が必要なのか。どんなスキルが必要なのか。調べていないし、イメージできてもいないのだ。「資格を活かせばできると思います」と口を揃えて答えるのみ。私はガックリとなる。自分の転職なのに、自分の仕事の選択なのに、この人たちはなんて無責任なのかと思うのだ。

では、彼らが希望するような仕事を射止める人は、本当はどんな人なのだろう。マーケティング職へと転身したYさんを例にご説明しよう。Yさんは、20代後半の元営業スタッフ。取得資格といえば、大学時代に取った簿記3級と普通免許ぐらいである。書類上では特に目立つような人ではない。だが面談して驚いたのだが、Yさんは“なぜマーケティング職に就きたいのか”という自分の思いや考えを、いくらでも語れる人だった。マーケティングのどの部分が、今後のキャリア形成に必要であるか。営業職で培った経験とスキルをどのように活かすのか…。漠然と“その仕事がしたい”と考えているのではなく“なぜしたいのか、なぜ自分なのか”を論理立てて語れる人だったのだ。面談の時間が大幅に長引いて、私もYさんも空きっ腹をコーヒーのお替りでごまかしながら話し合ったのだが、疲れは全く感じなかった。最後に私は、Yさんにこうアドバイスした。「今話してくださったことをそのまま企業面接で言えばいいんです。あなたならきっと大丈夫ですよ」。

巷は資格ブームということで、各種の専門学校は勉強熱心な社会人で大賑わいである。ビジネス雑誌を開けば“今、買いの資格一覧”という見出し。確かに、資格所持が絶対条件の仕事も少なくはない。しかし大切な前提を忘れてはいないだろうか。やりたい仕事があるから、その仕事に必要だから、資格を取るのである。なんとなく魅力的な資格だからといって、取得してからその使い道を考えていると、かえって遠回りをすることになるのだ。本当の“資格”は、証明書の紙切れではない。自分は何をしたいのか。なぜしたいのか。その考えをまず持つことが、我々企業人の真の資格なのである。

『 自問自答の法則 』

転職すべきか。せざるべきか。今時のビジネスマンたるもの、一度は悩んだ経験がおありだろう。私も時々、メールや面談で真剣な相談を受ける。転職したいという希望自体が果たして是か、非か。プロの目で判断してほしいというわけだ。話を聞いてもっともだと思えば転職を勧めるし、甘いと思えば現職にとどまることを勧める。人材紹介オフィスだからといって、すべての転職を奨励するわけではない。むしろ、慎重に動いてほしいと願っている。

繊維関係の営業マン、Iさんの例をご紹介しよう。彼は半年ほど前に自宅でインターネットを閲覧し始め、あるサイトを発見した。そこでは、自分と同じ業界の関係者が、匿名で業界の内幕を語っていた。見たところ自分と似たような年齢・ポジション。よく見るとプロフィールに年収が書かれている。Iさんより100万ばかり多かった。サイトの管理者を「たいした奴じゃない」と思っていたIさんにとって、この年収はかなりのショックだったようだ。奴に負けられない。俺も他の会社でなら奴と同じくらいの年収が取れるはず。そんな思いが、Iさんの中で日に日に膨らんでいった…。

相談しに来たIさんに対して、私は2つの提案をした。ひとつは“今日の所は転職するしないの決定は保留にする”。もうひとつは“今晩自宅で、鏡に向かって自問自答する”。決して冗談ではない。鏡の前に立ち、自分の目を見ながら自分に聞いてみるのだ。もし自分が雇用する側であれば、Iという男に幾ら給料を払うか。その金額は、どのような根拠で決定されたものか。100万円年収がアップするのならば、アップした金額は、自分の仕事のどの部分の実績に該当するのか。また、それをロジカルに説明できるのか…。「鏡に向かってですか?宗教じみてますね」とIさんは不満そうだった。

別に宗教は関係ない。ファーストフードの店員教育でもなされているように、鏡に向かうと自己を冷静に客観視できるのだ。そこで、論理的な説明を自分に強いてみる。単純な迷いなら、これで解決できる。別に我々コンサルタントに頼らざるともできる、簡単な自己解決法だ。ぜひお試し頂きたい。

さてIさんであるが、後日メールが届いた。給与にはやはり不満だが、自社の評価システムに照らして考えれば妥当なラインかとも思う。あのサイト管理者の実績が直接わからない以上、比べるには無理がある。転職を完全にあきらめた訳ではないが、しばらくはここで粘ってみる…。といった内容だった。Iさんの選択は正しいと思う。不満と上手く付き合うことが、働くという行為には欠かせない。感情だけに流されて動くと、良い結果は得られない。

『 ヒューマンスキルとキャリアの法則 』

前回の当コーナーを見た人々から、幾通かのメールを頂いた。「人材コンサルタント職にたいへん興味を持った。なるにはどんなスキルが必要か?」というものだ。我々の仕事に魅力を感じて下さって嬉しいのと同時に“地味でキツい仕事なのになあ”という思いもあり、なかなか複雑な気分なのだが…。

人材コンサルタント職は、実はそう狭き門ではない。人事系の職務経験がある人や、特定業界の知識・人脈を持つベテランビジネスマンなら尚有利だが、未経験採用も行なわれている。ただ実際にコンサルタントになってみると、“ある能力”が高いか低いかで、仕事に歴然とした差が出てくるのだ。

端的に表した事例があるのでご紹介しよう。設計技術者Jさんの話である。Jさんは2つの人材紹介会社に人材登録していたのだが、なんの偶然か、双方のコンサルタントからまったく同じ転職先を紹介されてしまった。一応とどこおりなく面接は進み、転職先企業はJさんの採用を決定。しかしここでJさんは、予期せぬ選択を迫られることになる。転職先企業がA・Bどちらの紹介会社に報酬を支払うかを決めかね、Jさんにその決定を依頼してきたのだ。「自分が決める立場ではないとは思うのですが、強いて言えば…」。Jさんは悩んだ末に、転職先企業の人事へ、B社を選ぶと伝えた。「理由は、B社のコンサルタントが私に本当に良くしてくれたからです。何度となく相談事に乗ってくれたし、厳しいアドバイスもしてくれたし。私のことを親身に考えてくれました。でもA社は機械的で、話し合いさえ殆どなかった」。

このB社のコンサルタントとは、私の同僚のことである。彼は「ちょっと感激したよ」と、昼食時の蕎麦屋でこの話を聞かせてくれたのだった。言うまでもなく彼は、当オフィスでもトップクラスの優秀なコンサルタントだ。職務スキルはもちろんだが、何よりも“ヒューマンスキル”が高い。かみ砕いて言えば“人の痛みがわかる”のである。転職への不安に満ちたJさんの内面を受けとめる力、Jさんの今後を真摯に考え、時には率直に苦言も言える強さ。そうしたものがあるかないかで、私たちの仕事は大きく変わってくる。

これはなにも、人材コンサルタントに限った話ではない。例えば、顧客により優れた提案をせんとする営業や、企業内での折衝や問題解決にあたる総務をはじめ、すべての職業人に当てはまる話ではないだろうか。仕事は、パソコンのモニター上だけで完結するものではない。人と人とのつながりの中を循環していくものだ。別に人材コンサルタントを目指すのではなくても、人の気持ちがわからなければ、優秀なビジネスマンとは言えないと私は思う。

『 転職Eメールの法則 』

転職者の皆さんからEメールで相談を頂く機会がかなり増えてきた。今回はそんな中で私自身が気付いたことを、皆さんにお知らせしたい。転職コンサルタントの側から見たEメールの長所短所と、それを踏まえた上での活用術だ。これから“転職Eメール”を書く皆さんの、お役に立てれば幸いである。

●“自分自身を整理するきっかけにせよ”

文章を書くというメールの特質が、転職者に与える効果は大きい。経験やスキルを文章化することで、自分を客観的に評価することができるのだ。皆さんから頂いたメールを拝見していても、かなりのレベルまで経験・スキルを整理して伝えてきていることに驚かされる。単にメールを書くというのではなく、まず自分の内面を整理する気持ちで取り組んでみてはいかがだろう。

●“冷静かつ率直に対処できる利点を活かせ”

もしあなたの目の前に座った面接官が、自分より明らかに経験豊富で、高圧的な第一印象だったらあなたはどうするだろう。つい卑屈な態度をとってしまい、聞きたいことも聞けなくなってしまうのではないだろうか。メールなら、企業側の担当者の年齢や顔はわからない。謙虚さや礼節を保った上で、率直な質問を交わすよう心掛けよう。そうすれば企業側も、あなたに対する正直な感想や意見を述べてくる。フェイス・トゥ・フェイスでは遠慮し合ってなかなか切り出せない問題が早く解決するため、非常に効率的である。

●“簡便さゆえの落とし穴にはまるな”

自分自身を文章上で整理しきれないまま、送信ボタンを押してしまう人が多いのもまた事実である。今までの経験・スキルと、これからの希望職がまったく噛み合っていない人が、そのいい例だ。“営業からデザイナーに転職したい”と思っていても、普段はおおっぴらに口には出せない。しかしメールなら気軽だから、ダメもとで聞いてしまえという気持ちになるのだろう。また、今まで職安や求人雑誌で一生懸命仕事を探していた人が、”インターネット転職”という便利なものに出会った途端に安心し、主体性を無くしてしまうことがある。相手から送られてくる情報を座して待つだけという、受け身の状態に陥ってしまうのだ。これも簡便さゆえの落とし穴である。

転職Eメールを生かすも殺すも、皆さん次第だ。ポイントは、文章を書くという過程で自分を充分に整理すること。簡便さに流されず、主体性を失わないこと。Eメールは転職先を決めるきっかけに過ぎないが、皆さんの取り組み方次第で、自分自身を見つめ直す素晴らしい経験になるはずである。

『 求人広告とイメージングの法則 』

私の本職は人材紹介オフィスのコーディネーターであるが、実はときどき自社社員の採用面接も手伝うことがある。面接する対象の多くは、インターネットや求人誌の広告を見て応募してきた、営業マン志望の青年たち。その席で私は必ず、採用の合否に直結する、ある質問を投げ掛けることにしている。

「あなたは当社の求人広告をお読みになって、自分がどんな仕事をすることになるのか、具体的にイメージできましたか。どこにいて、どんな業務を任され、どんな表情で働いていましたか。ちょっと話してみてください」。うっと言葉につまる人もいれば、熱心に話してくれる人もいる。時には「営業カバン持って、○○駅北側の交差点で、取引先とのアポに遅れそうになりながら慌てて走ってます!」なんて臨場感のある話で盛り上がったりもする。

こんな質問が何の役に立つのかとお思いだろうか。実は私は、この一見ばかばかしい質問を通じて“面接者の思い描く理想”と“当社の仕事の現実”のギャップを測っているのである。つまり“ウチの仕事を本当に理解して来ているのか”を調べているのだ。例えば人材紹介オフィスの転職者の中にも、「入社したら自分の思っていたのと違った」と言って再度相談に来る人がいる。いくら能力的に充分合致する人材でも、仕事や職場に対して描くイメージがずれたまま入社してしまうと、お互いに不利益な結果を招くのである。

最近の求人広告は目的別・職種別のカテゴリー分けが進み、誰もが簡単に“自分に合った”求人にたどり着けるようになっている。しかし、そこで安心しないで頂きたい。目星をつけた求人広告をもう一度じっくり読み返し“自分が働いている現場”を詳細にイメージしてみてほしいのだ。どうしてもイメージできない求人広告は、信用しない。もしくは自分には向いていないと判断すること。イメージができれば、それをメモに書きとめて面接に行けばよい。かなり具体的な質問ができるはずだ。自分の描いた理想と、その会社の現実は、近いのか、掛け離れているのか。事前に知ることができる。

このイメージングの過程は、自分が本当は何をしたいのか、より深く考えるきっかけにもなる。また経験以上のことは想像できないはずなので、自分の能力に適した仕事を選別する材料にもなる。いずれにしろ“ホンモノの情報”は、机に向かったままでは手に入らない。求人広告だけで判断せず、まずは実際に行ってみることだ。面接が終わるまで、情報収集は続いている。

『 失ったものの法則 』

業績好調で上場まで計画していた企業が、翌年には赤字に転落したり。こうも企業間の競争が激しいと、数カ月先のこともわからない。もちろん、企業が生き残るかどうかは社員一人一人の努力によるところも大きい。しかし最後は経営陣の質や、事業のタイミングや、つきつめて言うと“運”である。私たちの誰もが、上昇と下降のどちらも経験する可能性を持っているのだ。

昇り続けて、それが持続していけばいいのだが、後に急下降が待っているとしたら。私たちは、どう対処すれば良いのだろう。例えばいちばん切実な問題を挙げると、待遇である。ある日を境に収入がガタ減りしてしまったら?きっと私自身も、冷静ではいられないだろう。しかし最近出会った転職者の方の中に、この問題に見事に対処した人がいる。27歳の営業事務Fさんだ。

Fさんは、ほんの数年前まで業界の雄ともてはやされていた外資系機器メーカーに勤めていた。会社は全社員にかなり手厚い業績賞与を支給しており、Fさんの年収も27歳にして800万を越えていた。しかし、一昨年のこと。好業績に油断していたFさんの会社は、ささいな製品ミスが元で、あっという間に新興の競合メーカーにトップシェアの座を奪われてしまったのだ。

それを境に、会社の業績は下降へ。昨年はとうとう大幅な人員削減が実施された。先行きに不安を感じたFさんは転職の決意を固め、会社を退職して我々のオフィスを訪ねてきたのだが…。オフィスでFさんを待っていたのは、彼女の常識からあまりにも掛け離れた給与水準だったのだ。自分の年収が約半分まで落ちるかもしれない。Fさんは最初、目に見えるほど愕然としていた。

だがオフィスで募集要項を見比べたり、自分でよくよく調べるうちに、Fさんは冷静さを取り戻していったのだ。「私の収入の方が普通ではなかったのかも」。Fさんは市場平均にどれだけプラスできるかという方向に目標を切替え、経歴書の練り直しに力を入れた。結果は、やはり大幅ダウンは免れなかったが、それでも転職先での減収を約30%に留めることができたのだった。

今まで普通だと思っていたものが、急になくなってしまう。私たちのこれからは、常にそんな危険と隣合わせだ。その時、どのように対処できるか。どのように気持ちを切替えて道を探れるかで、私たちの真価は決まるのだと思う。私がFさんに感じたのは、まず落ち着いて自分を取り巻く状況を見つめ直す勇気だった。失ったものは、確かに惜しい。しかし、何をどれだけ取り返せるかを現実的に考えなければ、結局すべてを失うことになりそうだ。

『 相手の立場と自己都合の法則 』

「相手の立場を考えて行動しろ」とは、私たちが今までさんざん親や上司から言われてきた言葉だ。しかし、人間とは弱いもので、相手の立場を考えているつもりでいながら、ついつい“相手の立場を自分の期待で解釈して”行動してしまいがちだ。相手がこうなら都合がいいのにという期待が、いつのまにか相手の本当の立場とすり替わってしまう。私たちは自己中心な心の持ち主だ。

同時に、そんな心のままビジネスを続けていたらどこかで頭打ちになるということも、私たちは経験的に知っている。知っているが、甘い方向へ流れがちな考えを、常に意識して制御するのはなかなか難しい。私自身も過去や、つい昨日の自分の言動を振り返って、冷や汗をかくこと数知れずである。だが先日、改めて自己中心の恐ろしさを思い知らされる出来事に出会ったのだ。

その出来事の主は、大手電機メーカーに勤めるエンジニアのLさんである。待遇に不満があるということで、外資系への転職を希望していた。高度かつ希少なスキルを持つLさんは、業界ではニーズの高い人材だ。転職先はすぐ決まりそうに思えた。事実Lさんは面接を着々とこなし、最終的に第一志望の外資系大手A社に内定を絞り込んだのだが…。そこから歯車が狂い始めた。

正式な待遇を提示したいので昨年の源泉徴収票を出してくれ、という打診がA社から出たとたん、Lさんの音信が途絶えたのだ。一体何があったのかと私とA社は心配し、何度も連絡を試みた。すると、やっと電話口に出てくれたLさんはこう言ったのだ。「経歴書に、昨年の年収を実際より100万円多く書いてしまっていた。源泉徴収を出すとそれがばれるから怖かった」と。

そしてLさんは重ねてこう弁明した。自分は以前、あの水準の年収がA社では普通という話を聞いたことがある。だから、経歴書に書く年収をそのレベルに合わせていたほうが、A社も私の価値を判断しやすいと思った。昨年の自分の年収はスキルと比較して正当な額ではないだけに、より正しい判断をA社に促したかったのだ、と。なんという論理のすり替えだろう。少しでも高い給与で転職したかったからと言われれば、まだすっきりするのだが…。

結果は、経歴詐称により内定取り消し。Lさんの転職は白紙に戻った。いい条件で転職したいなら、Lさんは正面からアピールし、A社を心から納得させるべきだった。それが、相手の気持ちや立場を考えて行動するということだ。自分のやろうとする行動は、相手をどんな気持ちにさせるか?自分が考える相手の気持ちは、自己都合のすり替えではないか? 気が進まなくても己に厳しく問いかける。そんな作業が必要なのだと、私は改めて思ったのだ。

『 経験よりもマインド、の法則 』

“いや、その企業はちょっと私に向かないです”“その企業はすいませんが遠慮しておきます”。中高年特有の慇懃無礼な断り文句を聞くたびに、私は暗澹たる気持ちになっていく。ここ1カ月間、40~50代の転職希望者たちと面談し、ある企業を勧めているのだが…。まったく上手くいかないのだ。

厳しい転職市場の中でも、さらに厳しい状況に立たされているのが、中高年の求職者たちである。その彼らが面接にさえ行きたがらない“ある企業”。一体どんな会社なのだろう…と、皆さんはお思いだろうか。実は、最近めったに見ない好カードなのだ。いや、好景気の頃にも無かったかも知れない。

募集しているのは、準大手の流通企業Y社である。近く行なわれる大幅な店舗増を機に、今までの親族経営を刷新。大手へのランクアップに恥じない経営体制を再構築する計画だ。しかもここからが驚きなのだが、副社長以下の役員をできる限り公募すると言う。若手中心の社内には、役員に該当する人材がいないのだ。「…とはいえコネで引っ張ってきたのでは、マインド的に不安です。ハイスペックなスキルよりも“会社のために頑張ろう”という気概のほうが、ウチの役員には大切なのです。役員以下の社員全員が気概をもって仕事に取り組んでいるのですから」。Y社社長は私にこう語り、対象年齢を40~50代とすること、管理職経験さえあれば流通業や会社経営の経験は問わないことを約束した。「経験よりもウチは、マインドを重視します」。

しかし社長の気持ちと裏腹に、転職者たちはY社に寄り付こうともしない。Y社のイメージが“泥臭い”からである。始めは興味深げに話を聞いていた人もY社の名前を出した途端に逃げ腰になってしまう。「客として行くにはいいけど、働くのは…」。断る理由がもっと明確なものなら、まだ納得がいく。他に目標があるなら、応援しよう。しかし私がここ1カ月間で面談してきた中に、そんな人は1人もいなかった。酸いも甘いも噛み分けてきたはずの元管理職者たち。彼らはいまだに、うわべしか見ていないようなのだ。

専門性が要求される求人市場の中、専門性を持たない人の最後の武器となるのは“マインド”である。彼らはそのことに気付かねばならない。せめて物事の上っ面ばかり眺めるのをやめれば、可能性も広がるのだが…。喜んで迎え入れる会社が存在するだけに残念でならないのだ。Y社と幸せな出会いを果たす人は、このまま現れないのだろうか。ひどく心配な今日この頃である。

『 気持ちと仕事の法則 』

西暦の4桁目も変わって10日あまりが過ぎた。巷の正月気分も抜けてきたわけだが、我々のオフィスでは年始早々ちょっとした“事件”が起きたのだった。ベテランエージェントのEさんが、息子ほど歳が離れた転職者のUさんを怒鳴りつけてしまったのだ。我々エージェントは、普段は勿論“わきまえ”あるビジネスマンである。特にEさんは物静かな紳士で通っていたのだが…。

転職者のUさんは、ある大手都銀の出身者だった。経歴書を見ると内務部門でかなりいい仕事をしており、今需要の高い年金関係の知識もある。また数字に強いマーケッターとしてやっていける可能性もあった。だが父親が倒れてしまい、やむなく家業を手伝うために退職していた。1年ほど腹を決めてやってみたものの、Uさんはその家業にどうしても馴染めなかったらしい。

「どうせだめなんです私は。いまさら元の仕事に戻りたいなんて言っても、1年も無駄に過ごしてしまってはね」。バリバリ数字を扱う仕事に戻りたくて我々のオフィスを訪ねたはずなのに、Uさんはどうしようもなく投げやりだった。自信のない気持ちが、希望とは裏腹な言動にさせていた。今まで何社もの面接を受け全て不採用だったらしいが、この態度では仕方ないだろう。

あなたはもっと自信を持ってもいいはずだ。スキルも経験もあるのだから、後は前向きにさえなれば…。と我々が説得しても、Uさんは鼻で笑うばかりだった。「この1年で私の人生は狂ってしまったんですよ。もう、親父のつまらない家業に戻ろうかとも思うんです」。諦めましたというその口調に、それまで黙っていたベテランエージェントのEさんが爆発してしまったのだ。

「なにも努力をせず周りのせいにする君より、君にとってはつまらぬその仕事で君をここまで育て上げたお父さんのほうが、人間として何倍も立派だ!それすらわからぬ君を採用する企業など確かにないだろう!」。図星をさされ唖然としたUさんは次に怒りだし…。そして帰ってしまった。エージェントのEさんも、ビジネスマンらしからぬことをしたとしきりに反省していた。

しかし数日後、私にUさんから連絡があったのだ。「言われっぱなしは悔しいのでもう一度本腰を入れて転職活動します」と。EさんはUさんにとって見返すべき敵、となってしまったわけだが、それで気持ちが奮い立ったのだから結果オーライというところなのだろうか。年が変わっても環境が変わっても、結局自分を良くも悪くもするのは自分自身でしかない。見違えるほど積極的になったUさんは、来週から何件もの面接をこなしていく予定だ。

『“前の会社”の法則 』

1年以上も前に私の紹介で転職していったLさんから、ある日突然電話が入ってきた。真剣に相談したいことがあるのだという。とりあえずオフィスに来てもらって面談室で向かい合ったのだが、Lさんの相談事はなるほど難しいものだった。「前の会社に戻りたいから口をきいてほしい」というのだ。「あなたが前の会社に個人的に接触するのなら、何も問題はないのですよ。」私はLさんに説明した。「でも私たちが口利きするのは、ビジネスの道義的にできないことですよ。だって前の会社にとって私たちは“Lさんが辞めるのを手伝った”存在なのですから。」肩を落としたLさんに、私は聞いてみた。「そもそも、なぜ前の会社に戻りたいのです?」

Lさんは27歳のオフィス機器を扱う営業マンである。販売力のある人で、以前の会社でも現在の職場でもかなりの業績をあげてきている。確か、転職した時の理由は「将来を考えると、もっとコンサルティング的な販売方法や専門スキルに重点を置く会社で営業をしたい」という前向きなものだった。だが、それから1年たって面談室で再会したLさんは、私にこう言うのだった。「あの時の転職理由は適当に考えたもので…。本当は“違う会社を見てみたい。他にもいい会社があるはず”というだけのことだったんです。」「“いい会社”なんてない、ということが、わかったのですね?」私の言葉に、Lさんは苦しそうな顔でうなずいた。「はい。というより転職してみて、前の会社の良かった部分が色々と見えてきました。最近は、なぜ安易に辞めたんだろうと悔やむばかりで…。」「…ありがちな話ですね。」

私は常々疑問に思うのだが、転職先を物色する人々は、なぜ“今いる会社”を候補に入れようとしないのだろう?転職の第一目的が“別の会社に行くこと”になってはいないだろうか。転職とは、そういうものではない。“現在の環境と他の候補環境のメリットとデメリットを勘案した上で、自分が相対的に満足できる環境を慎重に選択する”行為なのである。選択の結果、現在の環境に残ることもありうるぐらいでないと、本当に良い転職はできない。

「会社によって違いますが、ご自分でアタックされても、戻れるときには戻れるものですよ。そうした申し出を喜ぶ会社もあります。」私は重ねてLさんに言った。「“何か違う”という漠然とした違和感を抱えたまま、転職を繰り返す人も多いです。彼らに比べれば、もとの会社の良い面を認識できたあなたには、まだ可能性があると言えるかも知れない。」Lさんは、少し元気を取り戻したようだった。「そうですね…。辞めた会社とはいえ、もともとは入りたくて入った会社です。どこかに良い面があるものだし、たぶんそれが自分にとって大切なものなんです。たとえ前の会社に戻れないとしても。」「Lさん、いいこと言いますね」。私はLさんと一緒に笑いあった。

『 幸福な転職、の法則 』

花見シーズン真っ只中のある夜、私も十数人の団体にまぎれこんで、夜桜見物に出掛けたのだった。お決まりの酒宴で、はじめは一緒にドンチャンやっていたのだが…。そのうち友人のG君が「ちょっと話があるんだが」とにじり寄ってきた。G君は、所属する組織こそ違えど、私と同じく人材紹介会社の転職コンサルタント。その彼が、実は転職することになったのだ、という。

転職コンサルタントが転職?いったいどんな転職をするのだろう?と皆さんはお思いになるだろうか。私も同業者として非常に興味があった。G君は33歳。人事系コンサルタントの職務を色々と経験してきた優秀な男である。私は缶ビールを手に川べりへと場所を移し、G君に詳細を聞いてみたのだった。

「今後の自分を考えた場合、2つの選択肢があると思ったんだ」。先程までかなり飲んでいた筈なのに、G君はあまり酔ってはいなかった。「ひとつは、このまま人事系のコンサルタントを続ける道。もうひとつは、企業人事の当事者を経験する道」。G君の言いたいことが、私には良く分かった。我々人事系のコンサルタントは“人事のプロ”ではあるが、あくまで“外部コンサルタントという客観的な立場から”企業や人材を手助けする存在である。そのぶん適確な助言ができるのだが、やはりキャリアを積む過程のどこかで“人事の当事者”を経験しておきたいところだ。「転職先は企業の人事部なんだね?」。私はG君におめでとうと言った。「ありがとう。僕は結局“人をどう活かすか”を考える仕事が好きなんだと思う。人事系の仕事でキャリアプランを考えた場合、やはりどうしても経験しておきたいんだ。この年齢で転職に踏み切るのはリスクもあるけど、チャンスは今しかないと思って」。

自分もそう思う、と私はG君に言った。将来と現在のメリット及びリスクを勘案した上で、長期的なキャリアプランを描くG君に、改めて学ばされた思いだった。“今をどう生きるか”ではなく“どのような生き方を選択するのか。そのために今何をするのか”。転職にしろ、組織内でのスキルアップにしろ、“自分の柱”をどこに置いて生きるのかを考えなければ、私たち職業人は道を見失ってしまう。“人を活かす仕事”を自らの柱と決めたG君には、目指すべき方向と、そのために今何をすべきかがわかっているのである。

「人事を何年やるかはまだわからないけど、きっとまたコンサルタントの世界に戻ってくるよ。まあ、長い修業になるとは思うけど」。対岸の夜桜を眺めながら、私はG君と静かに乾杯したのであった。G君の前途に幸多かれ!

『 転職と市場の法則 』

相次いだ台風などの影響で、生鮮野菜の価格が高騰している。筆者が先日のぞいたスーパーでは、1本100円以上に暴騰したキュウリが山積みに売れ残っていた。容赦なく素通りする主婦たちを見ながら、私はスーパーの店員さんを気の毒に思ったのだが…。悲しいかな、これが市場原理というものなのだ。

実は転職者のみなさんも、刻々と移り変わる転職市場の中に身を置いている。求められるスキルは、常に同じではない。社会情勢や各業界の動向によって変化する市場に、みなさんも対応しなければならないのだ。しかし多くの転職者と接していると、その認識があまりにも薄いことに驚かされる。

ひとつの例をご紹介しよう。貿易業務のスペシャリスト、Wさんの失敗談だ。商社を退職した彼が、私たちの前に現れたのは2年ほど前。10年以上のキャリアを持ち、語学も堪能なWさんの転職先は、その当時なら“より取りみどり”の状態だった。ところが、Wさんは候補企業の一覧を見るなりこう言い放ったのである。「私のスキルなら、もっと上を狙えると思うんですが…」。給料がよくない。仕事内容が低レベル。前職より低ランクの企業だから嫌。私たちが何回となく情報提供しても、Wさんは面接にさえ行こうとしないのだ。確かに貿易業務では目を見張るスキルを持つWさんだが、人材には“旬”というものがある。Wさんがぐずぐずするうちに、不況は本格化。彼自身の離職期間も求人企業側の許容範囲を越えてしまった。2年前、あれだけ転職先を選べたWさんだったのに、現在は1社の求人もない状況が続いている。

自分のキャリアに自信を持て。できるなら私も、すべての転職者の皆さんにそう言ってやりたい。しかし転職者の価値を決めるのは私や皆さん自身でなく、市場なのだ。高いスキルを自負していても、市場がそのスキルを常に求めているとは限らない。転職者はそのことに、もっと敏感になるべきである。

現在転職を思案中の方、“転職市場の確認”に抜かりはないだろうか。希望業界の現状を、もう一度調べ直してみてはいかがだろう。さらに、あなたの経験・スキルは求められているだろうか。簡単な調べ方としては、各種求人情報の応募資格欄を1ヵ月通しで見るという方法がある。自分の経験と合致する募集がない、もしくは少ないなら、すぐには動かないほうがよい。

市場動向によって物の価値が変化していくように、私たち職業人の価値も刻々と変化し続けている。“流通すれば売れる”という時代ではなくなった今、私たちも市場感覚を持ち、自己のマーケティングを行わねばならないのだ。

『 仕事と家庭の法則 』

腕の良い設計技術者でありながら、Sさんの転職は大失敗に終わってしまった。当時43歳だったSさんは、転職と離婚という人生の一大事を、2つ同時に抱えていた。そして、片方の問題を置き去りにしたまま、転職の話だけが進んでいったのである。最後には、私自身にも、何ともやりきれない思いが残る結末になった。あの時の判断を、今でも後悔している。

私の所に人材登録したSさんは、当時離婚問題を抱えていた。彼の母は体が弱く、数年前からSさん家族と同居。しかし嫁姑の折り合いが非常に悪くなり、耐えきれなくなった奥さんがSさんと別れると言いだしたのだ。
「企業側には正直に言うべきでしょうか」。入社面接の日程が決まった時、Sさんは私に相談してきた。「入社後に離婚が成立しそうなのですが…」。だが先方企業は、彼の知識とスキルに大いに期待していた。新規事業の核としてポストも用意されている。Sさんの存在価値は、離婚ぐらいでは揺るがないはずだと、私は判断した。「面接時に言う必要はありません。入社後、離婚届を出すときに言えば問題ないでしょう」。これが間違いのもとだった。

Sさんの抱える問題はもっと根深かったのだ。入社から2ヵ月後、先方企業の連絡を受けて、私は仰天した。なんと、のべ14日間の無断欠勤をしているというのだ。「その理由がまた奇妙なんですよ」と先方はこぼした親戚が倒れたとか。亡くなったとか。そういうことが幾度となくある。明日は必ず出社しますと言いながら、連続3日ぐらい来ない。最初は、入社したばかりのことだしと先方も大目に見ていた。しかしある日、また会社に来ないので電話してみると…。

「娘が交通事故に遭って入院したと言うんです。それは大変だと入院先を聞き出してお見舞いに行ってみると、病院は、そんな人は入院してないと」。これで先方の堪忍袋の尾が切れた。Sさんを呼び出して問い詰めると、彼は泣き崩れたという。入社直後には離婚届を出すはずだったSさんの離婚問題は、実は大もめにもめていた。ぐちゃぐちゃになった家庭の中で、Sさんは鬱状態から来る出社拒否症に陥っていたのだ。

その会社をクビになってから、Sさんからの連絡はない。なんとも後味の悪い思いと共に、今ごろどうしているのだろうかと時々考える。
“仕事は仕事、家庭は家庭”。そうスパッと割り切れるほど、人間、強くはないのだ。今の私ならはっきり言える。あなたの抱える問題は仕事の悩みだけなのかと。なにか他に問題があるなら、そちらをまず解決すべきだと。

『 辞め時の法則 』

登録者のDさんが先日、激しいクレームの電話を入れてきた。面接先の企業L社で、自分だけが差別的な扱いを受けたと言うのだ。出張の予定をキャンセルし、遠路はるばる電車を乗り継いで駆け付けたDさんに、L社は冷たかった。面接らしい質問や会話が全くなく、ものの数分で終了。しかも外はすごい雨。自分以外の面接者は皆、手配されたタクシーに乗り込んでいく。勧められもしなかったDさんは一人、駅まで歩いた…。

なるほど確かにひどい話である。ひどい話であるが、そこまでするからにはL社にも言い分があるのだろう。電話してみるとL社もやはり怒っていた。「忙しいから半年先まで入社できないって言うんです。非常識にも程がある」。

以前なら、半年ぐらい待ってくれる企業はいくらでもあった。今は違う。Dさんのような“入社時期の都合”は通用しなくなりつつある。在職中の会社をいつ辞められるのか。辞めるどのくらい前から転職活動を始めるべきか。その見極めを正確にしなければ、痛い目にあうのだ。

仕事のスパンや繁忙期を読み、時期を狙って転職活動する。それぐらいの工夫はほしい。どうしても時期が読みにくいなら、自分と似たポジションの人が過去に退職した例がないか調べてみることだ。彼らが退職意志を示した時期や、実際に退職するまでの期間がわかれば、かなりの参考になるだろう。

引き継ぎをスピーディに済ませる工夫も、普段からしておくことだ。自分の仕事を定期的に掘りおこし、書面にまとめておく。段取りを組み立てておく。同僚を育成しておく。その上で引き継ぎに要する期間を見積もればよい。

ただし注意が必要なのは、引き継ぎ期間を独自に規定している企業があることだ。ぜひ事前に就業規則を調べてみてほしい。先走って転職先を決めてしまい、規定を破ることになれば、退職金削減等々の制裁が待っている。

また、引き留めに応じて退職時期を延ばす人もいるが、これもできる限りしないほうがいい。しょせんは辞めると言った人間。やはりそれ相応の扱いを受けるものだ。後で仕返しをされない程度に断る方が賢明だろう。

確かに円満退職はしたい。在職中という安全圏内で転職先を決めたいのも当然だ。しかし求人企業の多くは、もはや私たちの都合に合わせてはくれない。転職を決意した以上、すみやかに行く先を決め、すみやかに去る。そんな覚悟が必要なのだ。いつ転職活動して、いつ辞めるのか。その計画が立たず、腹もくくれないのなら、退職願は懐にしまっておくべきである。

『 自分の市場価値を知る!! 』

人材紹介オフィスのコーディネーター。その仕事を、私はもう何年も続けている。数多くの転職希望者と面談し、職場を斡旋してきた。世の中にはいろいろな人がいるものだと、いまだによく考えさせられる。

●CASE1/自信のない男
「自分の市場価値はこうして創る」「己の市場価値を知る○個のポイント」 最近、サラリーマン向けの雑誌に、このような記事タイトルが多く見られるようになった。「己の市場価値を分析し、真に必要とされるスキルを身に付けよ。さもなくばこれからの大失業時代を生き残ってはいけない」
たいがいがこんな論調だ。しかし、自分1人で冷静に自己分析できる人が、いったい何人いるというのだろう。私の実感では2割にも満たない。
国家資格を取ったのに何で採用されないと怒りだす人。どこそこの高名なスキルテストで最悪の結果だったと泣きだす人…。人材紹介オフィスは、市場価値ブームに振り回されし人々の実例で一杯だ。日々忍耐強くなる自分が、我ながら偉いと思う(そう思う私も、実はカン違いしてたりして?)。

Cさんは、そんな中でも「特に自信喪失ぎみ」な部類に入る人だった。
有名私立大理工系卒の25歳。学生時代の就職活動中、Cさんは大手コンピュータメーカーのエンジニアを夢見ていた。しかし、折しも世は平成不況の真っただ中。夢破れた彼は、小さな機械メーカーに就職したのである。
Cさんはここで、不安だらけの3年間を過ごした。まず、仕事を教えてくれる上司がいない。Cさんの専攻を見込んだ社長が、「社内業務へのコンピュータ導入」を彼に一任したからだ。所属する部署もなく、独りぼっちの彼が指示を仰げるのは、キータッチさえ怪しい社長のみ。一介の新入社員が、たった1人で各部門の管理職を相手に交渉し、社内業務の棚卸しをし、システムなりネットワークなりを組み上げていかねばならなかった。
不安だらけだったが、他にわかる人がいない以上、逃げ出すわけにはいかない。Cさんはそんな責任感だけを頼りに3年間を過ごした。そしてようやく社内のインフラが整いはじめた頃、私たちのオフィスを訪ねてきたのだ。

「自分には、世間で言う“市場価値”が、まったくないと思うんです」
私の前に座ったCさんは、弱々しくこうつぶやいた。
「だから、ぜいたくは言いません。どんな会社でもいいんです。仕事を教えてくれる先輩がいて、何かスキルを身に付けられる所であれば」
前述のCさんの経歴は、恥ずかしがる彼を根気強く説得しながらやっとのことで聞き出したものである。私はCさんに言った。
「このスカスカの職務経歴書を書き直して下さい。いいですか、私に話してくれたことを、恥と思わず全部書くんです」

超大手の外資系コンピュータメーカーA社が、Cさんとの面接を打診してきた。当然、Cさんにとっては夢のまた夢(と、思っていた)企業である。もうおわかりだろうか。A社が彼を欲しがった理由は、Cさん自身が「恥」と思い込んでいた所にあった。面接を無事に終え、Cさんの獲得に成功したA社の人事担当者は、私にこう言ったのである。「いやあ、いい人が採れましたよ。あの若さで、1人で業務を切り盛りした経験があるなんて。並のテクニカル馬鹿より、鍛えがいありますよ」

自分の市場価値とは何か。何が自分の強みか。
Cさんのように過小評価しすぎる人も他に少なくないだろうし、反対に自己過信してしまう人もいるだろう。私から言えることはただひとつだ。「冷静に自己評価したいなら、雑誌の特集記事ではなく、生身の他人なり企業なりに評価してもらいなさい」ということである。

『 仕事づくりの法則 』

「もっと自分に合う仕事が他にあるのではないか?」私も仕事に行き詰まった時、ふとそんな思いが頭をよぎることがある。転職して、さらに自分に合った仕事を手に入れればいいのだろうか。それも一つの方法だろう。また、こんな考え方もある。自分に合った仕事を自分で創ればよいのではないかと。

仕事を創るとは、どういうことなのか。良い例があるのでご紹介してみよう。用具メーカーA社の営業職だったSさんである。A社の取引先は企業や官公庁が中心であったが、そのプロ仕様の商品は一部の一般消費者にも人気があった。Sさんは常々、一般消費者の意見を商品や販売に採り入れるべきと考えていた。

だが自社製品を基本的にプロユースと考えていた会社側は、Sさんの提案になかなか興味を示すことはなかった。そこでSさんはまず既存の自社サイトにコミュニティーを作ることから提案。ネット歴の長い自分がその対応を買って出る、また営業業務を圧迫すれば即刻中止との約束で、了承をとりつけた。

コミュニティー運営には困難もあった。業績を維持しつつの対応はかなりの時間管理を要し、マニア的な質問への回答に追われることもあった。しかし丁寧なSさんの対応は評判を呼び、コミュニティーには多くの一般消費者が集まった。開拓の余地がある市場だと、Sさんは会社側に認識させた。

そして遂には、メーカー直売ネットショップの立ち上げ。Sさんはその運営責任者となった。当初は企業営業から離れたSさんの業績を危ぶむ声もあったが、彼は各部門や業者と調整しながらネット直売体制を整備し、ショップの対応力と販売規模を広げていった。営業時代にも迫る勢いで売上を伸ばしている。

「やりたいと考えたことを、実際にやろうとしてきただけです」とSさんは言う。私は、エージェントの仕事に就くずっと以前に上司に言われた言葉を思い出す。「その仕事をしたいなら真似事でも今すぐやって見せればいいじゃないか」と。どんな環境にあっても仕事の出発点を自分で創ることはできる。

実は、転職の法則は、私の仕事の都合でしばらくお休みをいただくことになった。「やりたい仕事は、今日から始まっている」その一言を、私を含めた全ての職業人に掲げて締めくくりたいと思う。何かを始めた結果が新しい仕事を生むこともあれば、転職などの転機に繋がることにもなると私は思っている。

『 キャリアアップの法則 』

私たち社会人は、その多くが「キャリアアップしたい」と常日頃から考えている。もうワンランク上の職務を与えられたい、転職するならもうワンランク上の仕事がしたいと。今回ご紹介するRさんも、キャリアアップを目指した一人である。Rさんは2年に及ぶ転職準備の中で大きく変わっていった。

2年前に会ったRさんは、中堅システム企業に勤める経験4年目のプログラマーだった。会社の業務範囲が狭く、なかなか満足できるような仕事に出会えない。大手独立系のシステム企業で幅広い経験を積みたい、と希望していたのだが…。結局、志望先からの内定は一社も出ずに終ってしまった。

Rさんの経験内容自体は悪くはなかった。しかし裏を返すと、とりたてて良くもなかった。つまり“そこそこ”のスキルだったのだ。勤務中の会社と同じような仕事を望めば、転職先はいくらでもあったろう。だが「仕事の幅を広げたい」という希望を通すには、いまひとつ押しが足らなかったのである。

この結果に、Rさんは少なからずショックを受けたようだ。近々の転職はひとまず諦めざるを得なかった。が、彼は勤務中の会社で再挑戦のための準備を始めたのだ。担当業務にプラスして、それまで業務内容になかったWEB系の開発プロジェクトを自らスタートさせた。また最新技術の研究会づくりを呼びかけ、集まったメンバーと一緒に新しいスキルを吸収していった。

そして2年がたち、Rさんは再び我々のオフィスへ来た、希望は前回と同様、大手独立系システム企業。何社かの志望先と面接が進んでいるが、企業側からの反応はまるで違う。Rさんの入社を真剣に検討しているようだ。感触の違いに驚いたRさんはこう言った。「経験って、長さでなく密度なんですね」

最近は転職を前提に就職する人も多いようだ。「○年後に転職する」「○年後にこんな仕事を始める」と区切りを考える人も少なくない。計画を立てること自体はいい。だが大切なのは転職やキャリアアップそれ自体ではなく、目的のためにどんな経験を積んできたか、ではないだろうか。目的にふさわしい自分を目指す。その過程こそが、本当にキャリアアップなのだと思う。

『 仕事力の法則 』

この仕事を一生続けていて大丈夫なのかなあ。と、一度は考えてしまったことがないだろうか。どの業界も、絶対安泰とは言いきれない。自分の担当する仕事が、将来も絶対必要とされる保証はない。そんな気持ちが最近、その時々の人気職種を脈絡なく志望する人を増やしているのかもしれない。

だが私はむしろ、こんなご時世だからこそ、ひとつの仕事を一貫して続けていくことの意味を認識し直したいと思うのだ。業界を変わるにしろ、幅を広げて新しい分野にも挑戦するにしろ、これと決めた“コアとなるキャリア”を追求していくことの意味は大きい。以下に例となる話を挙げてみよう。

例は30代後半の営業職、Wさんである。Wさんは元OA機器販売会社の営業であり、7年間コンピュピュータとその周辺機器を企業向けに販売してきた。だがそれはもう8年も前の話だ。Wさんは「更に提案型の営業がやりたい」と思い立ち、コンピュータとは無縁の別業界に転職していたのである。

そんなWさんが、もう一度コンピュータ業界に戻りたいと我々のオフィスを訪ねてきた。8年のブランクの間に業界はすっかり様変わりしている。Wさんの以前の知識や実績は、すっかり陳腐化して通用しない状態になっていた。だが半ば駄目もとという気持ちで、ある外資系にWさんを紹介してみると…。

なんとあっさり採用が決まったのだ。私は先方の人事に採用理由を聞いてみた。すると、Wさんのような営業がずっと欲しかったという答えが返ってきた。確かに彼の知識は使い物にならない。しかしそれを補って余りある営業スキルがあると、先方はWさんを評価した。「知識のある営業は幾らでもいますから。“セールス”の何たるかを経験で体得した方が欲しかったのです」

ひとつの仕事を極める。それは職業人の基盤を作る大切な作業だと思う。Wさんの場合は営業職だった。これと決めた分野を追求して得られるものは、経歴書に書く実績や経験内容だけではないと思う。たとえそれらが時代の流れと共に陳腐化しても、実績と経験の積み重ねによって得られた“仕事の技術力”は色あせない。その“仕事力”こそが私たちの最大の武器となるのだ。

『 人生の選択と義理人情の法則 』

仕事には多かれ少なかれ義理人情がからんで当然だと思う。信頼のおける人の勧めだから真剣に検討する。世話になった人だから恩返しする。そんな気持ちは、いくらビジネスライクな世の中になろうと、私たちひとりひとりのビジネスの中に生き続けていくのだと思う。

だが、自分の大切な局面で、義理人情を何よりも優先したために失敗する人もいる。例えば先日我々のオフィスへ来たJさんは、転職の好機を逃してしまった顛末を私に話してくれた。Jさんはエンジニアとして通信系開発企業に勤めていたのだが、その所属部門が売りに出された頃に話はさかのぼる。

部門ごと他社へ売られる話を聞きつけ、Jさんは転職を決意した。紹介会社に登録し活動を開始すると、すぐに複数の企業から打診があった。脂の乗った通信系エンジニアと認められ、引っ張りだこ。後は充分な選択肢の中から気に入った企業を選ぶだけだった。ところが彼は転職を断念したのである。

「今まで一緒にやってきたんだ。例え他社の所属になっても、皆で頑張っていこう」と、部門の仲間たちから引き留められたのだ。もともと職場に不満はなかったJさんは心を動かされ、仲間たちと一緒に部門に残る道を選んだ。環境が変わっても、皆で結束して乗り切ろうと励ましあっていたのだが…。

買収後の部門には、買い手企業の社員が多数入ってきた。Jさんらは立場が悪くなり、仕事も思うように進まないやりづらさ。だんだん「やっていられない」とこぼす仲間が増え、一人辞め、二人辞めしていく。そして、今度は逆にJさんを残し、殆どの仲間が転職していってしまったのだ。

再度の転職活動を始めたJさんは、前回のような好条件の転職先になかなか出会えず苦戦している。人間なのだから、人の心に動かされる瞬間は誰にもあるだろう。だが、人生の選択の瞬間には、独立した自分を持っていたいものだと思う。たとえ、それが難しいことだとしてもだ。

『 業界不振とキャリアの法則 』

未経験の仕事への転職を希望する人の中には、「以前と同じ仕事を続けようにも、業界全体が低迷しているから不安で…」という人もいる。業界が落ち込めば、そこで働く人々のキャリアまで一緒に共倒れしてしまうのだろうか?決してそんなことはないと私は思う。

ある事例をご紹介してみよう。企業で研究員をしていたUさんの転職例である。Uさんの業界も低迷に苦しんでおり、彼は自分の会社に危険を感じて我々のオフィスへやってき来た。しかし転職すると言っても、不振なその業界からの求人は殆どない。Uさんは全く未経験の仕事に転向する覚悟をしていた。

「せっかくキャリアを積んできて、自分でも勿体ないと思うんです。でも仕方がない…。どんな仕事でもやろうと思います」と、Uさんは残念そうに言うのだった。だが私が提示した求人を見て、Uさんは驚いた。その求人は、コンピュータ系の企業がUさんの経験を求めているというものだったからだ。

なぜコンピュータ系企業が、コンピュータに縁もゆかりもなさそうなUさんを求めるのか。理由はこうだ。バイオ系の市場で、今後DNA解析による成果が期待されおり、同時にDNA解析用の複雑なコンピュータシステムの需要が高まっている。そのシステム構築にUさんの経験が必要なのである。

コンピュータ系企業は、システムの構築技術はあっても、DNA解析の仕組みはわからない。だからその知識があるUさんが不可欠なのだ。同じ内容の求人がコンピュータ系企業数社から来ており“選べる”ことにもUさんは驚いた。自分の経験は自分のいた業界でしか活かせないとばかり思っていたと。

人材ニーズは、そんな平面的なものではない。経験はどこかで活かせたりするのだ。また、Uさんの事例は決して特殊なものではない。業界の見通しが暗くなると自分のキャリアにまで絶望しがちだが、簡単にあきらめるのは早計だ。自分自身に対して、どんなニーズがあるのか。まずはそこからアンテナを張ってはどうだろうか。

『 勉強とビジネス感覚の法則 』

このメルマガを読んでいる人の中にも、仕事のために何らかの勉強をしている人はたくさんいるだろう。働きながら通学する人や、通信講座を受ける人が中心だと思う。だが中には、仕事を一旦辞めて勉強に専念する人もいる。ブランクを背負ってでも勉強したい人を、企業はどう見ているのだろうか。

残念ながら、仕事を一旦辞めた、いわゆる社会人学生の転職状況は厳しい。社会人が勉強のみに専念することが、まだ広く認知されていないせいもある。単に“ブランクがある人”と見られがちなのだ。しかしそんな中でも歓迎される人は確かにいる。ではどんな人なら企業に受け入れられるのか。

27歳のプログラマー、Rさんの例を挙げてみよう。RさんはSEへの職種転換を志望していたが、同時に勉強し直す必要も感じていた。できれば学生として本腰を入れて学びたい。だがそれが働きながら勉強している人々と差別化できない内容では、実務から離れる分、余計に不利になってしまう…。

そこでRさんは海外へ目を向けた。日本の市場や教育機関では学び得ないことを学び、他者との差別化を図ろうと考えたのである。また、海外生活で身に付く英語力も付加価値になるだろうと考えた。Rさんの計算は当たった。オーストラリアの大学で情報処理課程を修了後帰国したRさんの元には、SEとしての入社を求める外資系企業からのオファーが相次いだのだった。

私は、一旦仕事を辞めてキャリアのための勉強に専念したいという相談を受けたなら、こう答える。キャリアのために勉強する以上は、勉強も自分のビジネスの一部として考え、周到に計算した方が良いと。どこで、何を、どのように学び、どう活かすのか。実現可能な絵を描いてから出発しようと。

振り返ってみるとこれは、働きながら学ぶ私自身にも当てはまることだと思う。以前私は何かの足しになればとある通信講座を受けたのだが、結局何の足しにもならなかった。キャリアのための自己投資は、余暇でも逃避でもなく、リターンを得るべきビジネスだ。少々おおげさに過ぎるかも知れないが、つまりはそれぐらいの覚悟がないと、きちんとした回収はできないのだ。

『 自助能力の法則 』

私は転職者の方と面談する時、必ずある種類の質問を投げ掛けるようにしている。その人に“自助能力”があるかどうかを判断するための質問だ。例えば転職者の方が「こんな仕事を希望している」と言えば、「ではそのためにご自身では今何をされていますか」と聞いてみる。自助能力のある人ならば、すぐに具体的な書籍名等をいくつも挙げて、自分の勉強内容を述べてくれる。

自助能力とは、文字どおり“自らを助ける”能力のことだ。周囲に依存せず、自らのできる範囲内で自ら努力できるか。本番の企業面接でも、この点は必ずと言っていいほどチェックされる。では、具体的にどのような人が“自助能力に富んだ人”と言われるのだろう。最近出会った転職者の方の中にSさんという際立った人がいたので、彼の話を例に説明していきたい。

Sさんは中堅周辺機器メーカー出身の営業マンだった。どちらかというと製品企画寄りの仕事をしており、常時20種類以上の製品を担当するという多忙さ。だがハードワークの間を縫って、Sさんは英会話スクールに通っていた。その会社では英語を使うことはなかったが、今後のキャリアプランを考えた際、自分の弱点となるのは英会話能力だとSさんは自覚したからである。

転職を決意して我々のオフィスへやってきたSさんは、こう希望を述べた。「学ぶことは自分でできます。だが実戦の場だけは環境に頼らざるを得ない」だから今までの経験を活かせ、なおかつ海外取引を扱える職場へ転職したいと。その言葉に私は驚いた。普通なら「英語研修のある会社」という希望に留まりがちなのだ。私だって転職するとなれば、会社の研修に頼る部分があるかもしれない。しかしSさんは勉強は自分でできると言い切った。

Sさんは、同じく周辺機器を扱う外資系商社へ転職していった。彼が実際に勉強を自己完結できるかどうかはわからない。だがSさんには2つの大きなポイントがある。ひとつはキャリアプランを充分に考えた上で、必要な仕事、必要な課題を自ら選択している点。もうひとつは、本当にやりたいなら、人は与えられるのを待つまでもなく行動する、ということを体現している点だ。

そしてSさんには、さらに大きなポイントがある。主体が周囲ではなく、Sさん自身にあるということだ。会社の研修は、どんなに内容が充実していようとも、結局は会社のための勉強である。それだけで満足するなら、主体を会社へ明け渡しているも同然ではないか。私たちは会社のビジョンの前に、自らのビジョンを持たねばならない。それが、自分が主体となって動くこと、つまり自助能力を備えて自らのキャリアを切り開いていく第一歩なのだ。

『 生活信条と転職の法則 』

私の知人に、水が不味くて仕方ないから転職したという人がいる。彼の転職活動は一風変わっていた。普通なら仕事や会社を調べるところから始めるものだが、彼は、各地の名水の里を調べるところから始めたのだ。そして地酒で有名な、とある地方の地場企業へちゃっかり転職していった。届いた引越葉書には「水ごときで家も職場も替えるとは、我ながら変」と書かれていた。

ちっとも変ではない、ただ「水」っていうのが珍しいが。と、私は返事を出したのだった。我々の人材紹介オフィスにも、仕事や会社うんぬんでなく、生活信条にこだわった結果転職を決意したという人が数多くやってくる。田舎や都会など、住まう環境にこだわる人。もしくは趣味や家族のために割く時間にこだわる人…。その希望内容は本当に人それぞれで面白い。

仕事は生活の一部にすぎない。だから、生活全体を基準に働き方や職場を決める。これもひとつの考え方であり、方法だと思う。ただ、生活を基準に転職活動する際、注意せねばならないことがひとつある。それが何なのかを、以前我々のオフィスに登録していた転職者のTさんを例に説明していこう。Tさんは当時30歳。7歳を筆頭に3人の息子を持つ子煩悩なお父さんだった。

子供のために自然の豊かな北海道へ移り住みたい、というのがTさんの希望だった。幸いその頃の北海道は人手不足、かつTさんはIT系の有能なエンジニアということもあり、すぐに2社の候補企業があがった。Tさんはまず1社目の面接を受けに北海道へ飛んだのだが…。結果は不採用。私は2社目の面接を控えるTさんのために、その理由を企業へ問い合わせてみた。

「Tさんは、こちらでこんな暮らしがしたい、子供をこう育てたいという話しかしないんです」と企業の人事担当者は言うのだった。Tさんの生活信条はよくわかった。しかし、単にそれだけで北海道の会社を選ぶのなら、別にうちの会社でなくてもいいじゃないか。Tさんがなぜうちの会社の面接にわざわざ足を運んでくれたのか。人事担当としてはそこが知りたかったのに。

私は人事担当の話をTさんに伝えた。確かに生活に関する信条は、自分にとっては大事なことだ。企業もある程度はそれ理解している。だがお互いに話し合いをするなら、自分にとって大事なことだけでなく、相手にとって大事なことも考えてやる必要があるのではないだろうか。Tさんは2社目の面接で北海道への切符を手に入れた。生活信条の話はあくまで備考にし、その会社でどんな仕事をしたいのか、なぜその会社なのかを誠実に語った結果だった。

『 新しい環境の法則 』

新しい職場が決まった転職者の方から、時々こんなご質問を受ける。「入社当日に気をつけることはありますか」と。「大丈夫。特に何もありません」と私は答えることにしている。職場での自分の第一印象を気にかける人もいるが、仮にも見込まれて入社するのだから、よほどのことがない限り心配はいらない。それより入社直後は、何かを心配する暇もないほど忙しいはずだ。

むしろ気をつけるべきなのは、入社直後よりも、数カ月後である。私の知っている転職者Tさんの話を例に説明してみよう。Tさんは、転職にはかなり慎重な人だった。大手企業からベンチャーへの思い切った転職を考えていたTさんは、我々のオフィスに人材登録すると同時に、独自に有望なベンチャーを見つけては自分からアプローチもしていた。活動期間には半年を費やした。

今後本当に有望な事業なのか。競合との競争力はどうなのか。全てに納得しなければ入社を決めないTさんだったが、そんな中、とうとう彼が心から惚れ込む企業が現れた。新興のソフトメーカーA社である。面接はとんとん拍子に進み、即入社へ。入社当時「いやあ本当に充実してます。覚えることが多くて大変ですよ」と、Tさんは電話口で快活に笑っていたのだが…。

そんなTさんが、3カ月後に突然退職してしまったのだ。私は、落ち込むTさんに退職の訳を聞いてみた。「最初は毎日が夢中で、気にならなかったんです。でも…」。社長のワンマンぶりに、Tさんはついていけなくなったのだという。社長がやれと言えば、1週間の仕事も3日でやらねばならない。休日も深夜も関係なく、用事があれば呼び出される。しかも、他のメンバーは社長に惚れ込んでついてきた創業時からの人たちで、何も文句を言わない。

「自分が納得して入社すれば、後は何とかなると思っていた。でも、どうにもならないこともあるんですね」。転職活動は、入社がゴールではない。入社して、完全にその環境の一員となった時がゴールなのだ、と私はTさんに言った。だから本当に慎重に会社を選ぶなら、会社の魅力だけでなく、会社の中にあるゴールが自分にとって到達可能かどうかを見極めねばならない。

何もかもが新しい環境は、人を夢中にさせる。魅力を感じて入ったならなおさらだ。しかし覚えることを覚え、新鮮さが失われた時、新しい環境は日常になる。その時に、納得を感じられるかどうか。表面的な魅力だけでなく、その環境で自分が送る日常をイメージしてほしい。Tさんは今、この経験をもとに“納得できる経営方針と社風”を重点に、慎重に転職活動している。

『 キャリア形成の法則 』

大学新卒1、2年目の人の離職率が高まっている、という話を聞いたことがないだろうか。初めて就職した会社を短期間で辞める人が増えているのだ。この話に呆れる人はたくさんいても、感心する人はあまりいないと思う。私も基本的には、1年や2年で会社を辞めることに賛成しない。

“今年の新人”と呼ばれなくなったばかりの若者が我々のオフィスにもやって来るが、やはり転職はかなり難しいのだ。まず、なぜ自分が短期間で退職したのかを合理的に語れる人が少ない。そしてキャリアや実績が薄いという以前に、自分が1年間何をしてきたのか正確に把握できていないことが多い。

ただ私は、彼らと接していて、いつもハッとされられることがある。これら若年層の特徴は、そのまま私たち上の世代にも当てはまるのではないか?“なんとなく過ごしてきても時間と場数により身につくキャリア”によって、私たちは彼らより優位に立っている、単にそれだけのことではないか?彼らを“無自覚”と評する資格が、私たちには本当にあるのだろうか?

先日23歳のHさんと出会ったことで、私はその思いを一層強くしたのだった。Hさんは昨年美大を卒業したばかりの女性WEBデザイナーである。特に目立つような印象もない若手クリエイターだ。しかし、彼女は1年間の中で手掛けた仕事のひとつひとつについて、どんな技術を用い何を学んだか、どのような成果をあげたか、詳細に振り返った経歴書を携えてきたのだ。

さらに、Hさんはその経歴書を根拠に、なぜ転職したいのかを語ったのだった。見てのとおり一連の技術は学んだ。だが前の会社で任される仕事は事業内容の特性上ここまでが限界であり、次はもう一歩踏み込んだ技術を学べる環境に身を置きたいのだ、と。私も納得したが、もっと納得したのはHさんの志望先だった。Hさんは難関と言われる大手通販サイトへ転職していった。

キャリアとはなんだろう、と私は考える。ただ継続した結果がキャリアなのだろうか。“長いキャリア”を持ちながら転職に苦戦する人を、私は数多く見てきた。結局のところ、年数は関係ない。Hさんのように、自分が何のために何をしているのか常に意識し、次に何をすべきか模索する。本当の経験の積み重ねは、自分がその経験を理解して初めて、形作られるものなのだ。

『 忙しさの法則 』

最近「仕事がやたらめったら忙しい」と、しきりに愚痴る人が増えたような気がする。企業内のリストラが進み、今までさほど忙しくなかった業界でも個々の仕事量が増えているせいだろうか。もっと余裕を持って働きたいとは恐らく大多数のビジネスマンが望むところだが、私は忙しいこと全てがそう悪いものだとは思わない。数年先に決定的な差となって現れたりするからだ。

あまりにも対照的で印象に残っている、AさんとBさんの話を例に挙げよう。2人は同時期に我々のオフィスを訪れた、それぞれ違う大手メーカーの広報担当だった。歳も共に30代前半で、今回が初の転職。条件的には2人は面白いほど極似していたのだが…。ただ、業務経歴の中身が全く違ったのだ。

Aさんの業務経歴は淋しいばかり。広報の基本業務とも言える通り一遍の仕事しか経験していなかった。聞けば、職場が暇で暇で仕様がないのだと言う。きっちり9時5時で勤務する毎日。目の前にある仕事は半日で片付いてしまい、あとは問合せ電話やメールへの対応。「どうやって時間を潰そうかって、そんなこと考えるのが嫌になってしまって」転職を決意したのだそうだ。

対するBさんは、深夜明け方まで、土日もないほど働いている人だった。「ついつい仕事が増えてしまって」と言う彼の経歴書を見ると、巨大キャンペーンの陣頭指揮から、畑違いの営業戦略立案に踏み込んだ仕事まで、びっしりと業務実績が書き込まれているのだった。「仕事は面白いんですが、企業体質を考えると先々が不安で」というのがBさんの転職理由だった。

結果はお察しの通りBさんにオファーが集中し、Aさんはなかなか面接を受けられないという状況。特にBさんには、Bさんがクライアントの立場だった大手広告代理店からも声がかかった。この差は一体どこから来るのだろう。一つは、もちろんBさんの方が年齢相応以上の実績を積んでいたからだ。そしてもう一つの決定的な違いは“自ら仕事を作ってきたかどうか”である。

仕事を自ら作り、実績を出し、周囲に認められ、また新たな仕事の声がかかり、業務の幅が広がっていく。Bさんの“忙しさ”はそうして形成されたものだ。与えられてではなく、自ら多忙になってこそキャリアは深まるのである。Aさんのようにすることがない人や、逆に担当業務だけに忙殺されている人は、一度自分の仕事をじっくり振り返ったほうがいい。要は、忙しさや暇さそのものではない。仕事へのスタンスが、私たちの価値を作るのだ。

『 不本意な仕事の法則 』

毎年この時期になると、人材紹介オフィスに来る転職者の中にも“ニューフェイス”が目立ち始める。春に入社した会社を早々に辞めたいと考えている新入社員たちだ。転職相談というより、そんな時は人生相談のようになってしまうことが多い。入社後の現実がイメージとあまりにも違う、と悩んでいる人が多いのだ。ただ、社会人1年生だからこそ、悩みを素直に打ち明けることもできるのだろう。キャリアのあるビジネスマンにも“やりたい仕事ではなかった”と悩みながら働いている人は、かなり多いのではないかと思う。

そんな仕事に悩む新人のみなさんに、時々お話しするエピソードがある。コンピュータ系エンジニアJさんの話である。Jさんは、大学院を半期だけ留年してしまったために、普通の“就職活動”ができなかった。本当なら大手の開発企業に新卒入社できる充分な素養があったにも関わらず、“経験ゼロの中途採用者”として苦しい会社探しを強いられたのである。やっと採用された先は、小さなソフトハウス。実務経験がないということが、市場でどんな評価を受けるのか。Jさんはこの就職活動を通じて身をもって知ったのだった。

Jさんは、そのソフトハウスで本当にいろいろな仕事をこなしていった。新しいアプリケーションの使い方を覚えればできる程度の、Jさんにとっては簡単な仕事である。普通なら“こんなことを続けていていいのだろうか”と悩んでもおかしくはないだろう。しかしJさんは、どのプロジェクトも毎回きっちりと仕上げながら、その会社で働き続けたのだ。

Jさんが我々のオフィスに現れた時には、彼がソフトハウスに入社してから3年が経っていた。人材登録してからほどなく、Jさんの院での研究内容が幾つかの企業の目に留まった。最初の就職活動の時とは、大違いの反応である。Jさんの職務経験内容は決して濃いものとは言えなかったが、こつこつと積み上げてきた実績が、企業に彼の可能性を認めさせたのだ。

“今の仕事は、何も得るものがない”。そんな悩みを打ち明ける若い人たちにJさんのエピソードを話した後、私はこう問いかける。“数年先も、何ももたらさない仕事なのだろうか”と。自分に合っていないと切り捨てるのは簡単だ。ただ、本当に何も得ないまま不本意な形で仕事から去ると、キャリアの中に全く無駄な時間を作ってしまうことになる。何でもステップにする図太さも企業人には必要なのではないかと、私は思うのだ。

『 働く目的の法則 』

登録者との面談で転職理由を問うと、よく「キャリアアップがしたいので」という答が返ってくる。一見、優等生的な返し方だし、何より無難だと思われているのだろう。皆さんも周囲から何気なく聞かれたりすると、つい“キャリアアップ”を引き合いに出して、耳ざわり良く答えてはいないだろうか…。

そんな時、私は続けて次のような質問をすることにしている。「では、そのキャリアアップについて具体的にご説明ください」と。きちんと答えられる人は、はっきり言って稀である。たいていはここで言葉に詰まったり、何だかあやふやな答しか返せない。自分のキャリアにおけるどの部分を、どのように、どのレベルまで伸ばしたいのか。結局は考えていなかったりする。

これでは“転職に対して明確な目的がない。つまりは現状に不満があるだけなのか”と思われても仕方がないだろう。企業の人事担当者も馬鹿ではない。建前だけの転職理由など、すぐに見抜かれてしまう。彼らの心を動かすには、皆さんもちゃんと自分の頭で考えた本音を語っていかねばならないのだ。

私が転職者の皆さんに対していつも思うのは、自分なりの“芯”を持って臨めばもっと物事が上手く運ぶはずなのに、ということだ。“キャリアアップ”などという上辺だけ聞こえのいい言葉でなく、あなただけの“明確な目的”を自分の中から見出して頂きたいのだ。また、それを誰が聞いても理解できるように語って頂きたいのだ。別に難しい内容である必要はない。他人にはどうでもいいと思われるようなものでもいい。例えば、メーカーから運送業に転職した私の友人の転職理由は“企業を相手にするより、街の人々と気さくに付き合う仕事がしたい”であった。この程度で十分なのだ。目的を明確に語れれば、その目的に見合った場所へ、おのずと近づけるものなのだから。

自分の望む所で、望む仕事を手に入れたいのに、あやふやな望みしか語れない。または、自分の中に根ざしていない望みしか語れない。これでは実現するものも実現しないし、本来望むところからどんどん離れていっても仕方がないだろう。あなたは働くことを通じて、何をしていきたいのか?職業人として、どうありたいのか?まずその意志を固め、周囲に表現していくことが何より重要なのだ。転職するしないに関わらず、ビジネスマンとして働く私たちは皆、自分の舵取りぐらい自分でしなければならないのである。

『 英語と仕事の法則 』

私の姪にN子ちゃんという子がいる。現在、短大1年生。しっかり者の同期の仲間なら、もう就職活動を始めているころだ。しかし彼女はどうも気が進まないらしい。 先輩の苦労を目の当たりにして“自分には無理”という思いばかりがふくらんでいくという。この市況では致し方ないかも知れないが、典型的な就職モラトリアムだ。先日久しぶりに親戚一同が会したとき、彼女から相談を受けた。就職活動をしても多分ダメだろうから、いっそのこと留学したいと言うのだ。「帰国後は英語を使う仕事ができるようになるし、有利だと思うんですが…。そこんとこ、どうなんでしょう」。

これとまったく同じような質問を、人材紹介のオフィスでも、私はひんぱんに受けている。失礼を承知で正直に言うと、ひんぱんすぎてかなり辟易ぎみなのだ。“英語を使う仕事をしたいのですが、何かないですか”。“TOEIC750点です。これを活かせる仕事を探しています”。留学後、帰国したその足でオフィスに出向いてくる人もいる。

私はN子ちゃんに、逆に質問してみた。英語を使って具体的にどんな仕事がしたいのか?。う~んと考え込んでしまい、答えが出てこない。実は“答えが出ない”ということが、私の答えなのだ。“英語を使う仕事”なんていうものは、そもそも存在しないのである。

英語はあくまで“語学”であって、仕事ではない。読み書きだけなら、帰国子女の子供だってできる。2年ばかり向こうの大学で真面目に勉強すれば、TOEIC750点ぐらい大方の人がクリアできるだろう。機会さえあれば誰もが身に付けられる“能力ベース”に過ぎないのだ。肝心なのは“語学をベースに何ができるか”。その“何ができるか”という部分が、仕事の核心なのである。例えば人材派遣業界などでも語学ベースの仕事は多く取り扱われるが、登録者のTOEICの点数などは単なる“素地”としか認められない。貿易事務なら輸出入の処理ができるか等、実務能力の方を厳しく評定されるのだ。

最近は“今後のビジネスマンは英語が必須”とも言われ、語学熱再燃の気配である。確かに仕事上、必要に迫られれば何としても身に付けるべきものだろう。しかし“語学必須”という雰囲気だけが独り歩きしているような気がして、少々心配なのだ。仕事そのものを先に身に付けるべき人々が、語学学校や留学先で貴重な時間を無駄にしているとしたら、何とも本末転倒な話ではないか。本来はバイリンガルになるよりも先に“自分はこの実務ができる”と胸を張って言えるスペシャリスト性を身に付けるべきなのだ。

留学より“自分は何をしたいのか”をまず考えてみたら。と、私はN子ちゃんにアドバイスしたのだった。目指す仕事がはっきりしている方が、英語を使えるより遥かに就職に有利であると。「う~ん、これから考えてみます」と答えてくれたのだが…。果たして彼女は見つけたのだろうか。お節介かも知れないが、そろそろ連絡してみようと思う。

『 キャリアアップ転職の法則 』

「パソコンオペレーターの経験があるのですが、もっと技術を身に付けたいのでプログラマーの仕事をしたいんです」。私の前に現れた女性の転職者Rさんは、熱くそう語ってくれた。確かに意気込みは感じる。新たな将来を切り開くのだという真摯さもある。しかし私は、そんな彼女に色よい返事を返すことができなかった。「プログラマーの求人は今、実務経験者であることが第一条件です。未経験から教育する企業はほとんどありません。気持ちを切り替えて、オペレーター職でもう一度探しませんか」。すべての希望が奪われたように思ったのだろうか。Rさんはその場で泣き始めてしまった。

自分にとって、もっとプラスになる仕事がしたい。新たなスキルを身に付けキャリアアップしたい。べつに転職志望者でなくとも、多くの人がそう考えているだろう。考えて、実際に努力すること自体は素晴らしい。ただ転職によって仕事内容まで変えてしまうとなると、少し事情が違ってくる。

全くの未経験から採用・教育する企業は、今は少数派となりつつある。増員ではなく欠員募集が求人の中心となったからだ。欠員、つまり辞めた人の穴を埋めたいがために、企業も必死の思いで採用選考する。“辞めた○○さん”と同じ仕事ができる人に来てもらわなければ、明日からの仕事がまわっていかない。即戦力で働ける人がどうしても必要なのだ。辛いけれども、未経験から新しいことに挑戦したい人にとっては、かなり分の悪い転職市場である。

私は常々思う。ひとくちにキャリアアップと言っても、いろいろな形があるのではないかと。“今までと違う仕事へのチャレンジ”だけが“キャリアアップ転職”なのだという考えに縛られたままでは、自分を追い詰めてしまうだけだ。私たちも、発想の転換が必要なときなのだ。

飽くなき上昇志向で上を見続けるより、ちょっと下にも目線を向けてみる。それは、決して単純なレベルダウンではない。自分のような経験を持つ人材がいなくて困っている職場、本当に必要としてくれる職場を見つけるということだ。スキルが足りないのに無理矢理潜り込んで失望されるより、すごいと誉められ大切にされるほうが、よほど幸せな転職ではないだろうか。そんな転職も、立派な“キャリアアップ”とは言えないだろうか。

泣きだしてしまったRさんに、私は同じような話をしてみたのだった。気を取り直した彼女は今、数社の面接を受けている。ハイレベルなオペレータースキルを積んできたRさんなら、きっと、いい職場に出会えることだろう。